ドンキ創業者の経営哲学「運」

ドン・キホーテ創業者の安田隆夫氏が、自身の経営哲学を語っています。その中でも特に「運」については、その中心となる考え方になっています。

運は自分自身でコントロール可能 ここで言う「運」は、単なる「ツキがよかった」という類の話ではない。今でも私は自分の身の上話をすると、多くの人から、「安田さんは本当に運が強いですね」などとよく言われる。だが、私自身は特別に運が強いわけではない。災難を招いた「不運」を、「幸運」に変える力が強いのだ。

私が考える運とは、その人が成し得た人生の結果そのものである。 つまり、「運が良かった」というのは、その人が困難にもがきながらも、努力し行動した結果、人生が結果的により良い方向に向かったということなのだと、ごくシンプルに捉えている。

ドン・キホーテを創業後、売上が五十億円とか百億円くらいの頃までは、「安田さんは本当に運がいい。あなたは運のチャンピオンだ」などとよく言われたものだ。周りの皆が、こぞってそう言うものだから、私もついその気になって、「やはり俺は運がいいんだ」と単純に喜んでいた。今思えば、彼らの言葉には少し意地悪な気持ちも潜んでいたように思う。要するに、「お前はたまたま運がよかっただけだ。そのうち運が悪くなれば、どうせ失敗するさ」ということだ。

私もよく運がいいと言われます。そして実際自分でもそう思っています。ただ運を手繰り寄せるために必死に考えて、もがいている、という思いもあります。なので、とても共感できましたし、これでよいのだとも思えました。

それ以外の経営哲学についても大変勉強になります。

だが、根本的なところを突き詰めて考えると、私に何の取り柄もなかったということが大きい。これは謙遜でも自虐でもない。本心だ。仮に私が、色んな取り柄や特技があって他の道でいくらでも食っていけるような人間、あるいは女性によくモテるタイプだったら、そこまで死に物狂いでやらなかったと思う。

これも大変共感しました。私も取り柄や特技もなく、常にすごいひとたちに囲まれていたからこそ、ではどうしたらよいのか、ともがいてきたタイプなので。

上司と部下の関係においても同様である。  上司という主語を変えずに、「部下をどう使うか、どう真面目に働かせようか」と〝上から目線〟で考えていると、人は離れていってしまう。まずは部下に主語を転換して、「 自分なら、上司にどう扱われればヤル気が出るだろうか」を、一生懸命考えるのである。

ひとはやりたいことや得意なことをやっているときが一番成果が出るというのもありますね。

最後に、「 曖昧さを許容する謙虚さ」の重要性について述べておきたい。  脳科学者の中野信子さんは、著書『脳の闇』の中で、「曖昧さを良しとするのが脳科学的にもいい」と 喝破され、「曖昧さを許容する謙虚さがなければ、脳は間違える」というようなことを書いておられる。私は思わず膝を叩いた。曖昧さを許容する謙虚さというのは、なんと言い得て妙な表現ではないかと。  基本的に人は曖昧な状態を嫌う。嫌わぬまでも、「居心地悪い」と感じるのが常だろう。分かりやすく明快な答えを出した方が、すっきりと気持ちがいいに決まっている。そういう意味で、「解」を求めるというのは、ある種の快楽に身を委ねる行為とも言えよう。しかし、安易に導き出した「解」は、必ずしも正解とは限らない。むしろ、そうではない場合のほうが、現実には圧倒的に多い。

要するに時間のテストとは、解という快楽に身を委ねることなく、曖昧さという居心地の悪い状態を耐え忍んで、謙虚な気持ちで時間の経過を待つということだ。そういう 曖昧さの許容は、運を良くするための秘伝のロジックだと私は思っている。

曖昧な状態をいかに許容するか、というのは本当に重要だと思います。世の中は大変複雑であり、その中で何かを成そうと思ったら、答えを急いで出さないで留保する、ことも求められます。が、実際は自分の居心地の悪さもあるし、周りからのプレッシャーもあるし、なかなかこれが難しいんですよね。

従業員たちは権限を委譲されたことで、自ら考え、判断し、行動しはじめたのである。彼らは勤勉かつ猛烈な働き者集団と化し、いつの間にか圧縮陳列や独自の仕入れ術を会得していった。結果として、 私が一人で築き上げたスタイルが、従業員たちによって拡大再生産され、ドンキが急速に多店舗化していくことに繫がった。これは紛れもなく「幸運の最大化」に他ならない。  権限委譲はドン・キホーテに「コペルニクス的転回」を与えたと言える。まさに天動説から地動説へ、物事の見方が一八〇度変わるインパクトを生み出し、それが大強運への出発点となったのだ。

あれだけ複雑でどの店も違うようにみえるドン・キホーテがどうやって急拡大しているのか、の答えが書かれています。

ここで、真に私の跡を継ぐ経営者に必要な能力とは何かについて述べておきたい。それは「 複雑な事象の本質を見抜いて単純化し、その上で色んな人を巻きこんで、理解から納得に落とし込んでその気にさせる。また、問題解決に向けての方法論を同時複合的に草案し、かつそれらを適時、変化対応して応用することのできる能力」である。理想が高すぎるかもしれないが、私の率直な思いであり確信なのでご容赦いただきたい。 

後継者に求める能力が、非常に高いです。が、すでに社長も譲られているので社内ではサクセション・プランニングがうまくいっているのでしょう。

私の言葉で「圧勝」を定義するなら、潜在的な〝勝ち〟を見つけて、それをどんどん具現化させ、余地がないくらい勝ちまくるような状態 を指す。  ところが多くの人には、こうした「大勝ち」に対する感受性が備わっておらず、いたずらに〝機会損失〟をしているように、私の目には映る。実にもったいないことだ。大勝ちできる機会は滅多にやって来るものではない。逆に、負けの機会は頻繁に訪れるものだ。そしてそんな負けを癒してくれるのは、数少ない大勝ちしかあり得ない。目の前に転がってきたチャンスを決して逃さず、勝ちへと具現化させることが求められる。  少なくとも、ノーアウト満塁のような状況で二点くらいしか取れなかったら、地団太を踏んで悔しがらないといけない。そういう時こそホームランをかっ飛ばして、貪欲に点を取りにいくのである。とことん勝って勝って勝ちまくって「これでもか」というくらいの大勝ちを、意識して取りに行く。 圧勝に向けた気迫のようなものが、間違いなく運を引き込む磁石になる と、私は自分の体験からも確信している。

この圧勝の考え方は確かにその通りです。勝てているうちは、勝ち続けるために全力を尽くした方がよいですね。

私自身は遅咲きの経営者だ。人間として、経営者として目に見えて伸びたのは五十歳を過ぎてからだった。要は、自分に囚われなくなってから、急に伸びたのだ。あれだけ我欲の強かった安田隆夫が、ここまで変わるとは誰が想像できただろうか。 私の心象風景もガラリと変わった。心は晴れ晴れとして軽くなり、肩の力も抜けて楽になった。

安田氏ですら50歳をすぎて経営者として確立したと言っています。私は47歳なので、まだ伸びしろがあると信じて、もがきつつ運を手繰り寄せていきたいと思います。

ベンチャーのサバイバル力「アットコスメのつぶれない話」

@cosme 運営のアイスタイルの創業者吉松さんによる起業物語。吉松さんとはもうたぶん25年くらいの長い付き合いがありますが、ほとんど仕事の話はしないので、初めて知ることばかりでした苦笑

経営とは何か。 その答えはまだわかりませんが、二五年間経営に携わってきて、もしかしたらそれは「サバイブする力」ではないかと感じています。 負けずに生き延びること。これこそが最も重要です。 「生き延びる」というのは、会社を無理に存続させるという意味ではありません。信念を貫き事業を成長させ続けるために「死なせない」という覚悟。 生き延びることさえできれば、次の手を打つことができます。それこそが経営者の使命です。 では、どのようにサバイバル力を高めればいいのか。 時代も環境もめまぐるしく変化する中で、過去の戦略や戦術がこの先も通用するわけではありません。結局は経営者が自分の頭で考え、自分の信じる方向へ、毎日一歩ずつ積み重ねていくしかないのです。

最初に、とにかく生き延びることの重要性が語られて、それから@cosmeがつぶれそうになった話が10章分語られます。投資家とのトラブル、創業者の対立、リアル店舗進出、上場延期、COO交代、コロナ倒産の危機などなど。

まさに日本版「HARD THINGS」で、こちらも胃が痛い。。毎回なんとかサバイブするのが、すごいです。

ただ本人と話をしても、全然そんな悲壮感はなく、ひょうひょうとしていて、常にポジティブに人生を楽しんでいるように見えるのですが、、「HARD THINGS」に慣れてしまったのかもしれないですね。

<抜粋・コメント>

当時、Amazon 本社側とは毎日のように交渉を重ねていた。 GAFAM のような巨大グローバル企業を相手に業務資本提携の交渉をするのは決して簡単なことではない。僕自身がアイスタイルの大株主であり利害関係者になるので、具体的な交渉には参加できない。実際の交渉現場では、CFOの菅原をはじめ経営企画・管理部門のメンバーがずいぶんと苦労した。

Amazonとの長い交渉の裏側が赤裸々に描かれています

「@cosme」なら必ず質の良いクチコミに出合える。そんな信頼を丁寧に積み重ねていくことが僕たちの戦略にとっては最重要だった。 サービスは最初の「型づくり」が命である。神は細部に宿るというが、「@cosme」もリリース当初から細部をつくり込むことに妥協しなかった。 新しいプロダクトをつくるときに最も神経を使うべきなのは「文脈」の設計だ。 ここがどんな場所で何ができて、どんな行動が良しとされるのか。世界観を統一して、文化をつくっていく。ユーザーにわかりやすい文脈を示せば、ユーザーは安心してその文脈に乗ってくれる。 「文脈のメンテナンス」をさぼらず、丁寧に手をかけていくこと。こうした地道な取り組みを続けることでしか、「居心地の良い場所」は維持できない。 こんな説明を当時は、何十回、何百回としていた。それでもまだ、見たことのないサービスに対して世間の理解はなかなか得られなかった。 

@cosme のサービス思想。勉強になります

そうして迎えた八月。とうとう社員の給料を一カ月分支払えなくなる事態に陥った。本来なら祝うべき創業一年のタイミングだというのにお先真っ暗。どん底の状態だった。 当時の社員はアルバイトを入れて一五人前後だったと思う。みんな、「@cosme」の可能性を信じて安定した職を捨てて集まってくれた友人たちだ。 僕は申し訳ない気持ちでいっぱいで、悔しく、情けなかった。 ある日、「これからどうしようか」と腹を割って話し合ったことがある。すると、みんなの結論は一致して、「やめない」という選択肢を選んでくれた。

資金調達絡みの話はしんどいですね。エンジェル投資家に救われた話は大変興味深かった。。

時には、メンバーのこんな悲鳴を聞くこともあった。 「これまで苦しい思いをして頑張ってきてようやく利益が出て。今のままで十分じゃないですか。どこまで頑張らないといけないんですか?」 だが、僕は戸惑っていた。 「本番はここからなんだけどな……」 もちろん、これまで苦労してきた仲間の気持ちもわからなくはない。「@cosme」というクチコミサイトだけを運営するのなら、もっとゆるやかに成長しても問題はない。

初期メンバーとのすれ違いはありますね。というか、初期メンバーに限らず、どんなタイミングであっても。。100%みんなが満足するなんてことは永遠にない。それでも進む方向を示して、進んでいかなければならないのが経営ですね。

あらゆる可能性に備える「ハイパーインフレの悪夢」

日本でもインフレが進む中で、ハイパーインフレが起こった第一世界大戦後のドイツで何が起こったかが描いてあるということで、興味を持って読みました。元々は1975年に刊行され、ウォーレン・バフェットが知人に必読書と進めたことから、再刊されたようです。つまり、かなり前に書かれたものなわけですが、今でも色褪せていません。内容はルポタージュになっており、当時の世相が非常にリアルに感じられます。

実際、産業界が一見活況を呈したことが、インフレの問題を複雑にした。ドイツの産業界は過去 12 カ月間、大幅に業績を伸ばしていた。恒常的なマルクの下落のおかげで国際的な競争力をかなり高めていたことに加え、政府の経済政策でさまざまな形の大規模な助成を受けたからだった。企業家は外国人の前では、極端に悲観的な話を巧みに語るので、今の状況では 10 時間労働制の復活が欠かせないという主張にも賛同を得た。しかし現実には、鉱山労働者はイギリスやフランスの同業者の支持のもと、労働時間の延長を拒みつつ、充分に仕事をこなしていた。重工業界の有力者ティッセンも述べたとおり、ほとんどの労働者は、貧困から脱するためには政治的な意見を言うより働くことがたいせつだと気づいていた。

意外だったのが、ハイパーインフレ下では企業が活況を呈していたことです。確かに物の価値がどんどん上がるという中では、借入金は縮小されるし、今稼ぐ力がある企業にとっては、インフレというのは悪くない状況なのかもしれません。

ほとんどのドイツ人はドルが値上がりしているのであって、マルクが値下がりしているのではないと思っていた。食べ物や衣服の値段が上がっているのであって、通貨の価値が下がっているのではないと受け止めていた。紙幣マルクの大量発行のせいで、紙幣の購買力がとめどなく下がり続けているとは考えなかった。

─途方に暮れ、幻滅を味わった。国の自信は繁栄もろとも失われていた。社会道徳は低下し、制度は崩れた。悲観主義や不穏な空気が広がるなか、安心や、地域社会の一体感や、愛国心は消えた。フランスの軍国主義者に対する観念的な憎しみも、フランス全般に対する憎しみも、かつてヨーロッパで最も法を尊んでいた国民をひとつにまとめられなかった。国家そのもののしくみが、倫理観とともに瓦解しようとしていた。インフレによって精神的、物質的、社会的に破壊されたドイツの状況は、想像を絶するほど悪化していた。

いちばん影響をこうむっていなかったのは、農村部の地主や農民たちだった。農民たちは食べ物のほとんどを自給でき、農産物の値段を小売り店と同じように頻繁に引き上げていた。ただし土地を持たない小作人の暮らしはそれほどはよくなかった。出稼ぎ労働者は新しいハンガリーの国境線に移動を制限されたせいで、最低限の収入さえ得られなくなっていた。

一方で、(地主や農民などを除き)一般のひとの多くは、かなり深刻なダメージがあり、モラルが失われたことで社会全体が不安定化しました。

国際連盟が恐れたのは、オーストリアの破綻よりも、オーストリアが隣国──ドイツや、バイエルンや、イタリアや、ドナウ川流域国──との関税同盟を結ぶこと、あるいはそれらの国々と合併して、政治的な強国を形成することだった。実際、財政支援以外には、それが唯一の実行可能な解決策として急浮上しつつあった。オーストリアがイタリアの保護領、大イタリアの一部になるかもしれないという恐れは、フランスに再考を促すのに充分だった。

革命やクーデターがいつ起こってもおかしくはありませんでした。それに対して、ヨーロッパの複雑な外交関係により、ルール地方を占領されたルール紛争などもあり、混乱に拍車をかけていました。

実際のところ、信用詐欺はうまくいった。1923年に農作物を分配するために設計された一時しのぎのレンテンマルクが、1年後にライヒスマルクが導入されるまで1兆マルク札の地歩を守る武器となった。ブレッシアーニ・トゥローニはこう述べた。「新しい紙幣には古い紙幣とはちがう名前が付いているという単純な事実をもとに、国民はそれが紙幣マルクとはちがうものだと考えた。(中略) 兌換 できない紙幣であるという事実にもかかわらず、新しい通貨は受け入れられた。それは保有され、すぐには使われなかった」

また、大きかったのが、当時貨幣に対する信用というのが、大量発行によって、失われていることがあまりよく分かっておらず、金融政策がどんどんインフレを悪化させた、というのもあります。そういう意味では、今は経験値も溜まっているので、ここまでのことにはならないかもしれません。

とはいえ、時代が変われば、また違うということもありえるため完全に楽観視はできません。現在は、世界経済が複雑に絡み合っており、システミック・リスクが高くなっているのは自明なので。できることとしては、個人としても、企業としても、ともかくどんな状況でも価値を生み出せるようにしておくしかないと思いました。

極端を知る「イーロン・ショック」

イーロン・マスク氏によるTwitter社買収時にTwitterジャパン社長だった笹本裕氏が、その後何があったのかを見解を交えて書いています。イーロンのダイナミックな経営が垣間見れて非常にエキサイティングでした。

棚卸しをする時間がもったいないから、棚を壊してしまう。そこから始めてみることもときには必要なのかもしれません。棚は卸さない。「まず壊して、大事なものがあったらあとで拾えばいい」というような進め方が多くありました。

2回目か3回目のリストラ時には、オンラインで一人ひとりの意思が確かめられました。「今後のTwitterにコミットする覚悟があるのかないのか?」。ある場合にはイエス、ない場合は返答しない。返答しない場合は自主退職とみなされる方式でした。今までのキャリアで経験したことのない方法で、瞬時に判断を求められますが、無理難題をぶつけられると、それに応えようと必死になります。

「能力があるかないか」というよりも「応える意思があるかないか」のほうが大きいのです。それさえあれば、意外とできてしまう。できるための解決策を探そうと、必死になればできてしまうものだと思うことが多かったです。  イーロンがつねに言っているのは「とにかく俺は、強いやつしか残したくないんだ」ということです。それはつまり「棚を壊しても、それをまた作っていこうとする人」を彼は望んでいるということです。

普通は「これを言うと、あの部署の誰々はバツが悪いな」みたいなことをつい気にしてしまいます。でも、そんな忖度をしている暇がないのです。それを意識させないぐらい、頻繁にやりとりする。まわりに気を使うことは許されない。そうやって自然と組織の壁が取り払われていっている感覚がありました。

ちなみに2023年の1月に、Slackを全部リフレッシュしました。スレッドがあまりにもたくさんあって、みんなが自由に会社への批判なんかを書き込んでいたからです。イーロンが「一度全部きれいにする」と言って立て直しをしました。

そうやって残った人たちに宿題を課しました。それが週報や月報の提出です。中には「小学生じゃないんだから、こんなことやってられない」と辞めていく人もいましたが、逆に言えばひたすらそれを真面目にやれる人だけが残っていったのです。

どれもなかなか強烈です。。著者のレスポンスはこちら

まずは自分のタイプを知っておくことです。  突然変革が起きたときに「自分がそれに適しているのか、適していないのか」を最初に見極める。適していないのであれば、速やかに次を考えることです。適性がありそうなら、残る。残るにしても、そこから生き抜いていくためのスキルがあるのかを冷静に見極める。そうしないと、ただ疲弊するだけ。不幸になるだけです。

私はコロナ禍になってリモートで仕事するようになりました。  東京の喧騒を離れて「郊外の自然のなかでゆったりと働けたらいいな」などと思っていた。そこにイーロンがやってきて、そんな悠長なことは言えなくなりました。 「このままユートピアみたいな会社で数年働いて、リタイアするのもいいな」と思っていた自分がいたのですが、それではいけないと思ったのです。

ここまでの極端な事例はなかなかないですし、その結果X社の現状がどうなっているかは非公開会社になったため不明なところはありますし、断続的な大規模レイオフによる疲弊もすごそうです。ただ、チェンジ・マネジメントという意味では、極端を知れたのは大変勉強になりました。

具体的な戦略策定まで踏み込んだ「戦略の要諦」

経営思想家として大学やコンサルタントとして活躍しているリチャード・P・ルメルト「良い戦略、悪い戦略」の続編。似ている部分もありますが、前著がどちらかというと戦略の良し悪し、というところにフォーカスしていたのに対して、より悪い戦略に陥らない考え方や、より具体的によい戦略をつくる方法、などまで踏み込んでいます。その中で、特に繰り返し出てくるのが、戦略策定と目標設定の違いについてです。

戦略の策定とは、単なる意思決定ではない。意思決定の場合、とりうる行動の選択肢があらかじめリストアップされていて、その中から選ぶことが想定されるが、戦略を立てるときはそうではない。まずは課題の特定から始まる。また戦略策定と目標設定はちがう。戦略は組織が直面する課題から始まるのであって、先に最終到達地点としての目標を設定するのは順序があべこべである。戦略を立てると言いながら実際には目標を立てている人は、誰かがどこかで課題を解決してくれるとでも考えているのだろう。

テッド・ベルナーは「よい戦略目標」とはどのようなものか、と私に質問した。私の答えは、よい戦略目標は戦略策定の苦しい作業の結果として導き出される、というものだ。目標が先ではない。組織のリーダーが戦略の問題に取り組むとき、彼らは漠然とした願望や野望とそれを実現するための具体的な行動との間に橋を架けようとする。

正しい戦略策定は、まず直面する課題を認識するところから始まり、次に課題を解決するうえで乗り越えるべきポイントを理解する。それによって方針や行動や具体的な目標が導き出されるなら、それはよい戦略策定である。

このようにまずは課題(イシュー)を特定した上で、重要なイシューに絞り込み、自社の強み弱みを考えて、こうすれば勝てるという仮説を立てる、というのがよい戦略としています。まず売上いくら、成長率これくらい、のような目標を先に立ててしまう、というのがよくないと。

では実際どうすればよいのか、ということに対して今回は、最後に著者が具体的に企業の戦略をコンサルティングする際に使う「戦略ファウンドリー」という手法を紹介しています。

経験から言うと、戦略ファウンドリーは一〇人以下のグループ、できれば八人以下でやることが望ましい、と私は答えた。メンバーは幹部クラスとし、CEOまたは事業担当のトップが必ず参加する。そして、課題に基づくアプローチで戦略策定に取り組むことを共通認識としなければならない。通常は三日連続でオフサイトで行う。組織の規模によってはもっと短くなることもあるし、逆に二回に分けて行ったこともある。 

第一段階では、企業自体の状況、競争状況、過去の計画とその結果を調査する。第二段階では、参加メンバーおよび社内の主要人物と一対一の面談を行う。面談時間は最低九〇分。もちろん非公開である。第三段階では、参加メンバーに質問リストをメールで送付する。メンバーは口頭ではなくやはり書面で個人的に回答を送ってほしい。なおファウンドリーでは、回答の一部を誰のものかわからないようにして引用することがある。 

他のメンバーも賛同している様子なので、私はこの三つの課題が書かれた三枚のカードをホワイトボードの中央に留め、他のカードは下げた。「ではこれからこの三つの課題に集中する。すくなくとも三つのうち一つにはこれから一八カ月にわたって真剣に取り組み、解決に向けて前進しなければならない、と考えてほしい。つまりその一つの課題は死活的に重要であり、解決に失敗したら倒産する。倒産しないまでも経営幹部は更迭される。ではどの課題に取り組み、どのような行動計画を立てるか、議論してほしい」 

これらは一部ですが、かなり具体的なので非常に参考になりました。

一方で、若干シニカルな側面も出ており、事例については後付けな部分は否めませんでした。いま調子の悪い企業がよい事例として取り上げられていたり、その逆というのも多くありました。また本人も認めていますが、膨大な情報から課題を抽出する難しさや、そこから仮説を立てて、勝てる「よい戦略」に消化させる方法も実際にはほとんど分かっていません。

またミッションやビジョンについて要らないとしていますが、

会社を率いるのにビジョン・ステートメントもミッション・ステートメントもいらない。必要なのは、現在直面する変化やチャンスに対応する戦略を考え、実行することによって、あなた自身で実際のミッションを作り出すことだ。ミッションを世間に公表しても、宣伝効果はあるかもしれないが、経営の指針とはならない。そもそもミッション・ステートメントは流行や経営者によってあっさり変化する。  私からのアドバイスは、どうしても何かぶち上げたいならモットー程度にとどめるように、ということだ。モットーは格言や金言の類であり、感情に訴え、気分を高揚させる。

宣伝のみに使われていたり、戦略の幅を狭めるなど悪影響もあるというのも分からないでもないですが、たくさんのひとが関わる人間の組織である以上、一時的なモットーのようなもののみで、組織としての強みを出すのは難しいのでは思ってはいます。ミッションのような物語があるから同じ想いのひとが集まってくるという側面もあるでしょうし。もちろんそういう会社が存在しうる、というということを否定するものではありません。

などと書きましたが、「戦略」というものについて、非常に勉強になり考えさせる一冊で、大変オススメです。

元ビッグモーター幹部による提言「クラクションを鳴らせ!」

元ビッグモーターで現在は独立して急成長中の会社「BUDDICA」を経営する中野氏が、中古車営業や店のマネジメントから、エリアのマネジメントまでをかなり具体的に書いています。本人が未経験からどのように考え、行動し、失敗しながらも成功を掴んできたのかのストーリーがものすごいリアリティがあり、そこから編み出された成功術とまとめているため、非常にリアリティがありました。

また本書を書いている最中に、まさに古巣のビッグモーター社が炎上したことで大幅に加筆。辞める直前に買収会社のターンアラウンドから辞めるところまでを書くことで、どのような会社だったのかを浮き彫りにしています。そして、そこからなぜ報道されているような会社になっていったのかを複雑な想いで(想像で)振り返りつつ、中古車業界全体の課題や実情、そしてBUDDICAとしてどう取り組むのか、を書いています。

中古車業界や、そもそも営業という仕事について、ほとんど知識がなかったので、大変勉強になりましたし、まさに猛烈な働きぶりで何度も失敗しながらも立ち上がり続ける姿に感動しました。

2023振り返り+本ベスト5

LA

↑LAサンタモニカの夕日

2024年、あけましておめでとうございます!

昨年のテーマは「中長期で考えて、今を楽しむ」でした。

2023年のテーマは「中長期で考えて、今を楽しむ」にしようと思います。改めて、昨年中はお世話になりました。世界は不穏ですが、変化が大きいということはチャンスも大きいと前向きに捉えたいと思います。

ウクライナの次はイスラエルで戦争が起こり、日本でもジャニーズ解体や裏金問題など、想像しなかったことが次々起こった年でした。もはやこれはブラックスワンの常態化ということであり、何があっても対応していくしかない、むしろチャンスと捉えるべき、ということだと思います。もっと言えば、何か起こる前にアクションするのがベストです。

ただ仕事としては、メルカリは10周年を迎えることができ、着実な成長はあったものの、イノベーションは起こせたとは言えません。昨年、

今年はこれらの成果がより見えてくると信じています。

と書いていて、「果報は寝て待て」のようなマインドセットがよくなかったなと思っています。メルカードやメルコインなど大きく伸びた新規事業もありましたが、全体としては必要に応じてもっとステップインできたと思います。

昨年は、2月新ミッション発表から始まって、Culture Doc、Impact Report、I&Dの改定や、指名委員会等設置会社への移行、第三国進出検討など、中長期への意識が強くあったのも影響していたかもしれません。

これはもっとマイクロ・マネジメントするべき、などの単純な話ではなく、もっと優秀な仲間の力を引き出して組織能力をあげ、方向性を定めて成果を出せる仕組みをつくっていくことができたはず、という反省です。うまくやれば、中長期だけでなく、短期的にも大きな成果を出すことができると思っています。

なお、メルカリの状況については、こちらのインタビューが分かりやすいかなと思います。

変わり続けるメルカリ 個人間取引を軸に「大胆に挑戦」 – Impress Watch

D&I財団は3年目となり、地道な活動や知名度があがってきたこともあり、3,000人を超える過去最高の応募者数を記録することができました。今後さらに幹部を拡充し、奨学金だけではなく、インパクトを出せることを検討していきます。

プライベート(一部出張)では、フィジー、スウェーデン、デンマーク、クロアチア、ポルトガルと一昨年に引き続き、様々な国を訪れることができました。やはり新しい土地に行くと新しい発見があり、世界感覚のアップデートがあります。またWBCや井上尚弥戦を現地で観られたのもすごくよい体験でした。

身体のパフォーマンスは非常によいです。減量を長らくしてきましたが、今は増量(バルクアップ)しています。というのも、食事制限と運動に結構無理が出てきて、かなりの摂生が必要となってしまい生活がきつすぎてサステナブルではなくなってしまったからです。基礎代謝をあげるために、増量して筋肉量を増やしています。今は割りと好きなものを食べて、適度に運動して(と言っても週3筋トレ)、ストレスも少なくなりました。一方で、健康診断数値はほぼパーフェクトを維持し、長年のハムストリングの痛み、目のヘルペスなどもほぼ完治しました。この健康をキープするのが重要だと考えています。

昨年テーマの「中長期で考えて、今を楽しむ」については、よく意識できて実行できたし、楽しめた、という感覚はあるものの、「今を楽しむ」だけでなく、成果も欲しかったなと思います。もちろん仕込んだものは時間がかかりますが、もっと短期の成果に貪欲であってもよかった。

「足るを知る」という言葉もありますが、今年は「足る」で満足するのではなく「足る」という土台の上で、限界まで成果を追求してみたいと思っています。今年のテーマは「成果を出す」にしたいと思います。

それでは毎年恒例のベスト5本をどうぞ

5位「負けへんで! 東証一部上場企業社長vs地検特捜部」

日本でもこういうことが起こるということを知っておいた方がよいと思います

4位「欲望の見つけ方: お金・恋愛・キャリア」

荒削りですが、一考の余地のあるコンセプトが提示されています

3位「JTのM&A 日本企業が世界企業に飛躍する教科書」

M&A海外進出についての教科書でした

2位「人生後半の戦略書 ハーバード大教授が教える人生とキャリアを再構築する方法」

人生の後半に向けてどう考え方を変えていくか

1位「怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ」

YouTubeの解説ビデオとともに読むととてつもなくおもしろいです

P.S.2006年2007年2008年2009年2010年2011年2012年2013年2014年2015年2016年2017年2018年2019年2020年2021年2022年のベスト本はこちらからどうぞ。

M&A海外進出を知る「JTのM&A」

M&Aによる海外進出の成功事例と言われるJTについての、元CFO新貝氏による解説。

JTの海外展開で、対象会社たちをどういった観点でデューデリし、M&Aした場合はその後どういったことに気をつけて、戦略や組織をつくっていったか、そしてどうエグゼキューション(遂行)していったか、などをかなり詳細に描いています。2015年の作品ですが、まったく色褪せていません。

買収検討・交渉の要点は、 (一)買収目的の明確化 (二)対象企業の選択 (三)統合を見据えた企業価値評価=買収後経営の青写真に基づく企業価値算定 (四)対象企業取締役会の重要関心事の洞察 (五)適切なアドバイザーの活用による買収諸課題の解決 (六)買収を巡る他社の動きのインテリジェンス  の六つです。

日本で作った CFOのミッション は、この財務機能の大きな絵姿を財務人材に明示するために作ったものだ。その内容として、(一)CFOが価値創造のナビゲーターであること、(二)財務機能を駆使し、自ら価値創造すること、(三)ファイナンシングを意識し、対話を通じ資本市場と良好な関係を構築・維持すること、(四)世界に通用する財務人材の育成・獲得、を四本柱とした。

CFOはチェンジリーダーである。自らを日々新たにし成果を上げねばならない。役割は四つある。 ① 経営者として のCFOは、変化を機会と捉え、戦略的にリスクを取り、リターンを追求する。 ② CEOのブレーン であるCFOは、CEOが描いた戦略のデッサンを構造計算し、CEOとの対話を通じて、より良い戦略を構築する。 ③ 資本市場への大使 としてのCFOは、対話を通じて財務計数と戦略をストーリーとして、分かりやすく外部ステークホルダーへ説明する。 ④ 財務機能のリーダー としてのCFOは、人をモチベートし、組織を通じて成果を上げる。

メルカリはここまで大きなM&Aをする規模感ではないですが、来るべきときに備えて、組織力を高めていかなければならないと思いました。その際の将来イメージが湧いて、非常に勉強になりました。

天才ボクサーに対戦相手から迫る「怪物に出会った日」

井上尚弥は25戦負けなし、世界4階級制覇王者で、日本ボクシング史上最高傑作と呼ばれています。その井上尚弥に、過去の対戦相手へのインタビューから迫るドキュメンタリー。

「心・技・体でいうと、技と体が凄いのに心が弱いボクサーって多いんです。井上君は試合中に心の揺らぎがなかった。どんなときでも平然としていた。心がしっかりしているから、あれだけのパフォーマンスができる。僕は闘ってみて、ハートがモンスターだと思いました」  二十八分九秒という長い時間、対峙した者にしか分からない「井上尚弥像」だった。(佐野友樹)

「全部がハイレベルすぎるんです。ディフェンス、オフェンス、パンチの当て勘、スピード、フィジカル……。戦力のグラフを作るとしたら、全部の項目が十で大きい。七とか八がないんです。すべてが必殺技くらいのレベル。試合の後、スパーリングしたじゃないですか。『ジャブがハンマーみたいだった』って僕は言いましたよね。でも、本当はよく分からない。だって、あんなパンチを経験したことがないから、喩えようがない。他にそういう人がいないんですよ」(田口良一)

「今までたくさんの世界王者とやってきたけど、スピードは一番。パンチも一番。パワー、ディフェンス、フットワーク、リズムもいい。全部がバーンと抜けている。普通はパンチが上手い人はディフェンスが悪かったり、どこか欠けている部分がある。みんな井上君みたいな動きをしたい。僕だってそうしたい。でも、できないから今のスタイルになっている。だからボクサーの理想なんですよ」(河野公平)

対戦相手は一様に、その強さを語り、負けても対戦できたことに誇りを持っているのが印象的。当然ながら家族も含めたドラマがあるわけで、一心不乱に努力をしたが叶わなかった物語にも心を打たれます。

また、1章読むごとにYouTubeなどで解説動画を観ると、ものすごい臨場感で大変オススメです。今年12月26日に次の世界王座戦がありますが、ものすごく楽しみです。

継続中の伝記「イーロン・マスク」

テスラ、スペースX、スターリンク、X(Twitter)などなどのイーロン・マスクの伝記。『スティーブ・ジョブズ』伝記も書いたウォルター・アイザックソンが手掛けており、ものすごい臨場感。

とにかく破天荒すぎる。ものすごい勢いでいくつもの事業を立ち上げ、その多くを成功させています。ただその過程では泊まり込みをしたりしながら、めちゃくちゃに現場に入り込み、決定的な意思決定をしています。だからこそ成功しているとも言えますが、100%正解の判断をするというわけではないようです。またその過程では、暴言や突然の解雇も含め、多くのひとの人生を破壊するような言動もしています。

「マスクはスティーブ・ジョブズと同じタイプだと思っているんです。とにかくクソなヤツはいるものだ、と。ところが、ふたりともすごい成果をあげています。で、つい、考えてしまうわけです。『もしかして、あの性格と成果はセットなのか?』と」  セットであればマスクの言動は許されるのかと突っ込んでみた。 「これほどの業績に対して世界が払わなければならない対価が、くそ野郎でなければ達成できないなのであれば、そうですね、たぶん、それだけの価値はあると言えるのではないでしょうか。私はそう思うようになりました」  ちょっと考えて、一言追加が出てきた。 「でも私自身がああなりたいとは思いません」(注:元テスラ暫定CEO マイケル・マークス(元フレクストロニクスCEO))

ロスのマスクに対する思いは複雑だ。まず、関係は基本的によかった。 「合理的だしおもしろいし、魅力的なんですよね。そしてビジョンを語る。ちょっとほらっぽかったりしますが、基本的に、すごく引き込まれる形で」  だが、ときに、高圧的で意地の悪いダークなマスクが顔を出す。 「悪のイーロンです。あのイーロンには耐えられません」 「彼を嫌っていると言わせたい人が多いようですが、そんな単純な話じゃありません。だから彼は魅力的なんじゃないでしょうか。ちょっと夢想家っぽいところがありますよね? 複数惑星にまたがる人類とか再生可能エネルギーとか、それこそ言論の自由とか、グランドビジョンを掲げ、そういう大目標を実現するための精神的・倫理的な世界を身のうちに構築しているわけです。だから、彼を悪党呼ばわりするのは違うと私は思ってしまいます

自身のことも考えてみると、起業したてのときなんかはこういう色は濃かったように思います。ただ自分の場合、その判断が全然間違ってることが多かったことから、いかにひとに助けてもらって共にいい経営判断をしていくかとシフトしていったという感覚があります。

マスクがそうならなかったのは、性格もあるでしょうけども、それでおそらく本質を掴んで成功することが多かったから、ということのも大きいでしょう。だからこそ、性格が温存されたのかもしれません。

ただ、その人生は気分も事業も(私生活も)ジェットコースターのようで大変そうで、まさにマイケル・マークスが言うように「でも私自身がああなりたいとは思いません」と私も思います。ただそれによって素晴らしく人類を前進させるイノベーションが起こっているわけで、感謝したいです。とはいえ、X(Twitter)とかのディティールを観ていると、逆に触れることもありそうなので注意も必要そうですが。。

いずれにしても伝記といっても、イーロン・マスクは全然存命なので、これからも目が話せない人物だと思います。

南米で起こっていること「ポピュリズム大陸 南米」

日本では、南米は距離が遠いこともあってか、あまり何が起こっているのか知られていません。私も2012年の世界一周以来滞在していません。とても豊かで美しい自然と複雑な歴史と遺跡や建築が印象的で、一方で都市ではスリなどの危険を常に意識させられました。

本書では、新聞記者としてブラジルのサンパウロに長く駐在した著者が、ベネズエラ、アルゼンチン、ブラジルを主に取り上げ、チリ、コロンビア、ペルー、ボリビアなどについても言及しています。複雑なテーマながら、ストーリーとして描かれており非常に読みやすいです。もちろんこれもひとつの見方ということは言うまでもありませんが、南米の全体像を知る上では素晴らしい一冊です。

経済的に安定していないというイメージはあったのですが、それが民主主義がうまく働かないことによって起こっているというのが大きな気付きでした。国によって違いますが、人気取りのバラマキや国営化、また主に支持率が下がったときに独裁化を目指す政治家の強権発動が複雑に絡み合いつつ、豊かな資源がある国も多い中で、産業育成が遅々としていることも大きな要因になっているようです。

ではどうすればよいのか、というのは結論がなく頭を抱える状態です。翻って日本のことを考えると、強い民間部門があるのと、政治的に安定しているため、そこまでポピュリズムが進んでいないことが功を奏しているようです。ただ、日本も医療も含めた財政支出はとんでもないことになっているし、南米のケースを観ていると、どこかでバランスが崩れることも十分ありえます。

そういった時になにが起こりえるのかというスタディケースとして、南米各国のことを知っておくのは非常に重要だなと思います。

最後にベネズエラ、アルゼンチン、ブラジル、ボリビアから抜粋引用だけしておきます。

制憲議会発足後のベネズエラ政府の動きは速かった。8月に制憲議会が発足すると、1日もたたないうちに、政権に批判的だったルイサ・オルテガ検事総長を罷免し、マドゥロと近い人間を後任に充てた。オルテガは後に亡命し、「マドゥロや政権幹部が大規模な汚職に関わっており、自身を守るために憲法や法を侵害した」と海外に訴えたが、後の祭りだった。 次に、制憲議会は野党が多数派の国会から立法権などの権限を剝奪したと宣言。野党を無力化した。司法、行政に続き立法まで大統領が手中に収めることで、事実上の独裁体制を築いたかたちだ。

一つだけ断言できるとすれば、与野党が団結するという奇跡が起きない限り、アルゼンチンの経済的・政治的な混乱は今後も続くだろう。残念なことに、国難にも関わらず、アルゼンチンの政党や国民には、心を一つにして難局を乗り切るという発想はない。財政問題や通貨安、1次産品に依存した産業構造や貧富の格差など問題点は多岐にわたり、これらの解決は4年では不可能なことは明らかだ。しかし、大統領選と議会選という2年ごとの選挙でせわしなく民意を問われる環境では、腰を据えた改革は難しい。民主主義が機能している現状、アルゼンチンがベネズエラのようになるとは思わないが、かつてのように大国として復活する将来は想像しにくい。

多民族の移民国家にも関わらず、ブラジルという国の中枢は白人が占有し、仲間同士で利権を分け合う構造は長く続いた。リオでは、学費が年間数百万円かかるようなインターナショナルスクールの徒歩圏内に月10000円以下で暮らす貧困層が暮らす。もちろん、富裕層の利用するような設備にはガードマンが立っており、ファベーラの住民が近づくことはない。同じ言葉を喋り、同じ文化を持つ国民でありながら、住む場所が数百メートル異なるだけで片や贅を尽くした生活を送り、片やインフラも整っていないような場所での生活を強いられ、互いが交わることがないという現実こそが、ブラジルの歴史の産物だ。

ボリビアから学べることは多い。歴史的に右派と左派と言うイデオロギー的な対立軸が生じやすい南米では、左派政権が分配策を採ると「共産主義者」といったレッテルを貼られ、対立の軸になりがちだ。企業や投資家、メディアも交えて、左派が政権を握ると経済が崩壊すると騒ぎ立てることも少なくない。しかし、低所得者の底上げは不平等を減らすことにつながり、民主主義の安定的な運営には不可欠だ。富裕層への増税は国連のグテレス事務総長も賛同しているもので、富の偏在を是正するという観点では合理的だ。ベネズエラのような野放図なばらまきは論外ではあるが、市場との対話を通じながら、インフラ整備や現金給付で低所得者の所得を底上げしつつ、教育機会の提供で機会の平等を実現していくというボリビア政府の路線自体は決して否定されるものではない。

新しいフレームワーク「「価値」こそがすべて!」

ハーバード・ビジネス・スクール教授フェリックス・オーバーホルツァージーが提唱する「バリューベース戦略」を解説した作品。非常にシンプルですが、フレームワークとして使うとよさそうなので、メルカリでも一度考えてみたいと思います。

Amazonにもある簡単な説明は以下の通りです

■ WTP(Willingness to pay、支払意思額)

バリュースティックの上限に位置します。これは、 顧客の視点を表しています。具体的には、顧客が製品やサービスに対して支払うであろう上限額のことです。企業が製品を改善すれば、WTPは上昇します。

■WTS(Willingness to sell、売却意思額)

バリュースティックの下限に位置し、従業員とサプライヤーに言及したものです。従業員にとって、 WTSはジョブオファーを受け入れるために必要な最低限の報酬のことです。企業が仕事をより魅力的 なものにすることができれば、WTSは下がります。逆に、仕事が特に危険な場合は、WTSは上昇し、従業員はより多くの報酬を必要とします。

WTPWTSの差、つまりバリュースティックの長さが、企業の生み出す価値になります。ある調査によると、優れた財務パフォーマンス(企業の資本コストを超えるリターン)は、より大きな価値を創造することができるかどうかに依存していることが示されています。そして、付加価値を創出する方法は、WTPを高めるか、WTSを低くするかの2つしかありません

とりうるオプションを、WTPを高めるのか、WTSを下げるのかを定量的に検討し、戦略に落とし込むことができます。本書には、それぞれの事例が豊富に取り上げられており読みやすく勉強になりました。

メルカリは「新たな価値を生みだす」マーケットプレイスでもあるため、「価値」について議論することも多いですが、事業展開の可能性を価値で捉え直す、というのはすごくよいのではと思っています。

リアリティがすごい「黒い海 船は突然、深海へ消えた」

突然沈み多数の死者を出した海難事件の真相に迫ろうとするドキュメント。不可思議な状況に気づいたジャーナリストである著者が、様々な取材をしていくのですが、調査した委員会や理事所、政府関係者などとの一問一答が迫真で非常にエキサイティングです。誰がどこまで知っているのか、あるいは知らないのか、政府の圧力や、諸外国との外交への配慮などあるのか、などを少しづつ明らかにしています。そして明らかにならないこともあり、リアリティがすごい。すごくリアルな良質なドキュメントでした。

第 58 寿和丸の事故は覚えていないと言い続けた喜多は、取材の後半、船底に穴があいて沈んだ可能性が高いと言い切った。 「覚えていない」と言い張る喜多は、本当は第 58 寿和丸の事故をよく記憶しているのではないかと思った。理事所の所長だったとき、船底損傷を疑い、潜水調査の可能性を検討したことも忘れていないだろう、と。しかし、理事所の所長として仕切った事故調査の話をすれば、守秘義務に抵触しかねない。そのため、この事故を知らない体で「個人的な見解」として語ろうとしてくれているのかもしれない。

第 58 寿和丸の取材に着手した当初、私は、運輸安全委員会は何らかの真実を隠すために潜水調査を拒み、強引な報告書を作成したのではないかとの疑念を持っていた。それはある意味、買いかぶり過ぎだったのかもしれない。実際にはリソースが限られるなかで、「教訓を残す」という役割を外形的に整える仕事をこなしただけのように思えた。

万が一に備える「負けへんで!」

上場企業の創業社長が、検察に突然逮捕され、裁判となり、数年後に無罪として勝訴する。そんなことがこの日本であるのかと思いましたが、実際200日以上も過酷な環境で勾留され、取り調べをされ、創業して成長を続けていた上場会社を最大のライバルに売却せざるを得ず、1%も勝ち目もないと言われる検察との裁判を闘う、壮絶なストーリー。

拘置所の中で、検事や弁護士、裁判官、社員、家族などと限られた情報の中で精神的にも肉体的にも追い詰められ疑心暗鬼になりながら、少しづつ活路を見出して、勝訴にいたる様が克明に描かれており、非常に貴重なドキュメンタリーとなっています。

もちろん本書は著者側からの視点であり、検察側からの見方もいろいろとあるのでしょうけれども、、この日本でどういうことが起こりうるかを知っておくだけでも、万が一の備えとなるので、読んでおきたい一冊です、起業家に限らず。

抜粋コメントを少しだけ

前年 12 月 16 日に逮捕されてから、半年弱である。その間、わたしは狭い三畳一間の部屋に閉じ込められ、どこにも行けず、やりたいこともできず、好きなものも食べられず、一日の行動を逐一管理されて過ごしている。  就寝の時間も起床の時間も風呂の時間も運動の時間も食事の時間も、自分では決められない。テレビも見られない。電話もメールもできない。会いたい人と会うことができない、話したい人と話すことができない。  家族と会えるのは平日1日あたり 10 ~ 20 分だけで、しかも必ず刑務官が立ち会っている。  拘置所の中で過ごしているこの1分1秒がすべてストレスなのである。

逮捕されるとこういった状態になると

「山岸さん、こらえてください。無罪をとるには向こうが押収したものを全部見ないとダメなんです」 「でも、それが終わらないと保釈される可能性はないんでしょ。そんなん理不尽ですやん。どうしてこんな理不尽なことになるんですか? なんでこんな目に遭わなアカンのですか?」  弁護人は下を向いたまま答えない。  長期間にわたって監禁生活を送り、何度も保釈請求して拒まれることが続くと、冷静な判断力はどんどん失われていってしまう。

弁護団の先生方は、わたしの置かれている状況がいかに理不尽であるか心の底からわかった上で、誤った有罪判決が出ればもっと理不尽なことになると考えて、必死になってくれていた。  でも、このときのわたしにとっては、いつ終わるかもわからないブツ読みが完了するのを待てという弁護人のアドバイスこそが理不尽に感じられた。

なかなか正常な判断が難しくなってしまうようです。著者はすごく強い方だと思います

日本の強みと弱み「エンタメビジネス全史」

全史というにふさわしく、まさに日本のエンタメを網羅的にカバーしていて、非常に勉強になりましたし、大変おもしろかったです。

エンタメ/コンテンツ/遊びは元来、子供向けのものではない。エンタメは「大人」こそが熱狂してきた領域で、実は「子供」が消費者として対象になっていったのは、日本では大正時代、欧州や北米でも 20 世紀に入ってからの話である。大人が興じてきた遊びが、思考のトレーニングや社会の予行演習になる、もしくは子供向けだからこそ消費・市場が伸びるということで、あとから子供向けに作り替えられたのである。

そもそも子供に教育を与えて、社会全体の生産性を高めようという発想自体が近代に入ってからのものであり、それ以前は子供といえども労働力でしかなく、〝未熟な大人〟として数えられるような時代が一般的であった。子供が労働力であった時代は、彼らは遊びも教育も与えるべき対象ではなかった。

そもそもエンタメ/コンテンツ/遊びというのは大人のためだった、というのは慧眼でした。余裕があるのは大人であって、子どもは昔は不完全な労働力であったと。

日本のエンタメは独特の発展をしてきており、国内では一定のシェアを保っています。これは実は世界的に観ると非常に珍しく、音楽や映画では90%以上外国製という国の方が多いです。また、オリジナリティが高いためにポケモンをはじめとして海外でも強いIPがたくさんあります。ただ、スポーツのように圧倒的な差をつけられてしまったものもあり、何がその辺りの差になっているのか、コンテンツの性質や海外事例を含めて書いてあり、大変勉強になりました。

メルカリも鹿島アントラーズというスポーツビジネスをしているので、こういった状況を勘案しながら、勝利する・タイトルを穫るということはもちろん、ビジネスとしてもまだまだ拡大させていきたいなと思いました。

考え方を変える「人生後半の戦略書」

私も45歳ということで人生後半と言えるのだろうと思いますが、後半に向けて考え方を変えていかないといけない、というのはとてもよいコンセプトだなと思いました。

人生後半で、諦めないといけないことを諦めることでより満足感のある、後悔のない人生を送ることができる、というある意味受け入れがたいが受け入れなければならないことを様々な角度から指摘してくれます。

割と冗長で宗教など主観的な内容も多く、すごくまとまっているわけではないのですが、ところどころで考えさせられることが多かったです。まぁ人生のことなので人によって違いすぎることでもあるのでやむなしかと思います。

抜粋コメントします。

たとえば、高齢者は単語作成を競う「スクラブル」が得意だし、外国語の習得も上々です(アクセントを完璧にするのは苦手でも、語彙の増強、文法の理解に 長けています)。高齢者に見られるこうした特徴は、研究により裏づけられています。母国語であれ外国語であれ、死ぬまでずっと、語彙力は落ちずに伸びていくのです

また、複雑なアイデアを組み合わせて活用する能力は高齢者のほうが高いことに気づく人もいるかもしれません。言い換えれば、高齢者は、若い頃のような画期的な発案や、素早い問題解決はできないかもしれませんが、既知の概念を使ったり、既知の概念を他者に表現したりするのは相当うまくなっています。

いきなりではありますが、よい部分もあると。外国語の習得、については個人的に苦労しているところで一定レベル以上は逆に大変なのではと思ってますが。。

1つ目の知能が、「 流動性知能」です。キャッテルの定義では、推論力、柔軟な思考力、目新しい問題の解決力を指します。一般的に、生得的な頭の良さと考えられている知能で、読解力や数学的能力と関連があることが研究で明らかになっています。革新的なアイデアや製品を生み出す人は、概して流動性知能が豊かです。知能テストを専門としていたキャッテルの観察では、流動性知能は成人期初期にピークに達し、 30 代から 40 代に急速に低下しはじめました。

いずれ流動性知能の落ち込みに見舞われることは、まず確実です。しかし、 革新 中心のキャリアから、 指導 中心のキャリアへとキャリアを年々再設計する能力は失われませんから、加齢による強みを発揮することは可能です。

一方で低下する能力もあります。

それなのに、なぜ人は懲りもせず同じ試みを繰り返すのでしょう? 理由は2つあります。第1に、第1の曲線は自然と下降していくものだという認識がありません。自分の調子が悪いんだと思っています。第2に、別の種類の成功に通じるもう1つの曲線が存在することを知りません。

人生の後半は、知恵で他者に奉仕しましょう。あなたが最も重要だと思うことを分かち合いながら歳を重ねるのです。何かに秀でているということは、それだけで素晴らしいことなのだから、それ以上の見返りは不要です。そう思って生きていけば、歳を経るほど最高に秀でた存在になれるのです。

役割を変えていく、ということが重要である、ということです。

幸福になりたいなら、「なんとしても幸福になりたい」、「世間から見た自分の特別度が多少下がることを受け入れて、自己モノ化をやめたい」と正直に宣言しなくてはいけません。「肩の荷を下ろしたい」という願望をはっきり口にするのです。そのために必要なのはプライドではなく、その対極にある謙虚さです。

人よりキャリアを優先する人生から、私を解放してください。  仕事にかまけて人生をないがしろにする行為から、私を解放してください。  他者より優位に立ちたいという欲望から、私を解放してください。  世間の空虚な約束に 惹かれる心から、私を解放してください。  職業上の優越感から、私を解放してください。  愛よりプライドを取る心から、私を解放してください。  依存から離脱する苦痛から、私を解放してください。  落ち込み忘れられる恐怖から、私を解放してください。

今まで大事にしていた価値観、例えば仕事上の成功、などから自分を解放する必要があると。むしろ弱さを認めることが重要なのだと言いますが、これは本当に同感です。

さんざん考えて伝えた答えは、「誠実、思いやり、信頼」でした。その3つを身につければ、息子が可能な限り最良の人間になれると感じたのです。  それをきっかけに、大切な人たちに手に入れてもらいたいことを3つずつ書き出し、こう問いかけることにしました。私は今書き出したものに投資しているだろうか? 私の時間、エネルギー、愛情、技能、お金を、こうした長所や資質を伸ばすために注いでいるか? 私自身の行動で模範を示しているか? 新しい投資戦略が必要か?

子育てに対して大切なことを何かを考えるというのはよさそう。

人生の次の段階で……  

続ける活動は何?  進化させやり方を変える活動は?  やめる活動は?  新しく学ぶ活動は?

次の段階を始めるために……

新しい自分に進化するために、来週何をする?  来月何をする?  6カ月以内に何をする?  1年後、それらの行動の結果として表れる最初の成果は何?

さまざまな問いかけがあり、まったくすぐに答えが出せるわけでもなく、かつそれも変わっていくものだと思いますが、いろいろ考えていくためのきっかけとしてすごく有用なリストかなと思います。

荒削りなコンセプト「欲望の見つけ方」

ひとの欲望が模倣から来ている、というのはすごくおもしろい考え方で思い当たる節もたくさんあります。一方で、それはそれとして内在的な欲望というか、ひとりひとりやりたいこと、欲しいものというのもあるし、他人に影響を受けつつも自分を見つけていくというのがそこまで悪いことでもないと個人的には思っています。

その後、奇妙なことが起きた。自分が設立した会社から去るとき、解放感を味わったのだ。  そのとき自分は 何もわかっていなかった ことに気づいた。それまでの成功は失敗だったように感じ、失敗のほうが成功であるように感じた。飽くことも満足することもない奮闘の裏には、どんな力が働いていたのだろう

著者が、成功したいと望み始めたビジネスがうまくいかなかったときにそこから解放された、欲望に左右されていたのは模倣によるものだった、と言っていますが、一時期の解放感についてのみで、著者があまり欲望から解放されたようには見えませんでした。

信じがたい真実は偽りよりも危険であることが多い。この場合の偽りとは、私は物事を誰の影響も受けずに自力で欲している、私が何を望み、何を望まないかは私が決めていると思うことだ。真実はこうだ。私の欲望は他者の媒介によって誘導されたもので、欲望の生態系は自分が理解できる規模を超えており、自分はその一部である。

危険なのは、モデルの存在を認識しないことだ。その場合、私たちは簡単にモデルと不健全な関係に陥ってしまう。モデルは巨大な影響力を発揮しはじめる。私たちは無意識のうちにモデルに執着しがちだ。モデルというのは、多くの場合、秘密の偶像なのである。

確かに自分の欲望についてはどこから来ているのか分からないものもありますし、それはモデルへの模倣なのかもしれません。ただ、自分が価値があるというものを探していく、やっていくというのもまた個別の人生だとも思うので、欲望(模倣)に支配されているという考え方自体が二元論的なのではとも思いました。

私たちはポケットにスロットマシンを入れているから危ないのではない。ポケットにドリームマシンを入れているから危ないのだ。スマートフォンは何十億人もの欲望を、ソーシャルメディア、グーグル検索、レストランやホテルのレビューを通じて映しだしている。スマートフォンに対する神経系中毒は本物だ。しかし、スマートフォンが自由にアクセスできるようにした他者の欲望への執着は、形而上的な脅威である。 模倣の欲望はソーシャルメディアの真の原動力だ。

一方で、確かに現代が欲望を駆り立てるような構造がある、そういったビジネスが成功している、というのもそうだと思うので、そういったことに意識的になるのはすごく重要かなと思います。

全体として、新しいコンセプトを示していて勉強になりました。一読の価値のある作品だと思います。

北海道の新ボールパークのドキュメンタリー「アンビシャス」

北海道に新しくできた北海道日本ハムファイターズのボールパーク「エスコンフィールドHOKKAIDO」が話題になっていますが、その球場移転を巡るドキュメンタリー。もともとファイターズは札幌市の札幌ドームを拠点にしていたわけですが、市の施設であり他との共同利用ということもあり、なかなかやりたいことができない状況にありました。

これによって札幌ドームはサッカーと野球、両方のプロ球団が本拠地とする国内唯一のスタジアムとなった。サッカーの開催前になると、屋外で養生されていた天然芝のステージをドーム内に移動させる。その作業には十時間以上を要するため野球用の人工芝は迅速に撤去できる巻き取り式でなくてはならず、他の球場に比べて極端に薄かった。ファイターズの選手たちが悲鳴を上げたのはそのクッション性の低さのためだった。

球団は毎年、球場使用料として約一三億円を支払っていた。札幌ドーム側はファイターズが本拠地とすることで使用料とグッズや飲食店販売収入の一部などを合わせて年間およそ二〇億円の収入があり、その総額はファイターズの選手総年俸に迫るものであった。また顧客サービスのためハード面を改善しようにも、あらゆることにドーム側の許可がなければ実現しなかった。球団に与えられた裁量権は極端に少なく、現場で戦うチーム内にも、前沢たち事業部員の間にもフラストレーションは募っていった。

そのため移転先を進めていくわけですが、当然札幌市も移転して欲しくはないですし(新規場所の提案も)、日本ハム本社も300億以上に及ぶ投資をどう考えるかにはいろいろな意見もあるしで、役人や周辺住民も含めて様々な思惑が交錯する非常に難しいプロジェクトになっていきます。それらを重層的に描いていますが、軽やかなタッチで非常に読みやすく一気に読めました。

信念を持ってつくられたボールパークは試合が見える部屋のあるホテルなど周辺施設も含めたボールパークについては評判は上々のようです。アクセスや観客動員などは批判もあるようですが。。私もぜひ遊びに行ってみたいなと思っています。

2022振り返り+本ベスト5

カタールW杯、ドイツ戦勝利直後
↑カタールW杯、ドイツ戦勝利直後

2023年、あけましておめでとうございます。

昨年のテーマは「やりたいことをやる」でした。

2022年のテーマは「やりたいことをやる」にしようと思います。今年私は45歳になりアラフィフになります。年齢はそんなに気にしていませんし、「ライフスパン」であったように老化の研究が進み寿命は劇的に伸びる可能性もありますが、それでも健康である時期がどのくらいあるか、その間に何をやりたいのか、を真剣に考える年頃になったのかなと思ってます。自分にとって大切なことは何なのか、家族や友達とも一緒に考えて、やりたいことは先送りせずに今年中にやれるだけやろうと思います。

いろいろやっていこう、という矢先に戦争が始まりました。現代にこんなことがあるんだ、という思いですが、現実です。人類は一直線で進化するわけではないし、うっかりと脱線して核戦争で滅亡することもありえるのだなと気付かされました。そういった中で、自分が好きで信じることをやり、家族や友だちやコミュニティを大切にすることの重要さが際立ちました。

ビジネスとしては、まず起こりうる最悪の状況にも備えるべきと考え、コストを絞りつつ、投資も取捨選択をしていきました。そのおかげもあって、4-6月期から黒字に転じています。結果としては本当に最悪なことは起こらず、もう少し投資してもよかった年だったのかもしれません。ただ、経営陣だけでなく、あらゆるレイヤーで厳しい精査と判断をしていく中で、培われたものも大きいと思います。お金が使えないなら知恵を絞ることもしたし、非常に筋肉質になって、会社としてのメカニズムが整った一年だっだと思います。今年はこれらの成果がより見えてくると信じています。

今年はメルカリも創業10年を迎えます。節目を迎えようとする中で、これまでの10年を振り返り、これからの10年についてもよく考える一年になりました。いろいろ考えたときに、やはりメルカリには、ミッション達成に向かい、より多くのお客さまに様々な価値あるサービスを提供し、会社として永続的に成長していって欲しいと思っています。

すごく幸せなことにメルカリには自分より優秀なひとがたくさんいて、みんなにどうやったらやりがいを持って仕事をしてもらえるか、さらにそういう仲間を増やしていくにはどうしたらよいか、を考えています。さらに自分ができるところまではやりたいと思ってはいますが、自分がいなくなってもずっと発展していける会社にしていきたいと考えています。

D&I財団も昨年は2年目ということで、採用を進め、STEM女子奨学助成金を女子高校生にも拡大し、約600人に支給をする予定です。さらに活動を広げるべく、人員増強もしていっています。

プライベートでは、カナダ、モルディブ、ネパール、カタール、サウジアラビアという5カ国にはじめて行くことができました。特にカタールのサッカーワールドカップは伝説のドイツ戦、スペイン戦をスタジアムで観ることができて最高でした。今年も毎年の目標である新規2カ国訪問は達成したいと思います。

筋トレと食事制限も継続することで、さらに減量し、内臓脂肪など数字は改善し、体調もさらによくなり、最近は睡眠の質もあがったり、仕事の集中力も増したと感じています。英語は毎朝2時間を継続できてますが、あまり成長実感を感じられていないのは反省点です。

総合すると、「やりたいことをやる」は達成できた一年だったかなと思います。ただ、昨年はより中長期なことを、仕事についてもプライベートについても考えることも多く、世の中の不確実性があがる中、中長期のことを考えて、今やっておくべきことをやる、というのもすごく重要だなと思っています。逆説的に、中長期を考えることで、今やるべきことが分かり、今を楽しめる、ということなのかなと。

なので、2023年のテーマは「中長期で考えて、今を楽しむ」にしようと思います。改めて、昨年中はお世話になりました。世界は不穏ですが、変化が大きいということはチャンスも大きいと前向きに捉えたいと思います。今年もよろしくお願いいたします!

それでは毎年恒例のベスト5本をどうぞ

5位 ウェルチ後に何かあったか「GE帝国盛衰史」

主に、そのほころびが出始めたところで引き継いだジェフリー・イメルトが悪戦苦闘するドキュメンタリーとなっています。ひたすらに構造改革をするために、事業を売買。その過程でGEキャピタルを事実上売却・解体することで、利益調整のレバーを失ってしまいます。さらに、大きくDXに賭け、しかし失敗し、強いGEを取り戻すことはできず退任となります。

GEのような大企業がどのように経営されているのか、かなりクリアに描かれており非常に勉強になりました。一見うまく行っているようでも、裏側ではほころびが進行していることもある。本当に企業経営というのは難しく、運の要素もあることから、やるべきとをやったら後はなるようにしかならない、という割り切りも必要だと。

4位 よい判断のために減らしたい「NOISE」

ノイズの分類からはじまって、それではどうすればよいか、を様々な実例や研究とともに解説しています。しかしノイズを減らすために一番大きな障害となるものは、自分は正しい判断をしているというひとの思い込みと、それを補正するであろうAIなどへの心理的な抵抗になります。誰もがコンピューターや簡単なチェックリストの方が自分の判断よりも優れていると認めることが難しいからです。

どうすればよりよい予測と判断をできるのか、について非常に多くの示唆があります。とにかく自分を過信しがちなのが人間という性質である、ということを理解し、認識を更新し続ける、そのためにはAIだろうが、チェックリストだろうが何でも使う、ということですね。

3位 海外事例から学ぶ「取締役会の仕事」

コーポレート・ガバナンスに知見のあるコンサルタントや大学で教鞭をとる著者たちが、米国中心に先進的なモニタリング型の取締役会の豊富な事例を紹介しています。また、様々なチェックリストなどもあり、非常に有用です。

メルカリのこれからのコーポレート・ガバナンスについて、すごくイメージが湧き、個人的に非常に勉強になった一冊。

2位 独創的なアイデア「脳は世界をどう見ているのか」

脳の仕組みについては実はよく分かっていませんが、そこに独創的なアイデアを提示する意欲作です。著者は、なんとパーム・パイロット(90年代の携帯情報端末)の創業者でもあるジェフ・ホーキンス。その売却資金を元に研究所を立ち上げて、現在はUCバークレーに移管して研究を続けている鬼才です。

脳は、予測し、違った場合は学習し、モデル化することを繰り返すことで、物理的なものだけではなく、概念的なものまで何にでも対応できる、という非常に新しいアイデアを提示しています。しかしそれは、自分の子どもをみていると非常に納得感がある説明でもあります。

1位 人生への考え方を変えるコンセプト「DIE WITH ZERO」

その名の通り、お金を使い切って「ゼロで死ね」ということを提唱しています。多くのひとはお金を貯めるためにがんばりすぎている、もっと早くから自分のやりたいことにお金を使うべきだし、仕事も早くリタイアして健康なうちに楽しむべき、そして最後に資産がゼロになって死ぬことが望ましい、という主張です。

昨年のテーマの「やりたいことをやる」もよく考えると「DIE WITH ZERO」から来ている概念ですね。本当に今しかできないことって実はすごく多い。昨年だけ考えてもロシアもウクライナももういけなくなってしまいました(少なくともしばらくは)。今の1ドルと、老後の1ドルの価値は違う。今年も「DIE WITH ZERO」を忘れずに生きたいと思います。

P.S.2006年2007年2008年2009年2010年2011年2012年2013年2014年2015年2016年2017年2018年2019年2020年2021年のベスト本はこちらからどうぞ。

人生への考え方を変えるコンセプト「DIE WITH ZERO」

実は2年前に読んだのですが、その時はおもしろいなと思ったものの書評にしませんでした。しかし、その後「DIE WITH ZERO」すなわち「ゼロで死ね」という言葉をよく使うようになりました。そして、それを聞いた友だちが読んで感銘を受けた、という話もよく聞くようになりました。影響力が非常に大きいので、改めて読み返してみました。

その名の通り、お金を使い切って「ゼロで死ね」ということを提唱しています。多くのひとはお金を貯めるためにがんばりすぎている、もっと早くから自分のやりたいことにお金を使うべきだし、仕事も早くリタイアして健康なうちに楽しむべき、そして最後に資産がゼロになって死ぬことが望ましい、という主張です。

死は人を目覚めさせる。死が近づいて初めて、私たちは我に返る。先が長くないと知り、ようやく考え始めるのだ。 自分は今までいったい何をしていたのだろう? これ以上、先延ばしをせずに、今すぐ、本当にやりたいこと、大切なことをすべきだ、と。 ふだん私たちは、まるで世界が永遠に続くかのような感覚で生きている。

人生はテレビゲームとは違って、果てしなく高スコアを目指せばいいわけではない。 にもかかわらず、そんなふうに生きている人は多い。 得た富を最大限に活かす方法を真剣に考えず、ただひたすらにもっと稼ごうとし、自分や愛する配偶者、子ども、友人、世の中に、 今、何ができるかを考えることから目を背けている。

老後のお金の心配も分かるが、そのための保険もあるし、そもそも病院でチューブに繋がれて数日だか数十日長生きするために何千万も取っておくことに意味はない、と説きます。

また、子どもにお金を残したい、という意見にも、多くのひとが50代になって遺産を受け継ぐが、共通して、子育てに忙しく、健康であった若い頃(30歳前後)にそのお金があればよかったのに、と思っている、と言います。

譲り受けた財産から価値や喜びを引き出す能力は、年齢とともに低下する。 金を楽しい経験に変えるあなたの能力が、老化とともに衰えていくのと同じだ。何かを楽しむには最低限の健康が必要になる。 その能力のピークが、気力と体力が充実している 30 歳だと仮定すれば、 50 歳では同じ価値を引き出せなくなる。あるいは、 30 歳のときに1ドルから引き出せた価値を得るのに、もっと多くの金(たとえば 1.5 ドル) が必要になる。 つまり、子どもが一定の年齢を過ぎると(あなたが財産を分け与えるのが遅くなるほど)、分け与えられた財産の価値は落ちていくことになるのだ。

確かに言われればその通り、ということばかりなのです。なぜこういうことが起こるかというと、老いというのは毎日実感するものではないため、いつまでも若い頃と同じことができると思ってしまうからだと言います。

クリスのような人は、自分の体力がどれほど落ちているかに気づかずに、若き栄光の日々を生き続けている。だが実際は、元水泳コーチであったにもかかわらず、もう 30 メートルも泳げなくなっていた。 こんなふうに、昔の感覚を引きずり、今の自分の体力をうまく把握できていない人は多い。 その感覚のズレが、老後もいくつになっても若い頃と同じようなことができるという思い込みにつながっている。

老衰し、身体を動かすこともできず、チューブで栄養をとり、排泄も自力ではできない。そんな状態では、人はそれまでの人生の経験を思い出すこと以外ほとんど何もできない。プライベートジェットを自由に使えたとしても、もうどこにも行けないだろう。貯金が100万ドルあっても、 10 億ドルあっても、残された人生でその金を使ってできることはほとんどない。 また、旅行に行くことを考えてもよくわかる。旅行を楽しむには、時間と金、そして何よりも健康が必要だ。 80 歳の人は、体力面を考えると、あまり遠くには出かけられない。長時間のフライトや空港での乗り継ぎ、不規則な睡眠など、旅にはストレスがつきものである。年を取って体力が落ちると、こうした旅のストレスへの対処が難しくなってくる。

僕も40くらいから、今の瞬間の経験値を最大限にするために何ができるかを真剣に考えるようになりました。お金で解決できることは解決するようになったし、消費だけでなくて今の世界に資することであれば寄付のような使うことにも、より積極的になりました。

稼ぐことについては、非常に幸運なことに今の仕事が大好きなので、辞めることはないですが、ワークライフバランスはより考えるようになったと思います(もともと長時間労働するタイプでもなかったですが)。またいつか死ぬ、辞めることも意識して、会社を永続的に発展していけるような仕組みにしていこうとしています。

それから、なんといっても健康が重要、ということで、健康への投資(筋トレなど)もするようになりました。

このように考えると、「DIE WITH ZERO」というコンセプトには人生への考え方として非常に同意できるし、実際影響も大きかったなと思っています。内容は荒削りな部分もありますが、すべてのひとにオススメできる一冊です。