政治家の決断の様子を知る「総理」

元TBS記者山口敬之氏が退職後に、安倍総理の周りの話を赤裸々に語っています。とにかくものすごい食い込み方で、全然知られていない一国の総理の決断の様子や他の政治家や官僚とのコミュニケーションがどのように行われているかがよく分かって非常におもしろかったです。記者の範疇を超えているのではないかと思わなくもないですが(それも原因のひとつとなり異動・退職している模様)、非常に価値がありかつ勉強になる作品であるのは間違いないです。

<抜粋>
本書を執筆する第一の目的は、私が至近距離で目撃してきた安倍晋三と安倍政権のキーマン達の発言と行動を詳らかにし、読者に「宰相とはどんな仕事か」「安倍晋三とはどんな人物か」「安倍政権はどのように運営されているのか」を広く知っていただくことにある。それが、「宰相にはどのような人物がふさわしいのか」「ポスト安倍に誰を選ぶべきか」を考える一助になればと思う。
・麻生は平素、同僚や後輩の政治家に敬語は使わず、親しみを込めて砕けたべらんめぇ口調で話す。しかし安倍が総理・総裁になった瞬間、麻生は安倍にきちんとした敬語を使うようになった。首相という孤独な仕事に携わる安倍への、麻生流の敬意の表現だった。
・「太郎、日本の歴史には小村寿太郎という人と、松岡洋右という人がいる。日露戦争後ポーツマス条約を締結して帰国した小村寿太郎に対しては、(戦勝国として十分な賠償を得られなかったとして)民衆から怒号が浴びせられ石が投げつけられた。一方、国際連盟を脱退して帰国した松岡洋右に対して当時のマスコミは『わが代表、堂々と退場す』と称揚し、帰国時には英雄として扱われたんだ」
・爾来葛西、与謝野、安倍の3人は、年に1~2回、政策課題を一つ選んで3人で合宿を行うようになった。テーマは憲法、財政、外交と多岐に及んだが、どのテーマにおいても、「誇り高き日本」をつくり上げていくことが議論の中心に据えられた。永田町では「勉強会」と名のつく会合は数知れないが、政策を徹底的に勉強し、とことん議論するために合宿までする真の勉強会を、私はほかに知らない。このストイックな勉強会が、若き安倍晋三の国家像や世界観を磨き、政治家としての芯を太くしたと言う関係者は少なくない。
最悪の形で総理を辞任した安倍は、正に政治家として地獄に堕ちた。安倍が経験したのは二つの地獄である。一つは、「総理の座を投げ出した敗残者」としての外部からの酷評。そしてもう一つは、「自信の喪失」という内面の崩壊である。
・「お前、石川の取材したことあるか? しっかりした考えを持った、爽やかな若者だよ。奴もいろいろあって大変だろう。俺は石川の人格攻撃をする気にはなれないんだよ」  落選の危機に瀕した選挙で、熾烈な攻撃を仕掛けてくる相手候補を褒める中川という人物に、私は半ば驚き、半ば呆れた。
なかでも、現在の安倍政権を支える大黒柱といえば菅義偉官房長官。これに異論を唱える人はいないだろう。安倍の菅への信頼は絶対的だ。安倍は政権が取り組む重要な案件のほとんどに菅を関与させ、具体的かつ強大な権限を与えている。そして与えられた権限をフル活用して菅が取り組んでいるのが官邸主導の政策立案であり、その骨格をなすのが霞が関をコントロールするための「人事術」である。菅は慣例にとらわれず、時に予想もつかない人事を断行することで官僚達をグリップしている。
・案の定、麻生と菅が面会した直後、当時の香川俊介財務事務次官が天下りの人事案を麻生のもとに持ってきた。麻生から連絡を受けた菅がこれを突っぱね、生え抜きの柳正憲を社長に据える人事案を財務省に提示した。これに対して財務省側は「大変恐縮ですが、柳さんでは能力的に務まりません」と言ってのけたという。しかし麻生と連携した菅は予定通り柳を社長に据えた。以来、柳氏率いる政投銀は、金融危機発生時の中小企業の資金繰りを支援するスキームを構築して地方創生を下支えするなど、安倍政権の様々な経済政策に関して積極的な役割を果たしている。
メディアはえてして、政権内部の人間関係が円満な時には「なれ合い」と批判し、意見の食い違いが見られる時は「不協和音」「閣内不一致」と攻撃する。果断な決断をした際には「独裁者」、協調を優先すれば「優柔不断」、党や役所の自主性を尊重した場合は「丸投げ」と攻撃する。要するに、為政者が「何を」「どう」やろうとも、メディア側はそれを批判する形容詞を用意しているのである。
・財務省は平素から、主要紙の経済部記者や経済評論家と頻繁に接触し、意見交換と称して情報提供を行っている。記者サイドは財務省のラインに沿った記事を書くことで、情報を一手に握る財務省幹部の「覚え」がめでたくなりその後の仕事がやりやすくなる。こうして財務省の立場を補強する言論が巷に出回りやすくなっているのである。財務省にとって経済系メディアのコントロールは、世論を誘導する重要なツールである。
しかし、安倍は即座に答えた。 「いや、やはり今は、俺はまだ麻生さんと直接会わない方がいい。中身の話をするのは、数字が出てからだ。麻生さんの現段階での考えを聞いてきてよ」  意見が食い違っているからこそ一回の直接会談ですべてを決めたい。安倍の勝負勘であり、麻生に対するマナーでもあった。  私は腹を括ってこう言った。 「わかりました。ただ、噓をつくのは嫌なので、今まで安倍さんと一緒だったことは、麻生さんに伝えますよ」 「そうそう、それでいいんだよ。麻生さんは、俺に伝わるつもりで山ちゃんにしゃべるよ」
・・オバマ大統領が他国の首脳と個人的な信頼関係を築くケースは極めて稀である。 ・史上最悪といわれる米ロ関係は、首脳会談を行うたびに互いの不信感がつのり、もはや修復は難しい。 ・イスラエルのネタニヤフ首相、「Special Allies(特別な関係)」と表現されるイギリスのキャメロン首相など、同盟関係を維持してきた国々の首脳との関係も、ギクシャクしている。  さらに興味深いのがオバマの学生時代のエピソードだ。当時交際していた女性から「I love you」と言われた時、オバマはしばらく沈黙した後、「Thank you」と答えたという。オバマの性格分析をしたアメリカのプロファイラーは二つの点に注目した。
・日本国民はここ10年余り、耳触りのいい政策をぶち上げる政治家に裏切られ続けた。反原発、反安保だけではない。「ガソリン値下げ隊」「最低でも県外」「消費税増税反対」。2009年の政権交代前夜から、民主党政権時代に受けた国民の落胆は、耳触りのいい政策そのものへの懐疑心へと変質した。日本の有権者は、たび重なる失望から学習したのだ。少なくとも、有権者はここ数年で、政治家がぶち上げる政策の中身もさることながら、その政策への思いや本気度など、政治家の信念の有無を値踏みするようになったといえる。そして国民の静かな、しかし重要な意識変化によって、永田町の力学も大きく変わりつつあるのだ。
・東京大学名誉教授で政治学者の北岡伸一は、2015年11月に訪米した際、昨今の国民意識の変化について、次のように語っていた。 「安倍は自らの祖父・岸信介以来滅多に見られなくなった『媚びない政治』を再興しようとしているのではないか。これは安倍独りの力で達成されるものではない。これまで裏切りを続けてきた、『媚びる政治家』への国民の本質的な嫌悪が安倍への静かな追い風となっていることは間違いない」
・貯金の使い方には人生観が映される。宰相も同じである。そして世界情勢は経済・安全保障の両面において不透明さを増している。だからこそ平成の日本のリーダーは、阿ることなく自身の信じる具体的な国家像を示すことが求められている。日本をどういう国にしたいのか、そのために何を是正し何を強化するのか。近隣諸国とどう付き合うのか。明確な国家像があって初めて、貯金の使い道が決まってくる。たとえ不人気法案であっても、全体の国家像のなかで辻褄が合えば、国民の納得を得やすくなる。