スーパーグローバル企業の実態「石油の帝国」

今やアップルに抜かれてしまったが、それまで全世界で時価総額一位であったエクソンモービルの実態を詳細な取材から明らかにした力作。

イメージとしては、アメリカ政府とエクソンモービルのような石油系ジャイアント企業は一心同体のように思っていましたが、実際はかなり違っています。エクソンモービルは各国、特にアメリカとは仲の良くない中東国家やアフリカの独裁国家などとうまくやった行かなければならないし、実際のところ売上の半分以上は海外ということもあり、全然一枚岩ではないようです。

エクソンモービルの幹部たちは、石油国有化の波が来ては去っていくのを何十年も見てきた。そして長い目で見れば、ほとんどの政府は民間企業とパートナーシップを組むことが自国の利益となる、ということを理解する、という理屈だった。

法律もコロコロと変えるような独裁国家でいかにうまく企業を経営するかは本当にノウハウであって、非常に学ぶべきものが多いと思いました。結局のところ、そういった国家であっても石油を組み上げるだけの技術はなくエクソンモービルと組むのがもっともよいことだと長い期間をかけて理解してもらうのが重要なようです。時にはイラクのように接収されても、またチャンスはある、といった感じです。

リー・レイモンドが述べた、エクソンモービルを満足させるためにはロシアは何をしなければならないか、についての言葉はプーチンの神経を逆なでしていた。「後に受けた報告によれば、プーチンはレイモンドのことを、全く傲慢で攻撃的すぎる人物と受け取った」、とミザモアは述べている。「そしてプーチンはレイモンドに完全に興ざめした。アメリカ実業界の大物が来て、傲慢にも一国の大統領に物事を指図するとは……プーチンはただ彼に完全に興ざめした。それが我々の受けた報告だった」。

途中このようにロシアとすら譲らないで交渉するシーンも登場します。

アメリカが1日に消費するおよそ2000万バレルの石油のうち4分の3は輸送用燃料だった。その残りはプラスティック製造などの産業用途に向けられていた。発電にはほとんど使われていなかった。石炭、天然ガス、水力、原子力が発電用の主要エネルギー源だった。

アメリカではクルマがないと何もできないわけですが、3/4もが輸送用燃料に使われているとは知りませんでした。環境面からも内燃機関の効率の悪さ(発電所に比べて)を考えると、電気自動車が重要になると共に、ライドシェアリングなど社会構造も変化していくのだろうなぁと思いました。

いずれにしてもスーパーグローバル企業の実態が知れる素晴らしい力作です。

<抜粋>
・エクソンモービルのアチェにおけるガス生産事業は、いまやインドネシアにおけるアメリカ外交・情報上の優先課題と位置付けられていた。
あらゆる前線において、彼らは大使館から一定の距離を置くことを好み、現地政府関係者との会議に大使館上級スタッフの同席を求める必要を感じたことがない、という印象を受ける
・エクソンモービル以外の多くの会社においては、契約を分割したり、会計処理のグレーゾーンを残したりすることを許容し、四半期業績報告のばらつきをなくし、投資家には安定した姿が見えるようにしていたが、レイモンド下のエクソンモービルにおいては、そのような会計数値の操作は解雇に値する行為だった。レイモンドはさらに、わずかな経費のごまかしであっても解雇の対象にした。
・カタールは、サウジアラビアからペルシャ湾に突き出た半島にあり、地図上では小さなトウヒの木のような形をしている。特徴がなく、荒れて砂だらけの土地で、湿気が多く、オアシスも自然の緑もなかった。20世紀の変わり目のころ、カタールの人々は、貧しい漁民、真珠採り、そしてベドウィンの牧夫だけで、人口はおそらく5000人から1万人程度だった。
・BPの太陽エネルギー事業投資は、石油・ガス事業に比べれば取るに足りないレベルだった。ある元幹部によれば、この投資は社内では、ビジネスとしてよりもマーケティングの立場から認められたものだった。BPソーラーは、通常のイメージ広告投資がなし得るよりもはるかにプラスの社会的評価向上効果をもたらした。
・中国は安全な海洋航行の便益を享受でき、アメリカの納税者にその負担を押し付けることができる。しかし、それがなぜ将来の興隆を目指す中国にアピールしないのか、は明白であった。「状況が逆だったら我々ならどう思うか、を考えてみればいい」。
・チェイニーを信頼し、頻繁に会っていた。そして彼は、元石油業界幹部でブッシュ政権2期目のエネルギー省長官のサミュエル・ボドマンを非常に尊敬していた。しかしながら、レイモンドはブッシュ政権との関係を深める中で、意識的にブッシュ政権によるサダム・フセイン後のイラク再生の試みからは一定の距離を置いた。世界で最も未開発の石油とガスの多い国での国家建設失敗という汚点によって、自社の評判に傷をつけたくなかった。イラクにおけるアメリカの新帝国主義的野心は破綻するだろう。しかし、エクソンモービルという企業帝国はその独自の利益を追求し続け、またそれは焦ってはならなかった。
アメリカの大衆の一部と同じく、プーチンの閣僚の一部もブッシュのホワイトハウスが、アメリカの巨大多国籍石油会社の意思決定を行っている、あるいはその逆、と信じているようだった。
・1995年ごろ、レイモンドは、同社買収の可能性について話し合うため、ロスネフチ幹部と会談した。幹部たちは、「喜んで」と言い、買収してくれるよう懇願した。しかしレイモンドはこれを断った。ロスネフチの幹部でさえ、法的に何を所有しているのか確実に把握していなかったからだ。
・「舞台裏で起こっていることは誰にも見えないが、プーチンはクレムリンを元KGBや元ロシア軍人で一杯にしている。これは非常に、非常に危険なことだ。なぜなら、プーチンは超保守派を通じて権力を掌握しようとしているからだ。いったん彼がクレムリンに権力を確立したら、最悪の事態となる」。
・リー・レイモンドが述べた、エクソンモービルを満足させるためにはロシアは何をしなければならないか、についての言葉はプーチンの神経を逆なでしていた。「後に受けた報告によれば、プーチンはレイモンドのことを、全く傲慢で攻撃的すぎる人物と受け取った」、とミザモアは述べている。「そしてプーチンはレイモンドに完全に興ざめした。アメリカ実業界の大物が来て、傲慢にも一国の大統領に物事を指図するとは……プーチンはただ彼に完全に興ざめした。それが我々の受けた報告だった」。
・石油とガスは使われ続ける、とエクソンモービルのエコノミストやプランナーは結論付けた。化石燃料は2030年ころまで、そしてそれを越えても、グローバルな経済と安全保障の中心であり続けるであろう。レイモンドはこの予測をブッシュ政権と議会の、できるだけ多くの聞く耳を持つスタッフに聞かせるよう骨を折った。
・エクソンモービルの科学者たちはそのような技術革新が2030年以前に起きるとは信じていなかった。それまでの間は、たった一つの予測不可能な展開、いわゆる「ブラック・スワン〔事前にほとんど予想できず、起きた時の衝撃が大きい事象のこと。〕」だけが、グローバルな石油需要の上昇カーブをシフトさせる可能性を有していた。政府による、炭素課税や炭化水素燃料使用の制限などを通じた温室効果ガス排出制限の決定がそれだった。
・同社幹部はしばしば、アメリカ政府からの便宜の提供は必要ない、ホワイトハウスからの指図も受けない、グローバルな自立を選ぶ、と主張するが、現実はもう少し複雑である。同社はチェイニーとの間に直通ラインを持っており、事業上の必要次第では国務省ともアブダビとも交渉した。
・デビー側のチャド東部方面及び首都の防衛は脆弱だった。国防省が給与を払っている7万人の兵士の内、2万人の兵士だけが制服を保有し、時折仕事に現れるような有様で、実際に訓練され、武装し、戦闘ができる者はわずか4000人だった。それだけでなく、もし何万人もの幽霊軍人への給与支払いに必要な現金が尽きたなら、反乱が起きる。この脅威のために彼は巨額の資金を必要とした。
・同社の国際的な競争相手はエクソンモービルの強硬姿勢にただ乗りをしていた。シェブロン、シェル、トタール、その他の会社は、エクソンモービルが産油国政府相手に行った教育と標準契約普及の取り組みから恩恵を受けていたが、柔軟に対応する用意もあった。彼らは、エクソンモービルのように契約を至上命題とするポリシーを採用していなかったので、自分たちの都合に合えば契約の改訂には比較的容易に妥協した。
2006年以降、エクソンモービルがついに、人間の活動が地球温暖化に寄与していることを認めた後においてさえ、同社は、経済的コストが環境上の便益を上回ることを理由に、炭素利用の制限に対して抵抗した。まず保護主義者の側が最初に害を証明しなければならない。次に、提案された規制の費用と便益の方程式が成立していることを証明しなければならない。エクソンモービルは、化学物質に対する規制の提案に対し、同じロビーイング戦略を適用した。
ティラソンと経営企画グループは、何が2008年の油価高騰の原因だったのかを解明できなかった。
・排出権取引は複雑で、将来の予測が立てにくく、煩雑、かつ高コストであり、企業の長期的な投資計画を困難にさせる。これと比べると、炭素税は税額の変動予測が立てやすく、炭素削減技術への新規投資を促進すると考える」と強調した。
・世界の石油供給はその頂点に達し下降し始める、という「ピークオイル」の予測が馬鹿げた世迷い言であることは、過去の不正確な予測が示す通りだった。最低限、世界には数十年先あるいはもっと先の需要を満たすに十分な石油が残っている。また、ガスと石炭の埋蔵量はさらに豊富だ。ロシア、カタール、そしてイランの天然ガス田は数十年もつはずであり、アメリカも、もし非在来型天然ガスの埋蔵量が期待通りならば、国内供給によって自国のガス需要を満たせる見込みである。
・2011年、経済面での苦痛が広がった時代において、ガソリン支出は家計の10パーセントにも達した。今、政策の硬直化が起きているガソリン価格を形成するシステムを変えることは、最も苦しんでいる中間層に新たな重い負担を押し付けることに他ならなかった。

マネーの歴史を知る「21世紀の貨幣論」

物々交換社会は実は存在しなかった、『オデュッセイア』にはお金が出てこない、など衝撃的な話から繰り広げられるマネーの歴史で、非常にダイナミックでおもしろいです。タイトルは「21世紀の貨幣論」となっていますが、マネー史とした方がしっくりきます。

今となっては社会的な常識となっているお金が、昔から今のような信任を集めていたわけではなく、君主、民衆、商人、国家、銀行などの進化の過程でどのように成立してきたかが、見事に描かれています。

お金とは何かを知るにはその歴史を知る必要がある、という意味において、必読な作品だと思います。

<抜粋>
・取引は盛んに行われるが、取引から生まれる債務は取引の相手との間で相殺されるのがふつうだった。相殺後に残った分は繰り越されて、次の交換に使うことができた。未払い分を精算しなければならないようなときでも、フェイそのものが交換されることはめったになかった。
・(注:ジョージ・ドルトン)「われわれが信頼できる情報を持っている過去の、あるいは現在の経済制度で、貨幣を使わない市場交換という厳密な意味での物々交換が、量的に重要な方法であったり、最も有力な方法であったりしたことは一度もない」
通貨そのものはマネーではない。信用取引をして、通貨による決済をするシステムこそが、マネーなのだ。
・『オデュッセイア』では、暗黒時代の社会の驚くほど多彩な光景が次々に繰り広げられるのだが、あることが目を引く、マネーが出てこないのだ。
・国がペソを使うことを義務づけていない領域で、代替貨幣が自然発生的に生まれたのである。州や市はもちろん、スーパーマーケットチェーンまでが独自の借用書を発行し始めた。借用書はまたたく間に通過として流通するようになった。ペソを支えるために流動性供給を絞ろうとする政府の対応に、国民は公然と反旗を翻した。
・中世の君主には、みずから治める領地からの収入以外に歳入を増やす方法はほとんどなかった。封建領土に直接税や間接税を課すことは実際問題として不可能だったため、貨幣鋳造益はこのうえなく魅力的で、このうえなく確実な収入源だった。
たとえば1299年には、フランス国王の総収入は200万ポンド弱あった。このうち優に半分を、悪鋳と改鋳による造幣局の鋳造益が占めている。
・オレームはまったくちがう貨幣感を示した。マネーは君主の所有物ではなく、マネーを使用する共同体全体の所有物としたのである。
銀行の屋台骨を支えているのは、資金を融通し、決済する能力のほうだ。銀行はマネーシステムの中で銀行にしかできない役割を果たしているから、特別な存在なのである。
銀行業務の真髄は、銀行の資産と負債から発生する資金の支払いと受け取りを全体として一致させることにほかならない。銀行の資産と負債とは、もちろん、すべての借り手と債権者のすべての負債と資産である。これこそが、中世時代の大国際商会が再発見していた技術だった。
・今度はマネー権力が君主に圧力をかける側に回った。マネー権力者の利益に沿ってソブリンマネーが管理されなければ、ソブリンマネーを放棄すると威嚇したのである。形勢は完全に逆転した。
・(モンテスキュー)為替相場が確立されたため、君公が貨幣を突然、大きく操作すること、少なくともそうした強権の発動を成功させることはできなくなった。
・キャッシュは国に対する信用の表象として揺るぎない地位を保っているが、流通しているマネーの圧倒的多数は、民間企業の口座にある預金だ。1694年に政治の妥協が成立して、ソブリンマネーとプライベートマネーが統合されたことが、いまも現代のマネー世界を支える基礎になっている。
理想の国家であるスパルタに、このイノベーションは必要ない。スパルタは自国の伝統的な社会構造は完璧だとして、貨幣を使用しなかった。
・(ロー)「貨幣の価値に対して財貨が好感されるのではなく、その価値によって財貨が交換されるのである」
5月には500ルーブルだったインド会社の株価は、12月には1万ルーブルを突破した。株価が上がるほど、公的債務が新株に置き換えられていった。この取引が完了すると、ローはついに、政府債務と政府株式の交換という、空前絶後の偉業を成し遂げることになった。
・おそらく、オーバレント・ガーニー商会の提供担保に対して貸し付けた債権者のうち、その担保に頼らざるを得なくなることを予想した人や、その担保に本当に注意を払った人は、1000人に1人もいなかっただろう。
・「なぜだれも危機が来ることをわからなかったのでしょうか」という女王の質問に対する答えは単純明快である。マクロ経済を理解するための大きな枠組みに、マネーが組み込まれていなかったからだ。
・9月15日月曜日、国が信用支援を拒否し、リーマン・ブラザーズは破産申請する。それをきっかけに始まったパニックの大きさを見ても、リーマンは救済されるとだれもが固く信じていたことがうかがわれる。
・ソロモン王は聖書でこう戒める。「かならずしも速い者が競争に勝つのではなく、強い者が戦いに勝つのでもない。また、賢い者がパンを得るのでもなく、さとき者が富を得るのでもない。また、知識ある者が恵みを得るものでもない」(中略)「しかし、時と機会はだれにでも与えられている」
シラーは何年も前から、市払いがGDPに連動する国債を発行することを提唱している。経済成長の不確実性がもたらす財政リスクを、国と投資家が共有するようにするのである。