突然沈み多数の死者を出した海難事件の真相に迫ろうとするドキュメント。不可思議な状況に気づいたジャーナリストである著者が、様々な取材をしていくのですが、調査した委員会や理事所、政府関係者などとの一問一答が迫真で非常にエキサイティングです。誰がどこまで知っているのか、あるいは知らないのか、政府の圧力や、諸外国との外交への配慮などあるのか、などを少しづつ明らかにしています。そして明らかにならないこともあり、リアリティがすごい。すごくリアルな良質なドキュメントでした。
第 58 寿和丸の事故は覚えていないと言い続けた喜多は、取材の後半、船底に穴があいて沈んだ可能性が高いと言い切った。 「覚えていない」と言い張る喜多は、本当は第 58 寿和丸の事故をよく記憶しているのではないかと思った。理事所の所長だったとき、船底損傷を疑い、潜水調査の可能性を検討したことも忘れていないだろう、と。しかし、理事所の所長として仕切った事故調査の話をすれば、守秘義務に抵触しかねない。そのため、この事故を知らない体で「個人的な見解」として語ろうとしてくれているのかもしれない。
第 58 寿和丸の取材に着手した当初、私は、運輸安全委員会は何らかの真実を隠すために潜水調査を拒み、強引な報告書を作成したのではないかとの疑念を持っていた。それはある意味、買いかぶり過ぎだったのかもしれない。実際にはリソースが限られるなかで、「教訓を残す」という役割を外形的に整える仕事をこなしただけのように思えた。