20世紀の隠れた大発明を知る「コンテナ物語」

今でこそ当たり前のコンテナ輸送ですが、当然ながら港は昔から一大産業であり(NYだけで10万人以上が携わっていたという)、波止場で港の労働者が荷物の運ぶシーンからコンテナ輸送になるまでには本当に紆余曲折がありました。

海運業者、鉄道、トラック、国家、都市および港間で興味深い事件がたくさん起こっており、最終的に60年代後半〜70年代にかけて劇的に切り替って、それぞれの勢力図が塗り替わっていく様が丁寧に描かれています。

日本のエレクトロニクス・メーカーが躍進したのもまさにコンテナのおかげでした。グローバリゼーションとは何かも考えさせられ、知的好奇心が刺激される良作です。

<抜粋>
・輸送コストが高かった頃は、港や消費者に近い立地が有利であり、そのため製造業は長年にわたりやむなくコストの高い都市周辺に工場を設置していた。だが輸送費が下がると、彼らはさっさと地方に移転する。
・パンアトランティック海運のような内航海運会社は規制でがんじがらめの状況に置かれ、起業家精神を発揮する余地などすこしもない。また、アメリカ船籍の外航船を運航するウォーターマンのような船会社は、海運同盟すなわち運賃カルテルへの加盟を認められている。さらにアメリカ人船員が乗り組むアメリカ船は、軍用船やら貨物船やら政府の払い下げ船を運航する独占的な権利を持つ。おまけに政府から補助金も潤沢に出る。こんなぬくぬくとした環境で保護されているから、ウォーターマン海運はあんな立派な本社を構えていられるのだ。
ニューヨーク市にとって、港は雇用の一大供給源である。1951年、港が戦時体制から正常な状態に戻ったとき、海運業・トラック運送業・倉庫業で働く市民の数は10万人に達していた。ここには鉄道と市営フェリーの職員は含まれていない。
・だが規格戦争はこれで終わりではない。むしろこれはほんの始まりにすぎなかった。今度は、アメリカにせかされた国際標準化機構(ISO)がコンテナの規格統一に乗り出したのである。ISOには当時三七カ国が加盟していた。その頃はまだ国境を超えたコンテナ輸送はほとんど行われていなかったが、いずれそうなることは目に見えており、各国企業が大規模な投資を始める前に国際規格を決めてしまうのがISOの目標である。
これだけでも、コンテナ輸送の威力がわかる。ニューヨーク港で暑かったコンテナ貨物の量は、1965年には195万トンだった。それが翌66年の最初の10週間だけで、260万トンに急増している。この現象を目の当たりにしたアメリカの海運各社、さらにイギリスの二社、大陸欧州のコンソーシアムがどっと参入してきた。「船会社も港もコンテナ輸送に本腰を入れ、もはや後戻りできない状況になったのはこの66年である」と、あるコンサルティング会社は分析している。
・1967年〜68年の鉄道はそんな助言に耳も貸そうとしなかった。ベトナム戦争による好景気を受け、ピギーバック輸送は絶好調で3年で30%も伸びている。伝統に支えられ規制に守られてきた鉄道会社には、新しいビジネスに向かう気概が欠けていた。そして、コンテナ輸送という未開の領域がみすみすトラックにさらわれるのを見過ごしたのだった。
・シンガポールの躍進ぶりはあらゆる予想を超えていた。新ターミナル開業前の1971年の時点では、シンガポール港湾局が予想した10年後のコンテナ取扱量は19万TEUだった。しかし82年の取扱量は100万TEUを軽く超え、同港はコンテナ港として世界六位にランクされている。(中略)ついに2005年には、原油を除く一般貨物で香港を抜いて世界最大となった。いまや5000以上のグローバル企業がシンガポールをハブ港として利用する。輸送の力が貿易の流れを変えることを、シンガポールは実証したのである。
コンテナのメリットを最初に実感したのは、エレクトロニクス・メーカーだった。電子製品は壊れやすいうえ盗難にも遭いやすく、まさにコンテナにぴったりの商品である。エレクトロニクス製品の輸出は1960年代前半から伸びていたが、コンテナ化で海上運賃が下がり、在庫費用が圧縮され、保険料が安くなると、日本製品はアメリカ市場を、続いてヨーロッパ市場を制覇した。
新しい港の地理学は、従来とは異なる貿易パターンを生み出す。地中海に面した南フランスのメーカーが輸出するには、英仏海峡に面したルアーヴルを使うのがいちばん安上がりだった。(中略)日本からサンフランシスコ向けのか持ちは、ごく近くのオークランドではなくシアトルに送られた。シアトルからサンフランシスコまで鉄道輸送しても、寄港先を減らす方が安上がりだからである。
・20世紀末に起きたグローバリゼーションは、だいぶ性質がちがう。国際貿易の主役は、もはや原料でもなければ完成品でもなかった。1998年のカリフォルニアに運ばれてきたコンテナの中身をもし見ることができたら、完成品が三分の一足らずしか入っていないのに驚かされるだろう。残りはグローバル・サプライチェーンに乗って運ばれる、いわゆる「中間財」である。
・60年代を通じ、コンテナリゼーションの降盛を予測する論文は次々に書かれているが、どれも輸出入の流れは基本的には変わらないと見込んでおり、貨物は徐々にコンテナに切り替わるとみている。コンテナ輸送が世界経済を再編し貿易を一気に拡大するという予想があっても、まじめには受け取られなかった。