大企業版ハードシングス「NOKIA 復活の軌跡」

ノキアの携帯電話覇権時代から、スマートフォン勃興による急激な転落、そしてその後の大きな3つの再生のための買収・売却をノキア会長のリスト・シラスマ氏が独白しています。

ノキアはフィンランドで一番グローバルで成功した超優良企業であったわけですが、その会社に末席の社外取締役として入ったリラスマ氏がノキアの転落をどのように眺め、会長を引き受けてから一転して積極的に、その危機を救うために行動していったのかが赤裸々に語られており、非常にエキサイティングです。ベン・ホロウィッツ「HARD THINGS」の大企業版といった感じです。

特に終盤で、マイクロソフトへの携帯電話部門売却、ノキア・シーメンス・ネットワークス(NSN)という合弁会社の完全買収、NSN強化のためのアルカテル・ルーセント買収をほぼ同時に行っていく社内議論や交渉のやりとりは、まさに崖から飛び降りながら飛行機を組み立ててるような緊迫感がありました。

各買収・売却はエグい交渉となっていて、正直あまり共感できないところもありましたが、会社が生き残るためにはやむを得ないところもあったのでしょう。そうして、いまノキアはB2Bの会社として繁栄を謳歌しているわけです。なお、本書はシラスマ氏の一方からの見方でしかないことにも留意したいと思います。

しかしながらこういったエッジケースがこのように赤裸々に明らかにされるのは大変貴重で、非常におもしろいだけでなく、勉強になりました。ある程度の規模以上の企業で働く方におすすめできる一冊です。

<抜粋&コメント>

ノキアはいわゆる「キャッチ 22」(逃れようのないジレンマ。元々は、ジョーゼフ・ヘラーの小説『キャッチ 22』に描かれた不条理な軍規の名称) に陥っていた。ノキアが開発を加速させるにはシンビアンを一〇〇%保有する必要があったが、他のパートナー企業にとってそれは最大の利益につながらなかった。彼らにとってノキアは最大の競合だったからである。支配権を放棄するように彼らを説得すべく、ノキアはシンビアン財団をつくる案を思いついた。シンビアンのコードをオープンソース化し、誰でも同じようにアクセスできることを保証する。ノキアは他のパートナーの持ち株を買い取り、それを財団に寄付する形で、財団の資金調達を行なう。財団の目的は、ロイヤリティフリーのソフトウエアを提供し、イノベーションを加速させることだ。  このやり方は改善につながったが、理想的とは言えなかった。すでにあまりにも多くの時間が失われ、財団がうまく機能するまでにさらに多くのものが失われていくからだ。合弁会社が発足した時点で、そのダメージは生じていた。この世界ではスピードがすべてだが、競合企業が集まった委員会では、どの企業が提案しようとも簡単に同意には至らない。そのうえ、ノキアは依然としてOSをモバイル世界の 主 ではなく、デバイスの奴隷だと考えていた。

いまから考えれば完全に悪手と分かりますが、当時は難しかったのでしょうね

(取締役会は)競争力の源泉、自社の中核技術や製品と競合他社の技術や製品の比較、そのほか現在の業績を説明すること、将来の業績動向を左右することなど、企業の健全性や幸福に 本当の意味で 影響を及ぼすテーマに十分な時間が割かれていなかった。

取締役会で本当にやるべきこと

自分のチームが悪いニュースや厳しい現実を詳しく調べない。 これは双方向のものだ。悪いニュースが届くようにすることも大事だが、自分でも探しにいく必要がある。自分が会社の問題の根本原因を調べなくても、きっと部下が調べるだろう。何か重要なことがわかったら、部下がきっと知らせてくるだろうと、心の中で言い訳しているかもしれない。

悪い真実をどのように発見して対処するかは非常に重要であるということ

それから少し後に、私たちは社内のスター人材と朝食をとるようになった。毎回、取締役会を開く前に、四人のハイポテンシャル・マネジャーと一時間の朝食ミーティングの予定を組むようにしたのだ。各マネジャーには一五分間ずつ、自分のことや今抱えている重要な問題について話してもらう。私たちはいつも決まって「あなたの仕事がもっとうまくいくようになるためには、何を変える必要がありますか」と聞く。基本的にマネジャーたちが不満に思っていることを聞き出して、取締役会で企業経営のやり方で改善すべき点を理解できるようにするためだ。

こういうのはよさそうですね

初期の頃、なぜそうしたのかという理由を完全に理解しないまま、直観的に実施したことがたくさんあった。後になってからようやく、どのやりとりも主に信頼構築を目指していたことに気づいた。  信頼基盤を築くことは何よりも最優先すべきだ。トラブルや複雑な状況に置かれている時期には、信頼はギアをスムーズに動かす潤滑油になるとともに、すべてのものを一緒に結びつける接着剤にもなる。

信頼関係はすべての基礎ですね

私たち自身がウィンドウズフォンで勝ち目はないと思った事実があるからといって、マイクロソフトが成功しないということではない。二社間の協業には常に摩擦がつきまとう。一つの傘下に全体のオペレーションをまとめたほうが、大きな違いが出てくることもある。さらに重要な点として、マイクロソフトには大きな財布があり、私たちの能力をはるかに超えるやり方でマーケティング投資ができる。このため、双方が良い取引をした可能性がきわめて高いのだ。少なくとも、私は心からそう願っていた。

結果はそうならず。マイクロソフトはノキアに売り戻すことになった…

それはほろ苦い瞬間だった。  同一条件で比較するならば、最初のオファーの四七・五億ユーロから、最終的に八二・四億ユーロ(一八カ月後に売却したヒアの最終価格を含めた金額)まで持っていった。特に、そのプロセスの間にノキア内部で算定したD&S事業の評価額がどれだけ急落したかを考えると、これは良い結果だ。ノキアがどれほど絶望的な状況にあったかをマイクロソフト側が認識していたならば、かなり悲惨な結果になっていたかもしれない。私たちはいろいろな点で幸運に恵まれていた。  同時に、私たちの、そしてフィンランドの心臓の一部を売り払ったことは否定できない。  それでも、これがグローバル・テクノロジー大手としてのノキアを救う唯一の方法であることには間違いない。私たちは今、自社の運命の主導権を取り戻すことができた。私たちには未来があるのだ。  その未来がどう見えるかは、これから解決すべき課題だった。

マイクロソフトにとってはよい打ち手ではなかった。ただこれはバルマーが意思をもってやったことでもある