新会社「株式会社コウゾウ」を設立しました

よくよく考えたらブログで告知していなかったので…

2013年2月1日(金)に新会社「株式会社コウゾウ」を設立しました。ウノウ株式会社を2005年2月1日に作って以来、偶然ちょうど8年ぶり二度目の起業ということで、連続起業家(シリアル・アントレプレナー)の仲間入りです。

新会社の事業としてはスマホ×コマースを考えています。

株式会社コウゾウ設立初日
株式会社コウゾウ設立初日 posted by (C)suadd

詳細はおいおい公開していきますが、ベンチャーとして経営するので、外部から資金調達もしますし、ひとも(必要なだけですが)どんどん増やしていきますし、ビッグアイデアでもって世界で使われるインターネット・サービスを創って行きたいと思っています。

会社ホームページなどまだないのですが、Facebookページを作ったので、よければ「いいね!」していただければ最新情報がFacebookに流れます。またクラウドワークスでロゴ募集コンペなどもしてますのでデザイナーの方はよければぜひ。

それから昨日、孫泰蔵さん率いるシード・アクセラレーターMOVIDAのイベントで少しお話させていただいたものがまとめられています。そのうち記事にもなるそうです。

「世界中で使われるサービスを創る」- 元Zynga Japan 山田進太郎氏【MOVIDA SCHOOLまとめ】

プラス、今週土曜「第5回SF JapanNightセミファイナル」というイベントに登壇しますので、こちらもよろしければ。

という「よろしければ」だらけなエントリでした。

あけましておめでとうございます+2012年の本ベスト10

少し遅くなりましたが、あけましておめでとうございます!

昨年は世界一周というそれまでとはまったく違うことにチャレンジして、無事に終えることができました。本当に幸運でした。

想像を超えた自然や風景、さまざまなひとや文化に触れて、喜怒哀楽があり、いろいろな経験ができました。そういう意味で昨年はインプットの年だったと思います。今年はそれをアウトプットしていく年にしたいと思っています。

また今年、インターネット・サービスを作って再度起業しようと思ってます。興味がある方がいたらご連絡ください。特にエンジニアの方はぜひ。

毎年振り返っている本については、旅行中ながらもデジタル化して持ち歩くことでかなりたくさんの本を読むことができました。一部の素晴らしかった本はブログにアップしましたが、その中からトップ10をあげたいと思います。

10位 ウィルゲート 逆境から生まれたチーム/小島 梨揮
ウィルゲートが苦境に陥りV字回復するまでの物語。起業家の陥りやすい罠について。

9位 起業GAME/ジェフリー・バスギャング
起業家と投資家の両方の豊富な経験をもつ著者からの貴重なアドバイス。

8位 (日本人)/橘 玲
日本人のルーツを探り、意外な日本人像を発見する。

7位 幸せな未来は「ゲーム」が創る/ジェイン・マクゴニガル
優れたゲームから学び、世界を良くするためにいかにゲームを使うべきかを考察する。

6位 ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉/リンダ・グラットン
これからの仕事の選び方。好きなことだけでなく、その代償について考えるべきという新しい視点。

5位 他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ ―リバータリアン政治宣言―/ロン・ポール
アメリカ下院議員ロン・ポールからリバタリアン思想について学ぶ。

4位 媚びない人生/ジョン・キム
慶応大学准教授キム氏からの若者へのメッセージ。若者ならずともぐっと来ます。

3位 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか/増田俊也
史上最強の格闘家と言われる木村政彦を追った超弩級のドキュメンタリー。戦前から戦後の雰囲気も知れて非常におもしろいです。

2位 偶然の科学/ダンカン・ワッツ
元物理学者が物理学的厳密さで世の中のさまざまな事象を解き明かそうとする意欲作。ものすごい濃密。

1位 MAKERS―21世紀の産業革命が始まる/クリス・アンダーソン
3Dプリンタを中心としたいわゆる「メイカーズ」だけではなく、これからのビジネスの一つのトレンドになるであろうコミュニティ形成について深い洞察が得られる名著。

P.S.2006年2007年2008年2009年2010年2011年はこちらからどうぞ。

元物理学者が社会学の限界に挑む「偶然の科学」

著者ダンカン・ワッツは物理学者から社会学者に転身したという変わり種のコロンビア大学教授。物理学が一つの体系を築いているのに対して社会学はそうなっていないという話から始まり、様々な事例で、それはなぜで著者はどのように考え、解決しようとしているのかを書いています。

文章そのものは難しくないのですが、元物理学者ならではの厳密な論理により組み立てられていて哲学書を読んでいるようです。通常この手の本は、新たにこんなことが分かった、証明された、という論調なのに加えて、何が分かっていないかまで踏み込んであり、論理に奥行きがあるのが素晴らしいです。

個人的にものすごい多くの気づきがあって、まだぜんぜん消化しきれてないのですが、ひとつだけ。

ロールズは、自分が社会経済上のどの階層に属するかを前もって知らないとき、どのような社会で生きていくのを選ぶかと問うた。非常に裕福な人々にはいれる見こみはきわめて少ないので、合理的な人間ならわずかな人々が非常に裕福で多くの人々が非常に貧しい社会よりも、平等主義の社会、つまり最も貧しい者でもなるべく豊かになれる社会を選ぶはずだとロールズは推論した。

ノージックはロールズの主張を大いに問題視したが、その大きな理由は、ロールズが個人の成果の少なくとも一部をその人物の努力ではなく社会に帰していることだった。もし個人が自分の才能や努力の産物を所持しつづけられないのであれば、自由意志に反して他人のために働かされるのと同じであり、自分自身を完全には「所有」できないとノージックは論を進めた。だから課税も、そのほかの富の再配分の試みも、道徳にかなった奴隷制に等しく、それゆえいかなる恩恵を他人に与えようとも認められない。

確かにロールズが言うように生まれ、才能、機会にせよ不平等が本質的に偶然によるのならば、社会はリバタリアン的なものではなく平等主義的であるべきなのかもしれません。

が、ここには人類の進歩を推し進めるために努力し、結果を出した人間への評価が考えられていません。もし成功しても名声はともかくとして、平等社会の名のもとに、富も平準化されてしまうのだとしたら、人類の進歩へ貢献したひとへのリスペクトが足りていないと思います。

しかも、国家という仕組みがある以上、能力のあるひとがより税金が安く能力を発揮しやすい国への移住するのは防げません。だから結局完全なる平等社会は実現できず、より世の中はリバタリアリズムな社会になっていくはずです。

もちろん最低限の生活の保障は得られるべきだと思うけれども、それ以上の税金での搾取はやはりリバタリアンからすると受け入れ難い。ましてや国家予算における不正を防ぐ手立てがない現状では。

われわれの個人としての行動が、社会的関係のネットワークに逃れようもなく埋めこまれているとするサンデルの主張は、公正と正義に関する議論だけでなく、道徳と美徳に関する議論にも影響を及ぼす。実際、サンデルは対立する主張を道徳面から評価せずに何が公正かを決めることはできないと論じている。そしてそのためには、社会制度の道徳的な目的を明らかにしなければならない。

ただ、よく分かったのは、サンデルが一世を風靡して、なぜ受け入れられたのかというと、能力や努力だけではどうにもならないことがある、という事実を世の中の多くのひとが感じているからだということです。

しかし、サンデルの哲学では結局のところどこまでを保障するかは道徳による社会的な合意によることになりますが、道徳というのは確かなようで、実はすごく移ろい易い。だから、結局のところシステムの抜け穴を見つけて甘い汁を吸う不正な輩が出てくることになります。

現状では世界は全体で見れば貧しいし、止む負えない部分もあります。ただ世の中が豊かになりグローバルになればなるほど、国家が税金に頼る部分も少なくなり、リバタリアン国家が台頭してくるのではないか、というのが僕の今の考えです。

本書ではその他、成功の不確実性の証明やそれに対する対抗手段など素晴らしい考察もあり、非常におもしろいです。内容は先も書いたようにかなり重厚なのですが、今後の世界を生き抜く上で非常に示唆に富んでいるのですべての方におすすめしたいと思います。

参考)「それをお金で買いますか――市場主義の限界」マイケル・サンデル

<抜粋>
・こうした物語は冷静な説明の形をとっているため、われわれはそれに予測の力があるかのように扱う。このようにして、われわれは自分自身を欺き、不可能なはずの予測ができるかのように信じこむ。 したがって、常識に基づく推論はただひとつの決定的な限界ではなく、複数の限界が組み合わさったものに悩まされている。そしてそれらはすべて補完関係にあり、さらにはお互いを覆い隠している。その結果、常識に基づく推論は世界に意味づけをするのは得意だが、世界を理解するのは必ずしも得意ではない。
・(続き)しかし、われわれは常識がまさに神話のような働きをするとは思っていない。常識に基づく解釈は、人々が置かれた状況に対して都合のいい説明を与えることで、日々の営みをつづけていくための自信を与え、自分が知っていると思っていることは果たしてほんとうに真実なのか、それともただの思いこみなのかと逐一悩むことから解放してくれる。 だがその代償として、われわれは物事を理解していると自分では思いながらも、実際はもっともらしい物語でごまかしているだけだ。そしてこの錯覚のせいでわれわれは、医学や工学や科学の問題を扱うように社会の問題も扱おうとは考えず、結果として、常識が実は世界の理解を妨げてしまっている。
・人々がなんらかの形で金銭的な報酬に反応することにはほぼ異論の余地がないものの、望ましい結果を引き出すために実際にそれをどう用いるべきなのかはわかっていない。数十年にわたる研究のすえ、金銭的インセンティブは仕事ぶりにはほとんど関係ないと結論した経営学者もいる。 しかしながら、この教訓を何度指摘しようとも、経営者や経済学者や政治家はインセンティブを利用すれば人間の行動を左右できるかのような顔をしつづけている。
・われわれは芸術作品をその特質に基いて評価しているように思えるが、実は反対のことをしている。つまり、まずどの絵が最高かを決めたうえで、その特質から評価基準を導き出している。こうすれば、すでに知っている結果を一見すると合理的かつ客観的な形で正当化するのに、この評価基準を引き合いに出せる。しかし、これがもたらすのは循環論法である。われわれは<モナ・リザ>が世界で最も有名であるのはXとかYとかZとかの特質を備えているからだと言い張る。だがほんとうのところは、<モナ・リザ>が有名なのはそれがほかの何よりも<モナ・リザ>的だからだと言っているにすぎない。
・常識は、「ハリー・ポッター」シリーズは3億5000万人以上が買ったくらいなのだから、特別にちがいないと教えている。たとえ、出版を見送った半ダースばかりの児童書の出版社が、当時はそう思わなかったにせよ。そしてどんなモデルも、あらゆる形で単純化した仮定をせざるをえないので、常識を疑うかモデルを疑うかの選択を迫られたとき、われわれはいつも後者を選ぶ傾向がある。
どの曲が最も人気を集めたか、つまりヒット曲になったのかは世界によって違っていた。言い換えれば、社会的影響を人間の意思決定に持ちこむと、不均衡性だけでなく予測不可能性も増していた。この予測不可能性は、サイコロの表面を仔細に眺めてもどの目が出るかを予測する役には立たないのと同じで、曲の情報をもっと増やしても解消されなかった。予測不可能性は市場そのもののダイナミクスにもとから備わっていたのだ。
・「ハリー・ポッター」シリーズや<モナ・リザ>が独自の特徴を備えているのとまったく同じで、フェイスブックも独自の特徴を備えており、それらはみな独自の結果をともなっている。とはいえ、こうした特徴が何か有意な形でその結果の原因になったとは言えない。
・シミュレーションで大きな連鎖が起こったときはいつも、だれかそれを起こす人物がいなければならなかったのは当然の事実だ。そういう人物はなんら特別でないと思っていても、やはり少数者の法則にまさしくあてはまるように思える。「仕事の大半をこなすわずかな割合の人々」という考え方である。しかしながら、われわれがシミュレーションから知ったのは、こうした個人に特別なことなどほんとうはまったくないということだった。われわれがそのように設定したからである。
われわれの結論を言うと、エネルギーや人脈によって本をベストセラーにしたり製品をヒットさせたりできるほどの影響力の強い人物は、十中八九タイミングと状況の偶然によって生まれる。いわば「偶然の重要人物」なのである。
・その世界のキム・カーダシアンにあたる人物たちはたしかに平均より影響力があったが、非常に高くつき、買い得ではなかった。情報を広めるうえで最も費用対効果が高かったのは、影響力が平均かそれより小さい、われわれが一般のインフルエンサーと呼んだ個人の場合が多かったのである。
・イラク戦争がヴェトナム戦争やアフガニスタン紛争とそのまま比較できるとはだれも思わないし、だから一方の教訓を他方にあてはめようとするのは用心しなければならない。同様に、<モナ・リザ>の成功を研究すれば現代の芸術家が成功するかしないかも判断できるとはだれも思わない。にもかかわらず、われわれは歴史から教訓を学べるとたしかに思っているし、実際よりも多くを学んだかのように思いこみがちだ。
われわれは結果の原因をひとりの特別な人間に求める誘惑に駆られるが、この誘惑はわれわれがそのような世界の仕組みを好むからであって、実際にそのような仕組みになっているわけではないことに留意しなければならない。
・歴史の説明は、起こったことを公平かつ客観的に述べている「だけ」だとよく言われるからだ。しかし、バーリンとダントがともに論じるとおり、起こったことをありのままに述べるのは不可能である。これはおそらくもっと大切なのだが、起こったことをありのままに述べても、歴史の説明が目的とするのは過去の出来事を再現するというより、なぜそれが重要なのかを明らかにすることなのだから、その目的にかなわない。そして何が重要で、なぜ重要なのかを知るには、結果として何が起こったかをたしかめるしかない。
・物語と理論の混同は、常識によって世界を理解しようとするときの問題の核心を突いている。すでに起こったことを理解しようとしているだけであるかのようにわれわれは言う。だがその舌の根も乾かぬうちに、自分が学んだと思っている「教訓」を未来に実行するつもりの計画や政策に応用する。物語を作ることから理論を組み立てることへの切り替えは、非常にたやすく直観的にできるので、われわれはほとんどの場合、切り替えていることを自覚さえしない。だがこの切り替えは、ふたつが根本からちがうもので、目的も異なれば証拠の基準も異なることを見落としている。だから、物語としての出来に基いて選ばれた説明が、未来の傾向や趨勢を予測する役には立たなくても、驚くにはあたらない。
・過去に目を向けるとき、われわれは起こったことしか見ない、つまり起こったかもしれないことが起こらなかったことには目が行き届かない。そのため常識に基づく説明は、実際は単に出来事が連続しているだけなのに、因果関係があるかのように誤解する。これと同じで、未来を考えるときも、われわれは未来が出来事の連なる一本の糸をなしていて、またそれが明らかになっていないだけであるかのようについ想像しがちである。現実には、そのような糸など存在しない。むしろ未来は可能性のある糸の束のようなもので、それについてたぐり寄せられる確率があり、われわれはいろいろな糸の確率を見積もることくらいしかできない。しかし、未来のどこかの時点でこうした確率のすべてが一本の糸に収斂するのを知っているので、重要になってくる一本の糸におのずと注目したがる。
・(注:常識からすれば立てられそうな予測が立てられない理由)第一に、常識はたったひとつの未来だけが起こると教えるので、それについての明確な予測を立てたくなっても無理はない。しかしながら、われわれの社会生活と経済生活の大部分を構成する複雑なシステムでは、ある種の出来事が起こる確率をなるべく正しく見積もることくらいしか望めない。 第二に、われわれはいつでも予測を立てられるが、常識は興味を引かない予測や重要でない予測の多くを無視し、重要な結果に注目するよう求める。だが現実には、どの事件が未来に重要になるかを予測するのは原理的にも不可能である。
複雑なシステムについての予測は、収穫逓減の法則に大きく左右される。最初の情報は大いに役立つが、いかなる改善の見込みもすぐさま使い果たされてしまう。 もちろん、予測の精確さをわずかに改善することがおざなりにできない状況もある。たとえば、オンライン広告や商いが盛んな証券取引では、日々何万何億という予測が立てられており、巨額の金がかかっている。こうした状況では、きわめてとらえがたいパターンを利用する精緻な方法に労力と時間をつぎこむ価値はある。しかし、映画製作や本の出版や新しいテクノロジーの開発といったほかの分野のほとんどでは、年に数十か多くても数百の予測しか立てられず、その予測もたいていは意思決定の過程全体の一部分にすぎないので、わりあい単純な方法を使うだけで、限界近くまで正確な予測ができるだろう。
・(注:MDプレイヤーvs iPodについて)唯一の重要なちがいは、ソニーの選択がたまたま誤っていたことであり、アップルの選択がたまたま正しかったことだった。 これが戦略のパラドックスである。戦略上の失敗のおもな原因は劣悪な戦略にあるのではなく、優秀な戦略がたまたま誤ることにあるとレイナーは論じる。(中略)優秀な戦略は完全な成功をもたらしうるが、完全な失敗ももたらしうる。 このように、優秀な戦略が成功するか失敗するかは、すべて最初の展望がたまたま正しいかどうかにかかっている。そしてそれを前もって知るのは困難というより、不可能である。
・レイナーによれば、ほとんどの企業がかかえる問題は、取締役会や経営トップなどの経営陣が、既存の戦略の管理と最適化ーーレイナーが運営管理と呼ぶものーーに時間を使いすぎ、戦略的不確実性をじゅうぶんに考えていないことだという。経営陣はむしろ経営的不確実性の管理にすべての時間をつぎこみ、運営計画は部署の長に任せるべきだとレイナーは論じ、こう述べている。 「組織の取締役会とCEOは短期業績ばかりを気にするのではなく、事業部署のために戦略上の選択肢を作り出すことに専念すべきである」
・結局のところ、計画法としての戦略的柔軟性がかかえるおもな問題は、それが解決しようとしている問題となんら変わらない。すなわち、ある産業を形作った動向は、あとから考えると決まって自明に見えるということである。
・(注:ハフィントン・ポストの話で)これを解決するのがマレット戦略である。記事を読む人がごく少ない後ろのページでは、1000もの(あるいは100万もの)花が咲き乱れるままにする。そのうえで、題材を慎重に選んで後ろのページから高価な広告スペースのある前のページヘと昇格させ、そこからは厳格な編集管理のもとに置くというわけだ。
・真の問題は、広告主が知りたがるのは、広告が売上の伸びの原因になっているのかどうかという点にある。だが、広告主が測定するのはほぼ決まって、両社の相関関係でしかない。 もちろん、理屈のうえでは、相関関係と因果関係がちがうことはだれしも「知っている」が、実際には両者は混同されやすく、現にしょっちゅう混同されている。
・最も重要なのは、ブライト・スポットとブートストラップどちらにおいても、計画者側が考え方を改めなければならないことである。第一に計画者は、どんな問題(中略)であれ、現場の人間が恐らくその解決策の一部を有していて、それを共有する気があることを認識しなければならない。そして第二に、あらゆる問題の解決策を自力で探す必要はないことを認識したら、分野にとらわれずに既存の解決策を探すことに資源を割りあて、その解決策をもっと広く実行することができる。
・すべてに共通しているのは(中略)計画者が直感と経験のみに基づいて計画を練りあげられるといううぬぼれを捨てなければならないことだ。言い換えれば、計画が失敗するのは計画者が常識を無視したときではなく、みずからの常識に頼って自分と異なる人々の行動を推論したときである。(中略。注:これはどうすることもできないが)常識にあまり頼らず、測定可能なものにもっと頼らなければならないと覚えておくことならできる。
一度きりしか計画を試せない場合、ハロー効果を避ける最善の方法は、行動の評価と改善をその行動の最中に全力でおこなうことである。これまでに論じたシナリオ分析や戦略的柔軟性などの計画技法は、組織がずさんな想定をあぶり出し、明白な誤りを避ける助けになるし、予測市場や意見調査は集団の知恵を利用して、結果がわかる前に計画の質を評価できる。また前章で論じたように、クラウドソーシングや現場実験やブートストラップは、何が役に立って、何が役に立たないかを組織が学び、ただちに修正する助けになる。
・これらの方法はどれも、計画の立て方や実行の仕方を改善することで、成功の可能性を高めるのが目的になっている。だが成功を保証することはできないし、保証するはずもない。したがってどういう場合でも、すぐれた計画が失敗して劣った計画が成功するときもあるのだと、つまりそれはただの偶然によって決まるのだということを心に留めておく必要があるし、だから既知の結果だけでなくそれ自体のすぐれた点からも計画を評価する必要がある。
保険会社のAIGでボーナスを受け取ったある人物もこう述べている。 「自分はそれだけのお金を稼いだし、AIGで起こった残念なこととはいっさい関係がありませんでした」(中略)われわれの知る限り、どちらの銀行員もまったく同じゲームをしている可能性がある。 つぎの思考実験を少し考えていただきたい。毎年あなたはコイン投げをする。表が出れば「よい」年になり、裏が出れば「悪い」年になる。(中略)AIGの社員は自分がコイン投げをしているとは思っていないだろうし、このたとえもまるで理解できないだろう。自分の成功は運ではなく実力と経験と努力のおかげであり、自分の避けてきた誤りを同僚が犯したと考えている。
・人生の多くの部分は、社会学者のロバート・マートンのいう「マタイ効果」に支配されている。この名は、マタイによる福音書の「持っている人はさらに与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでもとりあげられる」という一節にちなんでいる。マタイは明らかに富のことを言っていたのだが(中略)マートンは同じルールがもっと広い意味での成功にもあてはまると論じた。個人がキャリアの早いうちに成功をおさめると、一定の構造的優位を得られるので、本来の能力にかかわりなく、その後も成功する見こみがずっと大きくなるということだ。
・社会学者でハーヴァード・ビジネス・スクールの教授であるラケシュ・クラーナも、著者の『カリスマ幻想』で、一般に企業の実績はCEOの行動よりも、個々のリーダーにはどうすることもできない業界全般や経済全体の好不調のような外部の要因によって決まってくると論じている。4章で論じたハブやインフルエンサーとちょうど同じように、成功についての従来の説明が精神的指導者の力を持ち出すのは、そういう断定を支持する証拠があるからではなく、この種の人物がいなければ、複雑で大規模な組織体がどのように機能しているのかを直感的に理解できないからだとクラーナは結論している。
・ロールズは、自分が社会経済上のどの階層に属するかを前もって知らないとき、どのような社会で生きていくのを選ぶかと問うた。非常に裕福な人々にはいれる見こみはきわめて少ないので、合理的な人間ならわずかな人々が非常に裕福で多くの人々が非常に貧しい社会よりも、平等主義の社会、つまり最も貧しい者でもなるべく豊かになれる社会を選ぶはずだとロールズは推論した。
・ノージックはロールズの主張を大いに問題視したが、その大きな理由は、ロールズが個人の成果の少なくとも一部をその人物の努力ではなく社会に帰していることだった。もし個人が自分の才能や努力の産物を所持しつづけられないのであれば、自由意志に反して他人のために働かされるのと同じであり、自分自身を完全には「所有」できないとノージックは論を進めた。だから課税も、そのほかの富の再配分の試みも、道徳にかなった奴隷制に等しく、それゆえいかなる恩恵を他人に与えようとも認められない。
・自然状態では、ノージックは正しいのかもしれない。だがロールズの主張の肝心な点は、われわれはそのような世界に生きていないということだ。(中略)生まれにせよ、才能にせよ、機会にせよ、不平等が起こる仕組みは本質が偶然の産物であるのだから、公平な社会とはこうした偶然の不利な効果が最小化される社会だとロールズは主張した。
・肝心なのは、銀行がリバタリアンならば成功の重みも失敗の重みもすべて引き受けるべきであり、さもなければロールズ主義者として自分の面倒を見てくれるシステムに税を払うべきだという点である。みずからの都合しだいで哲学を切り替えるべきではない。
・われわれの個人としての行動が、社会的関係のネットワークに逃れようもなく埋めこまれているとするサンデルの主張は、公正と正義に関する議論だけでなく、道徳と美徳に関する議論にも影響を及ぼす。実際、サンデルは対立する主張を道徳面から評価せずに何が公正かを決めることはできないと論じている。そしてそのためには、社会制度の道徳的な目的を明らかにしなければならない。
公正の判断基準となる価値観は所与のものではなく社会の産物にほかならないというサンデルの主張は、1960年代に社会学者がはじめて唱えた、われわれが生きる社会の「現実」は当の社会によって「構築」されたものであり、なんらかの外部の世界からもたらされたのではないとする思想を映し出している。したがって、サンデルの主張は、政治哲学の根本にある問いは社会学の問いでもあるという重要な示唆を与えている。
・「おそらく」とマートンは嘆いている。「社会学は自分たちのアインシュタインを迎える準備がまだできていないのだろう。いまだに自分たちのケプラーを見いだしていないのだからーーニュートン、ラプラス、ギブズ、マックスウェル、ブランクは言うまでもなく」 したがって、社会学者は人間の行動の大理論や普遍法則を探求するのではなく、「中範囲の理論」を発展することに集中すべきだとマートンは説いた。

800年間の金融の歴史から学ぶ「国家は破綻する」

一般的には国家がデフォルトを起こすことなど非常に稀にように思えますが、実際はかなり多く起こっているということが豊富なデータから指し示されています。

さらに、国外債務より国内債務の方がはるかにデフォルトされやすいとか、国家がデフォルトするかどうかは、その国家の「意思」によって決まるとして、債権者の権利が非常に乏しいことが描かれています(例えば、ロシアが破綻したとき国家の財産であるルーブル美術館の美術品を放出せよとは誰も言わなかったし、実際不可能であった)。

日本も破綻するかしないか議論されていますが、本書を読む限りだと破綻する可能性はあると言わざるを得ません。起きないに越したことはないですが、その際に何が起こるのかを知っておくことは生き方の知恵だなと思います。

<抜粋>
・本書では、「めったに起きない」としてとかく忘れがちな現象にスポットライトを当てるべく、注意を払った。実際にはそうした現象は一般に考えられているよりはるかにひんぱんに起きているし、お互いに似通ってもいる。ところがアナリスト、政策担当者、さらには経済学者までもが、新たに起きた聞きをごく狭い視界で捉えるという好ましからぬ傾向を示す。すなわち、限られた国、限られた時期の狭い範囲から抽出した標準的なデータセットに基づいて、判断を下そうとする。債務やデフォルトを扱った学術文献や政策研究の大半が、1980年以降に収集されたデータに基づいて結論を出しているのは、こうしたデータなら入手が容易だという理由によるところが大きい。
「今回はちがう」シンドロームの本質は、ごく単純である。この症状は、金融危機はいつかどこかで誰かに起きるもので、いまここで自分の身に降りかかるものではない、という強固な思い込みに根ざしている。われわれは前よりうまくやれる、われわれは賢くなった、われわれは過去の誤りから学んだ。それに、昔のルールはもう当てはまらない、という具合である。
・貸し手は主権国家の返済能力だけでなく返済の意思にも依存しているのであり、この事実がすでに、主権国家の破産が企業の破産とはまったくちがうことを示している。企業や個人が破産した場合、債権者には明確に規定された権利があり、債務者の資産の多くを取り上げ、将来の所得に相応の先取特権を設置することが認められている。だが国家の破産の場合には、たとえ書類上はそうできることになっていても、実際に債権者がそれを執行する力は相当に制限される。
なぜ政府は、インフレで問題が解決できるときに、わざわざ国内債務の返済を拒否するのだろうか。言うまでもなく一つの答えは、インフレがとくに銀行システムと金融部門に歪みを生じさせるから、というものである。インフレという選択肢があっても、支払い拒絶の方がましであり、少なくともコストは小さいと政府が判断することもある。
・2007年に五大投資銀行の幹部が手にしたボーナスは、総額360億ドルを上回った。金融業界の大物たちは、この業界の高い収益率を金融イノベーションと正真正銘の高付加価値商品の賜物だとみなし、自分たちの会社がとっている潜在的リスクをひどく過小評価する傾向があった。
・こうした中、国際通貨基金(IMF)は2007年4月に「世界経済見通し」(年2回発表)の中で、グローバル経済を脅かすリスクはきわめて小さくなり、当面は何も懸念すべき材料はないとノベル。世界の金融のお目付役である国際機関が何も心配はいらないと請け合ったのだから、「今回はちがう」ことのこれほど確かな表明はなかった。

「MAKERS」で21世紀型のコミュニティを知る

『フリー』『ロングテール』のクリス・アンダーソンが、3Dプリンタを中心として誰でも製造業=メイカーになれる「メイカーズ」時代の到来について紹介する衝撃的な著作。

僕は前々からこの分野にすごく興味があって、2007年からCerevoでインターネット×ハードウェアのようなこともやろうとしてきたりもしました。

しかし、本書で一番衝撃を受けたのは、そのコミュニティでした。結局のところ3Dプリンタが身近になったから、メイカーズ・ムーブメントが来ているわけではなくて、出力するデジタルデータやソフトウェアを共有するようなコミュニティがあるからこそ、ムーブメントになってきているのだと思いました。

最近では、Etsyのようなウェブサービスでも、コミュニティをうまく形成し、エコシステムを作っているサービスが増えてきています。個人的には、こちらの流れに非常に注目しています。

<抜粋>
・メイカーボットはもっともシンプルな3Dプリンタのひとつだ。モーターは四個だけ。X軸、Y軸、Z軸を動かすモーターに加えて四個目のモーターはABS樹脂を熱で溶かし、作業用トレーまで運ぶためのものだ。メイカーボットの外枠は、レーザーカッターで切った合板を合わせたもので、プラスチック製の歯車の一部は別のメイカーボットのプリンターで作られている。内部の電子機器には、アルドゥイーノ基板が使われている。
・メイカーボットの哲学は奥が深い。レップラップの3Dプリンタ(スマートで華奢なデザイン)、アルドゥイーノのマイコン基板、CADファイルを指示に転換して3Dプリンタの三個のモーターを制御する一連のソフトウェアなど、歴代のオープンソースのプロジェクトの上にこれが築かれているからだ。ここでいう「オープンソース」とは、なんでもオープンにすることだ。電子部品、ソフトウェア、商品デザイン、製品仕様やマニュアル、それからロゴまでも。メイカーボットのほぼすべてが、コミュニティによって開発されたか、その中のだれかが自主的に作ったものだ。それは知的財産権を放棄することで、コミュニティの指示と善意による強力な保護が得られる。輝かしい実例だ。
・その違いーーひとりが発信するブログ形式のニュースや情報ではなく、コミュニティが作るサイトであることーーは、天と地ほどの大きさだった。
・確かに、ラリーファイターはバギーカーとそれほど変わらない。しかし、ローカルモーターズの電気自動車は、これまでとまったく違うものになる。そして世界的な自動車メーカーは、コミュニティによる開発モデルの力に気付くだけでなく、それを羨むことになるだろう。
・スペースXの基本的なロケット技術はNASAとそう変わらないが、生産工程のおかげで打ち上げコストは比べものにならないほど低い。請負業者、下請け、孫請けが絡んだ、航空宇宙業界の複雑な(しかも政治的な)ネットワークのかわりに、スペースXはデジタル工作ツールを使ってほとんどなんでも内製する。テクノロジーが製造業の複雑さとお役所的な構造を簡略化し、コストを10分の1にまで削減しながら、信頼性はあげている。NASAのモデルを改善するために宇宙工学の仕組みからやり直す必要はない。ほとんどのイノベーションは工場で生まれるからだ。
・いまもアメリカで作られているものは? 国内で販売される大型製品(たとえば自動車)や、価格に比べて人件費の割合が小さい高付加価値製品(たとえば飛行機)、そして価格競争にさらされれにくい特殊品(たとえば医療機器)などだ。
・スパークファンは、コミュニティを核とする典型的な企業だ。ウェブサイトの最初のページには製品ではなくブログが載り、人気のチュートリアルや社員の動画が掲載されている。掲示板では大勢のファンがお互いに助け合っている。
・チェンとストリックラーは、キックスターターがもの作りの資金調達源として注目されることに、いまも少し違和感がある。もともとは、大手レコード会社やハリウッドがなかなか売り出してくれない音楽や映画に加えて、アート、舞台芸術、コミック本、ファッションなどのプロジェクトのためのプラットフォームとして、キックスターターを立ち上げたのだ。
・ある日、喫茶店のオーナーのマルシア・ドーシーが、コンピューター好きの息子がアルバイトを探していると言ってきた。そこで、その息子にミラノ事務所に来てもらうことにした。(中略)「ああ、ちょっと終わるまで待ってもらえるかな」と言って仕事に戻った。 30分後、まっケルビーは男の子のことを完全に忘れていたことに気づいた。顔を上げると、驚いたことに、ドーシーはまださっきとまったく同じ場所に、両手をまっすぐにぶら下げて立っていた。

ゲームの可能性と限界を探る「幸せな未来は「ゲーム」が創る」

著者は、現在、膨大なひとがゲームをしているが、それは現実世界がゲームに比べて没頭しにくく、ゲーム的に言えばクソゲーだからだと言います。確かに現実は誰にとっても共通の明確な目標設定などないし、ルールもなければ、何かをしたところで必ずしも成功のフィードバックがあるわけではありません。だから、もっとゲームの仕組みを使えば現実をよりよくできる=幸せな未来を創れる、というわけです。

確かにものすごい説得力があって、一部はまさにそうだろうと思います。僕もかつてゲームを創っていた人間として、ゲーム的な要素を取り入れたインターネット・サービスを創って行きたいと思っています。

ただ、ひとの作ったゲームのルールには限界があります。ゲームによって世の中がよくなることは確かだと思うけれども、本質的には誰もが共通の目標があるわけでもないので、ひとりひとりが幸せになるためには、自らのゲームを設計しなければならないと思います。

それには多くの事例を知るのは重要であり、そして本書の事例はすごく役に立つと思うので、強くオススメします。

<抜粋>
現実世界は、仮想世界が提供するような周到にデザインされた楽しさや、スリルのある挑戦、社会との強い絆を容易に提供することはできません。現実は効果的にやる気を引き出したりはしませんし、私たちが持つ能力を最大限に引き出して何かに取り組ませることもありません。現実は私たちを幸せにするためにデザインされていません。 そのため、ゲーマーコミュニティにはある認識が広がってきています。 つまり、ゲームに比べて、現実は不完全だという認識です。
・この大脱出を引き戻すような何か劇的な変化が起きないかぎり、かなりの人口の割合が何よりもゲームに打ち込むようになります。最高の思い出も、成功の経験もすべてゲームの世界で起こるという社会への変容は急速に進んでいくでしょう。
ゲームを特徴づけているのは、ゴールとルールとフィードバックシステム、それに自発的参加なのです。これ以外のあらゆる努力は、これら四つのコアと鳴る要素を補強し、強化しているのです。
・(哲学者のバーナード・スーツ)ゲームをプレイするとは、取り組む必要のない障壁を、自発的に越えようとする取り組みである
・チクセントミハイは、ゲームが私たちの生活に楽しい活動をもたらすもっとも効率的で安定的な源とするなら、なぜ現実生活はこのようにゲームと似ていない面が多いのかと疑問に思いました。学校やオフィス、工場などでの日常の生活環境がフローを提供できないのは深刻な倫理問題であり、人類が緊急に対処スべき問題のひとつであると彼は論じています。(中略)その解決策はチクセントミハイには明白なようです。つまり、現実の仕事の仕組みをゲームのように変えていくことで、より多くの幸福を生み出すのです。ゲームは各自が自由に選び、能力を極限に活用できるようなハードな仕事の作り方を私たちに教えてくれますし、ゲームで得た教訓は現実世界に応用することができます。
・(アンドリュー・カリー)学者たちは長いあいだ、人類は定住した土地で農耕生活の仕方を学び、寺院を建てて複雑な社会構造を支えていくために時間や組織や資源を用いるようになったと考えていた。だが、(おそらく)これはまったく逆のようだ。まず大規模な集団的努力で石柱を建てることで、複雑な社会発達のための基盤を整備したのだ。
ゲームに比べると、現実は没入しにくい。ゲームは私たちに、自分のしていることにもっと深く参加しようという意欲を起こさせる。
・現実から逃避するためにプレイするゲームに対して、ARGは現実の生活からもっと多くのものを得るためにプレイするゲームだということです。
・(注:フォースクウエアで)真の報酬は、発見や冒険のような、プレイヤーが感じるポジティブな感情であり、もっと頻繁にライブ演奏を聴きに行くとか、もっと興味をそそる食べ物を食べるというような、プレイヤーが得る新しい経験です。さらに、自分の好きな人たちともっと頻繁に会うことでプレイヤーが強化する社会的つながりです。「フォースクウエア」はこうした報酬に取って代わるのではなく、こうした報酬にプレイヤーの関心を引きつけるのです。
・仮定の話としては、参加者に適切な動機を与えれば、ウィキベディア並みの規模のプロジェクトを毎日100件完了させられることになります。もっとも、17億人のインターネットユーザー全員に、暇な時間のほとんどをクラウドソースプロジェクトに自主的に投入しようと思わせることができれば、ですが。
・まだ地図に載っていない除細動器を見つけられれば、そして写真をとってその場所を報告すれば、ファーストエイド・コーが命を救う手助けができるわけです。
・アメリカの普通の若者が21歳になるまでに読書に使う時間は大体2000〜3000時間、コンピュータゲームやビデオゲームに使う時間は1万時間以上です。
・(注:トマセロ)彼の研究は、複雑なゲームを他者と一緒にプレイし、他者がゲームのルールを覚える手助けをする能力が、人間を人間たらしめているものの本質ーー彼が「志向性の共有」と呼ぶものーーであることを示しています。
・「スポア」のプレイヤーたちは、自分の作成したコンテンツを生態系コンテンツの巨大データベース、スポアペディアに提供しています。あなたが「スポア」をオンラインでプレイするとき、あなたのコンピュータはスポアペディアから新しい魅力的なコンテンツを探しだして、それをあなたの「スポア」の生態系にダウンロードします。

ソーシャルネットワークとは何なのかを知る「ウェブはグループで進化する」

FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアを主にマーケティングとして、どのように使うかについて、様々な研究結果を元に、かなり深い考察を加えています。

個人的には、ウェブサービスを作る側という逆の視点から、非常に興味深く読ませていただきました。

文章は非常に読みやすく、おもしろいので、インターネット・ビジネスに興味のある方になら誰にでもオススメできると思います。

<抜粋>
・(エッツィー)このページにアクセスすると、まずフェイスブックのアカウントと連動させることを求められる。連動させるとフェイスブックの友人が表示されるので、そこからプレゼントを贈る相手を選ぶ。するとその相手がどんなものに「いいね!」ボタンを押しているのかを分析して、エッツィー上の商品を並べ替えてくれるのである。あっという間に、友人に気に入ってもらえそうなプレゼントを選ぶのが楽になった。
・「インフルエンサー」の発想を離れ、仲の良い友人たちが形成する小規模なグループに注目し、マーケティング活動を行う時代が始まろうとしている。この変化こそ企業のマーケティング担当者が注目しなければならないものであり、次の10年の中心的テーマとなるだろう。
・多くの場合、近況アップデートには社会的なジェスチャーの意味が含まれ、それに対して「いいね!」ボタンを押したりコメントを投稿したりするのは、内容が本当に気に入ったからというよりも、相手との関係を築くための社会的シグナルを送りたいからなのである。近況アップデートを基点として始まる会話のほうが、近況の内容そのものよりも重要になる場合も多い。従ってマーケティングキャンペーンでは、コンテンツをシェアしてもらうこと以上に、そこから始まる会話を支援することにも注目しなければならない。
・共有されやすいコンテンツは、内容が肯定的なものや有益な情報を含むもの、驚きを与えるものや面白いもの、もしくは目立つ形で取り上げられているものである。しかしこうした要素よりももっと重要なのが、どれほど感情を刺激する内容であるか、という点なのだ。
研究によれば、人々がソーシャルネットワーキングサービスを使う第1の目的は、すでに強い絆で結ばれている人々とさらに強く結びつくためであり、弱い絆の人々との関係を構築するというのは二次的な目的である。フェイスブック上でユーザーが週に何人くらいの人々とコミュニケーション(カッコ内略)をしているのか調べてみたところ、平均してたった4人という結果が出た。そこで期間を1週間ではなく1ヶ月間に延ばしてみたのだが、それでも平均して6人という結果に終わった。
・人は平均で4から6のグループに属しており、それぞれのメンバーは10人に満たないことが多い(メンバー数の平均は4人である)。同じグループに属するメンバー同士はお互いに顔見知りだが、他のグループに属する人々とは面識がない。
・マーケティングキャンペーンを計画する際には、あなたのメッセージが友人グループの中でシェアされるように、さらにグループ外の友人との間でシェアされるように注意しなければならない。しかし情報が伝わることができる範囲は、起点となった人物から2人の仲介者を介して到達できる人物までであることを理解しておこう。それを理解していれば、最初にできるだけ多くのグループにメッセージを渡しておく必要があると分かるはずだ。
・一般的にソーシャルネットワークには、次のような特徴がある。
 ・最も親しい人々のグループには、5人くらいの人物が存在する
 ・次に親しい人々のグループには、15人くらいの人物が存在する
 ・定期的に会う機会のある人々は50人くらいであり、彼らの近況もほぼわかっている
 ・安定的な関係を築くことができるのは150人くらいが限度である
 ・何となく知っていて名前もわかる、というような「弱い絆」でつながっている人物は500人くらいである
・人は自分が属するグループ(家族や友人グループ、職場、スポーツチームなど)の期待や考え方、行動に添うために、しばしば自分自身の行動を変化させる。そしてそれは無意識のうちに起きることが多い。
私たちはパターンを探し、見いだされたパターンが過去に蓄積されたパターンと一致するかを確認する。そして一致するパターンが見つかると、脳はそれを深く追求するようになり、先入観がさらに強化されてしまうのだ。もし一致するパターンがなければ、それが新しいパターンとして脳に記録される。
・(続き)脳は予想するようにつくられている。予想を立てる能力は、問題解決の基礎になるものだ。記憶は脳の新皮質に蓄積され、次に何が起こるかを予測するために使われる。そして脳は実際に起きたことを観察して、予測との違いを把握し、記録する。何らかの問題を解決しようとするとき、脳は答えを計算して求めているのではなく、単に記憶の中から答えを引き出しているに過ぎない。人の感情が安定せず、常に変化しているのは、脳に刻まれた本能がそうさせているからではなく、感情は無意識からのシグナルだからだ。脳が行う予想の大部分は、私たちの意識の外側で行われている。
私たちは意識できる情報のほうを重視しているが、実は無意識脳には意識脳の20万倍にも達する処理能力がある。(中略)無意識脳は過去の経験や、失敗から学ぼうとし、膨大な過去の記憶に基づいて結論を下す。そして意識脳は、無意識脳が下した結論というインプットを得た上で、直近の短期記憶に基づいて働くのである。
・(続き)社会から受ける影響の大部分は、無意識脳によって処理される。私たちは他人の行動を観察し、そこからかすかな合図を読みとって、何が適切な行動なのかを判断する。しかしこうした判断によって自らの行動を変えたのだと認識することはないだろう。
・自動車を購入する際に人々がどのような判断を行うのか調査したところ、意識脳が使われた場合には全体の25パーセントしか最も良い自動車を選べなかったのに対し、無意識脳が使われた場合には、その割合が60パーセントへと上昇した。
・「いま行なっている行動は誤りだ」などという説得を行なってはならない。行動を変えたくなるモチベーションを提供すれば、意識の変化はあとからついてくる。(中略)ユーザーが投稿に「いいね!」やコメントをつけたり、アンケートに答えたりするのにかかる時間はごくわずかだ。そしてその行動は彼らの友人にも見られるため、過去の行動に合わせたいという欲求が働き、新たな行動を将来も繰り返す確率が高まる。

爆発的ヒットの意外な源を知る「ザ・ディマンド」

ビジネスが飛躍する際には顧客からの強いディマンド(需要)を引き出す必要があると主張し、その実例をいくつも取り上げています。実例は非常に興味深く、ディマンドを掴んだ際の考え方や手法には非常に勉強になるものがあります。

ただ、ではそれをどうやったら再現できるのか、というのはよく分かりません。そもそもその事例自体が単なる後付けかもしれないわけで。

この原動力となった製品がノキア1100だ。先進国の人々は、この携帯電話に対する巨大な需要を知って驚愕するだろう。この10年に登場した最も印象的なハイテク製品を挙げてみよう。任天堂のゲーム機Wiiは、発売五年で4500万台を売り上げた。やはり五年で、モトローラのRAZR(レーザー)は5000万台、ゲーム機のプレイステーション2は1億2500万台、iPodは1億7400万台だった。ノキア1100は、最初の五年で2億5000万台、その大半は世界でも最も貧しいといわれる国々での売上だった。ノキア1100は世界一売れた家電製品となった。

(ノキア1100には)欧米人には思いもつかないようなオプションを提供している。たとえば、何人ものユーザーの連絡先リストを保存することができる。これは、村人たちが共有する携帯電話には必須の機能だ。また、ユーザーは個々の通話に対して料金の上限を設定することができる。これも共有する場合には必要な機能だ。電力供給が不安定な場所で役に立つ懐中電灯、ラジオ、目覚まし時計なども内蔵されている。さらには、画面表示言語数は80を超え、読み書きができない人のためにアイコン表示も選択することができる。

本書は2011年に書かれたようですが、これだけ成功していると書かれたノキアはその後、まったくディマンドを読み違え大赤字になっています。

ディマンドは驚くほど繊細で壊れやすい。ディマンド・クリエーターたちはこの点を心得ている。たったひとつの重要な変数が欠落しただけで、あるいは決定的な細部にたったひとつの欠陥があっただけで、何千時間にもおよぶ努力と想像力と忍耐がムダになってしまう。だから、偉大なディマンド・クリエーターは常に試行錯誤を繰り返し、製品と組織作りにおいて考えられる限りの弱点を正そうとしている。 彼らは直感的に知っているーーディマンドの世界では真に不可避なものはないと。

これは事実なのだけれども、ではどうしたらいいかという回答にはまったくなっていません。

ただ、本書はこういったディマンドを掴むための試行錯誤を常識をとらわれずにやりつづけるべきだ、と思い出すためと、その事例のストーリーから新たな発想を得るために有効だと思います。ストーリーはどれも非常にエキサイティングでおもしろいです。

<抜粋>
・こんにち携帯電話の出現でこうした状況は変わりつつある。いまや北のウタルブラデシュ州から南のタミルナドゥ州にいたるインドの40パーセント以上の農民が、携帯電話を使った農業情報サービスを利用している。特定の地方市場における、ある作物の最高値と最安値、その日の入荷量など、必要に応じた市況情報を音声や文字データで受け取れる。また、水田の雑草の防除策、バナナの栽培方法といったノウハウも提供してくれる。 この種の情報はアメリカの農民なら当たり前のことだろうが、発展途上の国々での影響は計り知れない。
・この原動力となった製品がノキア1100だ。先進国の人々は、この携帯電話に対する巨大な需要を知って驚愕するだろう。この10年に登場した最も印象的なハイテク製品を挙げてみよう。任天堂のゲーム機Wiiは、発売五年で4500万台を売り上げた。やはり五年で、モトローラのRAZR(レーザー)は5000万台、ゲーム機のプレイステーション2は1億2500万台、iPodは1億7400万台だった。ノキア1100は、最初の五年で2億5000万台、その大半は世界でも最も貧しいといわれる国々での売上だった。ノキア1100は世界一売れた家電製品となった。
・(ノキア1100には)欧米人には思いもつかないようなオプションを提供している。たとえば、何人ものユーザーの連絡先リストを保存することができる。これは、村人たちが共有する携帯電話には必須の機能だ。また、ユーザーは個々の通話に対して料金の上限を設定することができる。これも共有する場合には必要な機能だ。電力供給が不安定な場所で役に立つ懐中電灯、ラジオ、目覚まし時計なども内蔵されている。さらには、画面表示言語数は80を超え、読み書きができない人のためにアイコン表示も選択することができる。
普通のMP3を持っている人が「役に立つよ」とか「いいよ」と言うのに対して、iPodを持っている人は10人中10人が「気に入ってる!」と言うのはこのためだ。(中略)ようするに、マグネティックとは、「優れた機能性」×「優れた感情的訴求力」である。
・ディマンドは驚くほど繊細で壊れやすい。ディマンド・クリエーターたちはこの点を心得ている。たったひとつの重要な変数が欠落しただけで、あるいは決定的な細部にたったひとつの欠陥があっただけで、何千時間にもおよぶ努力と想像力と忍耐がムダになってしまう。だから、偉大なディマンド・クリエーターは常に試行錯誤を繰り返し、製品と組織作りにおいて考えられる限りの弱点を正そうとしている。 彼らは直感的に知っているーーディマンドの世界では真に不可避なものはないと。
・ケアモアの背後にある経済論理は型破りだ。医師たちは従来なら意思が思いつかないような仕事や責任を引き受け、スタッフたちも普通の医療関係者よりずっと長い時間、患者やその家族とすごす。だが、ケアモアが費やす経費は、やがてその何倍もの節約となって戻ってくる。その結果、加入者の医療費総額は業界平均の18%も低い。費用曲線を逆転させることによって、ケアモアは持続可能な民間医療機関市場へと続く経済モデルを構築した。
(アマゾンのシニア・バイス・プレジデント曰く)最も注目すべき点は、キンドル所有者の書店購入回数が印刷された書籍を郵送で受け取っていたときの2.7倍に上がったことだ。
・ジップカーの人気の鍵が「密度」だったこと、キンドルに不可欠だった違いは「書籍への瞬間的なアクセス」だったことを思い出してほしい。これがディマンドの蛇口をひねるトリガーだった。同様に、ネットフリックスのディマンドを一気に加熱させたトリガーは「配達速度」だった。
・リード・ヘイスティングスとネットフリックスのチームが2001年に翌日配送に思い当たったころには、すでに三年がかかりで偉大なディマンドが飛躍するトリガー探しに大きな労力を注いでいた。
優れた教師の資質に「人生の満足度」が関係するなどと誰が思っただろう? ここが重要な点だ。ディマンド・クリエーターは憶測や直感や「常識」には頼らない。ひたすら証拠を探し、追求する。その結果、ディマンドなど無関係な、思いもよらない場所へ導かれたとしてもだ。
・(オーケストラにて)では、なにが違いを生んだのか? リストの第一位は「駐車場」だった。最低限の手間で自宅とコンサート・ホールを往復するという単純なことが、唯一最も強力な「再訪の原動力」だった。トライアリストの重要なトリガーはこれだった。
・(ユーロスターの)年間総利用者数は、1995年の300万人から2000年の710万人に増えた。(中略)2010年には950万人に達した。
・「リスクの高いプロジェクトの成果を予想するとき、エグゼクティブたちは誰もがじつに簡単に、心理学で言う『計画錯誤』の犠牲者となる。これに捕まると、彼らは収益、損失、可能性を理性的に評価するのではなく、妄想的楽観主義に基づいた意思決定を行うことになる」

エンジニアtypeインタビュー掲載

エンジニアtypeさんにインタビューを掲載していただきました。

「次にやるサービス開発は『文脈思考』で考えている」~山田進太郎氏が描くメガベンチャー構想(前編)
「今、開発で重視すべきはオペレーション・エクセレンス」~山田進太郎氏が描くメガベンチャー構想(後編)

まぁ偉そうなこと言ってますが、正直最初はかなりの確率で失敗すると思います。すごく無様に。でも、失敗したって諦めずにやり続けるつもりです。そういう気持ちになったからまた起業しようと思ってます。

もし一緒に世界的サービスを作ることに、興味がある方がいたらご連絡ください。

P.S.ブログに掲載しのがしてましたが、世界一周からの帰国日にインマイバッグのインタビューがあったのでこちらもどうぞ。
元ウノウ代表取締役社長 山田進太郎さんのバッグの中身インタビュー!

中央銀行は本当に必要なのかを考える「ロン・ポールの連邦準備銀行を廃止せよ」

前にご紹介したアメリカの下院議員であり、生粋のリバタリアンのロン・ポール「他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ」の連邦準備銀行の廃止に絞っている著作。

著者が言うように、確かに中央銀行が金利を操作して景気をコントロールするその根拠は非常に脆弱です。社会主義の経済コントロールがうまくいかないのと同様に、中央銀行が自由市場をコントロールするため、金利をうまく操作できるわけがないというのはすごく的を得ています。

また、その施策が自由市場に間違ったシグナルを与えて、逆に景気の波を大きくしているというのもすごく納得感があります。

おもしろかったのは、

本当は、ゴールドマン・サックスやAIGが破綻したところで、一般国民にはたいして悪影響は及ばないのである。リーマン・ブラザーズが破綻処理されたのと同じにすべきだった。もちろん痛みは伴う。だがそれは短期的な痛みだ。

と言っているところ。実際リーマン・ブラザーズが破綻してもほとんど個人レベルでは差を感じなかったように、金融機関が破綻しても実はほとんどのひとはあまり困らないのだと思います。

逆に政府が救済することで、本書にあるような「リスクをとれるだけ取って、儲けているうちはお金をポケットに入れ、失敗したら救済してもらう」という戦略が金融機関にとって有効になってしまいます。

金融は社会にとってすごく重要な機能だと僕も理解してますが、だからといって幹部が何十億も報酬をもらい、普通の社員であっても何千万ももらっているというのは生み出している社会価値からして妥当なのでしょうか。この戦略が有効だからこそ可能になっているのでしょう。

だから、破綻するなら破綻させた方がいいと思います。

もちろん決済銀行が潰れたらお金を預けていたひとは困るでしょうけども、もしそういうことがあればより堅実な銀行を選ぶことになるだろうし、そうであれば銀行はより堅実になろうとします。

これを人為的に自由市場を操作して回避することで、金融機関のモラルハザードも起きるし、それによって不景気の底も深くなる。まさに悪循環になっています。

一方で、著者の言う中央銀行の廃止が本当に可能なのかはよく分かりませんでした。確かに、各国の中央銀行が権力を持ち過ぎているのは確かだと思うのですが、それに代わるものが金本位制だと言い切るにはもう少し何かが必要だと思いました。

もちろん中央銀行は権力を持ち過ぎであると思いますが、であればそれをうまいこと規制する方法もある気がします。では何なのだというとすぐに出てこないですが。

とはいえ、こういったドラスティックな意見はすごくおもしろいし、「お金とは何なのか」「経済とは何なのか」ということについても深く考えさせられました。

オススメです。

<抜粋>
なぜ中央銀行は存在しているのか? その答えは連銀に関する経済書には載っていない。大学の抗議を聴いても、連銀のウェブサイトや連銀が発行する冊子を読んでも同じことである。
・連銀は「何も無いところからお金を生み出す」特異な権力を持っているのである。連銀は、一度に膨大なお金を生み出すこともできるし、通貨量を絞り新しいお金を作らないようにすることもできる。生み出されたお金はさまざまな形態でさまざまなルートを通り、金融システムに流されるのである。例えば公開市場操作、銀行の預金準備率の変更、金利の操作を通じて、連銀は「お金を創造」している。
金本位制の下では、銀行は一般の企業と同じように自らのリスクを背負って商売をしなくてはならない。銀行はある程度まで自分の信用を拡大して、リスクの高い融資案件に貸出をすることはできた。だが、その投資先の経営破綻の際に、その損失を社会全体に押しつけることはできなかった。銀行は金融なるものの重圧に従って、貸出や契約を行わなければならなかった。 自らリスクを引き受けなければならないのであれば、意思決定はどうしても慎重になる。それが貸出に節度を与え、堅実なビジネス文化を生むのである。
・「利益は自分たちの懐に入れ、損失は社会(世の中)に押しつける」。これこそが大手銀行の望んでいることだ。銀行は好景気のときにはローンを山ほど貸し付けて利益を出す。だが景気が冷え込むと、銀行は自分が抱えてしまう損失を第三者に押しつける。銀行が臨むように通貨量を膨張させておいて、生まれた損失を補填してもらうのである。こんなことが許されるのは銀行業界だけである。こんな都合のいい商売ができるならだれでもやりたいと思うだろう。普通の企業は自由市場でビジネスをしており、自由市場ではそのような狡猾な行為はとうてい許されない。
・現在の連銀議長バーナンキだけに言えることではないが、今までさんざん連銀はその権力を乱用してきたのだ。議会は今もほとんど理解していないが、現在の連銀は驚くべき権力を有している。だれにも監督、監査、統制されていないのである。その上、連銀は連邦準備法によってしっかりと保護されている。そのために連銀議長は、連邦公開市場委員会や海外の中央銀行との協定についての議会での質問に回答する義務がない。連銀が何兆ドルというお金を金融市場に注入しても、そこでどこのだれが利益を上げたのかを連銀は報告する義務がないのである。
・ワシントンの政財界の連中が読むべき本をひとつだけ挙げるとすれば、それはロスバードの『アメリカの大恐慌』である。ロスバードはこの本で、1920年代後半のバブルが連銀によって作られ、バブル崩壊後にフーバーが経済介入したため大恐慌を長引かせたと論証した。
中央銀行ができたために総力戦が戦われるようになったのは偶然の一致ではない。お金を刷りたいだけ刷れる印刷機を持たないで戦争をすると、政府は自国の限られた税収の範囲内で戦争をしなければならない。そのため戦争を起こさないよう、外交的な努力をしなければならなくなる。戦争が始まってしまっても、できるだけ早く収拾させようという誘因となる。 19世紀の終わりのヨーロッパ諸国では戦費の財政的な歯止めがなくなった。それは各国に中央銀行が設立され、政府は必要なだけお金を刷れるようになったからだ。
お金の製造機が政治家にいつでも資金を用意してくれるから、政府は危機に対して場当たり的な対応しかしなくなったのだ。このような散財を続けるとアメリカ人はもっと高額の税金を納めなくてはならないはずだ。だがアメリカ人は高い税金を許さない。増税を偽るために政府は通貨を膨張させるのだ。そして政府の支出を世の中全体に払わせているのである。
・連銀こそが大恐慌の原因であったという意見に、すべてのオーストリア学派の経済学者は賛同している。
・市場が決めた金利よりも連銀が金利をさらに低く引き下げた場合、何が起きるだろうか。人為的な低金利は、投資を持続可能なペースを超えて拡大させる。低金利というのは本来、消費者が充分な貯蓄をしているという合図なのである。だから低金利になれば、それを当てにして事業への投資が始まる。しかし連銀が人為的に金利を引き下げた場合、そこに充分な富はない。だから新しい事業を成功させ投資を回収するに見合う分の、新しい富は最初から無いのである。連銀が金利を引き下げたからといって、新たな資本は生まれないのである。単に借り手がリスクを判断する市場の合図を歪めているだけなのだ。
市場が決める金利こそは、経済が円滑に回るために必要不可欠な情報なのである。中央銀行が決めた金利は統制そのものであり、中央計画経済の一形態である。中央銀行、政治家、官僚たちに、どれくらいが適切な金利であるのかなど分かりようがない。そのことを無視して、自分たちの権益拡大のために人々を惑わしているだけだ。
・本当は、ゴールドマン・サックスやAIGが破綻したところで、一般国民にはたいして悪影響は及ばないのである。リーマン・ブラザーズが破綻処理されたのと同じにすべきだった。もちろん痛みは伴う。だがそれは短期的な痛みだ。
・憲法は明確に政府による紙幣の発行を禁止している。「金と銀だけが法定通貨である」としている。(中略)憲法第一条十節は「どの州も金や銀以外での国債の支払いを認めてはいけない」、このように単純明快だ。政府紙幣は憲法違反なのである。
・憲法は中央銀行については言及していない。では、この問題をどのように考えたらいいのだろうか。それは憲法修正十条をみれば答えは明らかだ。「憲法で連邦政府に与えられていない権力」を、連邦政府はもたない。
・自分の頭で考えてみてほしい。お金の価値をめいっぱい高く見積もる(弾力的に運用する)という発想は、お金が必要ならもう少し印刷すればいいと言っているのと同じである。
19世紀のアメリカの銀行業が酷かったという言い伝えは大半が作り話である。何世紀にもわたる銀行の問題はむしろ政府によって作られたものだ。繰り返し起きた政府の支払い停止、戦争によるインフレ、金と銀の交換比率を政府が固定した複本位制、国債の大量発行などである。これらは政府の問題であって、自由市場の問題ではない。むしろ自由市場での銀行業はうまく機能していたのである。ミネアポリス連銀から発表された研究がこのことを証明している。
・実に興味深いことだが、連銀を廃止しても、私たちが現在知っている金融制度が終わるわけではない。
・一般の家庭と同じで、経済的に困難なときは何でもすべて好きなことをやるわけにはいかないと、議員は気づくことになる。議会は選択を迫られる。歳入が充分でなければ、予算を削減しなくてはならなくなる。現実社会と同じように、この家計の法則が議会の野心を制御するようになる。

今だからこそ大前氏の政治思想を確認する「訣別」

大前氏の政治上の主張をまとめた作品。2011年末出版。

毎回大前氏の著作を読んで思うのは、すごく筋の通ったまともな主張だと思うのだけど、なかなか受け入れらないもどかしさ。ほんと政治は難しいのだなぁと実感させられます。橋下氏が大前氏と比較的近い政治思想のようなので密かに期待してます。

もちろんすべての意見に賛同するわけではないのですが、実現していく過程で間違っていたら直していけばよいので。少しでも前に進んで欲しいと思います。

以下は特に印象的なところ

21世紀に入ってからはロシアのプーチン政権による所得税のフラット化が絶大な効果を上げている。12%、20%、30%の累進性だった所得税を2001年にオール13%のフラットタックスにした途端、所得税収が25%以上増えて、以後もしばらくは税収の大幅増が続いた。所得の87%が手元に残ることになり、所得を隠す者がいなくなって巨大な地下経済が表に出てきたのである。

日本では地下経済がどのくらいあるのか分からないのでなんとも言えませんが、もし税収増が期待できるのであれば、ぜひ実現して欲しい。国としての競争力も大幅にあがるだろうし。

(ロシア)ある日突然、ジェフリー・サックスのリコメンデーション(推薦)で国営企業が株式会社になった。株式は従業員にも配られたが、生まれてからずっと「資本主義は悪いことだ」「株式は悪だ」と教え込まれてきたから、急に資本家にされても顔を見合わせて株の扱いに戸惑うばかり。そんな人たちに「その株式、買ってあげましょう」と声をかけてきたのが、後に株式会社の会長になる男だった。

なぜ現代でいきなり大富豪が生まれうるのか不思議だったのですが、これには納得がいきました。

<抜粋>
政権と首相のたらい回しをやめさせるにはどうするべきか。 私は「一回の選挙から選ぶことのできる首相は二人まで」というルールを作るべきだと考える。一国の首相になるということは非常に重いことだ。健康問題など、何らかの理由で交代せざるを得ない場合もあるから、一回だけは首相交代を認めるが、二回目以降は認めない。二回目の内閣が倒れたら解散総選挙を行って、新しい政権に移行する。
・日本では大臣や実力派の政治家には「◯◯番」と呼ばれる、ぶら下がりの記者がつく、日本の新聞やテレビの政治部記者というのは政策を国民目線で評価するような能力がないから、とにかく担当の政治家にぶら下がって情報を拾おうとする。 政治家とぶら下がりの記者、両社の間にはぶら下がった政治家が出世をすれば記者も出世するという関係性が生じる。ゆえに新大臣が誕生すれば、善人っ者との違いをアピールしたい新大臣と前任者を否定して新大臣を持ち上げる記者という構造になりがちだ。
・日本人にもう一つ特徴的なのは、子どもの教育にお金をかけすぎることだ。(中略)百歩譲って「投資ではなく、子どもの将来のため」だとしても、今の日本の教育を受けさせれば受けさせるほど、これからの時代にも、世界的にも通用しない人材に育つだけだ。 むしろ子どもにかける教育費の半分でもいいから、自分や配偶者に投資すべきだと私は考える。そうすることで世帯としての「稼ぐ力」が上がれば、結果的によりよい教育を子どもに授けることができるようになるからだ。
・自分の稼ぐ力をアップする。そのために計画的に行動している日本人というのは非常に少ない。日本ぐらい自分に投資することに無関心な国はないが、自分の配偶者に投資するという発想はさらに乏しい。
・国土交通省が発表した2008年度の国内線利用実績によると、全国98空港で需要予測に対して実績値が100%を上回ったのは(中略)8港しかない。実績が比較可能な空港の九割が需要予測を下回り、三割以上の空港が予測値の半分にも達してなかった。
・デンマークなどでは、嫡出子だろうが非嫡出子だろうが、病院で生まれ落ちた瞬間にデンマーク国籍とID(識別番号)が与えられる。生まれた瞬間に親とは関係なく個人が国家と契約を結び、個人としての権利義務が発生し、一国民として尊重されるのである。出生届の父親の名前を記入する必要はない。それくらいやらなければ子どもは増えないのである。
・(ロシア)ある日突然、ジェフリー・サックスのリコメンデーション(推薦)で国営企業が株式会社になった。株式は従業員にも配られたが、生まれてからずっと「資本主義は悪いことだ」「株式は悪だ」と教え込まれてきたから、急に資本家にされても顔を見合わせて株の扱いに戸惑うばかり。そんな人たちに「その株式、買ってあげましょう」と声をかけてきたのが、後に株式会社の会長になる男だった。
・(中国)共産党一党独裁という政治体制については教義的にもまったく妥協していないし、地方政治の人事権も中央は手放していない。ただし、経済運営に関しては、1998年に首相に就任した朱鎔基の改革で地方に権限が大幅に移譲された。朱鎔基は「8%以上の経済成長をすること」「暴動など社会不安を起こさないこと」「腐敗しないこと」という「三つの約束」を果たす限り、経済運営に関する全権限を市長に移譲する、としたのだ。
・「答えがある」ことが前提の日本の教育では「答えがない」時代には対応できない。だから世界から後れを取っている。政治家も識者も教師もそういう現状認識ができていないから、「教育再生」などという懐古主義的なコンセプトにすがりつくのである。
・新卒の就職率が低下しているのは不況だけが理由ではない。日本にとどまっていては未来がないと、日本の企業が見切りをつけたからだ。世界、特に新興経済国に打って出ない限り、企業は生き残れない。そこで勝負すると決めたからには、新興国で通用する人材を求めるのは当然である。
究極的には大選挙区制にして、各道州から十数人の国会議員を選出する。天下国家を論じることに専念する国会議員は100人もいれば十分。国民DBの項目でも触れたように、道州から選出した国会議員で運営する下院と直接投票で民意を問う上院の二院制に移行すべきだろう。コミュニティーレベルの議員は首長以外は無報酬で、平素は仕事を持っている人々がその任にあたる。このようにすれば、行政コストも議会運営費用も大幅に下がる。
・21世紀に入ってからはロシアのプーチン政権による所得税のフラット化が絶大な効果を上げている。12%、20%、30%の累進性だった所得税を2001年にオール13%のフラットタックスにした途端、所得税収が25%以上増えて、以後もしばらくは税収の大幅増が続いた。所得の87%が手元に残ることになり、所得を隠す者がいなくなって巨大な地下経済が表に出てきたのである。
2008年に「今後きちんと納税するなら、過去の脱税は罪に問わない」という刀狩り政策を打ち出して税収を倍増させたインドネシアのような例もある。そのあたりの「納税心理」というものを日本の政治家や経済学者、税制調査会のメンバーはもっと勉強するべきだ。

これからの生き方について考えさせる「ワーク・シフト」

ロンドン・ビジネススクール教授リンダ・グラットンが、これから世界がどのように変わっていくか、それに対してどのように考え方や行動を変えていくべきなのか、を鋭く考察しています。

本書が特に素晴らしいのは、お金だけではなく自分が本当に大好きなことが何かを内省した上で選択していくべきというというところだけでなく、それに対しての不安や代償や結果も受け入れるべきだ、と主張しているところです。

あなたがバランスの取れた生活を重んじ、やりがいのある仕事を重んじ、専門技能を段階的に高めていくことを重んじるのであれば、それを可能にするための<シフト>を実践し、自分の働き方の未来に責任をもたなくてはならない。 そのためには、不安の感情に対する考え方を変える必要がある。自分が直面しているジレンマを否定するのではなく、強靭な精神をはぐくんで、ジレンマが生み出す不安の感情を受け入れなくてはならない。自分の選択に不安を感じるのは、健全なことだ。深く内省し、自分の感情にフタをしない人にとって、それはごく自然な心理状態なのだ。不安から逃れたり、不安を無視したりする必要はない。 そのジレンマのなかにこそ、あなたが光り輝くチャンスが隠れている。

結局のところ会社や社会が自分の代わりに選択してくれる世界は終わりを迎えてしまったので、それぞれが意識的にやりたいことを追求していくしかない。それはすごく厳しいことなのだけど、だからこそ自ら選び行動し、得られた人生の満足感はこれまでになかったほど高いものになる、というわけです。

それを円滑にするためのアイデアが詰まっています。素晴らしい作品なのでぜひ多くのひとに読んでいただきたいです。

<抜粋>
現在、経済発展から取り残されている貧困層は、サハラ砂漠以南のアフリカなど一部の地域に集中しているが、グローバル化が進み、世界がますます一体化すれば、先進国も含めて世界中のあらゆる地域に貧困層が出現する。グローバルな市場で求められる高度な専門技能をもたず、そうかといって、高齢化が進む都市住民向けサービスのニーズにこたえる技能と意思もない人たちが、グローバルな下層階級になる。
・どれくらいの時間をつぎ込めば、技能を自分のものにできるのか。レヴィティンの研究によれば、おおむね、10000時間を費やせるかどうかが試金石だとわかった。一日に三時間割くとしても、10年はかかる。
・はっきり言えるのは、人々の健康と幸福感を大きく左右するのが所得の金額の絶対値ではなく、ほかの人との所得の格差だという点だ。
・人々がせめて一日一時間テレビを見る時間を減らせば、メディア専門家のクレイ・シャーキーが言う「思考の余剰」が世界全体で一日90億時間以上生み出される。(中略)100万人がテレビを一時間見ても、一人ひとりの活動は分断されたままだが、インターネットでコミュニケーションを取り合いながらその時間を過ごせば集積効果が生まれる。
「自分」に関する本が読まれるようになたのは、比較的最近の現象だ。昔の人は、いまほど自己分析をしなかった。(中略)私の二人の祖母は、ビートン婦人の『家政術』はともかく、自己啓発書はもっていなかった。自分について内省することをあまりしない世代だったのである。私は自分について内省する世代の一人だ。Y世代やZ世代は、そういう傾向がいっそう強まるだろう。
・ただし、自分に合ったオーダーメードのキャリアを実践するためには、主体的に選択を重ね、その選択の結果を受け入れる覚悟が必要だ。ときには、ある選択をすれば、必然的になんらかの代償を受け入れなければならない場合もあるだろう。これまでの企業と社員の関係には、親子の関係のような安心感があった。私たちは、自分の職業生活に関する重要な決定を会社任せにしておけばよかった。それに対して、新たに生まれつつあるのは、大人と大人の関係だ。このほうが健全だし、仕事にやりがいを感じやすいが、私たちはこれまでより熟慮して、強い決意と情熱をもって自分の働き方を選択しなくてはならなくなる。そのために必要なのは、どのような人生を送りたいかを深く考え決断する能力だ。
・連続スペシャリストへの道(中略)1 まず、ある技能がほかの技能より高い価値をもつのはどういう場合なのかをよく考える。未来を予測するうえで、この点はきわめて重要なカギを握る。 2 次に、未来の世界で具体的にどういう技能が価値をもつかという予測を立てる。未来を正確に言い当てることは不可能だが、働き方の未来を形づくる五つの要因に関する知識をもとに、根拠のある推測はできるはずだ。 3 未来に価値をもちそうな技能を念頭に置きつつ、自分の好きなことを職業に選ぶ。 4 その分野で専門技能に徹底的に磨きをかける 5 ある分野に習熟した後も、移行と脱皮を繰り返してほかの分野に転進する覚悟をもち続ける。
未来の世界では、知識と創造性とイノベーションに土台を置く仕事に就く人が多くなる。そういう職種で成功できるかどうかは、仕事が好きかどうかによって決まる面が大きい。自分の仕事が嫌いだったり、あまり意義がないと感じていたりすれば、生後とで創造性を発揮できない可能性が高い。仕事を単調で退屈だと感じている人は、質の高いケアやコーチの仕事などできないだろう。日々の仕事はさしあたり無難にこなせるかもしれないが、大好きなことに取り組むときのようなエネルギーはつぎ込めないはずだ。
これまで企業は、合理性と一貫性を確保するために「管理」の要素を重んじてきた。遊びと喜びの要素が完全に排除されていたとまでは言わないが、これらはあくまでも脇役でしかなかった。しかし未来の世界では、単なる模倣にとどまらない高度な専門技能を身につけたければ、遊びと創造性がこれまで以上に重要になる。
・未来の世界で個人ブランドを築くためには、「私って、こんなにすごいんです!」と大声で叫んで歩くだけでは十分でない。(中略)業績や能力を誇大宣伝したり、虚偽宣伝をしたりする人もいるだろう。そこで、魅力的な個人ブランドを築いて大勢の人たちとの差別化を図り、その個人ブランドに信憑性をもたせることが欠かせない。職人にせよ、プログラマーや物理学者にせよ、まずは質の高い仕事をし、そのうえで自分の資質を世界に向けてアピールする必要があるのである。
・アメリカの複雑系研究者スコット・ペイジが売り上げ予測の精度を比較したところ、個人の予測より、不特定多数の人たちの予測のほうが概して正確だった。個人がきわめて高度な知識の持ち主の場合も結果は同様で、集団のメンバーが多様なほど、予測の精度が高かった。こうした傾向は、予測の対象が複雑な現象の場合にことのほか顕著だった。
・意識的に普段と違う場に身を置いたり、自分と違うタイプのグループに適応して仲間に加えてもらったりすることは、ビッグアイデア・クラウドを築くうえで重要な戦略だ。しかし、そうした「プッシュ」の戦略に加えて、「プル」の戦略も実践できたほうがいい。自分の魅力を高めて、ほかの人たちがあなたのグループに自分を適応させたり、あなたと偶然出くわすことを期待したりするよう促すことも目指すべきだ。
・活力の源となる友人関係を築き、維持するためには、時間的余裕が欠かせない。時間に追われ、他人の要求に対応することに忙殺されると、深い友情のためにつぎ込むエネルギーと意欲がすり減ってしまう。
・業績をあげた人物に高給で報いることができない組織は、代わりにどのような「報酬」を提供できるのでしょうか? 私の場合、リーダーシップを振るい、責任を与えられ、意思決定をくだす経験がとても大きな報酬になっています。そのおかげで、仕事を通じて幸せを感じられています。このような機会が得られるとわかっていれば、物質的な要素はもっと早く捨てていたのに。
話を聞くうちにわかったのは、子どもを持たない人生を意識的に選択した女性がごく少数にすぎないということだ。現在の生き方を選択した時点では、自分がどういう選択をしようとしているのかを正しく理解していないケースが多かったのだ。その選択をすることにより、どういう結果が待っていて、なにをあきらめなくてはならないのかを正確に計算できていなかったのだ。 私たちは人生における仕事の位置づけを選択するとき、こういう落とし穴に陥りやすい。選択の結果が現実になるまでに時間がかかったり、結果が予期しないものだったりするケースが多いからだ。
・どうして、お金が増えても幸福感が高まらないのか。(中略)ここで注目すべきことがある。お金と消費には限界効用逓減の法則が当てはまるが、それ以外の経験にはこの法則が当てはまらないという点である。たとえば、高度な専門技能を磨けば磨くほど、あるいは友達の輪を広げれば広げるほど、私たちが新たに得る効用が減る、などということはない。むしろ、私たちが手にする効用は増える。所得が増えるほど所得増の喜びは薄まるが、技能や友達は増えれば増えるほど新たな喜びが増す。
・「親代わりに子どもの相手をしているテレビという機会は、さまざまな品物をカネで買うことが人生そのものであるかのように描く。私たちは、子どもをポルノに触れさせないように細心の注意を払う半面で、きわめて不用意に、物質主義の魅力を生々しく教え込むメディアに子どもたちをさらしている」
・しまいには、「私はお金が好きに違いない。なぜなら、お金を稼ぐために、こんなに頑張って働いているのだから」と考えはじめる。
・コーステンバウムらに言わせれば、選択にともなう不安を避ける必要はない。そういう感情を味わう経験こそが私たちの職業生活に意味や個性、現実感を与える。選択から逃げ、不安や罪悪感と向き合うことを避け、選択につきもののジレンマについて考えることを拒めば、職業生活の豊かさのかなりの部分を手放すことになる。仕事に関する古い約束事のもとでは、誰かが代わりに選択してくれたが、未来の新しい約束事のもとでは、自分自身で選択する意思をもたなくてはならない。
・あなたがバランスの取れた生活を重んじ、やりがいのある仕事を重んじ、専門技能を段階的に高めていくことを重んじるのであれば、それを可能にするための<シフト>を実践し、自分の働き方の未来に責任をもたなくてはならない。 そのためには、不安の感情に対する考え方を変える必要がある。自分が直面しているジレンマを否定するのではなく、強靭な精神をはぐくんで、ジレンマが生み出す不安の感情を受け入れなくてはならない。自分の選択に不安を感じるのは、健全なことだ。深く内省し、自分の感情にフタをしない人にとって、それはごく自然な心理状態なのだ。不安から逃れたり、不安を無視したりする必要はない。 そのジレンマのなかにこそ、あなたが光り輝くチャンスが隠れている。
議論は哲学的な領域に入っていく。未来の世界で、私たちは自分にとって大切な価値や自己像を追求できる可能性と、そのための選択と行動をおこなう自由を手にする。そういう時代には、社会や組織からどのような制約を課されているかを認識し、その制約にどう向き合うかを決めるのが自分自身なのだと理解し、同時に、自分の選択と行動がもたらす結果からは逃れられないのだと覚悟する必要がある。

世界一周後によく聞かれることまとめ【完結編】

帰国してから1ヶ月ちょっと経ちました。旅行している間あまりインターネットができなかったので、いろいろとキャッチアップして、インターネット・サービスのアイデアを考えたりしているところです。

この間に世界一周についていろいろと聞かれたのですが、これをまとめて自分の中での世界一周編を完結させようかなと思います。

▼どのへんを何ヵ国行ったんですか? どのくらいの期間行ってたんですか?

五大陸全部を23ヶ国です。経路は下記のような形ですが詳細な都市はこの記事の末尾に掲載してあります。期間は半年弱で、世界一周業界的(笑)にはかなり駆け足な方です。通常は1年〜1年半くらいが多いような気がします。

世界一周の経路
世界一周の経路

▼どこが一番よかったですか?

ウユニ塩湖(ボリビア)

こんな感じで車で侵入します
こんな感じで車で侵入します

やはりウユニ塩湖がナンバーワン。他のスポットとの違いは360度スゴいということ。塩湖はものすごい広いので、地平線まで湖面が続き、そこにすべての風景が映り込みます。これは他にはないです。もう一度行ってもいいかなと思ってます。

バルセロナのガウディ建築群(スペイン)

コロニア・グエル教会堂内部
コロニア・グエル教会堂内部

それからガウディなどモデルニスモの建築群が観られるバルセロナ。ここは歴史観の重要性を改めて感じさせてくれた印象深い地です。後、ご飯も美味しいし、街の雰囲気も明るくて、今回行った中でどこか住むところを選べと言われたならバルセロナが第一候補ですね。

サファリ(ケニア)

ゾウ。大迫力、野生のゾウはキレイでした
ゾウ。大迫力、野生のゾウはキレイでした

サファリは、動物たちは普通に生活をしていて活き活きとしているのがとても印象的でした。実際の野生動物って自分で手入れするからかとても綺麗だし、弱肉強食なので生き残っている動物はすごくバランスがよくて美しいです。

他もよかったところはたくさんあって甲乙つけがたいのですが、この三箇所は僕の中ではベスト3ですね。

▼危なかったところってどこですか?

幸い僕自身は危険な目には合わなかったのですが、出会った旅人からの話や街の印象からした危険を感じた都市はありました。

キト(エクアドル)

徒歩で登ると必ず襲われるというパネシージョの丘からの一望
徒歩で登ると必ず襲われるというパネシージョの丘からの一望

キトはとにかく最初の宿にチェックインした時に駆け込んできた旅人に、そこでパソコンを強奪された、と言われて一気に警戒度があがった街。中心部には警察がたくさんいるのでまだいいですが、道一本外れるとただならぬ雰囲気がありました。

ラパス(ボリビア)

カーニバルで水かけする人びと
カーニバルで水かけする人びと

ヨハネスブルグ(南アフリカ)

カールトン展望台から。手前辺りが超危険エリア
カールトン展望台から。手前辺りが超危険エリア

ラパスやヨハネスブルグも同じような感じですが、盗まれたという話をよく聞いたりしたので相当警戒モードでした。全般的に南米とアフリカは強盗系の危険度が高いので本当に気をつけなくてはならず、その他はスリやぼったくりに注意すればいいかなという感じです。

▼リゾート系でよかったところはどこですか?

イースター島(チリ)

15体のモアイ、日本企業の支援で復興
15体のモアイ、日本企業の支援で復興

イースター島はモアイだけのように思われていますが、常夏のビーチリゾートでもあります。さらに自然も豊富で不思議な風景がたくさん観られ非常に豊かな土地です。離れ小島のため物価はそこそこ高いですが、見るべきものはたくさんあります。日本からだとかなり遠いですが、タヒチ経由で行けます。ファミリーにもオススメ。

ダハブ(エジプト)

海沿いはレストランになっていて、気持ちいい
海沿いはレストランになっていて、気持ちいい

エジプトの紅海沿いに位置するダハブは空港がなく行きづらいこともあって、超格安で最高の海と美味い料理が味わえるリゾートです。ダイビングできる方はもちろんシュノーケリングだけでも熱帯魚がものすごい種類観られます。さらにモーセが十戒を授かったシナイ山も必見。時間のある方には、ヨルダンかイスラエルから入ってカイロに抜ける旅程がオススメです。

ドバイ(UAE)

ブルジュ・アル・アラブ内。まさに豪華絢爛
ブルジュ・アル・アラブ内。まさに豪華絢爛

ドバイは、何も無い砂漠に作られたこともあってホテルやモールで食事からビーチまですべて完結する最強のリゾート。なぜなら外界が40度を超えほとんど生活不可能だから。世界一高いビルや世界一でかいモールや埋め立て地なんかもあり、近未来を体感できるのも魅力。ただ物価は日本並です。

▼いくらくらいかかったんですか? いくらくらいかかるのですか?

僕は基本お金の管理をしないので正直よく分かりません。また、旅のスタイルによって相当変わるので一般化するのがすごい難しいですが、ヨーロッパとかも含めて世界一周しようとしたら1日辺り5000円〜1万円くらいな方が多いのではないでしょうか。これは航空券などもすべて込みです。

なので、多くの方が思っているよりはお金がかからないと思っていいと思います。もし世界一周に興味があるのに、お金が原因で諦めている方がいたら、ぜひ具体的に考えてみてください。がんばれば、1年行って100万円というのも現実的です。

▼何か変わりましたか? いまってどんな気持ちですか?

世界一周を終えていまの気持ちに書きました。

▼世界一周って何持っていくんですか?

こちらも世界一周の持ち物(最終版)にまとめてあります。

<役に立つかもしれない番外編>
ニューヨークのとんでもサウナの話
本を電子化して持ち歩く
SIMロックフリーiPhone購入記(スペイン編)
意外と知らない海外で現地マネーを一番お得に手に入れる方法
信じられないほど透明な湖、九寨溝を訪ねる

世界一周番外編ー信じられないほど透明な湖、九寨溝を訪ねる

世界一周は無事に終えたのですが、どうしても行ってみたかった場所がまだいくつか残っています。それらは一生のうちに行ければいいと思っているのですが、友達が近くに会社を持っているということもあってチャンスとばかりに中国四川にある九寨溝に行ってきました。

といっても、友達の会社のある四川省の省都成都からは400キロも離れているので飛行機で行かなければなりません(バスでも10時間くらいかければいけるようです)。さらに九寨溝の空港から1時間半かけて九寨溝に到達です。

しかし、まずは九寨溝の近くにある黄龍という観光名所を訪ねました。ここはトルコのパムッカレのような石灰によって段々になった湖が続いています。しかし、ここはなんと海抜3500メートルくらいあるので空気が非常に薄い。かつ、敷地内が広大なためものすごい距離をあるかなければいけません。さらに追い打ちをかけるように気温が数度しかないので、ほとんど風邪を引きかけました。

黄龍とお寺

黄龍とお寺

黄龍2

黄龍2

黄龍6

黄龍6

ただそれに増して、黄龍の湖群は非常に幻想的で美しく素晴らしかったです。

翌日はいよいよ九寨溝。こちらは海抜3000メートルくらいですが、朝早くから行動したためものすごく寒い。普通に地面とか凍ってて氷点下です。そんな中、九寨溝の湖群を上から順番に観ていきます。

九寨溝8

九寨溝8

九寨溝10

九寨溝10

九寨溝11

九寨溝11

九寨溝18

九寨溝18

九寨溝19

九寨溝19

しかし、それを忘れるくらいどの湖も個性があって美しかったです。メインは五花湖と呼ばれる湖で、ここは湖底の地形や藻のようなものと水中に沈んでいる木々から、非常にバラエティのある色彩になっていて、本当に素晴らしかったです。

九寨溝3

九寨溝3

九寨溝5

九寨溝5

九寨溝12

九寨溝12

九寨溝13

九寨溝13

その他、九寨溝はチベット文化圏にあたり、寺院などの建築物が独特でした。ガイドさんがチベットのひとながらアメリカ暮らしが長く英語が堪能だったためチベットの文化や現状など聞いてすごく勉強になりました。料理も成都が四川料理の本拠地で激辛なのですが、チベット料理はまったく辛くないです。

チベットフラグ

チベットフラグ

チベットの魚料理

チベットの魚料理

2008年のチベット騒乱以後、チベットのひとは外国へのビザがほぼ取れないらしく、ガイドさんもやむおえず帰国したとのこと。こういった現状はなかなか海外には情報がないので大変興味深かったです。

成都に戻ってからは、友達の会社を見学したり、現地のベンチャーの方々とご飯食べたり。ベンチャーは若々しい会社ばかりで会食にも関わらず皆一滴も飲まずオフィスに帰って行きました。たくましさを感じました。

後は一応、成都にある劉備玄徳の墓やパンダを観に行ったりもしました。パンダ基地は結構広い敷地でかなり間近に観られてよかったです。

成都のパンダ基地

成都のパンダ基地

成都のパンダ基地2

成都のパンダ基地2

劉備玄徳の陵墓の近く

劉備玄徳の陵墓の近く

いったん一区切り、ということで、最後にまとめをつくりました

<TIPS>
・11月は九寨溝、黄龍ともにものすごい寒いので防寒具必須です。冬になると道などが凍結して危ないのでオススメできません。夏は雨が降って危険らしいので、恐らく9〜10月くらいが紅葉もあって一番よい時期だと思われます。
・成都のタクシーはメーターを必ず使ってくれ、かつ安いです。最初の2キロが8元(104円)です。夕方はタクシーが捕まらないことも多く、渋滞もかなりありますので注意。空港までは空いていれば30分で着きますが、1時間くらいかかるときもあるようです。その場合で60元(781円)程度。
・中国では相変わらず、Facebook、Twitterが使えません。LINE、Skypeは使えます。携帯電話の国際ローミング(各キャリア3000円/日程度)であれば使えるようなのですが、僕のau iPhoneではなぜか途中から使えなくなってしまって非常に困りました。いまだに原因は分かりません。
・成都までは今年からANAが直行便を就航しています。しかし中国内陸のため行きは6時間45分、帰りも4時間50分と思ったより時間はかかります。北京や上海のような感覚ではないです。
・四川料理と言えば激辛。食事の度に汗ダクでしたが、割りとなんでも美味しいです。一方で、九寨溝はチベット文化圏のため食事はまったく辛くありません。ヤクや名物らしい魚を食べましたが、正直言ってそこまで美味しくなかったです。。

世界一周カテゴリ

世界一周を終えていまの気持ち

ついに半年弱かけた世界一周を終えて帰国しました。

まず、FacebookやTwitter、ブログを見守ってくれていただいた方々、ありがとうございました。皆様の反応や存在が一人旅の寂しさを感じさせず、僕の原動力になっていました。

前回一時帰国したときには、何が得られたかよく分からないけどいつか何かの役に立つだろうというようなことを書きましたが、それは今も同じ気持ちです。

ただ前回と違うのは、今ものすごい創作意欲が湧いているということです。

気球からカッパドキアより

気球、高いところから

気球、高いところから

無造作すぎる世界遺産ヒエラポリス-パムッカレより

パムッカレの石灰棚

パムッカレの石灰棚

理由は大きくふたつあって。

まず、旅をするというのは、常に新しいことに直面するということです。いろいろネットやガイドブックで調べていっても、新しい場所には新しい常識があり、自分の想像を超えるため驚きの連続になります。そうやってどんどん新しいことがインプットされていきます。

アウシュヴィッツ強制収容所で涙するより

アウシュヴィッツ第二収容所は非常に広大

アウシュヴィッツ第二収容所は非常に広大

モン・サン・ミシェルとパリで伝統についてより

かっこよすぎるモン・サン・ミシェル

かっこよすぎるモン・サン・ミシェル

しかし、旅の最中にはそうやって得たインプットを咀嚼し、アウトプットする手段が多くありません。

次から次へと新しいことが起こっていて、さらに次の目的地の情報(移動手段含む)を仕入れたりしなければいけない状況では、なかなか咀嚼するのが難しいですし、アウトプットは、ひとと話すか、ネット上に書くか、日記を書くくらいしかありません。

いま、僕は完全にインプット過多になっていて、これを咀嚼してアウトプットしたいと思っています。

アラブ圏の中心、人工巨大都市ドバイより

バージュ・ハリファから見ると他のビルがミニチュア

バージュ・ハリファから見ると他のビルがミニチュア

喜望峰を見にケープタウンへより

喜望峰をケープポイントから望む

喜望峰をケープポイントから望む

ジンバブエでヴィクトリアの滝へより

ヴィクトリアの滝。メインの滝

ヴィクトリアの滝。メインの滝

それからもうひとつ。

世界を周ってみて、本当に地球は広大で美しいし、その上で暮らす人類の文化の多様さにも、感動しっぱなしでした。

もちろん一つの場所に数日しかいなくて何が分かるんだ、という話もあります。しかし、それでも自分が見たり、経験したりしたことは、真実の一つの側面でもあります。

ケニアのサファリの動物たちはとてもキレイより

ライオン。寝起きにギロって観られたとこ

ライオン。寝起きにギロって観られたとこ

エジプトでダハブの海とシナイ山を堪能するより

シナイ山の頂上から周辺。とにかく荘厳

シナイ山の頂上から周辺。とにかく荘厳

「インディージョーンズ」のペトラ遺跡へより

頂上にあるエドディル。エルハズネよりも大きくナチュラル

頂上にあるエドディル。エルハズネよりも大きくナチュラル

さらに言えば、自分がこうやって世界一周をできているというのは日本という豊かな国にたまたま生まれ育ったからだということも痛感しました。

世界には生まれてからどれだけ能力とやる気があっても外国に行くことも叶わないひとがたくさんいます。

だから、自分としてはこの素晴らしい地球や人類に対して何か少しでも役に立ちたいと強く思いました。

もちろんそれができるか分からないけれども、恵まれている自分はそのように努力していきたいと思いました。

三宗教の聖地エルサレムで歴史を感じるより

エルサレム旧市街の嘆きの壁。ユダヤ教の聖地

エルサレム旧市街の嘆きの壁。ユダヤ教の聖地

パレスチナ自治区、死海、テルアビブへ行くより

死海で泥パック。塩分30%でものすごいしみました

死海で泥パック。塩分30%でものすごいしみました

デリーでインドの洗礼を受けるより

ジャマー・マスジット周り。ローカルでごちゃごちゃしてる

ジャマー・マスジット周り。ローカルでごちゃごちゃしてる

これらのことから、日本に帰ってきたいま、何かを作っていきたいと強く思っています。

そして、それは世界中の人類のいろいろな仕事をみた後でも、いまだ自分の天職だと思っているインターネット・サービスになると思います。

まだひとつに絞れているわけではないですが、これからしばらくかけてじっくりと何をやるか考えて行きます。

対称を極めたタージマハルより

夕方のタージマハル。水面に映って幻想的

夕方のタージマハル。水面に映って幻想的

カジュラーホーでセクシーな寺院を観るより

ラクシュマナ寺院。保存状態はよい

ラクシュマナ寺院。保存状態はよい

ガンジス川でインドでの一生を目撃するより

ガンガーで沐浴するひとびと

ガンガーで沐浴するひとびと

最後に。

ケガやヒドい病気にならず、盗難や強盗に会うこともなく無事帰ってこられて非常に幸運でした。いくら注意していても、旅に危険はつきものですから。

地球、人類、特に友達や家族、幸運、、

いまは世界のすべてに感謝したい気持ちでいっぱいです。

いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

その後、番外編で、信じられないほど透明な湖、九寨溝も訪ねました

ブッダが悟りを開いた仏教の聖地ブッダガヤーより

マハーボディー寺院で念仏を唱えるひとびと

マハーボディー寺院で念仏を唱えるひとびと

バンコクの美味しい料理に舌鼓を打つより

カニカレー。最高

カニカレー。最高

アンコールワットとラピュタのベンメリア遺跡より

ベンメリア遺跡3

ベンメリア遺跡3

<おまけ>
行った国と都市の一覧は以下の通りです。限られた期間なので外しているエリアもありますし、過去に行ったことのある国は大体外してます(主にアジア)。それぞれのエントリや番外編は世界一周カテゴリをどうぞ

1.アメリカ(ニューヨーク、ワシントンDC)
2.ペルー(リマ、ナスカの地上絵、クスコ、マチュピチュ、プーノ)
3.ボリビア(ラパス、ウユニ塩湖、アタカマ高地)
4.チリ(サンペドロ・デ・アタカマ、サンティアゴ、イースター島)
5.アルゼンチン(ブエノスアイレス、イグアスの滝)
6.エクアドル(キト、ガラパゴス諸島)
7.モロッコ(マラケシュ、メルズーカ(サハラ砂漠)、フェズ、タンジェ)
8.スペイン(マラガ、トレモリノス、グラナダ(アルハンブラ宮殿)、バルセロナ、ジローナ、カダケス、フィゲラス、マドリッド、トレド)
9.フランス(パリ、モン・サン・ミシェル、ベルサイユ宮殿)
10.イギリス(ロンドン(オリンピック))
11.ドイツ(ミュンヘン(ノイシュヴァンシュタイン城)、ベルリン)
12.ポーランド(クラクフ(アウシュヴィッツ強制収容所))
13.トルコ(イスタンブール、カッパドキア、パムッカレ)
14.UAE(ドバイ)
15.南アフリカ(ケープタウン、ヨハネスブルク)
16.ジンバブエ(ヴィクトリア・フォールズ(ヴィクトリアの滝))
17.ケニア(ナイロビ、サファリ)
18.エジプト(ダハブ)
19.ヨルダン(アカバ、ワディムーサ(ペトラ遺跡)、アンマン)
20.イスラエル(エルサレム、ベツレヘム(パレスチナ自治区)、死海、テルアビブ)
21.インド(デリー、アーグラー(タージマハル)、カジュラーホー、バラナシ(ガンジス川)、ブッダガヤー)
22.タイ(バンコク)
23.カンボジア(シェムリアップ(アンコールワット))

※ちなみに写真は後半周のものからなので前半周のものはこちらからどうぞ。

世界一周その54ーアンコールワットとラピュタのベンメリア遺跡

体調も回復したところでバンコクから、アンコールワットとアンコールトムを観るためカンボジアのシェムリアップに飛びます。

アンコールワットはヒンドゥー教の寺院で、近くにあるアンコールトムは当時首都だった街です。アンコールトムの王宮は木造のため現存しませんが、寺院は石造のため1000年近く前のものが観られます。ただ実際は戦争などにより数百年間遺棄されていたため、かなり修復が行われています。

アンコールワット。周りはお堀で囲まれている

アンコールワット。周りはお堀で囲まれている

アンコールワット。池で反射して綺麗

アンコールワット。池で反射して綺麗

こういった像が丁寧に彫り込まれている

こういった像が丁寧に彫り込まれている

今回ガイドをつけたのですが、カンボジア人にとってもこの時代は栄光の時代らしく、カンボジアがどれだけ多くの国まで支配していたかを、周囲の国の悪口まで含めて、解説してくれました(苦笑)。

確かに言うように、インドのヒンドゥー教寺院とは全然違って、非常にオリジナリティーがあり、かつ巨大で精巧でした。アンコールワットとアンコールトムがカンボジア人の誇りであることもよく分かってよかったです。

アンコールトムの入口にある蛇をひっぱる像たち。独創的

アンコールトムの入口にある蛇をひっぱる像たち。独創的

アンコールトムのバイヨン寺院。こちらも鏡面反射

アンコールトムのバイヨン寺院。こちらも鏡面反射

バイヨンの仏像。四方に顔がある四面仏が特徴的

バイヨンの仏像。四方に顔がある四面仏が特徴的

タ・プローム。巨木が生えている

タ・プローム。巨木が生えている

翌日は、評判のよいベンメリア遺跡へ。ここは行くのにトゥクトゥクで2時間弱もかかるのですが、旅行者の評判がいいので言ってみることに。

少し郊外に出ればのどかな田園風景が広がる

少し郊外に出ればのどかな田園風景が広がる

ここは、ラピュタっぽいことで有名なのですが、行ってみればまさにラピュタ。自然の力に侵食された巨大な遺跡です。

アンコールワットなどもこういう状態だったらしいのですが、木の根などが石の間に入り込み遺跡を破壊してしまうために完全に伐採され、各国の援助も受けて修復が行われています。しかし、ベンメリアは少し遠いところにあることもあってか、手が回っていない、というわけです。

かなり足場が悪く、くまなく観るのは大変ですが、そこもアトラクションと考えると非常におもしろかったですし、自然の力を堪能できて素晴らしかったです。ぜひアンコールワットに行く方はセットで観ていただきたいです。

あまりに素晴らしかったので、ちょっと写真多めですが、どうぞ。

ベンメリア遺跡前の蓮の花

ベンメリア遺跡前の蓮の花

ベンメリア遺跡入口

ベンメリア遺跡入口

ベンメリア遺跡2

ベンメリア遺跡2

ベンメリア遺跡3

ベンメリア遺跡3

ベンメリア遺跡4

ベンメリア遺跡4

ベンメリア遺跡6

ベンメリア遺跡6

ベンメリア遺跡8

ベンメリア遺跡8

ベンメリア遺跡1

ベンメリア遺跡1

ベンメリア遺跡9

ベンメリア遺跡9

ベンメリア遺跡11

ベンメリア遺跡11

さて、そんなわけで、半年近くの世界一周が終わりです。いよいよバンコク経由で帰国します

<TIPS>
・カンボジアは独自通貨リエルもありますが、ドルが普通に使えます。よってリエルを買う必要はありません。1ドル未満については、リエルでの計算で1ドル4000リエルで固定、例えば1.5ドルを1ドル札+2000リエルで支払うこともできます。
・シェムリアップの空港で到着時にSIMカードを買えます。旅行者パックというのもあってわずか5ドルで通話、ネットができるようです。僕は違うSIMカードを買ってしまった後なので詳しくは分かりません。ただし、街中はともかく遺跡周辺は3Gはほとんど繋がりませんでした。後、テザリングは禁止されていました。
・アンコールワットの朝日と夕日は雨季が綺麗。しかし、雨が降るリスクもあり、僕が行っていたときは曇りがちで、最終日は観られたらしいけど起きられず、見逃し。朝日は登って10分後くらいが一番綺麗らしいです。
・シェムリアップの空港の出国ロビーではWiFiが30分無料で使えます。WiFiアクセスポイントが2つあるので60分までは可能なようです。
・天候は、天気予報だと雨になっていますが、実際は降ったり止んだり、時には日も出たりしてます。あまり気にしない方がよさそうです。

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世界一周その53ーバンコクの美味しい料理に舌鼓を打つ

インドを脱出し、タイの首都バンコクへ。

バンコクはインドに比べてものすごい現代的で、タクシーはメーター制だし、セブンイレブンでは定価があってしかもキャッシャーがあるし、電車は数分に一回来るし、ネットは高速だしで感動しっぱなし。

Terminal21。今一番熱いモールらしい

Terminal21。今一番熱いモールらしい

渋滞がすごい。特に夕方はほとんど進まないことも

渋滞がすごい。特に夕方はほとんど進まないことも

カオサンロード。バックパッカーがたくさん

カオサンロード。バックパッカーがたくさん

景色がよいスカイバー。が、夕方からしか営業していなくて入れず

景色がよいスカイバー。が、夕方からしか営業していなくて入れず

しかし、僕はデリーの最終日から風邪を引いてしまったようで、ほとんどホテルで休んでました。バンコクは訪れたことがあるので特に観光もせず、現地の知人たちとご飯に行ったくらい。

とはいえご飯もとにかく美味い。タイ料理は当たり前としても、日本食はまさに日本の味だし、韓国焼肉も美味しかったです。やっぱりアジアというだけあって、日本に文化的にも近いから、食事の好みも合っているのではないでしょうか。

カニカレー。最高

カニカレー。最高

トムヤムクン。こちらも最高

トムヤムクン。こちらも最高

定番カオマンガイ。美味すぎる

定番カオマンガイ。美味すぎる

つぼ鯛。日本食はまったくもって日本の味

つぼ鯛。日本食はまったくもって日本の味

料理の写真ばかりになってしまいましたが。。

というわけで、バンコクではほとんど観光してないのですが、インドで騙されないように常に気を張っていた僕にとってはいい骨休みにもなりました。

そろそろ世界一周も終盤で、最後にカンボジアにアンコールワットとアンコールトムを観に行きます。

<TIPS>
・バンコクの空港でSIMカードを売っていますが長蛇の列だったので、街中でSIMカード+データ1G+通話1時間のパックを合計700バーツ(1791円)で購入。比べずに買ったので若干高かったかもしれません。
・バンコクのキャッシングのATM手数料は1回辺りどこも150バーツ(383円)と異常に高い。いろいろな銀行で試したのですがATM手数料0のATMは見つけられませんでした。これなら日本円を持って行って両替した方がよいかもしれません。

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世界一周その52ーブッダが悟りを開いた仏教の聖地ブッダガヤー

ごちゃごちゃなバラナシを後にして、ブッダが悟りを開いた場所として有名で各国の寺院が集まるブッダガヤーに向かいます。ここに行くには、バラナシから電車で3時間半ほどかけてガヤーという街に行き、そこからブッダガヤーまでリキシャで行きます。

案の定ここも16キロで200ルピー(298円)でカルテルが結ばれており、流しを捕まえて100ルピーで行ってもらいました(それでも現地人よりは高いですが)。

ブッダガヤーは少し南ということもあってか結構暑く、日中は動く気がしないので、夕方や朝行動することにします。

ブッダガヤー市内、非常に小さい

ブッダガヤー市内、非常に小さい

見どころは、ブッダが悟りを開いたという場所に建つマハーボディー寺院。ここは無料で入れる上(カメラ持込代20ルピー)、裸足で入るためか非常に綺麗に整備されてます。そして、世界各地からお坊さんや仏教徒が集まってきており、あらゆるところで念仏を唱えたり、瞑想していたりします。

マハーボディー寺院で念仏を唱えるひとびと

マハーボディー寺院で念仏を唱えるひとびと

マハーボディー寺院。夕日に照らされて美しい

マハーボディー寺院。夕日に照らされて美しい

ブッダが悟りを開いたマハーボディー寺院の裏の菩提樹

ブッダが悟りを開いたマハーボディー寺院の裏の菩提樹

個人的には、仏教と神道を信じているので、その光景はグッとくるものがありました。

しかし、本堂にあるブッダ像を観るため列に並んでいると、後ろの観光客が押してきたり、僕の前にいた中国人が中国元を寄付しているのを見て、せびったりしていて、さらに袈裟を来た案内詐欺師もいたりして、大変残念な気持ちになりました。

マハーボディー寺院のブッダ像

マハーボディー寺院のブッダ像

夜のマハーボディー寺院。たいへん幻想的

夜のマハーボディー寺院。たいへん幻想的

しかし、そんな中でもお坊さんたちは静かに念仏を唱え、瞑想していて、仏教はやはりいいなと思ったりもしました。

マハーボディー寺院。素晴らしく整備されている

マハーボディー寺院。素晴らしく整備されている

マハーボディー寺院の裏。ここでブッダは悟りを開いた

マハーボディー寺院の裏。ここでブッダは悟りを開いた

ブッダガヤーには、ブッダが6年間苦行を行なっていたほこらや、悟りを得られず、降り立ったスジャータという娘から乳粥供養を受けたというセーナー村、トトロの木と呼ばれる大きな菩提樹など、いろいろ見どころがあります。しかし、この辺りは結構遠いので、僕はその辺にいた日本語ペラペラのおじさんに声をかけてバイクで連れて行ってもらいました。ほんとはよくないんだろうけど。。

ブッダが6年間苦行をおこなったほこら

ブッダが6年間苦行をおこなったほこら

ブッダのほこら。ろうそくがあるからか蒸し風呂状態

ブッダのほこら。ろうそくがあるからか蒸し風呂状態

巨大な菩提樹

巨大な菩提樹

途中、本当に貧しくて、電気も通ってない村を通ったのですが、それでも周りは田んぼが広がっていてすごく美しい光景でした。インドの田舎は昔はこういう感じだったのかもしれません。もちろん究極に貧しく、学校もないようなところなのですが。バラナシやデリーのような都市とはまったく違う生活がここにはありました。

後、ブッダガヤーには中国寺、ブータン寺、タイ寺など各国のお寺があり、日本寺もあります。

ブータン寺。なぜか子どもがいっぱい

ブータン寺。なぜか子どもがいっぱい

大仏。結構でかい

大仏。結構でかい

日本寺では早朝と夕方に座禅を行なっており、僕も朝5時から参加してみました。参加者は僕ひとり。逆に落ち着けてよかったです。悟りはギリギリのところで得られませんでしたが(苦笑)。

日本寺。まさに日本的な美しさと静けさ

日本寺。まさに日本的な美しさと静けさ

日本寺。さすがに畳ではない

日本寺。さすがに畳ではない

その後、コルカタまで電車で行こうと思っていたのですが、エアコン付きの席が空いておらず断念。飛行機でデリーに戻りタイへ向かいます

<TIPS>
・バラナシの適当なインターネット屋でチケットを取ってもらったらエアコン無しのスリーパークラス(寝台)で、かつ電車が大幅に遅れ(2.5時間くらい)、ものすごい疲れました。数百円しか変わらないんだったらエアコン有りがよかった。。
・ガヤーからブッダガヤーまでは一応バスもあるようです
・ブッダガヤーにはレストランがすごく少なくて食事に苦労しました。フジヤ・グリーン・レストランというところが割りときちんとした日本食が食べれてよかったのですが、エアコンがないのでとにかく暑かったです。

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世界一周その51ーガンジス川でインドでの一生を目撃する

セクシー寺院のあるカジュラーホーからバラナシまでは電車でも行けますが、電車なら7時間以上かかるし、時間が大幅に遅れる可能性もあるしで、ここは大人力を発揮して飛行機を使います。わずか40分ほどで到着。後、飛行機だと割りと日中に移動ができるという利点もあります。電車だと早朝に出たり、日が沈んでから到着したりすると、リキシャやホテルでふっかけられ、防ぎ用のないボッタクリの対象になったりするので(一応、リタイアメントルーム(駅とかにある寝たりできる施設)とかありますが)。

バラナシの安宿はガンジス川沿いに集結していますが、道がリキシャも入れないくらい細い石畳の道で歩きにくい上に暑いし、かつ動物の糞が大量にあるので結構大変でした。最終的には割りと満足の行く宿を見つけられたのでよかったですが。

街中は何でもありのカオス状態

街中は何でもありのカオス状態

というわけで、バラナシと言えばガンジス川(以後、ガンガー)、ということで早速見に行きます。そしたら何やらセレモニーのようなものをやってます。毎日やっている儀式でプージャと言うらしく、ガート(川岸に設置された階段)からだとよく見えません。

「舟(動かない)の上からだとよく観えるから観ないか」という舟屋に聞くと、200ルピー(297円)などと言われて即時却下。それで世話話しながら、ぼーっと観ていたところ、最後の方で50ルピーまで下がったので乗船。結構いい舟だったので割りと満足でした。

毎日ある儀式プージャ。ブッダが描かれている

毎日ある儀式プージャ。ブッダが描かれている

毎日ある儀式プージャ。上部で儀式が続く

毎日ある儀式プージャ。上部で儀式が続く

翌日は、朝日を観に早朝にガンガーへ。同じくボートが出ており聞くとひとり400ルピーだというので、却下し。日の出や沐浴するひとびとを観ていると、またもや100ルピーまで下げてきたので、乗船。どうもインド人向けのボートのようで英語で案内はなしでしたが。

ガンガーの日の出と沐浴するひと

ガンガーの日の出と沐浴するひと

ガンガーの日の出。非常に幻想的

ガンガーの日の出。非常に幻想的

ガンガーで沐浴するひとびと

ガンガーで沐浴するひとびと

ガンガーの沐浴光景

ガンガーの沐浴光景

そんなわけでとにかく辛抱強く待つと安くなる、ということが分かってきました。その他、バラナシには美味しいお店(特に日本食)が多いし、ヒンドゥー教徒の聖地ヴィシュワナート寺院(黄金寺院。撮影禁止)、火葬が観られるマニカルニカーガート(こちらも撮影禁止)など割りと見どころはいろいろあります。

ヴィシュワナート寺院への参道。こちらもカオス状態

ヴィシュワナート寺院への参道。こちらもカオス状態

ただ、今まで行った中でバラナシは圧倒的に汚いです。暑さもあって匂いもあるしで、潔癖症なひとには難しいかもしれません。また、シルクや土産物を売りつけようとするボッタクリ屋も多いし、物乞いもたくさんいて、かなりウザいです。

が、個人的にはインドの庶民の生活がダイレクトに感じられておもしろかったです。

なんというか、生まれたところを見たわけではないですが、ここで生まれ育ち、ことあるごとにガンガーで沐浴し、死んだらガンガー沿いの火葬場で焼かれガンガーに流される、というインドでの一生を目撃したという気持ちになりました。

夕方のガンガー。サルもたくさんいます

夕方のガンガー。サルもたくさんいます

次は、電車でガヤーに向かい、ブッダが悟りを開いたブッダガヤーを訪ねます。

<TIPS>
・バラナシ空港から市内までは結構距離がある上に、公共交通機関がなく(正確にはあるらしいがだいぶ歩く)、タクシーが600ルピー(893円)とかふっかけてくるので面倒です。恐らくホテルから手配した方がやすそうですが、出来ない場合はシェアするといいと思います。僕はたまたま声をかけたアメリカ人がタクシーを呼んでいたので、それをシェアさせてもらいました。
・ようやく分かったのですが、駅や空港などにいるリキシャやタクシーはカルテルを結んでおり、絶対にある額より下がることはありません。そうじゃないと多分ハブにされてその場所で仕事ができなくなるから。なので、前にも書いたように旅人同士でシェアするか、あらかじめホテルなどから呼ぶか、少し離れたところで流しを掴まえるか、しないとボッタクられます。
・ガンガーでの沐浴は日本人がやった場合、体調不良になる確率がどうも5割を超えている感じだったので止めておきました。

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世界一周その50ーカジュラーホーでセクシーな寺院を観る

タージマハルを後にして、セクシーな寺院があることで有名なカジュラーホーに向かいます。

昔はだいぶ行きにくかったようですが、いまは列車が通っています。が、距離があるので、寝台列車。インド初の寝台列車ということで若干緊張しながら駅に入ると、もうとにかくひとがひたすらホームで寝てます。それに物売りや犬もいたりして、とにかく雑然としてます。

列車が運良く予定通りに滑りこんでくると、寝台ではない席もあり、そちらはものすごい混雑してました。早速、ベッドを確保してさっさと就寝。最初、物が盗まれそうでなかなか寝付けませんでしたが、シーツの端でしばるというテクを思いついてからはぐっすりと睡眠。

カジュラーホーには予定通り朝6時半に到着。わらわらと案内人が寄ってくるので、彼らの何人かを連れて街へ行き、ホテルを何軒かみて、チェックインし、朝の涼しいうちに寺院に向かいます。

カジュラーホーの街。非常に小さい。500m四方位?

カジュラーホーの街。非常に小さい。500m四方位?

カジュラーホーの寺院は街の西側の一角に集まって建っており、入場料を払って入場。セクシャルな彫り物が壁一面に彫り込まれています。ちょっとやり過ぎなのもありますが、まぁ子どもに見せなければ大丈夫でしょう。個人的には、こういう宗教のセクシャルな一面って嫌いではないし、ヒンドゥー教も割りと仏教に近いところがあるのかなと思いましたが、現在インドでは売春などは完全違法らしく、厳しいのか厳しくないのかよく分かりません。

ラクシュマナ寺院。保存状態はよい

ラクシュマナ寺院。保存状態はよい

一番大きいカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院(左)

一番大きいカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院(左)

寺院内部はお祈りのスペース

寺院内部はお祈りのスペース

ヴィシュヴァナータ寺院。周辺は整備されていて綺麗

ヴィシュヴァナータ寺院。周辺は整備されていて綺麗

ヴィシュヴァナータ寺院。よく観るといけない彫り物が

ヴィシュヴァナータ寺院。よく観るといけない彫り物が

ヴィシュヴァナータ寺院のセクシャルな彫り物

ヴィシュヴァナータ寺院のセクシャルな彫り物

カジュラーホーはデリーやアーグラーに比べると非常に小さい街なので、少しのんびりとした雰囲気。少し外れると、ほんとに何もないという感じ。寺院群も街のいたるところから見られるので、少しほっとできる場所でした。

カジュラーホーの夕焼け。幻想的

カジュラーホーの夕焼け。幻想的

東群寺院。西側と同じような感じ

東群寺院。西側と同じような感じ

東群寺院内部。ブッダが残っている(西群にはなかった)

東群寺院内部。ブッダが残っている(西群にはなかった)

次は、ガンジス川を観にバラナシに向かいます。

<TIPS>
・インドの寝台列車の乗り方
・チケットは、クラスがいろいろあるが長距離ならできるだけよいものを選んだ方がよいと思います。高いといってもたかだか数百円差しかないし、エアコン無しで(暑かったり寒かったりして)インド人に囲まれて常に緊張しているよりはいいので。ファーストクラスはない寝台列車も多いようです。
・セカンドクラスには、2段(2A)か3段(3A)があり、できれば一番下の寝台を選ぶ。ちなみにアーグラーからカジュラーホーはファーストクラスはないようでした(たぶん)。値段は2Aで541ルピー(797円)。7時間乗っていてこの値段なので安いですが、エアコンなしのクラスや、座席もありもっと安い。
・囲いはカーテン一枚なので盗難の危険性あり。なので、2枚もらえるシーツの端をバックパックとリュックサックに結びつけるとよいです。バックパックは寝台の下に置くことができますが、掛けシーツに結びつけておけば何かあればすぐに分かります。
・寝台は結構硬いので、同じく備え付けの毛布を下に引いてその上にシーツをかけるとよいです
・下の寝台は電源あり(機能するか未確認)ですが、ライトは天井にしかないので下の段にはありません
・特にアナウンスなどないので、目覚まし時計が必須です
・カジュラーホーの安宿は非常に安く、言い値が150ルピーで、50ルピーまで下がりました。僕はネットが使いたかったのでもう少し高めのところにしましたが、WiFiはあるが利用が有料だったという残念な感じに。。すべて確認する必要がある、という教訓を得ました。ちなみに駅から街中までは100ルピーとか言ってましたが、20ルピーと言ってたら、乗り合いになりました
・カジュラーホーでは基本的にホテルにはネットはなく(恐らく従量課金制のため?)、ネットカフェに行く必要があります。原則的には、1時間20〜30ルピー/プリントアウト1枚10ルピーが相場のようです
・一応、東にある寺院群にも行ったのですが、西と同じような感じを規模を小さくした感じ。時間に余裕がなければ飛ばしても構わないと思います。

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