人生への考え方を変えるコンセプト「DIE WITH ZERO」

実は2年前に読んだのですが、その時はおもしろいなと思ったものの書評にしませんでした。しかし、その後「DIE WITH ZERO」すなわち「ゼロで死ね」という言葉をよく使うようになりました。そして、それを聞いた友だちが読んで感銘を受けた、という話もよく聞くようになりました。影響力が非常に大きいので、改めて読み返してみました。

その名の通り、お金を使い切って「ゼロで死ね」ということを提唱しています。多くのひとはお金を貯めるためにがんばりすぎている、もっと早くから自分のやりたいことにお金を使うべきだし、仕事も早くリタイアして健康なうちに楽しむべき、そして最後に資産がゼロになって死ぬことが望ましい、という主張です。

死は人を目覚めさせる。死が近づいて初めて、私たちは我に返る。先が長くないと知り、ようやく考え始めるのだ。 自分は今までいったい何をしていたのだろう? これ以上、先延ばしをせずに、今すぐ、本当にやりたいこと、大切なことをすべきだ、と。 ふだん私たちは、まるで世界が永遠に続くかのような感覚で生きている。

人生はテレビゲームとは違って、果てしなく高スコアを目指せばいいわけではない。 にもかかわらず、そんなふうに生きている人は多い。 得た富を最大限に活かす方法を真剣に考えず、ただひたすらにもっと稼ごうとし、自分や愛する配偶者、子ども、友人、世の中に、 今、何ができるかを考えることから目を背けている。

老後のお金の心配も分かるが、そのための保険もあるし、そもそも病院でチューブに繋がれて数日だか数十日長生きするために何千万も取っておくことに意味はない、と説きます。

また、子どもにお金を残したい、という意見にも、多くのひとが50代になって遺産を受け継ぐが、共通して、子育てに忙しく、健康であった若い頃(30歳前後)にそのお金があればよかったのに、と思っている、と言います。

譲り受けた財産から価値や喜びを引き出す能力は、年齢とともに低下する。 金を楽しい経験に変えるあなたの能力が、老化とともに衰えていくのと同じだ。何かを楽しむには最低限の健康が必要になる。 その能力のピークが、気力と体力が充実している 30 歳だと仮定すれば、 50 歳では同じ価値を引き出せなくなる。あるいは、 30 歳のときに1ドルから引き出せた価値を得るのに、もっと多くの金(たとえば 1.5 ドル) が必要になる。 つまり、子どもが一定の年齢を過ぎると(あなたが財産を分け与えるのが遅くなるほど)、分け与えられた財産の価値は落ちていくことになるのだ。

確かに言われればその通り、ということばかりなのです。なぜこういうことが起こるかというと、老いというのは毎日実感するものではないため、いつまでも若い頃と同じことができると思ってしまうからだと言います。

クリスのような人は、自分の体力がどれほど落ちているかに気づかずに、若き栄光の日々を生き続けている。だが実際は、元水泳コーチであったにもかかわらず、もう 30 メートルも泳げなくなっていた。 こんなふうに、昔の感覚を引きずり、今の自分の体力をうまく把握できていない人は多い。 その感覚のズレが、老後もいくつになっても若い頃と同じようなことができるという思い込みにつながっている。

老衰し、身体を動かすこともできず、チューブで栄養をとり、排泄も自力ではできない。そんな状態では、人はそれまでの人生の経験を思い出すこと以外ほとんど何もできない。プライベートジェットを自由に使えたとしても、もうどこにも行けないだろう。貯金が100万ドルあっても、 10 億ドルあっても、残された人生でその金を使ってできることはほとんどない。 また、旅行に行くことを考えてもよくわかる。旅行を楽しむには、時間と金、そして何よりも健康が必要だ。 80 歳の人は、体力面を考えると、あまり遠くには出かけられない。長時間のフライトや空港での乗り継ぎ、不規則な睡眠など、旅にはストレスがつきものである。年を取って体力が落ちると、こうした旅のストレスへの対処が難しくなってくる。

僕も40くらいから、今の瞬間の経験値を最大限にするために何ができるかを真剣に考えるようになりました。お金で解決できることは解決するようになったし、消費だけでなくて今の世界に資することであれば寄付のような使うことにも、より積極的になりました。

稼ぐことについては、非常に幸運なことに今の仕事が大好きなので、辞めることはないですが、ワークライフバランスはより考えるようになったと思います(もともと長時間労働するタイプでもなかったですが)。またいつか死ぬ、辞めることも意識して、会社を永続的に発展していけるような仕組みにしていこうとしています。

それから、なんといっても健康が重要、ということで、健康への投資(筋トレなど)もするようになりました。

このように考えると、「DIE WITH ZERO」というコンセプトには人生への考え方として非常に同意できるし、実際影響も大きかったなと思っています。内容は荒削りな部分もありますが、すべてのひとにオススメできる一冊です。

海外事例から学ぶ「取締役会の仕事」

コーポレート・ガバナンスに知見のあるコンサルタントや大学で教鞭をとる著者たちが、米国中心に先進的なモニタリング型の取締役会の豊富な事例を紹介しています。また、様々なチェックリストなどもあり、非常に有用です。

内容は若干冗長なところもありますが、逆に様々な事例が紹介されているので、モニタリング型の取締役会のイメージがかなりクリアになりました。ただ、成功事例・失敗事例は片面からの見方ではあると思うし、実際のところは運も含めて、様々な要素が絡み合うものだろうなと思います。

メルカリには、永続的に成長していける会社になって欲しいので、洗練されたコーポレート・ガバナンスを志向しています。2年前に取締役会を監督と執行に分けて、社外取締役多数により監督をし、上級執行役員会で執行をする体制にアップデートしました。そして、取締役会で(攻めとして)大上段の戦略やロードマップの議論、逆に守りとしての各種リスクの議論をできるように、アジェンダ設定を試行錯誤してきました。最初はなかなかうまく行かないなと思うこともありましたが、今は徐々に仕組み化も進んできたと思います。

まだ全然発展途上ですが、本書も踏まえて、少しづつ前進していきたいと思います。

以下、参考になった部分を抜粋コメントします。

<抜粋・コメント>

こうした現状を踏まえれば、ここで取締役会のリーダーシップをより正確に定義すべきだろう。これまでの会社にはCEO、会長、筆頭取締役、主宰取締役など、あいまいで統一性のない組み合わせのまま役職が混在していたが、わたしたちはシンプルに、経営のトップを会長兼CEO、取締役のトップをボードリーダーとすることを提案する。

CEOを執行、取締役代表者(ボードリーダー)を監督として、定義することを勧めています。

同時に、ボードリーダーは取締役と経営幹部の間に引かれている暗黙の境界線を尊重しなければならない。「取締役会が経営陣の前でCEOの権限を奪うようなことがあってはならない」のである。「気軽に質問をして、必要な情報を得ることは大事だが、経営陣に指示をしてはいけない。それはCEOの仕事だから」。取締役が経営陣に不安を抱いているときには、CEOと内々で議論を深められるように筆頭取締役がお膳立てすべきだ、とヒルはアドバイスする。

経験者たちの話をまとめると、ボードリーダーの責務は文書化することが望ましく、その際には少なくとも、エグゼクティブ・セッションで議長を務めることと、取締役会と各取締役の評価を年に一度主宰することを含め、さらに、CEOと協力しながら株主やステークホルダーに必要な情報を伝えたり、各委員会の委員長を任命し、各委員長との協力体制をつくるという任務も明記すべきだという。取締役と経営陣の良好な関係づくりや、CEOとボードリーダーの後継者の育成も忘れてはいけない。話をしてくれたボードリーダーが口をそろえて強調したのが、CEOやほかの取締役との信頼関係や協力体制の必要性だった。取締役会の議論を、基本理念と価値創造に集中させるためには、こうした要素が欠かせないという。また、相互評価などにより機能していないとみなされた取締役に対して個人的に働きかけたり、場合によっては解任するために動かなければならないという点を強調する人もいた。

委員会憲章  ほとんどの会社は、各委員会が責任を持つ項目をあらかじめ定めている。委員会の勧告には取締役全員の承認を必要とするものも多いが、実際の決定はおおむね委員会のなかで行われる。たとえば、ヘルスサウスの報酬委員会の憲章には、取締役が外部の報酬コンサルタントを選任することと、報酬プラン、株式報奨、経営幹部の雇用契約をレビューすることが定められている。

それぞれのひとや機関に対して、「責務」「行動規則」「委員会憲章」などを作ることを勧めています。

そこには次のような質問が並んでいて、自分以外の取締役の欄に回答を記入していくのだ。
1 取締役会に役立つスキルや経験を提供しているか。
2 準備したうえで取締役会に臨んでいるか。
3 基本理念と企業戦略を理解しているか。
4 有益な質問をしているか。
5 事業の展開に役立っているか。
6 議論を前に推し進めているか。
7 取締役同士の関係や、取締役と経営幹部の関係が良好なものになるように努めているか。
 問題ありと評価された項目がある場合、ボードリーダーは行動に出るべきである。一例として、テクノロジー関連の上場企業の取締役会が2012年に実際に使用したものを巻末(付録B)に載せておく。

これは取締役の相互評価についてですが、こういったチェックリストを数多く掲載してくれているのは大変ありがたいです。

CEOには、過度な干渉を避けながら取締役と協働する方法を、ほかの経営幹部に指導するという役割もある。あるバイオテクノロジー会社のCEOは、取締役の質問に答えるときには、無関係な質問を呼び起こすような答え方をすべきではないと経営幹部に注意を促している。取締役の信頼を得ることは重要だが、取締役会は、細かい項目を不必要に掘り下げて自己アピールする場ではない。ボードメンバーは「与えれば何でも食いつく」ので、議論を脱線させることがないように、取締役会に提供する情報は慎重に選ばなければならない。さらに、このCEOは、適切な対応を事前に知っておいてほしいという考えから、新しい取締役には、会議ではどの程度の深さの議論が求められるかといったことについてオリエンテーションを行っている。

メルカリでも以前は取締役会の資料と経営会議の資料が同じものを流用していましたが、今はより上段の議論をするためにイチから作り直すこと。また参考資料の添付は細かくなりすぎるので、できるだけ議題の中に含めるようにしています。

第一に要件、第二に能力  おそらく自然な流れなのだろうが、多くの取締役会はCEOを探すとき、まず候補者の能力に注目してからリーダーシップの要件を考える。しかし、望ましい手順はその逆で、まずリーダーシップの要件を考え、それから候補者の能力を検討すべきなのだ。

2012年も終わりに近づくころ、取締役会はもう一度CEOの要件を見直し、最終候補者がそれらを満たすかどうか検討した。候補者は定期的に取締役会に出席していたが、彼らにはあらためて次回の取締役会で発表してもらいたいテーマを指示した。内容は次のようなものだった。
●会社の戦略をどのように修正するか。
●市場の変化や社会からの期待といったさまざまな要素のなかで、会社にもっと大きな影響を与えるのは何か。
●株主価値をどのように増大させるか。
●意思決定過程を効率化するために誰をスカウトするか。

CEOの指名については、まずは要件を決めることが重要といい、具体的な事例も紹介してくれています。

P.S.「決定版 これがガバナンス経営だ!」も大変オススメです。

一般常識とは異なる効果「ソーシャルメディア・プリズム」

デューク大学社会学および公共政策教授クリス・ベイル氏が、一般的にソーシャルメディアで言われているエコーチェンバー効果に対して、対立意見に触れられるようにすることでお互いの理解が進む、というような常識を否定し、むしろ逆に強化されるという「ソーシャルメディア・プリズム」を提唱しています。

ここで少々立ち止まり、人が自身のエコーチェンバーから出ると一般的にはどうなると言われているかを思い出そう。まず、対立見解と向き合うことで内省が促される。また、どのような話にも二面性があることに気づくようになる。考えのより良い競争が生まれるし、私たちが互いを教化するのを促したり、仲間割れする要素よりもひとつにまとまる要素のほうが多いと気づかせたりする。やがて、こうした経験を経て誰もがより穏健でより見識の広い市民になり、持論を考える際には幅広い証拠を考慮するという務めを律義に果たすようになる。なかには、こうした経験を経て、相手方の合理的な主張を指摘しつつ自分の側の過激主義者を批判するようにさえなる、と考える向きもある。

ソーシャルメディアをきわめて理想化したこのビジョンは、今となっては異様に思えるかもしれない。だが、こうした予言を突き動かしていた論理──人をつなげるのがもっと簡単になれば民主主義はより効果的に機能する──はテクノロジー業界をリードする大勢を今なお突き動かしている。たとえば報道によると、フェイスブックのCEOのマーク・ザッカーバーグは、フェイスブックユーザーは何をフェイクニュースと見なすべきかを的確に熟慮できると信じている。フェイクニュースという言葉そのものが政争の具となっているのにだ( 13)。同様に、ツイッターのCEOのジャック・ドーシーは、ツイッターのアルゴリズムを微調整してユーザーがもっと多様な見解に触れるようにすることを検討してきた。そうすることで穏健化が進むと考えているからである

ソーシャルメディア・プリズムによって、社会的ステータスを求める過激主義者は勢いづき、ソーシャルメディアで政治を議論しても得るものはないに等しいと考える穏健派は〝ミュート〟され、私たちの大半は反対派を深く疑うようになる。そして、ともすると分極化そのものの広がりについても疑うようになるのだ。

つまり、反対派の過激主義な発言に触れることで、逆に同じ意見がプリズムのように強化されると。かつ穏健なひとたちは双方の過激派にコメント(攻撃)されるのを嫌がり発言を控えることで、ソーシャルメディア上から存在しなくなってしまう、という効果もあると言います。

そもそもソーシャルメディアになぜハマるのか、という点も、人間の性質として、アイデンティティを出して試しては反応をうかがい、自己認識を更新していく、ということが非常にスピーディーに行えるから、としています。

私たちがソーシャルメディアにやみつきなのは、目を引く派手なコンテンツが表示されたり気を散らすコンテンツが延々と流れたりするからではなく、私たち人間に生得的な行動、すなわち、さまざまなバージョンの自己を呈示しては、他人がどう思うかをうかがい、それに応じてアイデンティティーを手直しするという行動を手助けしてくれるから

本書で言われている内容は、直感に反するものも多く、常識や今までの取り組みの多くを否定するものですが、様々な調査結果から裏付けられているとしています。さらに、それではどうすればよいか、という野心的な提案もされています。

想像してみよう。ステータスをより高貴な目的に結び付けたプラットフォームを開発したらどうなるかを。政敵を見事やり込めたユーザーにではなく、どちらの党派にもアピールするコンテンツをつくったユーザーにステータスを与えるプラットフォームを。プラットフォームの目的をより明確に言語化すれば、それに基づく原則をシステム全体のアーキテクチャーに埋め込むことができる。そうして開発されたプラットフォームは、物議を醸したり軋轢を生んだりするコンテンツは増長させず、幅広いユーザーの心に一斉に響くメッセージのランクを上げることができる。すでに意見の同じ人のフォローはレコメンドせず、受容域の範囲内の人と接触させることができる。

偽りの分極化と闘うために、われわれが分極化研究所で開発してきたようなツールをあらかじめ用意するという手もあろう。たとえば「いいね」カウンターの代わりに、イデオロギー的尺度でどの辺りの人が自分の投稿に反応したかを青、赤、紫で示すメーターを用意するとか。人工知能を活かせば、粗野なコンテンツや偏見に満ちたコンテンツを投稿しようとしているユーザーに、自分の目的をよく考えるよう促すこと、あるいは相手方に訴える価値観でメッセージを言い換えるよう支援することができそうだ。 

定性的な調査も多く精査が必要ですし、提案は荒削りだとは思いますが、これからの社会や求められるサービスについて数多くの新しい示唆があり、非常に勉強になりました。インターネット・サービスをつくっていくひとたちには必読かなと思います。

ウェルチ後に何かあったか「GE帝国盛衰史」

GEと言えば、ジャック・ウェルチ。業界で1位か2位でない事業は撤退する「ナンバー1、2戦略」などで、GEを「最強企業」に育てあげた、というイメージがあります。本書では、毎年きっちり15%の利益成長を続けていたウェルチGEが、実はGEキャピタルにより利益の調整を行っていたことを暴露しています。また、ストレッチゴールを常に設定することで、現場が強い圧力を受け、忖度が横行していたことなども描かれています。とはいえ、ジャック・ウェルチは、20年で売上を5倍、時価総額を30倍にしたのも事実で、事業会社の信用力で金融のレバレッジを効かせるなどし、事業を伸ばした名経営者であったことも確かだろうと思います。

本書は主に、そのほころびが出始めたところで引き継いだジェフリー・イメルトが悪戦苦闘するドキュメンタリーとなっています。ひたすらに構造改革をするために、事業を売買。その過程でGEキャピタルを事実上売却・解体することで、利益調整のレバーを失ってしまいます。さらに、大きくDXに賭け、しかし失敗し、強いGEを取り戻すことはできず退任となります。その後のジョン・フラナリーも退任し、現在は外部招聘されたローレンス・カルプが経営を担っています。

このような大企業がどう経営されているのか、国際M&Aの交渉過程(政府が頻繁に登場)、ガバナンス、後継者選定、カルチャーなども非常に詳細に描かれており大変興味深かったです。

GEは人材輩出企業としても有名ですが、余裕のある経営から人材育成も産まれてくるのだなと思いましたし、優秀な人材がいたとしても、それを成果に繋げていくためには、戦略やカルチャーを状況に合わせて不断にアップデートしていく必要があると改めて再確認しました。

GEも繁栄を目指しましたが、様々な理由からうまくいかなかったために今の状況があります。個人的には、ダイナミックに変化しようとする姿勢は評価するべきだと思います。

著者はGE自体には否定的なスタンスのため、割り引いてみる必要がありそうです。もしうまく行っていれば、まったく違う評価になっていたでしょう。経営は成果でしか評価されない、このことを改めて肝に銘じました。

P.S.「NOKIA 復活の奇跡」などと合わせて読むとよいかもしれません。どちらも非常にスリリングで、読みやすくおもしろいです。

独創的なアイデア「脳は世界をどう見ているのか」

脳の仕組みについては実はよく分かっていませんが、そこに独創的なアイデアを提示する意欲作です。著者は、なんとパーム・パイロット(90年代の携帯情報端末)の創業者でもあるジェフ・ホーキンス。その売却資金を元に研究所を立ち上げて、現在はUCバークレーに移管して研究を続けている鬼才です。

説明するのが難しいのですが、、、

・大脳新皮質にある皮質コラムが、様々な入力デバイス(視力、触覚など)からの入力をモデル化したものを記録する
・何か新しい入力があったときに、次の入力を皮質コラムが予測する
・そして違う入力があった場合には学習をして、新たにモデル化する
・これを絶え間なく繰り返しているのが人間の脳である(意識もそこから生まれる)

という感じでしょうか。ひとつの脳があるというよりは、大量の皮質コラムが予測と学習を繰り返すため、著者はこれを「1000の脳」理論と呼んでいます。

考えられる説明はひとつだけだった。私の脳、厳密には私の新皮質は、何を見たり聞いたり感じたりしようとしているか、同時に複数の予測を立てているのだ。私が眼を動かすたびに、新皮質はこれから何を見るのかを予測する。私が何かを手に取るたびに、新皮質は指が何を感じるはずかを予測する。そして私が行動を起こすたびに、何が聞こえるはずかを予測することになる。コーヒーカップの取っ手の手ざわりのようなごく小さい刺激も、カレンダーに示されるはずの正しい月のような包括的な概念も、脳は予測する。こうした予測は、低次の感覚特性のためにも高次の概念のためにも、あらゆる感覚様相で起こる。このことから、新皮質のあらゆる部位、ひいてはあらゆる皮質コラムが、予測をしていることがわかった。予測は新皮質の普遍的な機能なのだ。

そして、それは普遍的な機能であるから、何にでも適用できると。手を伸ばして何かをつかむといった物理的なものだけでなく、文章を読むとか、数学とか、民主主義とか、すべての概念も学習できる、というわけです。

脳はまず、私たちが世界を動きまわれるように、環境の構造を学ぶための座標系を進化させる、と断定した。次に、脳は同じメカニズムを使って、物体を認識して操ることができるように、その構造を学ぶように進化した。いま私が提案しているのは、脳はまたもや同じメカニズムを使って、数学や民主主義のような概念的対象の根底にある構造を学んで表現するように進化した、ということである。

概念は難しいのですが、順を追って分かりやすく説明されていますし、実体験の実感も強いので、すんなりと頭に入ってきます。後半では、その理論を使い、汎用AIは作れるのか? からAI脅威論、永遠に生きる脳、脳と機械の融合、長期的な人類の行末、など幅広い可能性について解説しています。

非常に刺激的な内容のため、消化に時間がかかりそうですが、この理論が正しいにせよ間違っているにせよ、非常に重要な考え方を示していると思われるため、大変おすすめな一冊です。

ソーシャルメディア徹底批判「フェイスブックの失墜」

Facebookの評判が悪いのは昔からではありますが、日本では現実の問題に落ちていないため、なぜそこまで批判されているのかが分かりづらいところがあります。ニューヨーク・タイムズの記者が400人以上の関係者にインタビューしたというこのドキュメンタリーを読むと、マーク・ザッカーバーグ(Facebook CEO)はどのような思想を持ってFacebookを運営しており、それによって引き起こっていること、それに対する批判が非常にクリアになります。一方で、著者がかなり批判的なため、よい側面はほとんど描かれていないことも留意する必要がありそうです。

実際、もし自分が経営者だったらと考えると、前代未聞のスピードで万人が使う巨大な社会インフラとなったソーシャルメディアで何が起こるか、何が正しいのか、というのは非常に難しい判断だったし、これからもそうあり続けるだろうとも思います。例えば、

情報操作問題の根源は、当然ながらテクノロジーにある。フェイスブックは、人の感情をかき立てるコンテンツがあれば、たとえそれが悪意に満ちたものであっても、その拡散に拍車をかけるよう設計されていた。アルゴリズムがセンセーショナルなものを好むのだ。ユーザーがリンクをクリックした理由が、興味を持ったからなのか、恐怖を感じたからか、積極的に関与しようとしているのかは重要でない。広く読まれている投稿があればより多くのユーザーのページに表示させるだけだ。

こういったユーザーのエンゲージメントを重視するが故に引き起こることはなかなか予想が難しかったとも思う一方で、本書ではそれを止めないのはザッカーバーグの(未熟な)思想が大きいとしていますが、それだけなのだろうかとも思います。株式市場からのプレッシャーや、もちろんテクニカルにも難しいというのもありそうですが。。

同じくモバイルアプリを運営している経営者として、どのようにすれば中長期的にひとの役に立つものを作れるのか、というのは一つの大きなテーマであり、改めて真摯に向かい続けて行きたいと身を引き締めました。長いですが、ストーリーはドラマチックで流れるように読めますし、インターネット・ビジネスに携わる方にはオススメな一冊です。

よい判断のために減らしたい「NOISE」

行動経済学の始祖でノーベル賞学者ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」の続編ともいうべき新作。

世の中のひとの判断にはノイズが非常に多いが、あまり気づかれていないとし、例えば、裁判官の量刑、保険会社の見積りや支払い、医者の判断、会社における採用や評価などが、とりあげられ容赦のない事実に打ちのめされそうになります。

一方でノイズの分類からはじまって、それではどうすればよいか、を様々な実例や研究とともに解説しています。しかしノイズを減らすために一番大きな障害となるものは、自分は正しい判断をしているというひとの思い込みと、それを補正するであろうAIなどへの心理的な抵抗になります。誰もがコンピューターや簡単なチェックリストの方が自分の判断よりも優れていると認めることが難しいからです。

しかし、本書による深刻なノイズの影響を考えれば、どうノイズを減らしていくかは正しく誰にとっても公平な判断をするために極めて重要であることが分かりますし、なんとかこの考え方を自分や会社に取り入れられないかをと考えることになります。私も本書を元に、採用や評価から、戦略や重要な意思決定などを改善できないか考えていきたいと思います。

※前著「ファスト&スロー」について個人的メモとしてもレビューが残っていないですが、ヒューリスティックやバイアスの話、システム1、2のような意思決定の違いはその後の様々な本にも引用されており、なんとなく覚えています。が、再読した方がよいかなと思ってます

以下、印象に残った部分を抜粋コメントします。

いまのところ機械学習モデルの予測精度は、同じ予測変数を使った線形モデルよりはるかに高い。その理由はなかなか意味深長だ。「機械学習アルゴリズムは、他のモデルが見落としてしまうような変数の組み合わせの中に重要なシグナルを見つける」からだという( 16)。アルゴリズムのパターン認識能力、それも他の方法ではあっさり見逃してしまうようなパターンを発見する能力がとくに際立つのは、ハイリスクの被告の場合である。つまり、データに隠れているある種のきわめて稀なパターンがハイリスクと強く相関しており、アルゴリズムはそれを発見できるわけだ。

AIをどう使うかが極めて重要になってくるという話

無知の否定は、ミールらを悩ませた謎、すなわちミールの指摘はなぜ無視されたのか、意思決定者はなぜ自分の直感に頼りたがるのかという謎への一つの答えだと言えるだろう。意思決定者が自分の直感の声を聞くとき、それは内なるシグナルを聞いているのであり、そのシグナルから満足感や達成感というご褒美をもらっている。「よい判断をした」、「これでよし」と囁く内なるシグナルは自信を与えてくれる。「どうしてかわからないがとにかく自分にはわかっている」という自信である。だが彼らが持ち合わせている情報や証拠を客観的に評価すれば、それほどの自信を正当化できるほどの予測精度に達することはまず不可能だ。  しかし、満足感や達成感というご褒美を諦めるのは容易ではない。直感的判断に頼りたくなるのは状況が非常に不確実なときだとエグゼクティブ自身が認めている( 8)。事実をいくら眺めてもまったく先が読めず、何かにすがりたいというとき、彼らは直感の声を聞いて自信を取り戻す。

私たちが世界を「理解する」やり方は、現実を絶えず因果論的に解釈することにほかならない。日々の暮らしの中で起きるさまざまなことを理解したと感じるのは、正常の谷の中でのべつ後知恵を連発していることの証である。この理解の感覚は、本質的に因果論的な性格のものだ。新しい出来事も、いったん起きてしまえばちがう結果になった可能性は消滅し、後知恵でひねり出した説明には不確実性の入り込む余地はほとんどない。後知恵に関する過去の研究によると、たとえ一時的に主観的な不確実性が存在しても、すっかり説明がつき解決されてしまえば、その記憶は消滅するという

なぜ直感に頼りたくなるのか。そして後知恵のパワーは非常に強いということ

すくなくとも原理的には、レベルノイズすなわち判断者間の全般的な傾向の差は単純で計測しやすく、比較的対処しやすい問題だと言える。桁外れに「厳しい」裁判官や「慎重すぎる」ケースマネジャーや「リスクに敏感すぎる」融資担当者がいたら、上司や組織がそれに気づき、判断を平均的な水準に近づけるよう何らかの手を打つことができる。たとえば大学の場合、評点の望ましい分布をあらかじめ定めておき、クラスごとにこれに近づけるよう教授に求めるといったことが考えられる。

レベルノイズに対応する方法はいろいろある

予測的判断でとりわけ有効なのは、複数の独立した判断を統合することだ。具体的には同じ問題について独立した複数の判断を得て集計し平均する。そう、あの「群衆の知恵」効果である。

例えば、「群衆の知恵」もそのひとつ

ここで重視すべき点は三つある。判断を下す人が専門的な訓練を受けていること、知的水準が高いこと、正しい認知方法を身につけていることだ。こうした人材が判断するなら、ノイズもバイアスも減る。言い換えれば、よい判断というものは、何を知っているか、知識をどう活用するか、どのように考えるかに大きく左右される。すぐれた判断者は、経験豊富で賢明であると同時に、さまざまな視点を積極的に取り入れ、新たな情報から学ぶ姿勢を備えている。

おそらく求めるべき人材は、自分の最初の考えに反するような情報も積極的に探し、そうした情報を冷静に分析し自分自身の見方と客観的に比較考量して、当初の判断を変えることを厭わない人、いやむしろ、すすんで変えようとする人である。

超予測者を超予測者たらしめているのは、備わっている能力や気質ではなく、予測に臨むやり方である。精力的な調査、注意深い思考、自分の当初の予測に対する批判的検証、他の情報や判断の収集と比較考量、絶え間ないアップデートが超予測者の特徴だ」。彼らは「試す、失敗する、分析する、修正する、また試す」という思考サイクルが大好きなのである( 19)。

よい判断者、超予測者の特徴はこの辺り

アプガースコアは、ガイドラインがいかに有効か、なぜノイズを減らせるのかを示す代表例と言える。ルールやアルゴリズムとは異なり、ガイドラインは判断の必要性を排除しない。したがって最終判断は純粋な計算結果として導き出せるわけではない。だから項目ごとにばらつきが出る可能性はあり、したがって最終判断が一致しない可能性もある。それでもガイドラインによってノイズを削減できるのは、複雑な判断をあらかじめこまかく定義された判断しやすい要素に分解してあるからだ。

ガイドラインも有効な方法のひとつ

グーグルの場合で言えば、媒介評価項目が四つ設定されている。認知能力、リーダーシップ、文化的な適性(つまり「グーグルらしさ」)、職務関連知識である(これらの項目のいくつかはさらに細分化されている)。候補者の容姿はもちろんのこと、話術や趣味やその他良きにつけ悪しきにつけ面接官が注意を奪われがちな他の要素は、構造化面接の評価項目にいっさい含まれていないことに注意されたい。

それでも、一つ確実なことがある。それは、構造化面接は従来の非構造化面接に比べ、将来の実績との相関性がずっと高いことだ。相関係数は〇・四四~〇・五七、PCで言えば六五~六九%である( 17)。つまり、よい人材を選べる確率が七割近い。これは、非構造化面接の五六~六一%と比べると顕著な改善と言ってよい。

面接や評価でできることのヒントもたくさんある

2021振り返り+本ベスト5

↑オスロ(ノルウェイ)の海上サウナ。この後我々もダイブしました

2022年、あけましておめでとうございます!

2021年は「足るを知る」をテーマにしていました。

「足るを知る」は老子の言葉で、「身分相応に満足せよ」という意味とも言われますが、僕は、前後の文脈から、もっと積極的に「満足することを知れば、周囲への感謝と共に、本来の自分を知り受け入れることができる。そうすればやりたいことへの努力を続けながら自らに打ち勝ち、豊かな人生を送ることができる」というような解釈をしています。

様々なことがありましたが、今までやってきたことを前進させると同時に、新しいことへのチャレンジもできた素晴らしい一年だったと思います。そのこと自体が本当に運がよく、周りに助けられた奇跡だなと、満足と感謝をしています。私に関わっていただいた方、ありがとうございました。

メルカリとしては、コロナ影響の2年目ということで、YoY(年間成長率)で見ると、厳しい局面もあったものの、プロダクトとしても組織としても着実に成長した一年でした。特にメルカリShops(ソウゾウ)、メルコイン、メルロジ、メルワーク、パ・リーグ Exciting Moments β(パ・リーグさん競業NFT)のような会社やプロダクトを仕込めたのはすごくよかったなと思います。新しい人事制度やD&I Counsil、ニューノーマルワークスタイル「YOUR CHOICE」、ESG委員会などを導入することで会社を大きくアップデートできましたし、テックカンパニーとしてもデータ基盤が整ってきたことでAIプロダクト化も進みました。

ただやることが増えたこともあり、Codecovによる個人情報流出事案のような問題にも繋がったこともありました。ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした。身の丈を知り、守りと攻めのバランスを取る必要性も痛感し、対応を進めています。

引き続き、海外展開も含めてチャンスは非常にたくさんあるので、短期的な利益ではなく中長期的な将来利益最大化を目指して守りにも攻めにもどんどん投資していきたいと思います。

メルカリ以外では、山田進太郎D&I財団を開始したのが大きかったです。非営利団体という営利企業とは違うロジックで動く組織を作り、一方でインターネット企業で培ったオンラインを最大限活用し、エンジニアリング的思考でアジャイルに経営していくスタイルをどう非営利の世界で活かせるのか、ということを試行錯誤しています。まだ始めたばかりで、分からないことだらけですが、多くのひとの助けていただきながら、中長期で取り組みインパクトを出していきたいと思います。

2021年は、コロナになってからはじめて海外に行きました。様々なひとと話したり、新しい都市を見て廻るだけで、大きな刺激を受けましたし、新しい体験からたくさんの発想も得られて、自分にとって「旅」は本当に大切なものなのだと改めて認識できました。期せずしてオミクロンの感染拡大もあり、予定も変わり、6日間のホテル隔離などの苦しい体験もしましたが、それでもこれからももっと海外に行くべきだと決意しています。

プライベートでは、コロナ後の不摂生な生活を改め、筋トレをして基礎代謝をあげ、自分にあった食事を見つけて無理なく減量をすることで、LDLコレステロールや内臓脂肪などの数字が劇的に改善しました。健康になったことで、集中力も増し、仕事の質は高まっていると感じています。ここはサウナの趣味化も影響していると信じてます(ここは正当化したいとこ笑)。

2022年のテーマは「やりたいことをやる」にしようと思います。今年私は45歳になりアラフィフになります。年齢はそんなに気にしていませんし、「ライフスパン」であったように老化の研究が進み寿命は劇的に伸びる可能性もありますが、それでも健康である時期がどのくらいあるか、その間に何をやりたいのか、を真剣に考える年頃になったのかなと思ってます。自分にとって大切なことは何なのか、家族や友達とも一緒に考えて、やりたいことは先送りせずに今年中にやれるだけやろうと思います。

引き続き、2022年もよろしくお願いいたします!

以下で、恒例の2021年に読んだ本ベスト5を紹介します。今年はあまり本を読めなかった印象があり、エントリも少なめでした。しかし生活や考え方を変えたなと思う本もいくつもあり、今年はもっと読もうと思います。

第5位 大成功事例としての「インスタグラム:野望の果ての真実」

FacebookのInstagram買収は大成功事例ですが、中ではいろいろな葛藤が合ったことが赤裸々に描かれています。個人的にも売却する側、買収する側、様々経験していますが、身につまされる話も多く非常に勉強になりました。

第4位 知らないことばかりの「睡眠こそ最強の解決策である」

新しい記憶を脳に刻みつけるうえで、深い睡眠が重要な役割を果たすということは、この実験を始める前からすでに解明されていた。そこで私たちは、この事実を踏まえたうえで、高齢者の脳の研究にひねりを加えることにした。  就寝する数時間前に、被験者の高齢者のすべてがいくつかの新しい情報を学習し、その直後でテストを受け、どれぐらいの新情報が定着したかを判定する。その日の睡眠の脳波をとり、そして翌朝、また前の晩と同じテストを受ける。2度目のテストで判定するのは、睡眠中にどれだけの新情報を維持できたかということだ。  テストの結果、高齢者は若い人に比べると、睡眠中に維持できる新情報の量がかなり少ないことがわかった。その開きは 50%にもなる。それに加えて、 高齢者は深い眠りが少なくなるほど、寝ている間に失われる記憶も増える ということもわかった。高齢になって眠りが浅くなり、物忘れが激しくなるのは、無関係な現象ではなかったということだ。

歳を取ると健康に関心が出てきますね。。睡眠について分かっていることが様々な研究結果とともに解説されています。知ることでより良質な睡眠をとる重要性も分かりましたし、本書によって生活スタイルもいろいろ変わったという意味で、影響が非常に大きかった一冊です。

第3位 老化を病気と考える「ライフスパン」

結局、カロリー制限の効果を雄弁に物語る結果が得られる。被験者の体に認められた変化が、カロリー制限で長生きさせたマウスのものと酷似していたのだ。具体的には、体重が減る( 15 ~ 20%)、血圧が下がる( 25%)、血糖値が低下する( 21%)、コレステロール値が減少する( 30%)などである

現在の「老化」に対してどういった研究が行われていて、どのような可能性があるのかを書いています。今後、健康寿命が飛躍的に伸びる可能性は高く非常に希望が持てました。とりあえず節食は基本中の基本なので、今年も続けていきたいと思います。

第2位 ビル・ゲイツの取り組み「地球の未来のため僕が決断したこと」

ビル・ゲイツがカーボンゼロへの見方と彼らが財団などを通じて行っていることを噛み砕いて書いています。全体感を把握するには非常によいのと、あくまでイノベーションに投資をするという非営利団体のスタイルには大変感銘を受けました。

第1位 リベラルへの痛烈批判「実力も運のうち 能力主義は正義か?」

一見すると、経済的成功をめぐるロールズの非能力主義的な考え方は、成功者には謙虚さを、恵まれない人びとには慰めをもたらすはずだ。それはエリートにありがちな能力主義的おごりを抑制し、権力や資産を持たない人たちが自尊心を保てるようにするに違いない。私が、自分の成功は自分の手柄ではなく幸運のおかげだと本気で信じていれば、この幸運をほかの人たちと分かち合う義務があると感じる可能性が高いだろう。  こんにち、こうした感情は不足している。成功者の謙虚さは、現代の社会・経済生活において目立つ特徴ではない。ポピュリストの反発を誘発した要因の一つは、労働者のあいだにエリートに見下されているという感覚が広がっていることだ。それが事実であるかぎり、現代の社会保障制度が、正義にかなう社会というロールズの理念に達していないことを示すものだろう。あるいは、平等主義リベラリズムは結局のところ、エリートの自己満足をとがめていないことを示唆しているのかもしれない。

NHK『ハーバード白熱教室』などのマイケル・サンデルが、能力主義の弊害を説き、道徳の重要性を説いています。個人的には道徳でどうにかなるかは分かりませんでしたが、能力主義といういま当たり前の価値観を揺さぶられ、現代の社会の分断を見るにつけ、新しい価値観が必要とされているのだと気づけました。

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老化を病気と考える「ライフスパン」

ハーバード大学の遺伝学教授デイビッド・A・シンクレアが、なぜ生物は老化するのかという問いから、老化を抑える方法はある、と説く意欲的な作品。そのためには、老化を病気と捉えることが重要で、寿命を飛躍的に伸ばすことができるということは健康寿命を伸ばすことにもなる、と言います。

ひとの老化を抑える、というと「自然に逆らっているのでは」「私は寿命が来たら全うしたい」という意見が必ず出てきますが、もし80歳や100歳になっても、若者やせめて中年の健康を備えていたとしたら、多くのひとがもっと生きたいと思うはずであるとも言います。健康でないから、考え方も保守的になっていくのかもしれません。

いずれにしても、老化を抑える方法は、様々な方法があると考えられており、少しずつですが研究が進んでいます。何十年かすれば、飛躍的に健康寿命を伸ばす方法が見つかる可能性は相当ありそうで、どういう世の中になるのか、そんな時代にどう考え、どう生きるべきなのか、を考えさせられました。

<抜粋・コメント>
なお、本書にはそういったブレイクスルー以外にも、今すぐできる健康法なども紹介されており、いくつかを抜粋コメントします。

結局、カロリー制限の効果を雄弁に物語る結果が得られる。被験者の体に認められた変化が、カロリー制限で長生きさせたマウスのものと酷似していたのだ。具体的には、体重が減る( 15 ~ 20%)、血圧が下がる( 25%)、血糖値が低下する( 21%)、コレステロール値が減少する( 30%)などである

私も最近半年くらい8kgほど減量しましたが、LDLコレステロールや内臓脂肪などの数字も劇的に改善し、体型も整ったし、カロリー制限は日常的にした方がいいなと思っています。といっても、いろいろ試して自分の身体にあったものはきちんと食べるようにしているし(炭水化物も米はOK)、チートデイ的に好きなものも食べることも週何度かあります。それでも月1kg以上は減量していってます。

理想の運動強度はどれくらいか  とはいえ、気楽にウォーキングするのとそれなりの速さで走るのとで、違いがまったくないわけではない。長寿遺伝子の力を余すところなく発揮させるには、強度は間違いなく大事になる。メイヨー・クリニックの研究チームは、いくつかの年齢集団において異なる種類の運動の効果を調べた。すると、プラスの健康効果をもつ運動形態はいくつもあったが、健康を増進する遺伝子を一番多く活性化したのは「高強度インターバルトレーニング( HIIT)」だった。これを行なうと、心拍数や呼吸数が著しく上昇する。高齢の被験者ほど、 HIIT による活性化効果が大きかった

私はHIITではなく、筋トレをトレーナーについて毎週1h×3やるようにしていますが、筋肉量を増やすことで基礎代謝をあげることができるので、食べるのが好きなひとには筋トレがよいと考えています(減量でここ半年は筋肉量は体組成計では微減してますが、各種トレーニングの重量や基礎代謝は伸びてます)。ランニングや水泳などの有酸素運動だと、カロリー消費効果は高くても、原則的に基礎代謝が増えたりはしないので。

メトホルミンの素晴らしいところは、いくつもの病気に影響を与えることだ。 AMPK を活性化させる力により、 NAD の濃度を上昇させ、サーチュインのような老化への防御機構全体を始動させる。病気の 上流 でサバイバル回路を働かせ、エピゲノムの情報が失われるのを顕著に遅らせ、代謝を抑えることで、あらゆる器官が若く健康でいられるようにするのだ。

私は毎日、一般の人たちから「 NR と NMN ではどちらの効果が高いですか?」と訊かれる。 NMN は NR より安定しており、マウスの実験では、 NR を使った場合には見られない健康効果が NMN には確認されている。ただ、マウスの寿命を延ばすことが実証されているのは、前述の通り NR だ。 NMN については試験を進めている最中なので、決定的な答えは出ていない。少なくとも今は

メトホルミンとNMNは試してみてもよいのかもしれないなと思い、とりあえずNMNを飲み始めています。

2016 年、ノーベル賞受賞者 100 人あまりが公開書簡に署名し、遺伝子組み換え作物を承認するよう各国政府に要求した。「世界中で貧しい人々がどれだけ命を落とせば、これを『人道に対する罪』とみなしてくれるのか」。書簡はそう訴えていた。気候変動に関しては、私たちにどうこうできる余地はないかもしれない。しかし、今より 10 億多い人々にもっと栄養のある食物を提供することなら、私たちにも打つ手はある。

アメリカで LED が普及すれば、非常に大きな節電効果が期待される。 2027 年までに節約できる電力は、大型発電所 44 基分の年間発電量に相当する。金額にして年間 300 億ドルあまりだ

これは世の中全体ですが、世の中には絶対にやった方がよいのに進まないことが結構あります。個人としても社会としてもより一人ひとりが自分のよいと思うことをやっていくことが重要なのだなと思います。

リベラルへの痛烈批判「実力も運のうち 能力主義は正義か?」

NHK『ハーバード白熱教室』や「それをお金で買いますか――市場主義の限界」などで知られるマイケル・サンデル新作。昨今ブレグジットやトランプ大統領誕生(と退場)を含め政治的ポジションニングが二分してしまっています。多くの場合リベラルがグローバリズムを推進したり、温暖化を防ごうとしたり、能力主義を信奉しているのに対して、時代に逆らって対抗しているひとたちがいる、というような構造で語られることが多いと思います。

本書では、まずこういったリベラルが無意識に差別をしている、ということを明らかにします。

この研究論文の執筆者たちは、大学卒のエリートが学歴の低い人びとに向けるさげすみの目を明らかにしただけでなく、いくつかの興味深い結論を提示している。第一に、高学歴のエリートは学歴の低い人びとよりも道徳的に啓発されており、したがってより寛容であるというよくある考え方に異論を唱えている。高学歴のエリートも低学歴の人びとに劣らず偏見にとらわれているというのが彼らの結論だ。「むしろ、偏見の対象が異なっているのだ」。しかも、エリートは自らの偏見を恥と思っていない。彼らは人種差別や性差別を非難するかもしれないが、低学歴者に対する否定的態度については非を認めようとしない。

オバマは、民主的社会において意見の衝突が生じる最大の原因は、一般市民が十分な情報を持っていないことだと信じていた。  情報不足が問題なら、解決策は次のようになる。事実をよりよく理解している者が仲間の市民に代わって決定を下したり、あるいは、少なくとも彼らを啓発すべく、市民自身が賢明な決定を下すために知るべきことを教えてやったりすればいいのだ。

批判しているのはこういった上から目線ですが、確かに思い当たることも多いです。そして、その能力主義(メリトクラシー)と言えるものが世の中の分断を生んでいる、と指摘しています。

能力に基づく入学とのコントラストは明らかであるように思える。正真正銘の輝かしい成績によって入学した者は、自ら達成した成果に誇りを感じ、自力で入学したのだと考える。だが、これはある意味で人を誤らせる考え方だ。彼らの入学が熱意と努力の賜物であるのは確かだとしても、彼らだけの手柄だとは言い切れない。入学へ至る努力を手助けしてくれた親や教師はどうなるのだろうか? 自力ですべてをつくりあげたとは言えない才能や素質は? たまたま恵まれていた才能を育て、報いを与えてくれる社会で暮らしている幸運についてはどう考えればいいだろうか?  競争の激しい能力主義社会で努力と才能によって勝利を収める人びとは、さまざまな恩恵を被っているにもかかわらず、競争のせいでそれを忘れてしまいがちだ。能力主義が高じると、奮闘努力するうちに我を忘れ、与えられる恩恵など目に入らなくなってしまう。こうして、不正も、贈収賄も、富裕層向けの特権もない公正な能力主義社会においてさえ、間違った印象が植え付けられることになる──われわれは自分一人の力で成功したのだと。

一見すると、経済的成功をめぐるロールズの非能力主義的な考え方は、成功者には謙虚さを、恵まれない人びとには慰めをもたらすはずだ。それはエリートにありがちな能力主義的おごりを抑制し、権力や資産を持たない人たちが自尊心を保てるようにするに違いない。私が、自分の成功は自分の手柄ではなく幸運のおかげだと本気で信じていれば、この幸運をほかの人たちと分かち合う義務があると感じる可能性が高いだろう。  こんにち、こうした感情は不足している。成功者の謙虚さは、現代の社会・経済生活において目立つ特徴ではない。ポピュリストの反発を誘発した要因の一つは、労働者のあいだにエリートに見下されているという感覚が広がっていることだ。それが事実であるかぎり、現代の社会保障制度が、正義にかなう社会というロールズの理念に達していないことを示すものだろう。あるいは、平等主義リベラリズムは結局のところ、エリートの自己満足をとがめていないことを示唆しているのかもしれない。

僕自身大卒ではあるし、起業して収入も多く、成功したエリートだと言えると思います。一方で、個人的には、この成功が自分自身の能力のおかげだと思えず、むしろ才能や能力で圧倒的に優れた家族や友だちに囲まれ続けた結果、生存戦略として起業を選ぶしかなかったと思ってます。その後も何年もうまくいかない中で自身の能力の低さを痛感しながら、七転八倒してきたという感覚です。

人はその才能に市場が与えるどんな富にも値するという能力主義的な信念は、連帯をほとんど不可能なプロジェクトにしてしまう。いったいなぜ、成功者が社会の恵まれないメンバーに負うものがあるというのだろうか? その問いに答えるためには、われわれはどれほど頑張ったにしても、自分だけの力で身を立て、生きているのではないこと、才能を認めてくれる社会に生まれたのは幸運のおかげで、自分の手柄ではないことを認めなくてはならない。自分の運命が偶然の産物であることを身にしみて感じれば、ある種の謙虚さが生まれ、こんなふうに思うのではないだろうか。「神の恩寵か、出自の偶然か、運命の神秘がなかったら、私もああなっていた」。そのような謙虚さが、われわれを分断する冷酷な成功の倫理から引き返すきっかけとなる。

道徳的な観点からすると、才能ある人びとが、市場主導型の社会が成功者に惜しみなく与えてくれる巨額の報酬を受けるに値する理由は、はっきりしない。能力主義の倫理を支える論拠の中心には、自分で制御できない要素に基づいて報酬を受ける、あるいはお預けにされるのはおかしいという考え方がある。だが、ある才能を持っていること(あるいは持っていないこと)は、本当にわれわれ自身の手柄(あるいは落ち度)だろうか。そうでないとすれば、次の点を理解するのは難しい。自分の才能のおかげで成功を収める人びとが、同じように努力していながら、市場がたまたま高く評価してくれる才能に恵まれていない人びとよりも多くの報酬を受けるに値するのはなぜだろう

今ここにいるのは、たまたま自分が好きになり、ずっとやってきた「インターネット・サービスを創る」という能力が、たまたま現在、金銭的な評価されやすかったということに過ぎない、と思っています。この幸運には本当に感謝しているし、不相応な資産は世の中のために使いたいと考えています。

サンデルもそういったマインドが重要であるから、エリートは考え方を改めるべき、と言い、適切にインセンティバイズ(動機付け)できれば、すべてのひと(エッセンシャルワーカーなど含め)が尊厳を持って仕事をでき、よい報酬や分配を得られ、コミュニティをつくれる、と言います。

が、実際のところ道徳的に何が正しいかを決めてインセンティバイズしたり、再分配するというのは非常に難しいとも思います。道徳とは何かという概念が人によっても時代によっても全然違うだけに。

だからといって僕もよい解決方法は思いつかないのですが、、、社会的発揮能力が金銭に繋がっていることを是正するよりは、より多様な価値観でもって金銭価値を無効化するような方向性なのかなと思ってはいます。

今のところ僕としては、リスペクトを持ってすべてのひとに接し、自分が今の立場でできること(仕事であってもそうでなくても)をしていこうと考えています。

ビル・ゲイツの取り組み「地球の未来のため僕が決断したこと」

マイクロソフト創業者でゲイツ財団のビル・ゲイツ氏がカーボンゼロ達成のために現状をどう捉えていて、どうすればよいと考えているか、それらにゲイツ財団としてどう取り組んでいるかを語っています。

いま人類は二酸化炭素は毎年510億トン排出しています。これらを、電気を使う(27%)、ものをつくる(31%)、ものを育てる(19%)、移動する(16%)などに分類し、それぞれどうすればカーボンゼロを達成できそうかを解説しています。

感銘を受けたのは、それぞれに対してイノベーションをコアにしていることです。様々なテクノロジー、例えば太陽光発電についてどういったイノベーションが見込まれるのか、それについてゲイツ財団としてどういう投資をしているのか、というようなことをひとつひとつ説明しています。失敗事例も紹介されてますし、すぐに結果が出ない足が長いプロジェクトが多いですが、着実に前進していることが分かりました。

個人的に、財団活動を始めてみて、暗中模索ではあるのですが、営利企業の組織運営やテックのノウハウがものすごく活せる部分があるなと思っています。ただ、イノベーションに対して投資してレバレッジをかける、という発想がなかったので、目からウロコでした。もちろん、奨学金という教育分野というのもあるかもしれませんが。

本書では、カーボンゼロは絶対にやらないとまずいこととして描かれていますが、そこについてのビル・ゲイツ氏の見解はもう少し聞きたかったです。ただ個人的には、いずれにしてもカーボンゼロを達成することは人類の責務であると考えているし、その実現可能性も高いということが改めて分かって、すごくよかったなと思いました。

政治的な難しさもたくさんありますが、メルカリでプラネット・ポジティブを目指しながら個人としてできることを考えていきたいなと思いました。

性善説で人を捉え直す「Humankind 希望の歴史」

現代では多くの人が性悪説で世の中を捉え、社会の仕組みもそうなっているが、それは本当だろうかと様々な側面から検証し、思想的転換を試みようとする意欲作。

「スタンフォード監獄実験」「ミルグラムの電気ショック実験」のような性悪説を裏付けてきた実験や、イースター島絶滅などの有名な事実がほぼ嘘であったことをバサバサと暴いてくのが痛快です。

私もハラリやタレブなどの性悪説とまでいかないにせよ、悲観的な世の中の見方が、実践論としては非常に参考になるものの、もっと人って温かいものなのでは、という想いもあったので、非常に共感するものがありました。

一方で、終盤で語られる「対話」「思いやり」「寛容」などといった概念はそれ以上はすばらしいと思いながらも、分かっていてもなかなか実践するのが難しく、だからこそ性悪説が受け入れられる土壌にもなっています。さらに言えば性悪説と性善説はコインの表と裏でもあるし、かつあるひとがいいところもあり時には悪いところもあるわけで、完全なる善も完全なる悪も存在しないとも思います。

しかし、そういった複雑性がある世の中であっても、自分としては性善説で生きていきたいとも思えたのはすごくよかったなと思います。

大成功事例としての「インスタグラム:野望の果ての真実」

Instagramの創業からFacebookへの売却、そしてその後のTwitterやSnapchatやFacebook自体との競争、Facebook内での躍進と葛藤、Facebook自体のフィルターバブル問題とその中でのInstagramの立場などなど、ジャーナリストによる丁寧な取材から描かれており、ものすごいリアリティで非常におもしろく勉強になります。

Instagram創業者のシストロムは天才肌のサービス・クリエーターだと感じました。若くしてTwitter/Squareのジャック・ドーシーやFacebookのザッカーバーグとも交流があり、いくつかの失敗をしたあと、Instagramで成功しました。わずか十数人の段階でFacebookに1,000億円以上で売却しますが、その後もCEOとして、Facebookの数分の一という規模にまで育て上げます。

これは客観的に見ると非常に成功した事例であると言えますが、Facebookからすると我々のリソースやノウハウがInstagramをここまでにした、と思うし、Instagramからすると独立していればもっとうまくやれたはずだ、と思います。

僕は前の会社を売却し、結果うまく発展させることができなかったのですが、やはり親会社の方針は非常に影響力が大きく、個人的にはFacebookが非常にうまくやったと言ってよいのではないか、と思います。もちろんシストロムの天才的な判断が本書には随所に出てくるのですが(その逆にストーリー導入に強硬に反対したというような例もありますし)、本書が基本的にInstgramサイドへの取材が多いことから考えても、ニュートラルに見れば、FacebookのInstgram支援が的確であったと考えてよいのではと思います。

ただし、もし買収が行われなかったとしても、シストロムが覚醒し、今くらいの成功を手にした可能性もあると考えます。しかし普通に考えれば、Facebook内のあらゆるリソースやノウハウが成功に影響したし、今のTwitterやSnapchatのような苦戦を強いられた可能性は高いと思います。

辞めた理由は、シストロムが資源と独立と信頼を求め、それが叶えられなかったとあります。ここまで大きくなってしまうと相互依存度が高くなりすぎて、両者にとってコンフリクト(軋轢)を低減するのはすごく難しかったのだろうなと思いました。であれば、そのまま気持ちよく次のチャレンジに移ってもよかったのではないか、と思いました。ただそれをさせなかったのも、Facebookのカルチャーやザッカーバーグ個人でもあったのでしょうね。。。

客観的には、誰がどうみてもInstgram買収は大成功しており、GoogleにおけるYouTubeやAndroidと同じく買収の大成功例であるので、非常に勉強になりました。特にコンシューマー向けサービスをしている方々には必読だと思います。

知らないことばかりの「睡眠こそ最強の解決策である」

睡眠について分かっていることを分かりやすく解説してくれているのですが、全然知らないことがばかりで非常に勉強になりました。そして、生活をいろいろ変えなければと思いました。調べながら、いろいろ試して行きたいと思います。

個人としては、寝ないとダメなタイプなため、できるだけ規則正しく8時間寝るようにしているのですが(平均7.5時間は寝ている)、当然夜ふかしすることもあります。今までは、一晩くらいは問題ないので、次の日きちんと寝よう、とくらい思っていたのですが、それはダメということが分かったのが一番大きかったです。

以下、抜粋・コメント形式で。

カフェインの半減期は、平均して5時間から7時間になる。たとえば 午後7時 30 分ごろに夕食後のコーヒーを1杯飲んだとすると、午前1時 30 分になってもまだ半分のカフェインが体内に残っている ことになる。  たった半分だと思って甘く見てはいけない。それでもカフェインはかなり強力であり、それにもう半分を分解するという大変な作業もまだ残っている。脳は夜通しカフェインの影響と戦うことになるので、その状態でぐっすり眠れるわけがない。ほとんどの人は、コーヒー1杯ぐらいなら影響はないと勘違いしている。そのため、よく眠れないまま朝を迎えたときに、まさか 10 時間前に飲んだ夕食後のコーヒーのせいだとは思いもよらない

夜(18時以降)はできる限りカフェインを取らない方がよい。ちなみにお茶やデカフェも多少のカフェインが入っているので要注意。

このように、 睡眠は巧みな技を使って、記憶スペースの容量不足という問題を解決している のだ。人生で経験することはつねに変化する。記憶のカタログも永遠に更新していかなければならない。記憶という彫刻が完成することはないのだ。そのため、脳は毎日眠らなければならず、そして眠るたびにこのサイクルをくり返さなければならない。これが、ノンレム睡眠とレム睡眠が交互に出現し、前半はノンレム睡眠が支配して、後半はレム睡眠が支配するという複雑なパターンができあがった理由の1つだ。(中略)夜になって眠るたびに、 深い眠りのゆっくりした脳波が、短期の記憶が保管されている場所から新しい記憶の入った荷物を受けとり、長期の記憶を保管する場所に届けている。 こうすることで、記憶がしっかりと脳に刻み込まれる

毎日睡眠が必要な理由

現在まででわかっているかぎり、地球上に暮らすあらゆる動物が眠る。または、眠りにとてもよく似た行動をとる。例外は存在しない。動物の中には、ハエ、ハチ、ゴキブリ、サソリなどの昆虫や、小魚から巨大なサメまでを含む魚類、カエルなどの両生類、亀、コモドオオトカゲ、カメレオンなどの爬虫類などが入る。

眠らない動物がいない、というのは驚き

生まれたばかりの時期に睡眠を奪われると、脳の発達の遅れは一生残る(中略)現在のところ、胎児や新生児の時期にレム睡眠を奪われると、成長してからどのような影響が出るか、完全にはわかっていない。アルコールが関係ある場合も、ない場合も同様だ。わかっているのは、 新生児の時期にレム睡眠を妨害された、または奪われた動物は、大人になってから社会性に異常が見られる ということだけ

まさに「寝る子は育つ」

新しい記憶を脳に刻みつけるうえで、深い睡眠が重要な役割を果たすということは、この実験を始める前からすでに解明されていた。そこで私たちは、この事実を踏まえたうえで、高齢者の脳の研究にひねりを加えることにした。  就寝する数時間前に、被験者の高齢者のすべてがいくつかの新しい情報を学習し、その直後でテストを受け、どれぐらいの新情報が定着したかを判定する。その日の睡眠の脳波をとり、そして翌朝、また前の晩と同じテストを受ける。2度目のテストで判定するのは、睡眠中にどれだけの新情報を維持できたかということだ。  テストの結果、高齢者は若い人に比べると、睡眠中に維持できる新情報の量がかなり少ないことがわかった。その開きは 50%にもなる。それに加えて、 高齢者は深い眠りが少なくなるほど、寝ている間に失われる記憶も増える ということもわかった。高齢になって眠りが浅くなり、物忘れが激しくなるのは、無関係な現象ではなかったということだ。

どうも毎日の英語学習の定着が悪いと思ってたのですが、加齢によるもののようです。。

寝不足の状態が1週間続いた後で、回復のための長時間睡眠を3日続けても(つまり、週末の寝だめよりも長い)、脳の働きは通常のレベルまで回復しない。そして最後に、寝不足の状態にある人は、自分がどれほど寝不足かわかっていない。

寝溜めはできない。かつ判断力低下の自己認識もできない

もしかしたら、将来的には画期的な方法が開発されるかもしれない。しかし現在のところは、一晩ぐっすり眠ったのと同じ効果がある薬は存在しない。世の中には「自分はショートスリーパーなので短い睡眠でも大丈夫だ」と豪語する人もいるが、ディンゲスは彼らに対しても、ぜひ自分の研究室に来て 10 日間の実験を受けてもらいたいと呼びかけている。彼らの普段の睡眠時間だけ寝てもらい、脳の認知機能をテストするという実験だ。これまでの志願者の中で、 短い睡眠時間で健全な認知機能を維持していた人は1人もいない。(中略)睡眠薬を飲んだ人は、夜はいつもよりほんの少しだけ早く寝つけるが、朝には昨日の記憶をなくしているのだ。

睡眠薬の効果は基本的にない。害はたくさんある。

北半球では、3月の夏時間に切り替わる日がやって来ると、ほとんどの人が1時間の睡眠を失うことになる。病院の日誌を大量に集めて表にまとめれば(研究者は実際にそれを行った)、 夏時間に切り替わった日に心臓発作が激増している ことに気づくだろう。そして夏時間が終わるときは、逆の現象が起こる。

サマータイムで死ぬ人もいる。夏時間に切り替わる日は特に注意した方がよい。

過去 30 年で行われたさまざまな研究の結果を総合すると、慢性的な睡眠不足の蔓延が、肥満の蔓延に大きく貢献していると考えて、まず間違いないだろう。疫学の世界では、睡眠が足りない人は過体重か肥満になりやすいということがすでに認められている。(中略)どちらのグループもたしかに体重は減った。しかし体重の減り方はまったく違った。 5時間半睡眠のグループは、落ちた体重の 70%が筋肉 だった。つまり脂肪ではなく、主に筋肉が減ってしまったということだ。  一方で8 時間半睡眠のグループは、落ちた体重の 50%以上が脂肪 だった。脂肪を落として筋肉を残すという、理想的な減量に近づくことができた。睡眠不足の状態になると、身体は脂肪を手放さなくなる。

睡眠不足は肥満につながるし、ダイエットの質も悪くなる。

その後プラザーは、ウイルスを注入されるまでの1週間の睡眠時間を基準に、参加者を4つのグループに分けた。睡眠時間はそれぞれ、5時間未満、5~6時間、6~7時間、7時間以上だ。  すると、睡眠時間と感染率はきれいに比例していた。ウイルスにさらされるまでの1週間の睡眠時間が短いほど、感染して風邪をひく確率が高くなる。 5時間未満のグループは、感染率は 50% にもなった。(中略)寝不足のマウスは、ガンが成長する速度も大きさも、十分に睡眠をとったマウスと比べて200%増加 した。私は一般向けの講演で、よくこの実験結果を紹介している。両方のグループのマウスの中で成長した腫瘍の写真を見せると、聴衆は一様に息をのむ。

睡眠不足は、ウィルス感染確率が増えるし、がんの成長も促す。

iPadの読書は、メラトニン分泌のタイミングだけでなく、睡眠の量や質に悪影響を与えている。その方法は3つだ。第一に、寝る前にiPadで読書すると、レム睡眠の時間が劇的に少なくなる。第二に、iPad組は、寝ても疲れがとれず、昼の間もずっと眠かった。そして第三に、iPadの使用をやめても、メラトニンの分泌が遅くなる効果はその後も続く。実験の参加者は、数日の間、メラトニンの分泌が 90 分遅れたままだった。まるで デジタルの二日酔い だ。

寝る前のデジタル機器を触るのはよくない。

しかし、真の驚きは第三のグループだった。初日の学習から2日間は健康な眠りを確保したにもかかわらず、3日目の夜のアルコールによって、初日に覚えていたことの 40%を忘れていたのだ。初日にアルコールを摂取したグループとほぼ変わらない結果だ。  学習した初日のレム睡眠には、複雑な知識を同化させるという働きがある。そのため学習初日にアルコールを摂取すると、この働きが阻害される。しかし、ここで特筆すべきは、どうやら記憶の処理は初日だけでは終わらないということだろう。初日をすぎても、何らかの理由で睡眠が阻害されると、記憶の処理と定着も大きな影響を受ける。そして睡眠の阻害には、アルコールの摂取も含まれる。初日と2日目にたっぷり寝て、3日目に睡眠が阻害されるケースでも、影響は大きかったのだ。(中略)夜のアルコール摂取は、あなたの睡眠を阻害する。望まれていない答えなのは重々承知しているが、それでも私からのアドバイスは、やはり「飲むな」にならざるを得ない

アルコールは記憶力への影響が大きい。これは悩ましいが、どう考えてもお酒は控えたほうがよさそう。

布団やパジャマが一般的なものであるなら、 ほとんどの人にとって、理想的な寝室の温度は摂氏 18・3度 だ。これを聞いて驚く人は多い。寒すぎるのではないかと感じるからだ。もちろん、その人独自の体質や年齢、性別によって多少の違いはある。

寝る時の最適な温度は、18.3度

それはたしかにその通りだが、理由はあなたの想像とは正反対かもしれない。お風呂に入ると寝つきがよくなるのは、身体が芯まで温まったからではない。温かいお湯につかると、血流が表面に集まる。皮膚が赤くなるのがその証拠だ。そしてお湯から出ると、拡張した血管から急速に熱が放出され、中核温が大幅に下がる。むしろ身体の芯が冷えることが、寝つきがよくなる本当の理由だ。

寝る前のお風呂は有効

しかし、意外な発見もあった。運動をした日と、その日の夜の睡眠との間に、それほど強い関係は認められなかったのだ。つまり、運動をした日の夜の睡眠は、運動しなかった日の夜の睡眠と比べ、必ず量や質が向上するわけではないということだ。または、こちらはそれほど意外ではないかもしれないが、睡眠と次の日の運動との間にも関係があるという結果になった。  前の晩によく眠れないと、次の日の運動は強度も長さも大幅に下がる。そして前の晩によく眠れると、次の日は精力的に身体を動かすことができる。簡単に言うと、運動が睡眠に与える影響よりも、睡眠が運動に与える影響のほうが大きいかもしれないということ

運動への影響

興味深いことに、先ほど紹介した実験の参加者たちは、 自分が寝不足のときは簡単な仕事を選んでいることも、仕事の効率が落ちていることも自覚していなかった。 すでに見たように、寝不足の人は、自分の能力を客観的に評価する能力も下がっているのだ。

これが一番大きな問題かもしれない。重要なミーティングの前は必ずきちんと寝ようと思います。

また、別の興味深い結果もある。リーダーが睡眠不足の日は、睡眠を十分にとった部下も、1日を通して仕事へのやる気が下がるのだ。これは 睡眠不足の連鎖反応 であり、トップが睡眠不足の状態だと、その影響はウイルスのように全社に広がっていく。その結果、せっかく十分に寝ている社員も、生産性やモチベーションが下がる。  さらに私たちの研究によると、睡眠不足の上司やCEOは、カリスマ性が低く、部下のやる気を引き出すことができないという結果になった。そしてボスにとっては残念なニュースだが、睡眠不足の部下は、たとえボスが睡眠十分でカリスマ性とリーダーシップを発揮していても、仕事のできないボスという評価を下す。  トップから末端の社員まで、すべての従業員が睡眠を十分にとれば、生産的で、正直で、協力的な、会社にとっての真の戦力になるだろう。

特にリーダーに十分な睡眠が必要な理由

最近の調査や臨床データによると、 ADHDと診断された子どもの 50%以上が、実際は睡眠障害だと推定される。 しかし、そのことを把握している医師はほとんどいない。この問題については、行政の対応が望まれる。製薬会社の影響を受けず、政府が独自で、子どもの睡眠障害の啓発キャンペーンを行うべきだろう

ADHDの症状と睡眠不足は似ているため誤診が多い

1つは、別の部屋に眠る家族全員の睡眠を記録できること。エアコンなど部屋の温度を調節する機器とネットワークでつなぎ、寝室の温度も記録する。装置には学習アルゴリズムも組み込まれていて、室温と睡眠の質の関係を学習し、やがてエアコンに正しい温度を教えるようになる。眠りの質を決める要素はたくさんあるが、中でも温度はカギになる要素の1つだ。  さらに、自分の自然な概日リズムを装置に学習させ、そのリズムに合わせて自動で室温を変えることも可能だろう。現在のエアコンでは、寝ている間に温度を変えることはできない。しかしこの新しいシステムでは、自然な眠りのリズムに合わせて室温を変えることができる。しかも、私たちは何もしなくていい。すべて機械におまかせだ。

こういったスリープテックの登場が望まれます。他にも様々なアイデア(衛生教育、会社の研修、福利厚生、保険など)があり非常に勉強になりました。

大企業版ハードシングス「NOKIA 復活の軌跡」

ノキアの携帯電話覇権時代から、スマートフォン勃興による急激な転落、そしてその後の大きな3つの再生のための買収・売却をノキア会長のリスト・シラスマ氏が独白しています。

ノキアはフィンランドで一番グローバルで成功した超優良企業であったわけですが、その会社に末席の社外取締役として入ったリラスマ氏がノキアの転落をどのように眺め、会長を引き受けてから一転して積極的に、その危機を救うために行動していったのかが赤裸々に語られており、非常にエキサイティングです。ベン・ホロウィッツ「HARD THINGS」の大企業版といった感じです。

特に終盤で、マイクロソフトへの携帯電話部門売却、ノキア・シーメンス・ネットワークス(NSN)という合弁会社の完全買収、NSN強化のためのアルカテル・ルーセント買収をほぼ同時に行っていく社内議論や交渉のやりとりは、まさに崖から飛び降りながら飛行機を組み立ててるような緊迫感がありました。

各買収・売却はエグい交渉となっていて、正直あまり共感できないところもありましたが、会社が生き残るためにはやむを得ないところもあったのでしょう。そうして、いまノキアはB2Bの会社として繁栄を謳歌しているわけです。なお、本書はシラスマ氏の一方からの見方でしかないことにも留意したいと思います。

しかしながらこういったエッジケースがこのように赤裸々に明らかにされるのは大変貴重で、非常におもしろいだけでなく、勉強になりました。ある程度の規模以上の企業で働く方におすすめできる一冊です。

<抜粋&コメント>

ノキアはいわゆる「キャッチ 22」(逃れようのないジレンマ。元々は、ジョーゼフ・ヘラーの小説『キャッチ 22』に描かれた不条理な軍規の名称) に陥っていた。ノキアが開発を加速させるにはシンビアンを一〇〇%保有する必要があったが、他のパートナー企業にとってそれは最大の利益につながらなかった。彼らにとってノキアは最大の競合だったからである。支配権を放棄するように彼らを説得すべく、ノキアはシンビアン財団をつくる案を思いついた。シンビアンのコードをオープンソース化し、誰でも同じようにアクセスできることを保証する。ノキアは他のパートナーの持ち株を買い取り、それを財団に寄付する形で、財団の資金調達を行なう。財団の目的は、ロイヤリティフリーのソフトウエアを提供し、イノベーションを加速させることだ。  このやり方は改善につながったが、理想的とは言えなかった。すでにあまりにも多くの時間が失われ、財団がうまく機能するまでにさらに多くのものが失われていくからだ。合弁会社が発足した時点で、そのダメージは生じていた。この世界ではスピードがすべてだが、競合企業が集まった委員会では、どの企業が提案しようとも簡単に同意には至らない。そのうえ、ノキアは依然としてOSをモバイル世界の 主 ではなく、デバイスの奴隷だと考えていた。

いまから考えれば完全に悪手と分かりますが、当時は難しかったのでしょうね

(取締役会は)競争力の源泉、自社の中核技術や製品と競合他社の技術や製品の比較、そのほか現在の業績を説明すること、将来の業績動向を左右することなど、企業の健全性や幸福に 本当の意味で 影響を及ぼすテーマに十分な時間が割かれていなかった。

取締役会で本当にやるべきこと

自分のチームが悪いニュースや厳しい現実を詳しく調べない。 これは双方向のものだ。悪いニュースが届くようにすることも大事だが、自分でも探しにいく必要がある。自分が会社の問題の根本原因を調べなくても、きっと部下が調べるだろう。何か重要なことがわかったら、部下がきっと知らせてくるだろうと、心の中で言い訳しているかもしれない。

悪い真実をどのように発見して対処するかは非常に重要であるということ

それから少し後に、私たちは社内のスター人材と朝食をとるようになった。毎回、取締役会を開く前に、四人のハイポテンシャル・マネジャーと一時間の朝食ミーティングの予定を組むようにしたのだ。各マネジャーには一五分間ずつ、自分のことや今抱えている重要な問題について話してもらう。私たちはいつも決まって「あなたの仕事がもっとうまくいくようになるためには、何を変える必要がありますか」と聞く。基本的にマネジャーたちが不満に思っていることを聞き出して、取締役会で企業経営のやり方で改善すべき点を理解できるようにするためだ。

こういうのはよさそうですね

初期の頃、なぜそうしたのかという理由を完全に理解しないまま、直観的に実施したことがたくさんあった。後になってからようやく、どのやりとりも主に信頼構築を目指していたことに気づいた。  信頼基盤を築くことは何よりも最優先すべきだ。トラブルや複雑な状況に置かれている時期には、信頼はギアをスムーズに動かす潤滑油になるとともに、すべてのものを一緒に結びつける接着剤にもなる。

信頼関係はすべての基礎ですね

私たち自身がウィンドウズフォンで勝ち目はないと思った事実があるからといって、マイクロソフトが成功しないということではない。二社間の協業には常に摩擦がつきまとう。一つの傘下に全体のオペレーションをまとめたほうが、大きな違いが出てくることもある。さらに重要な点として、マイクロソフトには大きな財布があり、私たちの能力をはるかに超えるやり方でマーケティング投資ができる。このため、双方が良い取引をした可能性がきわめて高いのだ。少なくとも、私は心からそう願っていた。

結果はそうならず。マイクロソフトはノキアに売り戻すことになった…

それはほろ苦い瞬間だった。  同一条件で比較するならば、最初のオファーの四七・五億ユーロから、最終的に八二・四億ユーロ(一八カ月後に売却したヒアの最終価格を含めた金額)まで持っていった。特に、そのプロセスの間にノキア内部で算定したD&S事業の評価額がどれだけ急落したかを考えると、これは良い結果だ。ノキアがどれほど絶望的な状況にあったかをマイクロソフト側が認識していたならば、かなり悲惨な結果になっていたかもしれない。私たちはいろいろな点で幸運に恵まれていた。  同時に、私たちの、そしてフィンランドの心臓の一部を売り払ったことは否定できない。  それでも、これがグローバル・テクノロジー大手としてのノキアを救う唯一の方法であることには間違いない。私たちは今、自社の運命の主導権を取り戻すことができた。私たちには未来があるのだ。  その未来がどう見えるかは、これから解決すべき課題だった。

マイクロソフトにとってはよい打ち手ではなかった。ただこれはバルマーが意思をもってやったことでもある

MMT、逆転の発想「財政赤字の神話」

MMT(現代貨幣理論)はとんでも理論と紹介されることも多いわけですが、コロナにより世界中で膨大な財政出動が生じているのにも関わらず、どこでも何の問題(インフレなど)も発生していない(ように今のところ見える)ことから注目を集めています。

個人的にも、追えていなかった理論なので、入門的に何冊か読んだり調べたりしてみて、本書が一番分かりやすかったのでその感想です。

正直、MMTでは、かなり逆転の発想で経済を見ているため、まだ全然消化しきれている感じがありません。

本書は、MMTの概略と多くの疑問については丁寧に解説しているものの、それでも各種限度がないというのは本当なのか、貧富の格差の見方、完全雇用に対する考え方、インフレへの対処(急激な増税は可能なのか)など腑に落ちていない部分もあります。

ただ説明ができない今起こっている現実に対して一定の回答を示しているという意味で非常にユニークで興味深いと思いました。確かに、マネタリーベースの最適解というのは何によって決まっているのか、を考えると、現状が少なすぎるから(受け取るべきひとが受け取っていないから)需要が創出できていない、という見方もできるとは思います。

引き続き、MMTはトラッキングしていきたいなと思っています。

<MMTの逆転の発想(抜粋)>
・政府は「私たちの」お金など必要としていない。逆に私たちが「政府の」お金を必要としている。
税金が存在する目的は、通貨への需要を生み出すことだ。
・結局のところ、通貨を発行する政府が求めるのは金銭ではなく、実体のあるものだ。欲しいのは税金ではなく、私たちの時間である。国民に国家のために何かを生産させるために、政府は税金などの金銭的負担を課す。
債券を発行する目的は政府の支出をまかなうことではなく、金利を維持すること
財政赤字はそれがインフレを引き起こした場合のみ、過剰支出の証拠となる。
・税金は(少なくとも導入された時点から)人々が雇用を求める原因となる。政府は税金を課すことで国民に通貨を稼ぐ動機を与えている以上、その手段が常にある状態を確保する責任がある
財政黒字は経済から資金を吸い上げる。財政赤字はその逆だ。財政赤字は過剰にならないかぎり、民間の所得、売り上げ、利益を下支えし、景気を維持するのに役立つ
・政府が債務を大幅に減らすたびに、経済は不況に陥ってきた。歴史はそれをはっきりと伝えている。

世界一「自由」な会社について知る「NO RULES(ノー・ルールズ)」

Netflixのカルチャーやメカニズムが、そうなった経緯や考え方まで余すところなく紹介されている興味深い一冊。Netflixの普通ではないところはたくさんありますが、

・引き留めたくない社員は解雇
・定期的な人事評価制度廃止
・社内規定のほぼ撤廃
・経費・旅費の承認プロセスの全廃
・無限有給休暇

などなど。うまくいかなかったことや途中でこう変えたみたいなことまで書いてあって、非常に勉強になりました。

一方で、Netflixのやり方が唯一であったり、ベストというわけでもないとも思いました。「自由と責任」のセットは当然ですが、ひとって、家庭や体調なんかの理由で、常に最高のパフォーマンスが発揮できるわけでもないし、タイミングによって全然結果が出ないこともあります。与えられた仕事の役割が合っていないということもあります。そこはプロセスで判断する、としてますが、そうすると恣意性がどうしても入ってしまいます。うまくいってるときはよいとしても、そうでないときも多いわけで、心理的安全性の担保は実際なかなか難しいのかなと。

しかし、Netflixが様々な問題を乗り越えるためガイドラインをつくったり、カルチャーを作ったりし、凄まじい業績をあげているのも事実。そこには訳があって、すべてをNetflixのようにしたいわけではなくても、自社にあった形でうまく取り入れることもできそうなので、参考にしていきたいと思います。

以下、抜粋コメント形式で。

こうして生まれたのが「相手に面と向かって言えることしか口にしない」という標語だ。私も率先垂範に努めた。社員が他の社員の不満を言ってくると、「相手にそれを伝えたときには、どんな反応だったんだい?」と尋ねるようにした。

僕も「相手に面と向かって言えることしか口にしない」と決めてます。

とはいえ会社内で率直なフィードバックを促すのは、電光掲示板を設置するよりずっと難しい。率直に意見をやりとりする雰囲気を醸成するには、社員に「フィードバックは頼まれたときだけ与える」「褒めるのは人前で、批判するのは人のいないところで」といった、長年の条件付けや思い込みを捨ててもらわなければならない。

1on1や評価などで率直なフィードバックをお互いできるようにするのは時間がかかりますね。

明文化された規程がなければ、1人ひとりのマネージャーが時間をかけて、自らのチームに許容される適切な行動とはどのようなものか、伝えていく必要がある。経理担当ディレクターはチームを集め、どの月であれば休暇を取っても構わないか、そして1月はどの経理担当者も休暇を取るのは厳禁であることを伝えておくべきだった。キッチンで泣き腫らした目をしていたマネージャーはチームと話し合い、「休暇を取れるのは一時期にチームから1人だけ」「休暇を予約する前に他のメンバーに不当な負担を押しつけることにならないか確認する」など、休暇のパラメーターを設定しておくべきだった。コンテキストはできるだけ明確なほうがいい。「1カ月オフィスを留守にするなら少なくとも3カ月前には断っておくこと。5日間休むなら通常は1カ月前でよい」といった具合に。

コンテキストといますが、これが事実上のルールとなっているようです。もちろんチームごとに決められるというのはありますが、いちいち合意しなければならないのであれば、ことに集中できるようにある程度のルールを設定してもよいのではと思いました。

部下には、私はいちいち経費レポートは見ないけれど、内部監査チームは毎年支出の 10%を監査する、と忠告する。私は部下が会社の経費の節約に努め、支出は控えめにすると信頼している。だから万一監査チームがインチキを見つけたら、その社員は即解雇する、と。ミスをしたら警告する、なんてなまやさしいものではなく、「自由を悪用したらクビ」だ。しかもやってはいけないことを示す悪い見本として、社内で使われることになる。

どこまでやってよいのかをコンテキストを共有する、違反した場合は厳しく措置、ということですが、これもシンプルなルールが設定されてる方がスピーディーに決められるのではという気がします。メルカリはルールもガイドラインもできる限りシンプルかつ最小限にしています(例えば、ニューノーマル・ワークスタイル)。そうすると、変えたいときもスピーディーに変更できるというメリットもあります。

・ シーラは抜群に優秀か。
・ 優れた判断力があるか。
・ 会社にポジティブなインパクトを与える能力があるか。
・ あなたのチームにふさわしい人材か。  
いずれかの問いへの答えが「ノー」であれば、シーラには会社を去ってもらうべきだ
(次章「並の成果には十分な退職金を払う」を参照)。しかし答えがすべて「イエス」なら一歩引いて、シーラの判断を尊重しよう。管理職が「承認役」をやめれば、会社全体がスピードアップし、イノベーションが活発になる。パオロが新しいアイデアにジェレットの承認を得るため、提案書の準備にどれだけ時間をかけたか思い出してほしい。ジェレットがそれを却下したら、パオロは自分が心から正しいと思うアイデアを捨て、別の方法を探さなければならなくなる。すばらしいアイデアはもちろん、それまでパオロが注ぎ込んだ時間がすべて無駄になる。

ネットフリックスはすべてのマネージャーに対し、定期的に部下を評価し、それぞれのポストに最適の人材であることを確認するよう求めている。そしてマネージャーが正しい判断をできるように、「キーパーテスト」という手法を教えている。 チームのメンバーが明日退社すると言ってきたら、 あなたは慰留するだろうか。 それとも少しほっとした気分で退社を受け入れるだろうか。 後者ならば、いますぐ退職金を与え、 本気で慰留するようなスタープレーヤーを探そう。

「キーパーテスト」と言われているもの。かなり過激です。

積極的に新たな試みに挑戦するマインドセットを持たせるために、ネットフリックスでは「賭け」のイメージを使う。それによって社員に、起業家という自己認識を持ってもらうのが狙いだ。起業家が多少の失敗を経験せずに成功をつかむことはまずない。カリや(数ページ前に登場した)パオロのような経験は、ネットフリックスでは日常茶飯事だ。私たちはすべての社員に、自分が正しいと思う賭けに出て、たとえ上司に反対されても新しいことに挑戦してもらいたいと思っている。その賭けが失敗したら、さっさと後始末をして、そこから何を学んだか話し合えばいい。

私がネットフリックスに入社したとき、ジャックからこんな説明を受けた。君にはカジノでチップをひと山受け取ったと考えてほしい。それを自分が正しいと思う賭けに自由に使っていい。最善を尽くし、慎重に考えて、最高の賭けをしてほしい。その方法は私が教える。失敗する賭けもあれば、成功するものもあるだろう。最終的に君の業績を評価することになるが、それは個別の賭けの成否で決まるわけではない。事業を成長させるために、チップを有効に使う能力そのものが評価される、と。

ジャックはさらにカリにこう説明した。「ネットフリックスでは社員に、判断を下す前に上司の承認を得ることは求めていない。ただ優れた判断を下すには、コンテキストをきちんと理解し、さまざまな立場の人からフィードバックを受け、あらゆる選択肢を理解することが不可欠だと考える」。なんでも自由にできるからといって他の人々の意見を求めずに勝手に重要な決断を下せば、判断力が低いとみなされる、と。

ネットフリックス・イノベーション・サイクル 本気になれるアイデアを見つけたら、次のステップを踏もう。
1 「反対意見を募る」あるいはアイデアを「周知する」。
2 壮大な計画は、まず試してみる。
3 「情報に通じたキャプテン」として賭けに出る。
4 成功したら祝杯をあげ、失敗したら公表

「賭け」という言葉はすごくよいですね。メルカリでもバリューである「Go Bold」はもちろん、「Big Bet」という言葉もあります。人間は失敗するのが怖く、現状維持バイアスがあるため、意図的にやらないとできないのが「賭け」です。また、「反対意見を募る」というのもすごくおもしろいですね。集合知を募るプロセスを入れるのはとてもよさそうです。

パティの言うとおりだった。ネットフリックスでは1人ひとりのマネージャーに、担当部門を最高のプロスポーツチームのように運営してほしいと思っている。強い熱意、一体感、仲間意識を醸成しつつ、各ポジションに最高のプレーヤーがいる状態を維持するためには、厳しい決断も常に求められる。

アメリカ企業の多くでは、部下を解雇することを決めたマネージャーは「業績改善計画(PIP)」と呼ばれるプロセスを開始することになっている。マネージャーはこの部下と毎週面談した記録を数カ月間にわたって作成する。フィードバックを与えたにもかかわらず、部下が成果を挙げられなかったことを記録に残すためだ。PIPが部下の業績改善につながることはめったになく、単に何週間も解雇を遅らせるだけだ。  PIPはふたつの理由から生まれた。ひとつめは社員が建設的なフィードバックや改善する機会を与えられずに解雇されるのを防ぐためだ。しかしネットフリックスには率直なカルチャーがあるため、誰もが毎日たくさんのフィードバックを受け取る。どの社員も解雇される前にはっきりと、そして頻繁に、改善するためには何をしなければならないか言われているはずだ。

Netflixは、まさにプロスポーツチームのような会社だと思います。結果を出せるものだけが試合に出られる。だから、PIPなんてしない。自分で改善できるものしか、残さない。ある意味明確です。

個人レベルで重要な意思決定が下される疎結合なシステムがうまく機能するためには、上司と部下の目的地が完全に一致していなければならない。疎結合がうまくいくのは、上司とチームのあいだでコンテキストが明確に共有されているときだけだ。このようにコンテキストが一致していれば、社員は組織全体のミッションと戦略に沿うような意思決定を下すことができる。だからネットフリックスには、こんな標語がある。

足並みは揃えつつ、それぞれが独立を

密結合はすごく重要で、メルカリの開発でもすごく時間をかけてマイクロ・サービス化して、マイクロ・ディシジョンを進めています。しかし、なにか新しいことをやるときは、なかなか難しい判断になるがよくあります。Netflixが、このカルチャーで成功できるのはある意味、ビジネスモデルがシンプルであるということもあるかもしれません。スポーツもルールがあるからこそ、AさんよりBさんの方がよい、と明確に言えるという。

部下が何かバカげたことをしたら、部下を責めてはいけない。自分の設定したコンテキストのどこがまずかったのか、考えてみよう。自分の目標や戦略を正確に、かつ創意工夫を促すようなかたちで伝えただろうか。チームが優れた判断を下せるように、さまざまな前提条件やリスクを明確に説明しただろうか。ビジョンや目的に対してあなたと部下の足並みは揃っているだろうか。

コンテキストの共有が非常に重要、というのは本当にその通りだと思います。

深化と探索「両利きの経営」

「両利きの経営」とは、既存事業において「深化」を、新規事業において「探索」を実施するという両方ができているという状態のこと。抜粋すると

なるべく自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうという行為が「探索」である。探索によって認知の範囲が広がり、やがて新しいアイディアにつながるのだ。しかし一方で、探索は成果の不確実性が高く、その割にコストがかかることも特徴だ。

一方、探索などを通じて試したことの中から、成功しそうなものを見極めて、それを深掘りし、磨き込んでいく活動が「深化」である。深化活動があるからこそ、企業は安定して質の高い製品・サービスを出したり、社会的な信用を得て収益化を果たすことができる。  このように、不確実性の高い探索を行いながらも、深化によって安定した収益を確保しつつ、そのバランスを取って二兎を追いながら両者を高いレベルで行うことが、「両利きの経営」である。両利きの経営が行えている企業ほどパフォーマンスが高くなる傾向は、多くの経営学の実証研究で示されている。

となり、クレイトン・クリステンセン著「イノベーションのジレンマ」よりも、実践的だという触れ込みで、確かに豊富な事例を元に解決策まで提示しようとしており、意欲的な内容になっています。

ただ解決策としては、明確な戦略的意図、経営陣の保護や支援、対象を絞って統合された適切な組織アーキテクチャー、共通の組織アイデンティティが必要ということで、様々な実例を示してくれてはいるもの、理論化まではいま一歩かもしれません。しかし、各社の取組みは失敗例も含めて非常に勉強になります。

個人的には、社内でやはりみんな同じという公平性を保とうとする力は非常に強いわけですが、深化と探索では必要とされている組織の能力が違うから、ダブルスタンダードを許容し、矛盾を抱えながらも協力し合うように強いリーダーシップをとるべき、というのは目から鱗でした。よく考えれば極めて当たり前なのですが、、、

既存事業がありながら、新規事業をどう立ち上げればよいかを考える立場の方には非常にオススメできる一冊です。

ほとんど理解されていない「良い戦略、悪い戦略」

「戦略」とは何か、を深く考えさせられる良書。経営思想家として大学やコンサルタントとして活躍しているリチャード・P・ルメルトが、様々な事例をもとに良い戦略の作り方を書いています。事例は後付けの生存者バイアスがかかっているものの、多くは納得感がありました。また、そこまで体系だっているわけでもないですが、実例が大変おもしろく、非常に勉強になりました。

自社を振り返ると、無意識にうまく戦略を実行してきたこともありましたが、全然できてないなぁと思うことも多く、どうやったら良い戦略を作り、実行していけるかをすごく考えさせられました。すぐに役に立つことも多かったですし、まさに今、中期経営計画を更新しているところでもあり、活かしていきたいと思ってます。

良い戦略がなければ、まぐれ当たり以外、成功するのは難しいので、特にスタートアップに関わるひとには必読かなと思います。

以下、ちょっと長くなってしまいましたが、抜粋・コメント方式で。

悪い戦略とは、戦略が何も立てられていないという意味ではなく、また失敗した戦略を意味するのでもない。悪い戦略では、目標が多すぎる一方で、行動に結びつく方針が少なすぎるか、まったくないのである。多くの人が戦略というものを誤解している。大方の経営者は、目標を掲げることだけが自分の仕事だと心得ているらしく、矛盾する目標や、どうかすると実行不可能な目標を得々として発表する。そのような「戦略」では壮大な言葉遣いが高揚感を演出し、中身のなさを隠している。

戦略と目標の違いについて。

先日見せてもらった戦略プランはとても野心的だが、あれは戦略ではない。私にはあれが有効とは思えないし、経営チームがあれに沿って行動を起こせるとも思えない。  私からアドバイスしたいのは、まず会社にとって最も有望な機会は何かを、見つけることだ。そうした機会は社内にあるのかもしれない。たとえば制作工程のボトルネックを解消するとか、作業上の障害物を取り除くといったようにね。あるいは社外にあるのかもしれない。機会を発見するためには、少人数のチームを編成し、一カ月ほど時間をかけて調査をするといいだろう。会社のサービスの買い手は誰なのか、競合相手は誰で、どんな強みを持っているのか、どんな新しいサービスが可能か、開拓可能な見込み客は誰か、そういうことを調べるんだ。自分の業界にどんな変化が起きているか、くわしく調査することはどんなときにも役に立つ。そこに飛躍のヒントが隠されているかもしれない。調査でわかったことはすべて経営チームで共有し、検討する。

戦略を立てるには、まず現状分析することから始まります。

戦略を転換し資金や人材やエネルギーや注意をどこか一カ所に集中しようとすれば、会社そのものに倒産の危機が迫っているようなときは別として、必ず不利益を被る人が出てくる。したがってこの人たちは、戦略の転換に頑固に反対する。大きな企業の場合、これは避けられない事態と言える。戦略についての話し合いがいくら行われても、どれほど説得されても、この人たちは変化を望まない。そしてリーダーが選択に踏み切れず、新しい戦略を導入することができないと、八方美人型あるいは当たり障りのない戦略もどきでお茶を濁すことになる。そのような戦略もどきが発表されたら、それはリーダーに困難な選択を貫き通す強固な意志や政治力が欠けていることの証拠と言える。盛りだくさんの目標を掲げる企業では、選択が行われていないと考えてよい。

戦略が総花的になりがちな理由。何かを捨てるということはそれをやっているチームを解体しなければならないということであり、特に上手くいっている会社ほど難しくなります。

強く念じることや自分の内面を磨くことでパワーが出るものかどうか、私は知らない。だが、精神から発する光が現実の世界を変えられるとか、成功すると思えば成功すると信じるのは一種の妄想であって、経営や戦略への取り組み姿勢としては奨められないことだけは確かだ。分析というものは起こりうる事態を考えるところからスタートするのであって、その中には好ましくない事態も当然含まれる。大空を飛ぶイメージだけを思い浮かべ失敗を考えたことのない人々の手で設計された飛行機には、私は乗りたくない。だが想念だけでビジョンは実現するという教えは多くの人を心酔させてきた。

念じれば叶うというような考え方の否定。

基本方針は、診断によって判明した障害物を乗り越えるために、どのようなアプローチで臨むかを示す。「基本」という言葉がついているのは、大きな方向性を指し示すだけで、具体的に何をすべきかを逐一教えるものではないからだ。ケナンの封じ込め政策や、ガースナーのオーダーメイドのソリューション提供という方針は、まさしく基本方針に当たる。ちょうどガードレールのように、基本方針は行動を一定の方向に導き逸脱を防止する。しかしこまかい内容は指示しない。  良い基本方針は、目標やビジョンではないし、願望の表現でもない。難局に立ち向かう 方法 を固め、他の選択肢を排除するのが基本方針である。

賢明な読者はすでにお気づきかもしれないが、私が「基本方針」と呼ぶものを戦略と称している企業がかなり多く見受けられる。だが、戦略を基本方針で代用するのはまちがっている。診断を伴わない場合、どのような方針が可能か、比較検討して選ぶことができない。また基本方針に沿って行動を起こしてみないと、その方針が現実に実行可能かどうかを確認することもできないだろう。良い戦略とは「何をやるか」を示すだけでなく、「なぜやるのか」「どうやるのか」を示すものであるべきだ。  良い基本方針は、埋もれていた強みを引き出し、あるいは新たな優位性の源泉を開発して難局を打開する。いやむしろ、こうした優位性を見つけることこそが戦略の要諦と言えよう。テコを使えば力を何倍にもできるように、戦略的優位があれば、リソースや行動の効果を何倍にも大きくすることができる。優位と言うとすぐに競争優位を思い浮かべる人が少なくないが、非営利組織や公的機関も、良い戦略によってリソースや行動の効果を高めることができる。

現状分析の後、戦略の前段階としての基本方針を定めるとよい。

戦略は結局のところ、コーディネートされた行動があるシステムに 強制 されるという形で具現化するのである。会社という複雑なシステムはてんでんばらばらに動こうとする傾向があるが、それを抑えて一つにまとめる力が働くという意味で、戦略の力はまさに強制的と言える。大きな組織では、放っておいて一貫した行動がとられるわけではない。どこかで指揮をとり、方向づけをすることが必要である。行動のコーディネーションは、戦略がない限り実現しないという意味において、組織にとって自然発生的なものではない。  このように言うと、現代の教育を受けた人はみな一様に警戒する。権限委譲が進む中で多くの決定がうまく下されているというのに、なぜいま権力集中なのか、というわけだ。

大きな組織で戦略が重要になってくる理由。そしてそれがなぜ難しいのか。

ごくおおざっぱに言えば、良い戦略とは最も効果の上がるところに持てる力を集中投下することに尽きる。短期的には、手持ちのリソースを活かして問題に対処するとか、競争相手に対抗するといった戦略がとられることが多いだろう。そして長期的には、計画的なリソース配分や能力開発によって将来の問題や競争に備える戦略が重要になる。いずれにせよ良い戦略とは、自らの強みを発見し、賢く活用して、行動の効果を二倍、三倍に高めるアプローチにほかならない。

良い戦略とは何か。

隔離メカニズムを強化するもう一つの方法として、ターゲットを絶えず動かしてまねしにくくするという手がある。ターゲットがいつまでも変わらなかったら、競争相手は遅かれ早かれノウハウを探り当ててしまうだろう。だが製品やプロセスを絶えず改善していたら、あるいは改善とは言わないまでも変化させていたら、まねをするのははるかにむずかしくなる。たとえばマイクロソフトのウィンドウズOSを考えてみよう。ウィンドウズが長期にわたって同じままだったら、世界中の賢いプログラマーがいずれは同等品を作り上げることは確実である。だがマイクロソフトはのべつプログラムを変えることによって(それがつねに良いほうに変わっているとは言い難いが)、コピーをむずかしくしている。ウィンドウズは動く標的なのである。  同様に、製品やプロセスに次々にイノベーションが導入されたら、追随するのはむずかしい。そのイノベーションが独自の知識に裏づけられていたら、なおのことである。

どのように参入障壁を築くか。インターネット・サービスであれば、テクノロジーでの差別化はそのひとつ。

外生的な変化のうねりは、ヨットの帆に吹き付ける風のようなものだ。ときにはヨットを飛ぶような勢いで走らせるかと思えば、転覆させることもある。こうした荒々しいダイナミクスを自分たちの目的に適うように活かすことがリーダーの役割であり、そのためには鋭い洞察力やスキルや 造性が必要になる。うねりが来たら業界の構図はどう変わるのかをみきわめ、これから高地になりそうな方向を狙ってリソースを配分し、上手に波に乗ることが望ましい。

中長期的な世の中のうねりをうまく捉えることも重要だと。今だとコロナにより何がどう変わるかを見極めるのは極めて重要と言えます。

つまりソフトウェアの優位性は、開発サイクルが短く、アイデアを出してからプロトタイプを作り、エラーを発見して修正するまでが短時間かつローコストでできることにある。もし設計プロセスで技術者が絶対にミスを犯さないのなら、ハードウェアもソフトウェアもコストはさほど変わらないかもしれない。だが実際にはミスは避けられないのだから、何か特別な理由でもない限り、ソフトウェアのほうが好ましいことに

インターネット・サービスはソフトウェアなので、トライ・アンド・エラーが早い分、オフラインのサービスに比べると優位性があります。

凪のときにヨットを操る腕前を見せるのはむずかしいのと同じで、平穏無事なときには戦略策定の手腕はあまり目立たない。安定期には、後発企業が先行企業に追いつくのも、ライバルを圧してリードを奪うのもむずかしい。だが変化のうねりがやって来るときには、戦略がモノを言う。大企業がトップの座から滑り落ちたり、あちこちで下克上が起きたりするのはこんなときである。

コロナという変化のうねりは新しい会社についてはすごくチャンスです。

知識の限界でうろうろしているとき、確実にうまくいく戦略を要求するのは、科学者に確実に真実である仮説を要求するのと同じことだ。これが理不尽な要求だということはおわかりいただけるだろう。良い戦略を立てることと、良い仮説を立てることは、同じ論理構造を持っている。ちがいは、科学的知識の多くは共有されているが、経営に関して蓄積された知恵は業界や企業固有のものだという点だけだ。  要するに良い戦略とは、こうすればうまくいくはずだ、という仮説にほかならない。理論的裏づけはないが、知識と知恵に裏づけられた判断に基づいている。そして、みなさんのビジネスについて、みなさん以上に知識と知恵を持ち合わせている人は誰もいない

良い戦略とは、こうすればうまくいくはずだ、という仮説にほかならない、と。そしてそれは自分たちの中に答えがあるはずです。

コーポレートガバナンスとは何か「決定版 これがガバナンス経営だ!」

コーポレートガバナンスは、不祥事防止などのコンプライアンスの確保だけではなく、中長期的に企業価値を向上させるためにある、ということを分かりやすく解説してあり、試行錯誤している身としては非常に勉強になりました。かつ途中物語になっていて、すごく分かりやすかったです。

創業者という主要株主がいることが多いスタートアップであっても、この概念を整理して知ることは非常に有用かと思います。

以下は抜粋・コメントです

失敗に対して、無限の責任を負うからこそ、うまく行ったらアップサイドを全部取れるという構造が、本来は公平で倫理的な制度である。株式会社は、アップサイドは無限で、ダウンサイドは有限の、ある意味、お気楽で無責任な制度である。  すなわち、非倫理的なリスク、モラルハザードを内包するものとして例外的な存在であり、本来であれば、厳格に制限され、統制されるべき存在なのである。この潜在的な非倫理性こそが、株式会社においてコーポレートガバナンスが重要である根源的な背景の一つなのだ。このことは以下の株式会社の歴史にも符合する。

株式会社の起源まで遡り、有限責任だからこその非倫理的なリスク、モラルハザードを防ぐ必要があると。

トップの資質、業務遂行能力に問題があると判断したとき、独立社外取締役としては、是正のための然るべき忠告や辞任勧告を、まずは取締役会の外で直接に行うのが手順だろう。しかし、その忠告や勧告に迫力があるのは、独立社外取締役にトップ解任に関する動議提出権と議決権があるからなのだ。  この意味で、監査役は「守りのガバナンス」では一定程度役割を果たすことができるとしても、「攻めのガバナンス」においては機能に大きな限界があると言わざるを得ない。

取締役と監査役の役割の違い。

取締役会では、企業が進むべき基本方向性とその観点からみた経営者・経営陣のパフォーマンスの評価、評価に連動した経営者・経営陣の任免などモニタリングに力を注ぐべきである。さらには、大型のM& A案件や重大不祥事など、企業の存続に関わるようなリスクを内包した事項、あるいは大きな戦略的方向性に関する議論に十分に時間を使うべきである。取締役会の決議事項における「選択と捨象」が問われるのだ。

監督責任を負う独立社外取締役の役割は、あくまでも監督が主であり、アドバイスが従である。もちろん取締役会の議論において、日常的に交わされる議論のかなりの部分は、アドバイス的な意見交換になるだろう。しかし、そこで本質的にモニタリングされるべきは、そういったやり取りから、「この会社の経営プロセスはちゃんと機能しているのか」「この経営者はその任にたえられる人物なのか」ということを読み取ることなのである。

改めてコーポレートガバナンス・コードを読んでみると、そこでは、あくまでも、「経営方針や経営改善について」という企業のかなり上位概念に関する助言、すなわちガバナンスの観点からの助言が期待しているのである。個別の業務執行に関する助言までをも、独立社外取締役の責務だと想定するものではない。その証左として、コーポレートガバナンス・コードでは、経営の監督と執行の分離を図ることが推奨されているのである。

上場会社は、取締役会による独立かつ客観的な経営の監督の実効性を確保すべく、業務の執行には携わらない、業務の執行と一定の距離を置く取締役の活用について検討すべきである。  監督の本質は、個別の業務執行や経営判断を採点することや、そこに細かく介入することではなく、業務執行全体の妥当性、経営者の資質・能力の適性を評価することである。  独立社外取締役は経営者ほど当該意思決定に関わる詳細な情報を持たず、業界に関する専門的知見も保有していないことが通常であるから、執行レベルの意思決定に貢献することは難しいし、それは本来、期待される役割ではない。

取締役会と執行の役割の違いや、社外取締役の役割はあくまでアドバイスではなく、監督が主であるという話。

田中室長  ということはコーポレートガバナンスの整備とは、経営の仕組みが健全に機能し続けるための環境整備だということですか?
肥塚氏  そのとおりです。経営の根本的なあり方を問うています。その企業の特性、業態などを踏まえたときに、その長所を最大化し、短所をできるだけ消せるような経営スタイル、経営組織がどうあるべきかを、株主総会、取締役会を含めデザインする、まさに経営的な環境整備です。だから企業も色々、あるべきガバナンスも色々となるはずです。

答えは一つではないので会社に合わせてデザインする必要があると。