日本では、南米は距離が遠いこともあってか、あまり何が起こっているのか知られていません。私も2012年の世界一周以来滞在していません。とても豊かで美しい自然と複雑な歴史と遺跡や建築が印象的で、一方で都市ではスリなどの危険を常に意識させられました。
本書では、新聞記者としてブラジルのサンパウロに長く駐在した著者が、ベネズエラ、アルゼンチン、ブラジルを主に取り上げ、チリ、コロンビア、ペルー、ボリビアなどについても言及しています。複雑なテーマながら、ストーリーとして描かれており非常に読みやすいです。もちろんこれもひとつの見方ということは言うまでもありませんが、南米の全体像を知る上では素晴らしい一冊です。
経済的に安定していないというイメージはあったのですが、それが民主主義がうまく働かないことによって起こっているというのが大きな気付きでした。国によって違いますが、人気取りのバラマキや国営化、また主に支持率が下がったときに独裁化を目指す政治家の強権発動が複雑に絡み合いつつ、豊かな資源がある国も多い中で、産業育成が遅々としていることも大きな要因になっているようです。
ではどうすればよいのか、というのは結論がなく頭を抱える状態です。翻って日本のことを考えると、強い民間部門があるのと、政治的に安定しているため、そこまでポピュリズムが進んでいないことが功を奏しているようです。ただ、日本も医療も含めた財政支出はとんでもないことになっているし、南米のケースを観ていると、どこかでバランスが崩れることも十分ありえます。
そういった時になにが起こりえるのかというスタディケースとして、南米各国のことを知っておくのは非常に重要だなと思います。
最後にベネズエラ、アルゼンチン、ブラジル、ボリビアから抜粋引用だけしておきます。
制憲議会発足後のベネズエラ政府の動きは速かった。8月に制憲議会が発足すると、1日もたたないうちに、政権に批判的だったルイサ・オルテガ検事総長を罷免し、マドゥロと近い人間を後任に充てた。オルテガは後に亡命し、「マドゥロや政権幹部が大規模な汚職に関わっており、自身を守るために憲法や法を侵害した」と海外に訴えたが、後の祭りだった。 次に、制憲議会は野党が多数派の国会から立法権などの権限を剝奪したと宣言。野党を無力化した。司法、行政に続き立法まで大統領が手中に収めることで、事実上の独裁体制を築いたかたちだ。
一つだけ断言できるとすれば、与野党が団結するという奇跡が起きない限り、アルゼンチンの経済的・政治的な混乱は今後も続くだろう。残念なことに、国難にも関わらず、アルゼンチンの政党や国民には、心を一つにして難局を乗り切るという発想はない。財政問題や通貨安、1次産品に依存した産業構造や貧富の格差など問題点は多岐にわたり、これらの解決は4年では不可能なことは明らかだ。しかし、大統領選と議会選という2年ごとの選挙でせわしなく民意を問われる環境では、腰を据えた改革は難しい。民主主義が機能している現状、アルゼンチンがベネズエラのようになるとは思わないが、かつてのように大国として復活する将来は想像しにくい。
多民族の移民国家にも関わらず、ブラジルという国の中枢は白人が占有し、仲間同士で利権を分け合う構造は長く続いた。リオでは、学費が年間数百万円かかるようなインターナショナルスクールの徒歩圏内に月10000円以下で暮らす貧困層が暮らす。もちろん、富裕層の利用するような設備にはガードマンが立っており、ファベーラの住民が近づくことはない。同じ言葉を喋り、同じ文化を持つ国民でありながら、住む場所が数百メートル異なるだけで片や贅を尽くした生活を送り、片やインフラも整っていないような場所での生活を強いられ、互いが交わることがないという現実こそが、ブラジルの歴史の産物だ。
ボリビアから学べることは多い。歴史的に右派と左派と言うイデオロギー的な対立軸が生じやすい南米では、左派政権が分配策を採ると「共産主義者」といったレッテルを貼られ、対立の軸になりがちだ。企業や投資家、メディアも交えて、左派が政権を握ると経済が崩壊すると騒ぎ立てることも少なくない。しかし、低所得者の底上げは不平等を減らすことにつながり、民主主義の安定的な運営には不可欠だ。富裕層への増税は国連のグテレス事務総長も賛同しているもので、富の偏在を是正するという観点では合理的だ。ベネズエラのような野放図なばらまきは論外ではあるが、市場との対話を通じながら、インフラ整備や現金給付で低所得者の所得を底上げしつつ、教育機会の提供で機会の平等を実現していくというボリビア政府の路線自体は決して否定されるものではない。