世界史のなかの満洲帝国/宮脇淳子

満洲というと、戦前に日本が事実上植民地化していた中国の一部ですが、本書では満洲という土地の成り立ちから始まって、どのような社会情勢の中で、どのように満洲帝国が成立し、そしてどのように中国に還っていったのかをまとめています。

かなりの部分をその前の時代の中国や韓国、日本の情勢に割いています。著者の言うように、僕も中国にも確固たる国家が存在している上で徐々に土地を奪って行ったという印象を漠然と持っていましたが、その時代の詳細を読むと、中国大陸自体が相当に混乱しており、内乱で政権が頻繁に交代しており、各地に軍閥が存在し、かつソ連や欧米各国の思惑が複雑に絡み合っていたということが非常によく分かります。

だからといって、日本が行ったことがよいことだとはまったく言えませんが、世界のどこの国も帝国主義的に植民地化を進めていた時代だという背景はよく理解しておく必要があると思いました。

新書ですが、非常にクオリティの高い作品だと思います。著者によればこのように満洲を中心として、歴史を描いた書籍はほとんどないらしく、非常に貴重な内容になっていると思います。

<抜粋>
・洛陽盆地に黄河文明が発生したのは、この一帯でだけ黄河を渡ることができた、という理由からである。黄河の北側は、東北アジア、北アジア、中央アジアへ通じる陸上交通路が集まり、南側は、東シナ海、インド洋への水上交通路が、ここからはじまった。
・表意文字である漢字は、違う言語を話していた人びとの交易のための共通語として発展した。漢文の古典には、文法上の名詞や動詞の区別はなく、接頭辞もなく、時称もない。どんな順序で並べてもいい。発言は二の次で、目でみて理解するための通信手段である。これはマーケット・ランゲージの特徴である。
・中国における官僚も市場の役員の性格を保存していて、その地位を利用して口利き料を取るのは当然の権利とされていた。賄賂も、あまり程度がひどくないかぎり合法である。直接に税金徴収の責任を負う地方官は原則として無給で、一定の責任額を中央に送金したあとの残りは合法的に自由にできる。公金も私金もふやすことができるのが有能な地方官であった。中国文明のこのような性格は、多くの日本人が渡った二十世紀はじめの満洲や中国にも生き残っていたし、共産主義を放棄した現代中国ではふたたび表面化している。
・日本列島の状況も似たようなもので、倭人の聚落と、秦人、漢人、高句麗人、百済人、新羅人、加羅人など、雑多な系統の移民の聚落が散在する地帯であった。古い倭人の聚落はいずれも山の中腹か丘の上にあり、焼畑農耕の村だったが、渡来人たちが平野部を開拓して食料の生産が増加し、都市の成長うながした。 当時の日本列島に倭国という国家があって、それを治めるものが倭王だったわけではなく、倭王が先にあって、その支配下にある土地と人民を倭国といったのである。
・国民国家では、国民の範囲を確定するために「国境」が引かれて「国土」が囲い込まれ、国民は「国語」と「国史」を共有することが強制される。 明治維新当時の日本は、江戸時代の鎖国政策のおかげで海外に日本人はほとんどおらず、北海道以外は国境線の内側すべてが日本人であるという、国民国家の条件にまことによくあてはまっていた。開国した日本は、無条件でこの新しいイデオロギーを取り入れることができたのである。しかし、中国大陸はそういうわけにはいかなかった。
・1915年、次項で述べる二十一ヶ条要求を日本から強いられた袁世凱は、7月、これをいちおう解決すると、11月、帝政を復活し、みずから皇帝になることを宣言した。しかし、日英露仏は袁世凱に帝政延期を勧告し、国内においても、袁世凱子飼いの段祺惴と 馬(注:にすいに馬)国璋さえも賛成せず、副総統黎元洪は辞意を表明した。雲南から反袁世凱の第三革命の火蓋が切られ、部下の広西将軍陸永廷も独立したため、さすがの袁世凱もやむをえず3月に帝政を取り消し、民国の称号に復した。在位八十三日であった。
・1945年8月に日本が大東亜戦争(太平洋戦争)に敗れたとき、満洲帝国には155万人の日本人がいた。壮年男子を徴兵されたあとの22万人の開拓移民のうち一万人以上がソ連の侵攻で殺され、シベリアに抑留された60万人のうち6万人が命を失った。それ以外にも、引き揚げまでの収容所生活で、13万人が伝染病や栄養失調などで亡くなった。そして、生き残った日本人はほとんど全員内地、つまりいまの日本国に引き揚げたのである。
・そもそも関東軍の任務は満洲の防衛であったが、1934年以降は、ソ連領内に侵攻作戦をおこなうように変更された。関東軍の兵力は、1931年当時は二個師団6万人にすぎなかったが、1941年には70万人になっていた。国内における反満抗日軍は、当初は30万人にものぼり関東軍を悩ませたが、1935年ごろにはやや平静に帰した。