マネーロンダリング入門/橘玲

実際に起きた事件をもとにマネーロンダリングの実態を明らかにするドキュメント。こういった実態についてはニュースだと情報が細切れすぎて分かりませんが、こうやって背景含めてじっくりと書いてあると非常に分かりやすいです。取り上げられているのは、カシオ詐欺事件、山口組の割引債を使ったマネーロンダリング、酒販組合の年金詐欺巨額損失事件、ライブドア事件、北朝鮮の資金凍結、中東のBCCIなどなど。ほとんどがよく知らない事件だったので、大変興味深かったです。こういった事象は特に知らなくても問題はないですが、現代がどういう時代なのかを知っておくというのは個人的には重視したいポイントです。扱われているのは多くが犯罪であり被害者もいて不謹慎だとは思いますが、非常に興味深くおもしろかったです。

<抜粋>
・プライベートバンクは本来、「個人のための」銀行ではなく「個人所有の」銀行のことである。スイス・ジュネーブのプライベートバンカーズ協会に加入するピクテやロンバート・オーディエ・ダリエ・ヘンチなどの名門銀行はほとんどが18世紀に創設され、王侯貴族などヨーロッパの富裕層の財産管理を営々と行ってきた。こうした伝統的プライベートバンクの特徴は、オーナー一族が自らの財産で設立し、無限責任によって運営されていることだ。経営に失敗すればオーナー自身が破産するというこの仕組みが、資産の保全を望む顧客の信用の源泉になっている。(中略)スイス系大手銀行のほか、シティバンクやメリルリンチ(アメリカ系)、HSBC(イギリス系)、ドイチェバンク(ドイツ系)なども富裕層の開拓に力を入れているが、これらはあくまでも商業銀行・投資銀行(証券会社)の一部門が提供する“プライベートバンクふうの”サービスである。それがいつのまにか本来の定義を離れ、富裕層向け営業部門の総称として“プライベートバンク”と呼ばれるようになったのである。
・アメリカはドルを支配しているが、コルレス制度を使って管理できるのは自国の通貨だけである。「テロとのたたかい」によって犯罪者やテロリストの資金をドルから切り離せば、莫大な額のマネーがユーロなど他の通貨に流れ、やがては新たな世界通貨が誕生するだろう。“対テロ戦争”の勝利は、必然的に、ドルの崩壊という大きな代償をもたらすのである。だが、アメリカはこの綱渡りのような戦略をつづけるほかはない。
・73年10月、第四次中東戦争が勃発し、石油価格が4倍に跳ね上がると、巨額のオイルマネーが「コーランの教えに則った銀行」に流れ込んでくるようになった。建設ラッシュに沸く湾岸諸国には300万人を超えるパキスタン人が出稼ぎで働いており、BCCIは彼らの故国への送金もほぼ独占的に扱っていた。その結果BCCIは、70年代末には資産総額30億ドル、32カ国に146の支店を構えるまでに成長し、とくにパキスタンからの移民の多いイギリスでは46の支店を持つ最大の外資系銀行となった。
・アメリカのレーガン政権はソビエトを「悪の帝国」と名指しし、アフガニスタンのイスラム勢力を支援していたが、それを表に出すことはできなかった。そこでCIAは、BCCIは隠れみのとして武器の提供を行なった。アフガンゲリラは阿片の原料となるケシを栽培し、その資金で武器を購入していたが、ホワイトハウスはアメリカやヨーロッパにその麻薬が持ち込まれることすらも黙認していたのである。このとき、CIAの指導によってソビエト軍とたたかったムジャヒディンの一人が、若き日のオサマ・ビンラディンである。