媚びない人生/ジョン・キム

慶応大学准教授キム先生の新作。若いひとに向けてのメッセージになっているのですが、本当に若いひとが大好きなんだろうなぁという愛に満ち溢れていて素晴らしかったです。

そして、メッセージのひとつひとつが非常に深い。もしかしたら若いひとが読んでも「どういうことだろう、これは」と思うところも多いかもしれません。苦しくて、不安を覚えて、もがいているときに、即効性がある対処方法を教えているわけではないから。

でも、僕も同じくもがき苦しんだ一人として、この本に書いてあることは本当だと断言できます。悩みぬいて、自分なりの哲学にたどり着き、懸命に努力した後に、成果と、さらに高みに挑戦していこうという強い動機まで得られます。

だから、少しでもこういった哲学があるということを頭の片隅で覚えておけば、必ずどこかで力になってくれると思います。そして、僕もこの本を読んで覚醒した若いひとに負けないように、改めて夢を目指して行こうと思いました。

本書は献本いただきましたが、掛け値なしに素晴らしい本だと思いますので、若いひとだけでなく、より多くの方に推薦したいです。

<抜粋コメント>
印象的な文章が多かったので、抜粋コメントもつけておきます。

むしろ、漠然とした不安があるからこそ、もっと信頼できる自分を作ろう、プライドを高められる根拠を作ろう、という動機付けにもなる。若い時代の漠然とした不安というのは、ネガティブな証拠なのではなく、ポジティブな証拠なのである。むしろ、漠然とした不安を持っていたほうがいいのだ。

僕もものすごく漠然とした不安に苛まれました。哲学的な折り合いをつけて行動できるようになったものの、不安が消えることなどないし、それをなんとかしようと日々もがいています。

自分は頑張っている、と示しておきたい。そんな気持ちもあるのかもしれないが、結果が出る前に過程を見せようとする人が少なからずいる。しかし、これは自分の経験でもそうだが、絶対にうまくいかない。成果が出る前に過程を見せた瞬間、自分の内なる力が削がれてしまうのである。 ところがどういうわけだか、若い頃はがんばっていることを見せることが強さだと思えてしまう。しかし、本物の実績を積んだ人たちは、そんなことはしないのだ。だから、自分の努力の過程を見せびらかせようとする人を評価もしない。もちろん過程は大事だが、社会に出たら問われるのは結果。その意識が必要である。

が、その姿を見せることに価値は感じません。僕も「自分の内なる力が削がれてしまう」のを恐れています。だから、黙々と自分の道を進む方を好みます。

もし負けたのであれば、自分の頑張りを訴えたところで仕方がない。その結果と向き合うことである。 なぜ自分は負けたのか。何が未熟だったのか。何が足りなかったのか。そこでも言い訳を一切排除する。外的要因も排除する。あくまで原因を自分の中で探す。そして、どうすれば、その原因を解決できるか必死で考えるのだ。

周りを見わたしても、負けたのに自分と向き合えないひとは想像以上に多いように思います。そこで徹底的に向き合えるひとと向き合えないひとでその後の成功度合いが大幅に変わってきているのを実感しています。むしろそこで向き合わない場合はそれ以上の成長と成功はありえません。最後には負けたこと、負け続けていることにさえ気づかなくなってしまいます。僕もいつでも向き合えるひとでありたいと思います。

「人間は確実に死ぬ。死んだ後に、君はどんなふうに人々に記憶されたい? 君の生きた証というものについて、君はどんなふうに今、語れるだろうか?」(中略)多くの学生が、この質問に対して言葉に詰まり、やがて大粒の涙をこぼし始めた。 なぜか。みんな一生懸命に生きているのだ。必死で目の前の物事と格闘しているのだ。しかし、思うような結果が出せない。自分がほしい何かが手に入らない。だから、不安にばかりさいなまれる。

本当にこういう時期というのはつらい。僕は小さい成功を積み重ねることが重要だと思います。そしてそれを心の糧にしながら、次の成功へ向かっていく。いくら成功しても、不安が消えることはありませんが、それでも少しは自分へ自信を持てるようになっていきます。失敗してもすべてが否定されるわけではないのだから。

<抜粋>
・(結果が出ない時)こういうときは、若さの特権を使えばいいと私は思っている。根拠のない自信を持つことだ。
・むしろ、漠然とした不安があるからこそ、もっと信頼できる自分を作ろう、プライドを高められる根拠を作ろう、という動機付けにもなる。若い時代の漠然とした不安というのは、ネガティブな証拠なのではなく、ポジティブな証拠なのである。むしろ、漠然とした不安を持っていたほうがいいのだ。
・不安というものは、上昇志向が強ければ強いほど大きくなるものだ。自分でコントロールできないことばかりが目についてしまう。本当は自分の内面をうまくコントロールすれば、そういうものも見えなくなるということにも、なかなか気づくことができない。 ただ、漠然とした不安があったからこそ、私は必死になった。その意味では、不安は成長の原動力にもできると改めて実感している。
もし、一生懸命に努力しているのに結果が出ないと感じたときは、今こそ踏ん張るときだと思うことだ。もうギリギリのところまで来ているということを、自分に言い聞かせながらやっていくことである。
・自己主張をあまりにもし過ぎると、人間に軽さが生まれてしまう。言葉にも重みは出ない。存在としての希少性も薄れる。逆に、希少性や重みを演出するためにも、むしろ普段は静かにしている、というのが私の考え方である。本当に自己主張をしたときに、まわりが聞き耳を持つために、むやみな自己主張をしないのである。 だからこそ、重要になってくるのが、自分は何を主張したいか、という優先順位をしっかり考えておくことだ。これを考えていないと、あれやこれやと主張してしまうことになりかねない。実際のところ、どうでもいいことを主張する人たちが、あまりにも多い。
・話したいことがはっきりしていないときには、人間は沈黙すべきである。
・自分は明らかに未熟なのだ。自分が思うような仕事がもらえるほど、成熟していないのである。それを認めなければならない。そして未熟だからこそ、未熟なりにできることを最大限するのだ。
・自分は頑張っている、と示しておきたい。そんな気持ちもあるのかもしれないが、結果が出る前に過程を見せようとする人が少なからずいる。しかし、これは自分の経験でもそうだが、絶対にうまくいかない。成果が出る前に過程を見せた瞬間、自分の内なる力が削がれてしまうのである。 ところがどういうわけだか、若い頃はがんばっていることを見せることが強さだと思えてしまう。しかし、本物の実績を積んだ人たちは、そんなことはしないのだ。だから、自分の努力の過程を見せびらかせようとする人を評価もしない。もちろん過程は大事だが、社会に出たら問われるのは結果。その意識が必要である。
苦労話を好む人の多くは、結果を伴わない人たちである。自分は努力をしたが、不可抗力の要素が発生して結果を出せなかった、という言い訳のために苦労話は存在している。しかし、苦労話をしない、という決意のある人は、結果だけで勝負する。だからこそ、努力の濃度が変わる。退路を断っているので、結果に対してストイックになる。必ず成功するようにマネジメントもする。目標に向かう際の気概がまったく違うのだ。
・もし負けたのであれば、自分の頑張りを訴えたところで仕方がない。その結果と向き合うことである。 なぜ自分は負けたのか。何が未熟だったのか。何が足りなかったのか。そこでも言い訳を一切排除する。外的要因も排除する。あくまで原因を自分の中で探す。そして、どうすれば、その原因を解決できるか必死で考えるのだ。
・成功にたどりついた人は、まわりから見れば一直線で進んで行ったように見える。ところが、微妙な軌道修正を無数に繰り返して進んでいるのだ。そしてこの軌道修正のサイクルの頻度と精度こそが、実は大きな結果の違いを生むと私は考えている。
・良いタイミングで潔くやめること。スマートに、戦略的にやめること。人生を自分のものにするにはこれは極めて重要だが、これを実践することは案外難しい。日本のような社会では、途中でやめることは良くないとされている。学校でもそう教わるのだが、私はそれは陰謀だと思う。誰の陰謀かというと、途中で辞められては困る組織(学校とか会社とか)の陰謀なのだ。
・「人間は確実に死ぬ。死んだ後に、君はどんなふうに人々に記憶されたい? 君の生きた証というものについて、君はどんなふうに今、語れるだろうか?」(中略)多くの学生が、この質問に対して言葉に詰まり、やがて大粒の涙をこぼし始めた。 なぜか。みんな一生懸命に生きているのだ。必死で目の前の物事と格闘しているのだ。しかし、思うような結果が出せない。自分がほしい何かが手に入らない。だから、不安にばかりさいなまれる。
・学生たちに伝えたい。皆に好かれる必要などないということを。嫌われても自分らしい表情をし、自分で考えた言葉を発することを心がけることこそが重要であると。そもそもまわりは自分が思うほど、自分のことを気にしてはくれないものだ。自分の人生のすべての権限と責任は自分自身にあることを認識し、どんな状況でも自分を貫くことを忘れないでほしい。 そしてもうひとつが、そうやってもがいている自分は正しい、ということである。それこそが、何よりの正解だ、と。自身が自分の成長に対して、一番真摯にできることは、自分の未熟さ、あるいは自分にできていないことと向き合うことだからである。だから、君の涙というのは、自分と、自分の人生と真剣に向き合っている証拠だ。そういう自分を褒めてやりなさい。誇りを持ち、称えてやりなさい、と。

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