具体的な戦略策定まで踏み込んだ「戦略の要諦」

経営思想家として大学やコンサルタントとして活躍しているリチャード・P・ルメルト「良い戦略、悪い戦略」の続編。似ている部分もありますが、前著がどちらかというと戦略の良し悪し、というところにフォーカスしていたのに対して、より悪い戦略に陥らない考え方や、より具体的によい戦略をつくる方法、などまで踏み込んでいます。その中で、特に繰り返し出てくるのが、戦略策定と目標設定の違いについてです。

戦略の策定とは、単なる意思決定ではない。意思決定の場合、とりうる行動の選択肢があらかじめリストアップされていて、その中から選ぶことが想定されるが、戦略を立てるときはそうではない。まずは課題の特定から始まる。また戦略策定と目標設定はちがう。戦略は組織が直面する課題から始まるのであって、先に最終到達地点としての目標を設定するのは順序があべこべである。戦略を立てると言いながら実際には目標を立てている人は、誰かがどこかで課題を解決してくれるとでも考えているのだろう。

テッド・ベルナーは「よい戦略目標」とはどのようなものか、と私に質問した。私の答えは、よい戦略目標は戦略策定の苦しい作業の結果として導き出される、というものだ。目標が先ではない。組織のリーダーが戦略の問題に取り組むとき、彼らは漠然とした願望や野望とそれを実現するための具体的な行動との間に橋を架けようとする。

正しい戦略策定は、まず直面する課題を認識するところから始まり、次に課題を解決するうえで乗り越えるべきポイントを理解する。それによって方針や行動や具体的な目標が導き出されるなら、それはよい戦略策定である。

このようにまずは課題(イシュー)を特定した上で、重要なイシューに絞り込み、自社の強み弱みを考えて、こうすれば勝てるという仮説を立てる、というのがよい戦略としています。まず売上いくら、成長率これくらい、のような目標を先に立ててしまう、というのがよくないと。

では実際どうすればよいのか、ということに対して今回は、最後に著者が具体的に企業の戦略をコンサルティングする際に使う「戦略ファウンドリー」という手法を紹介しています。

経験から言うと、戦略ファウンドリーは一〇人以下のグループ、できれば八人以下でやることが望ましい、と私は答えた。メンバーは幹部クラスとし、CEOまたは事業担当のトップが必ず参加する。そして、課題に基づくアプローチで戦略策定に取り組むことを共通認識としなければならない。通常は三日連続でオフサイトで行う。組織の規模によってはもっと短くなることもあるし、逆に二回に分けて行ったこともある。 

第一段階では、企業自体の状況、競争状況、過去の計画とその結果を調査する。第二段階では、参加メンバーおよび社内の主要人物と一対一の面談を行う。面談時間は最低九〇分。もちろん非公開である。第三段階では、参加メンバーに質問リストをメールで送付する。メンバーは口頭ではなくやはり書面で個人的に回答を送ってほしい。なおファウンドリーでは、回答の一部を誰のものかわからないようにして引用することがある。 

他のメンバーも賛同している様子なので、私はこの三つの課題が書かれた三枚のカードをホワイトボードの中央に留め、他のカードは下げた。「ではこれからこの三つの課題に集中する。すくなくとも三つのうち一つにはこれから一八カ月にわたって真剣に取り組み、解決に向けて前進しなければならない、と考えてほしい。つまりその一つの課題は死活的に重要であり、解決に失敗したら倒産する。倒産しないまでも経営幹部は更迭される。ではどの課題に取り組み、どのような行動計画を立てるか、議論してほしい」 

これらは一部ですが、かなり具体的なので非常に参考になりました。

一方で、若干シニカルな側面も出ており、事例については後付けな部分は否めませんでした。いま調子の悪い企業がよい事例として取り上げられていたり、その逆というのも多くありました。また本人も認めていますが、膨大な情報から課題を抽出する難しさや、そこから仮説を立てて、勝てる「よい戦略」に消化させる方法も実際にはほとんど分かっていません。

またミッションやビジョンについて要らないとしていますが、

会社を率いるのにビジョン・ステートメントもミッション・ステートメントもいらない。必要なのは、現在直面する変化やチャンスに対応する戦略を考え、実行することによって、あなた自身で実際のミッションを作り出すことだ。ミッションを世間に公表しても、宣伝効果はあるかもしれないが、経営の指針とはならない。そもそもミッション・ステートメントは流行や経営者によってあっさり変化する。  私からのアドバイスは、どうしても何かぶち上げたいならモットー程度にとどめるように、ということだ。モットーは格言や金言の類であり、感情に訴え、気分を高揚させる。

宣伝のみに使われていたり、戦略の幅を狭めるなど悪影響もあるというのも分からないでもないですが、たくさんのひとが関わる人間の組織である以上、一時的なモットーのようなもののみで、組織としての強みを出すのは難しいのでは思ってはいます。ミッションのような物語があるから同じ想いのひとが集まってくるという側面もあるでしょうし。もちろんそういう会社が存在しうる、というということを否定するものではありません。

などと書きましたが、「戦略」というものについて、非常に勉強になり考えさせる一冊で、大変オススメです。