超格差時代を生き抜くヒント「グローバル・スーパーリッチ」

タイトルから受ける印象とは違い、プルトクラート(上位0.1%の超富裕層)やその周辺への綿密なインタビューや豊富な統計データなどを用いて、今世界で何が起こっているかを鮮やかに描き出した良作。

今日、とてつもなく強力な二つの勢力が経済変化の原動力になっている。テクノロジー革命とグローバル化である。これら双子の革命は、けっして目新しいものではない。世界で初めてパーソナルコンピューターが発売されたのはいまから40年前のことだが、われわれはそれを使い慣れたさまざまな道具と同じように考え、その登場によってもたらされた衝撃を過小評価しがちである。

この流れは止められないのがいたいほど分かったので、どのように生きていくかを考えさせられました。結局、自分が好きで得意なことをやって世の中に価値を生み出していくしかない。先進国においては、誰でもできることはボーダレス化により、どんどん下方圧力がかかってしまいます。

(あるノーベル物理学賞受賞者)「注意していないと、他人がした発見まで私の手柄にされるかもしれない。私が著名人であるからだ。私が何かいえば、世間はこう考える。『なるほど、彼がこれを考案したのだな』いや、私としては、他の誰かが以前に考案したことについて話しているだけなのだ」

しかし、いかに成功するかを考えると、実際のところ結構難しい。世の中のランダム性が強くなっているので、ある世界では成功したひとが、ある平行世界では成功しないということがありえてしまう。しかし、一度、強者の世界に突入すれば、ほとんどすべてを勝つ方向に持ってくことができる。だから、まずはひとと違うことをして目立った成果をあげることが重要だと思っています。

経済変化が急速の進みつつある現代、スタート直後に全力疾走しなかった者や、スタート後のほんのわずかなあいだだけ誤った方向に走った者には、セカンドチャンスがほぼなくなっているのだ。
(中略)
一方、若いうちに大きな成功をつかんでおけば、経済の予測のつかない動向に対する、便利な防護手段を得ることになる。今日のプルトクラートの多くは、だいたい10年か20年前に現在の職業に就いている。だが、その前にすでに何かしらの偉業を達成し、さらに大きいチャンスをつかむに値する人間になっていた。

とはいえ、僕はあまりこの考えには賛同してなくて、いつでも(何歳でも)チャンスはありえると思っています。だから、常にチャンスを掴むための努力をしていなければならないと思っています。努力をしていなくても運良く成功することはありますが、努力が成功につながらないと僕自身は納得できないので、努力そのものを楽しめるような分野でやっていきたいと思ってます。

P.S.

一方、新興国の収奪的な体制のもとで繁栄を謳歌する新興財閥は、国内を抑えこむことでイノベーションが生まれなくなっても、それほど心配する必要がない。共産国の中国の少君主は西洋からテクノロジーを輸入できる。ロシアのオリガルヒは世間の話題をさらっているシリコンヴァレーのスタートアップ企業に直接に投資できる。さらに、どこであれ新興国の新興財閥ならば誰でも、マンハッタン、ケンジントン、コートダジュールにセカンドハウスを持ったり、わが子をイギリスの寄宿学校やアメリカの名門大学に入れたりできる。

ちょっと本題と外れますが、まさにFacebookなどに巨額投資したDSTのような新興財閥の動きは非常に注目だと思いました。

<抜粋>
・今日、とてつもなく強力な二つの勢力が経済変化の原動力になっている。テクノロジー革命とグローバル化である。これら双子の革命は、けっして目新しいものではない。世界で初めてパーソナルコンピューターが発売されたのはいまから40年前のことだが、われわれはそれを使い慣れたさまざまな道具と同じように考え、その登場によってもたらされた衝撃を過小評価しがちである。
・「テクノロジーが変化する速度はかつてないほど速く、それがセクターからセクターへと波及している」と、モーカーは私に語った。「どうやら、これからも指数関数的な速度で広がりつづけるようだ。われわれ一人一人は賢くなりつつあるわけではないが、社会全体は知識をどんどん蓄積している。もみ殻の山をかき分け、小麦の実にたどり着くために、われわれは情報やテクノロジーの助けを借りることができるーー過去のどの社会にもなかったことだ。この点はきわめて大きい
・西洋の第一次金ぴか時代のさなかには、本当にその経済システムがうまくいくかどうか、明確にわかっていたわけではなかった。そのころ、産業革命という「暗い、悪魔のような工場」に触発された急進主義者たちは資本主義に反旗をひるがえした。そして革命に成功すると、血なまぐさい手段によって経済と政治のしくみを再構築することになったのだ。だが今日では、共産主義の実験の果てを見なくとも、資本主義が機能することは明確に証明されている。
・スーパーエリートに含められる人びとは、データギークの台頭はまだ始まったばかりだと考えている。エリオット・シュレイジは、テクノロジー分野において、いわば貴族階級に属している。彼は、シリコンヴァレーでもっとも注目を集めていたころのグーグル社で広報担当重役を務めたあと、巨大企業になりつつあったフェイスブック社に移って同じ業務をこなした。2009年、教育及び出版担当重役を集めた社内会議でシュレイジは、子供たちに勧めるべき学問の分野は何かと質問され、統計学であると即答した。データを理解する能力こそ、21世紀にもっとも大きな力になるという理由だった。
ドルー・フォーストは、ハーヴァード大学の学長として三度目の卒業式のスピーチで、卒業生に「人生の駐車スペース理論」を実行するよう説いた。「目的地の近くには駐車スペースがないだろうと予想して、10ブロックも離れた場所に車をとめてはいけない。まずは行きたい場所に行きなさい。必要があればUターンはいつでもできる」
・経済変化が急速の進みつつある現代、スタート直後に全力疾走しなかった者や、スタート後のほんのわずかなあいだだけ誤った方向に走った者には、セカンドチャンスがほぼなくなっているのだ。
・一方、若いうちに大きな成功をつかんでおけば、経済の予測のつかない動向に対する、便利な防護手段を得ることになる。今日のプルトクラートの多くは、だいたい10年か20年前に現在の職業に就いている。だが、その前にすでに何かしらの偉業を達成し、さらに大きいチャンスをつかむに値する人間になっていた。
・(あるノーベル物理学賞受賞者)「注意していないと、他人がした発見まで私の手柄にされるかもしれない。私が著名人であるからだ。私が何かいえば、世間はこう考える。『なるほど、彼がこれを考案したのだな』いや、私としては、他の誰かが以前に考案したことについて話しているだけなのだ」
・カッツェンバーグが1991年の覚書で披露したアイデアは、その後の学術研究によって広く裏づけられている。驚いたことに、1999年にエイブラハム・ラヴィードが実施した映画作品200本の経済的側面に関する調査の結果、スターの出演は興行収入にまったく関係ないとわかった。
・(ジョージ・ソロスがホロコーストから逃げ回った経験から)「ときには、生き残るために積極的な努力をすることが必要になる。それは少年時代に体験したことだ。人から教わった部分もあれば、経験してわかった部分もある……。父の経験から知ったのは、通常のルールが通用しなくなったとき、そのルールをかたくなに守りつづければ死ぬということだ。生き残れるかどうかは、通常のルールが通用したいことに気づくかどうかにかかっている……。行動しないことがもっとも危険である場合もある」
ノーベル賞受賞者について調査したロバート・マートンは、適切な仕事を選びとる能力の存在を発見した。その能力は、選んだ仕事をこなす能力そのものと同じほど重要だった。マートンは1968年にこう記している。「彼らのはほとんどは、問題を解決することではなく発見することの重要性に目を向けている。彼らが一様に示しているのは、根本的重要性を有する問題を把握するにあたっての鑑識力、判断力の向上こそが各自の仕事にもっとも大切であるという強い信念である」
・ザッポスでは、多くの部分で「ワオ」が重視されている。コアバリューの一つ目は、サービスを通じて「ワオ」を届けることなのだ。その第一歩としてザッポスは、従業員に、この会社で働くことは特権だと思ってもらえるよう努力している。私は、ヘンダーソンで過ごした二日間のあいだに十数回も、「ハーヴァード大学に入るより、この会社に入るほうが難しい」と聞かされた。社内には「ワオ!」の壁ーーもちろん、どんどん落書きしていいことになっているーーというものがあって、誰かが「大勢の人が私の仕事を見学したいと思ってくれることに、『ワオ』といいたくなる」と書いていた。
・2010年4月、世界一の金持ちであるのはどんな気分かとMITの学生たちに質問されたビル・ゲイツは、たいしたことはないというような意味の返事をした。「いや、限界収益はしだいに少なくなる。私は、ハンバーガーの室と価格の点で、マクドナルド以上の店をまだ知らない」彼はこれまでに、たとえば自家用ジェットでの移動など、すばらしい役得はあったことを認めた。「しかし、数百万ドルを稼いだあとは、それをどう還元するかが大事になる」
・長い目で見れば、この都市の寡頭制にとっても、もっと広範囲なヴェネツィアの繁栄にとっても、<ラ・セッラータ>は終わりの始まりを意味した。1500年、ヴェネツィアの人口は1330年の時点に比べて減っていた。17世紀から18世紀、ヨーロッパの他の国々が発展するにつれ、かつてヨーロッパ一豊かだったこの都市はいっそう衰退していった。
・それを誰に明確にしてもらうかは、きわめて難しい問題だ。政府が、これはいい事業、これは悪い事業というふうに分け隔てし、悪い事業には、たとえば特別に課税するなどの方法で罰を与えれば、違和感を覚える人は多いだろう。それに強力なロビー団体の存在もある……。『これはいい事業、これは悪い事業』と区別するのは、経済学者にすら難しい。進行中の事業であれば、なおさらだ
この200年でもっとも驚くべき政治的事実といえば、マルクスの言うような事態が起こっていなかったことである。ヴェネツィアのエリートとは異なって、西洋の資本家は破壊的想像や新しい参入者との競争を甘んじて受け入れ、より包括的な経済秩序と政治秩序をつくりあげた。その結果、人類史上もっともさかんな経済進歩の時代が出現している。
・一方、新興国の収奪的な体制のもとで繁栄を謳歌する新興財閥は、国内を抑えこむことでイノベーションが生まれなくなっても、それほど心配する必要がない。共産国の中国の少君主は西洋からテクノロジーを輸入できる。ロシアのオリガルヒは世間の話題をさらっているシリコンヴァレーのスタートアップ企業に直接に投資できる。さらに、どこであれ新興国の新興財閥ならば誰でも、マンハッタン、ケンジントン、コートダジュールにセカンドハウスを持ったり、わが子をイギリスの寄宿学校やアメリカの名門大学に入れたりできる。

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