ドン・キホーテ創業者の安田隆夫氏が、自身の経営哲学を語っています。その中でも特に「運」については、その中心となる考え方になっています。
運は自分自身でコントロール可能 ここで言う「運」は、単なる「ツキがよかった」という類の話ではない。今でも私は自分の身の上話をすると、多くの人から、「安田さんは本当に運が強いですね」などとよく言われる。だが、私自身は特別に運が強いわけではない。災難を招いた「不運」を、「幸運」に変える力が強いのだ。
私が考える運とは、その人が成し得た人生の結果そのものである。 つまり、「運が良かった」というのは、その人が困難にもがきながらも、努力し行動した結果、人生が結果的により良い方向に向かったということなのだと、ごくシンプルに捉えている。
ドン・キホーテを創業後、売上が五十億円とか百億円くらいの頃までは、「安田さんは本当に運がいい。あなたは運のチャンピオンだ」などとよく言われたものだ。周りの皆が、こぞってそう言うものだから、私もついその気になって、「やはり俺は運がいいんだ」と単純に喜んでいた。今思えば、彼らの言葉には少し意地悪な気持ちも潜んでいたように思う。要するに、「お前はたまたま運がよかっただけだ。そのうち運が悪くなれば、どうせ失敗するさ」ということだ。
私もよく運がいいと言われます。そして実際自分でもそう思っています。ただ運を手繰り寄せるために必死に考えて、もがいている、という思いもあります。なので、とても共感できましたし、これでよいのだとも思えました。
それ以外の経営哲学についても大変勉強になります。
だが、根本的なところを突き詰めて考えると、私に何の取り柄もなかったということが大きい。これは謙遜でも自虐でもない。本心だ。仮に私が、色んな取り柄や特技があって他の道でいくらでも食っていけるような人間、あるいは女性によくモテるタイプだったら、そこまで死に物狂いでやらなかったと思う。
これも大変共感しました。私も取り柄や特技もなく、常にすごいひとたちに囲まれていたからこそ、ではどうしたらよいのか、ともがいてきたタイプなので。
上司と部下の関係においても同様である。 上司という主語を変えずに、「部下をどう使うか、どう真面目に働かせようか」と〝上から目線〟で考えていると、人は離れていってしまう。まずは部下に主語を転換して、「 自分なら、上司にどう扱われればヤル気が出るだろうか」を、一生懸命考えるのである。
ひとはやりたいことや得意なことをやっているときが一番成果が出るというのもありますね。
最後に、「 曖昧さを許容する謙虚さ」の重要性について述べておきたい。 脳科学者の中野信子さんは、著書『脳の闇』の中で、「曖昧さを良しとするのが脳科学的にもいい」と 喝破され、「曖昧さを許容する謙虚さがなければ、脳は間違える」というようなことを書いておられる。私は思わず膝を叩いた。曖昧さを許容する謙虚さというのは、なんと言い得て妙な表現ではないかと。 基本的に人は曖昧な状態を嫌う。嫌わぬまでも、「居心地悪い」と感じるのが常だろう。分かりやすく明快な答えを出した方が、すっきりと気持ちがいいに決まっている。そういう意味で、「解」を求めるというのは、ある種の快楽に身を委ねる行為とも言えよう。しかし、安易に導き出した「解」は、必ずしも正解とは限らない。むしろ、そうではない場合のほうが、現実には圧倒的に多い。
要するに時間のテストとは、解という快楽に身を委ねることなく、曖昧さという居心地の悪い状態を耐え忍んで、謙虚な気持ちで時間の経過を待つということだ。そういう 曖昧さの許容は、運を良くするための秘伝のロジックだと私は思っている。
曖昧な状態をいかに許容するか、というのは本当に重要だと思います。世の中は大変複雑であり、その中で何かを成そうと思ったら、答えを急いで出さないで留保する、ことも求められます。が、実際は自分の居心地の悪さもあるし、周りからのプレッシャーもあるし、なかなかこれが難しいんですよね。
従業員たちは権限を委譲されたことで、自ら考え、判断し、行動しはじめたのである。彼らは勤勉かつ猛烈な働き者集団と化し、いつの間にか圧縮陳列や独自の仕入れ術を会得していった。結果として、 私が一人で築き上げたスタイルが、従業員たちによって拡大再生産され、ドンキが急速に多店舗化していくことに繫がった。これは紛れもなく「幸運の最大化」に他ならない。 権限委譲はドン・キホーテに「コペルニクス的転回」を与えたと言える。まさに天動説から地動説へ、物事の見方が一八〇度変わるインパクトを生み出し、それが大強運への出発点となったのだ。
あれだけ複雑でどの店も違うようにみえるドン・キホーテがどうやって急拡大しているのか、の答えが書かれています。
ここで、真に私の跡を継ぐ経営者に必要な能力とは何かについて述べておきたい。それは「 複雑な事象の本質を見抜いて単純化し、その上で色んな人を巻きこんで、理解から納得に落とし込んでその気にさせる。また、問題解決に向けての方法論を同時複合的に草案し、かつそれらを適時、変化対応して応用することのできる能力」である。理想が高すぎるかもしれないが、私の率直な思いであり確信なのでご容赦いただきたい。
後継者に求める能力が、非常に高いです。が、すでに社長も譲られているので社内ではサクセション・プランニングがうまくいっているのでしょう。
私の言葉で「圧勝」を定義するなら、潜在的な〝勝ち〟を見つけて、それをどんどん具現化させ、余地がないくらい勝ちまくるような状態 を指す。 ところが多くの人には、こうした「大勝ち」に対する感受性が備わっておらず、いたずらに〝機会損失〟をしているように、私の目には映る。実にもったいないことだ。大勝ちできる機会は滅多にやって来るものではない。逆に、負けの機会は頻繁に訪れるものだ。そしてそんな負けを癒してくれるのは、数少ない大勝ちしかあり得ない。目の前に転がってきたチャンスを決して逃さず、勝ちへと具現化させることが求められる。 少なくとも、ノーアウト満塁のような状況で二点くらいしか取れなかったら、地団太を踏んで悔しがらないといけない。そういう時こそホームランをかっ飛ばして、貪欲に点を取りにいくのである。とことん勝って勝って勝ちまくって「これでもか」というくらいの大勝ちを、意識して取りに行く。 圧勝に向けた気迫のようなものが、間違いなく運を引き込む磁石になる と、私は自分の体験からも確信している。
この圧勝の考え方は確かにその通りです。勝てているうちは、勝ち続けるために全力を尽くした方がよいですね。
私自身は遅咲きの経営者だ。人間として、経営者として目に見えて伸びたのは五十歳を過ぎてからだった。要は、自分に囚われなくなってから、急に伸びたのだ。あれだけ我欲の強かった安田隆夫が、ここまで変わるとは誰が想像できただろうか。 私の心象風景もガラリと変わった。心は晴れ晴れとして軽くなり、肩の力も抜けて楽になった。
安田氏ですら50歳をすぎて経営者として確立したと言っています。私は47歳なので、まだ伸びしろがあると信じて、もがきつつ運を手繰り寄せていきたいと思います。