「ザ・会社改造」ミスミのケース

ミスミを創業社長から受け継いで、サブタイトルの通り340人からグローバルで1万人の企業に成長させた三枝氏が描くその軌跡。三枝氏がプロ経営者としてどのように会社を成長させていったかを、社外取締役時代に社長就任を打診されて戦略を練るところから始まって、様々な改革を相当具体的に書いているだけでなく、なぜそのような決断をしたのかなどを経営理論から説明もしており、全体として経営指南書になっているという極めて勉強になる一冊です。経営者は必読だと思いますが、すべてのひとにおすすめできます。

以下、抜粋コメントです。

何か異常を感じたとしても、それが本当に問題なのか、ただの思い過ごしなのかは咄嗟にはわからない。そういうときは、閉まった窓をもう一度開けてもらう。そして、しっかりなかを覗く。  それで何かを感知したら、現場に足を踏み入れる。ハンズオンで現物に触れる。問題の本質が何かを確かめる。周囲の部外者にも意見を聞く。問題がないとわかったら、サッと引き上げる。タッチ・アンド・ゴーで元に戻るのだ。優れた経営者の仕事は毎日、その動作の繰り返しである。

有能なリーダーは何か異常を見たとき、「どうもこれは本来の姿ではないな」と思い、頭のなかで警報が鳴る。そう思わない人は、異常だと思わず通り過ぎてしまう。

この経営スタイルはまさに今僕が目指しているものでした。うまくできることもあればそうでないときもありますが(どっちか分からないこともある)、しかし会社が拡大するにつれすべては見れないわけで自然にこのスタイルに落ち着くのだということが分かってある意味ホッとしました。

優れたリーダーはここまでの作業を要領よく行い、その結果、誰よりも先に次のセリフを言う。 「この問題って、要するに、こういうことじゃないの?」  このセリフを言う人は、リーダーシップを発揮している。リードとは「人より先を行く」という意味である。その人の説明は、重要な《因果律》だけを取り出しているので、「混沌」はかなり単純化されて「シンプル」になっている。それが核心を突いていれば、モヤモヤしていた霧が晴れて、皆が「なるほど、確かにそのとおりだ」と受け止める。  名探偵ポアロと同じく、優れた経営リーダーとは、この「謎解き」を正確かつ速く行う人である。毎分、毎時、毎日、毎月、毎年、これをきちんとやっている人が強いリーダーである。

組織内にそれをできる人がおらず、「混沌」のまま時間だけが過ぎ、皆が追い込まれて何となくやらなければならないことが見えてきてから「じゃあ、そうしよう」と言い出すなら、その人は後追いの「決定」をしているだけにすぎない。これでは、たとえ管理職であっても、リーダーの仕事をしているとはいえない。それに対し、優れたリーダーは、皆の機先を制して解決の方向を示す。まだ見えていないことが多い段階で「決定」というより「決断」を下すのである。

まさに状況をシンプルにする、誰も見えてないうちからイシューを提起して未然解決するのが美しい仕事であるということだと思います。特に難しいことはうまくいかないものです。

経営者の謎解き 26 乱暴な人事 乱暴な人事とは、潜在力と上昇志向が十分だと思われる社員に、現在の能力を超える挑戦の機会を与えることだ。本人のストレッチ限界に見合った《身の丈に合ったジャンプ》なら成功確率は高いが、ストレッチ限界を見誤って《身の丈に合わないジャンプ》をさせると破綻リスクが高まる。乱暴な人事は、経営者人材を最短距離で育てるために不可欠な手法だが、それには社内の嫉妬を伴う。乱暴な人事が成功するかどうかは、任命者がその人をどれほど我慢強く守れるかに依存する。

僕自身は結構意識的にやっているつもりなのですが、これからも乱暴な人事をやり続けられるか=僕以外のひとも乱暴な人事をできるか、がキーになってくるかなと思っています。

経営者の謎解き 27 ポジション矮小化 早期の抜擢や「乱暴な人事」を行うと、責任が上がったのに、下位ポジションの思考や行動をそのまま持ち込む者が多い。これを上位ポジションの「矮小化」と呼び、それはその組織の劣化を意味する。日本企業のサラリーマン化は、この現象の積み重ねによって進行した

いったん《ポジション矮小化》にはまってしまうと、上からきつい指導を受け続けない限り、そこから抜け出るのは容易なことではない。なぜなら、本人も周囲もその矮小化されたスタイルが当たり前だと思い込んでしまうからだ。

これは大企業のみではなくスタートアップでもありえる。ステージが変わったのに自分の仕事範囲を限定して考えてしまうケースで、本当にきちんと指摘しないと本人はまったく気づかない。これはこれによる損失が見えづらいのが問題で、本当はもっと成長できるケースは多いと思います。もちろんメルカリも逃してきた機会は非常に多いはず。。

会社のなかで昇進が早い人は、いまの自分の部署で「自分がここにいなくても大丈夫」という状態を早く作り出す。自分の後継者を早く育てたり、部署外から獲得したりする。逆に「自分がいないとこの部署は回らない」「自分はここで不可欠な存在」と思っている人の昇進は遅れる。なぜなら、「あの人をいま動かすと困る」と周囲が思うからだ。

これはまさにそうで、自分の代わりを見つけられないひとは多い。そして上記のポジション矮小化とリンクしていることが多い。今の仕事を他のひとができるようにできれば自分はもっと広義の仕事に移れるのに。

危機感を持ち、クールに問題に切り込もうとするトップは、現場から怖がられることはあっても、好かれることはほとんどない。それがトップの宿命だ。事業再生が必要な企業で「トップは人気者だが、他の役員やスタッフが社員から批判されている」という構図を見たことがあるが、それは病気の症状だ。

トップが自ら《ハンズオン》(現場主義)の経営スタイルをとらない限り、会社を改革したり、組織の危機感を高めたりすることはできない。トップが温かい人気者であり続けることなどないのである。本書各章の追い込まれた場面からも、読者はそうしたパターンが共通して起きていることを読み取れるだろう。

仲良しクラブになって結果が出ないことは結局全員が不幸になります。だから嫌がられても必要なことをやるしかない。もちろん間違うこともあってその場合は最悪なことになります。でも、そこから学んで自分で必死に考えて決断し結果を出していくしかない。

正直に書くと、「経営者人材の育成」という自分のカンバンに多少の迷いを感じることもあった。「いまは能力不足でも、育てるために面倒を見る」というやり方をやめ、人材の良し悪しの判断を早めて、こいつはダメだと思えばサッと入れ替えるようなやり方をとったほうが、この苦しさから抜け出る早道かもしれないと何度か思った。

これは健全な感情だと思います(が、言えるのはすごい)。しかしミスミが三枝氏退任後も順調に成長し続けていることを考え、かつ後継者育成が経営者としてのもっとも重要かつ困難な仕事であることを考えるならば逆に言えばこれ以外の方法はないのではないかとも思います。