米国最高情報機関の予測する「シフト」

大統領が変わると報告されるという「グローバル・トレンド」執筆責任者が辞任後に、一般向けに未来を予測してもっと噛み砕いて書いています。

丁寧にテクノロジーの進歩や各国の政治を分析していて、かつ政府文書ほど固くないのでおもしろいです。もちろんこの通りにすべてはいかないのは間違いないですが、それでも一部は実現する未来だろうし、可能性があるという一点だけでも知っておくことには意味があることです。

その上で自らの人生の戦略や自分の関わるビジネスも組み立てていかなければならないという意味で、非常に勉強になる一冊かなと思います。

<抜粋>
SF小説家ウィリアム・ギブソンが言うように、「未来はすでにここにある。ただ均一に広まっていないだけ」かもしれない。
・個人のエンパワメントが現代のメガトレンドであり、未来を考えるときの出発点にするべきだという私の考えには、誰もが同意してくれた。だが、警戒の声は大きくなる一方だった。ケニアの会議出席者はこう語った。「個人のエンパワメントは大きな危険をはらんでいる。民族ごとの集まりが政治的に利用されて、紛争の種になるおそれもある。アンチ市場、アンチ社会保障、アンチ政府を唱える大衆迎合主義が高まっている」。さらにこの人物は最大の懸念を口にした。「ケニアが20〜30年後も統一国家でいられるという確信が私にはない」。個人のエンパワメントによって国の一体性が失われつつあるからだ。
ハーバード大学の社会学者サミュエル・ハンチントンらは、「中間層は生まれたときは革命家で、中年になる頃には保守的になる傾向がある」と指摘している。
・大きな試金石となるのは中国だ。中国が民主化すれば、民主主義は西側の価値観なのか、それとも普遍的な価値観なのかという議論に決着がつく。また、ソ連崩壊後のような民主化の波が起きるだろう。
・こうした中国政府の立場は、検閲をめぐるグーグルとの対立でも表れた。中国の検閲戦略を注意深く見守ってきた人なら、政府が国内のビジネスエリートの反応を気にしていることを知っているだろう。ある人物は次のように指摘したという。「政府は現在、グーグルから新しいサービスが出たら、中国で一定の人気が出る前にブロックする戦略を取っている。……中国でGメールがブロックされていない(一時的に使えなくなることはあるが)唯一の理由は、すでに企業や政府のエリート層が世界じゅうの友達や家族や同僚とGメールで連絡を取り合っているからだ」
・調査では、多くの国で道徳的・文化的な優越意識が見られた。2013年の調査では、アメリカ、東ヨーロッパ、そしてアフリカとアジアと中米のほとんどで、回答者の半分以上が、自国の文化はよその国の文化よりも優れていると考えていた。この意識は特に途上国で強い。インドネシアと韓国では回答者の90%が、インドでは80%以上が、自国の文化の優位を信じている。
日本は中国との差が拡大しているが、「中の上」程度のパワーを維持するだろう。ただし大規模な構造改革を実行すれば、という条件がつく。
・日本ではいまも文化的に、母親が家にいることが理想と考えられており、女性が家庭と仕事のバランスを取るのは難しい。しかし実は、日本の女性の労働力参加率はさほど低くない。61%という数字は、アメリカ(62%)、イギリス(66%)、ドイツ(68%)と大差ない。英フィナンシャル・タイムズ紙のマーティン・ウルフ主任経済論説委員は、「(日本の)女性の労働力参加率は、アメリカなど西側諸国と同等の水準まで上昇するかもしれないが、それでも経済の見通しが変わるわけではない」と指摘している。
・現在、ドイツの人口はフランスやイギリスよりも多いが、2050年までに逆転する可能性がある。フランスとイギリスのほうが移民が多いからだ。最新のCEBRの予測では、イギリスは2030年までに西ヨーロッパ最大の経済大国になりそうだ。イギリスの人口動態がドイツよりも好ましいことがその一因となっている。
・そもそも将来、グローバルな機構は必要なのか——こう聞いてくる人は多い。それに対する私の答えは、イエスだ。どんなに非効率的で、官僚的で、場合によっては腐敗していても、国際機構の存在意義は、たとえば国連平和維持活動によって、紛争の犠牲者が減ったことに明確に見て取れる。国連のミレニアム開発目標が、貧困の撲滅、普遍的初等教育の実現、そしてエイズの蔓延防止を掲げたおかげで、これらの目標に世界の注目が集まった。アメリカを含め、どんな加盟国が単独でこうしたキャンペーンを張っても正統性は認められなかっただろう。
・あと20年もすれば、現在の職場を破壊するような未来型システムの基本的要素が出そろうだろう。そうなれば製造業には、人間の作業がまったく不要になる領域が出てくるだろう。途上国にアウトソーシングするよりも、業務を完全自動化したほうが安上がりになる。途上国でもエレクトロニクスなどの分野では、ロボットが単純労働を担うようになり、賃金水準を押し下げるか、多くの労働者を失業させるだろう。
・IBMはニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリング癌センターと、米医療保険大手ウェルポイント・ヘルス・サービスと協力して、ワトソンによる腫瘍専門医の診断支援を行っている。人間が最新の医療文献に目を通すには、週180時間が必要だが、忙しい医師にそんな時間はない。ワトソンは入手可能な全文献と患者のカルテに基づき、最適の治療法を医師に推薦する。それもたった一つの治療法ではなく、複数の治療方法をランクづけして提示する。もちろんその根拠となった文献も表示する。医師は専用マイクでワトソンに意見を言ったり、もっと証拠となる文献を見せてくれと頼むこともできる。
・中国は、難しい体制移行の時期に差しかかっている。向こう5年間で1人当たりの所得は1万5000ドルを超えると言われているが、歴史的にこの水準は、政治的自由化運動が起きる分岐点と考えられている。
・現在生産技術に起きている変化は、第3次産業革命を起こすレベルの激変だ。それは過去20年間にインターネットがもたらした変化よりも、はるかに深遠な変化を今後20年間にもたらすだろう。もちろんインターネットは新しい産業化の波に不可欠だったが、第3次産業革命にはそれとは違う勢いがある。特にバイオテクノロジーのもたらす激震を考えると、この革命はインターネット革命を超えるだろう。
・グーグルなどが開発を進める自動運転車は、向こう10年以内に実用化されそうだ。そうなれば、長期的には車の使い方から交通インフラの設計、さらには都市計画における土地利用法に劇的な変化をもたらすだろう。交通事故の原因は90%以上が人為的ミスだから、自動運転車が普及すれば激減するはずだ。また、現在都市空間の60%が車道や駐車場など自動車のために割かれているが、アプリを使って必要なときに車を呼び出せられるようにすれば、そのスペースは大幅に減らせる。マイカーは1日の90%は使われていないから、オンデマンド利用が拡大すれば駐車場と車の数自体が激減するだろう。他方、車を使えば現在地から目的地の目の前まで行けるから、公共交通機関を使うよりも効率的になるだろう。
・シリコンバレーは利益を独り占めした。テクノロジーの恩恵の偏りは、貧困層だけでなく、中間層も苦しめた。高賃金の仕事の多くが消滅した。それに対して、われわれグーグルやフェイスブックの従業員は、外とは隔絶された世界に生きていた。何もかもが苦労なく手に入り、自分たちはすごいと錯覚するようになった。