小説 盛田昭夫学校(下)/江波戸哲夫

上巻からの続き

76年 4686億円(14%増)
77年 5128億円(9%増)
78年 5423億円(6%増)
絶対額こそ77年には442億円、78年には295億円と着実にふえていたが、伸び率は68年にトリニトロンが登場してからの数年間の30%〜50%を大きく割り込んでいた。(中略)そこで盛田はいくつもの大きな戦争を戦いながら、たえず目を光らせて次のヒット商品を探していた。(中略)浅井は改良型プレスマンを盛田に渡した。 「どれどれ」盛田はデスクの前のソファーに座り、大きなヘッドフォンを、輝く銀髪の頭に被った。すぐに目をつぶり音楽に聞き入った。浅井の視線の先でテープの交響曲に合わせるように盛田の上半身がかすかに揺れた。やがて目を開け、ヘッドフォンを外して盛田が勢いよくいった。 「これは、いいね」 浅井の心臓がぴくんと跳ねた。 「250万台はいけるぞ」

ソニーは常にヒット商品を狙い続けていました。

「初回の3万台はもし売れなかったら、私が責任をとって会長を辞めます。君らは成果のことは何も心配しないで、思い切り売ることにだけ精力を傾けてください」 出席者は一瞬どよめき唖然とした顔で盛田を見た。その視線を盛田は穏やかに受け止めていた。

ウォークマン発売前は「誰かがイヤフォンをつけていると、耳が遠いのだろうと思われかねない時代」で、販売会社のソニー商事含め懐疑論が非常に多く盛田氏はこう言って反対を押し切きりました。

(USにおけるユニバーサルからのベータマックス訴訟で)いくつかの公開討論会には、盛田もパネラーとして出席した。 盛田はアメリカの市民にも高い人気があり、彼がパネラーとなった会場は、いつも溢れんばかりの人が集まった。盛田は決して流暢とはいえない、しかし誰にもはっきりと聞き取れ、説得力のある英語をしゃべった。 「USAは自由の国です。USAはイノベーションを先端で引っ張ってきた国です。それは世界中の国がよく知っています。そのUSAが、自由も技術革新も否定しては、USAではなくなってしまう」

盛田氏は英語が堪能ではなかったが、中身のあるスピーチでアメリカ人を魅了していました。

(ヨーロッパのソニー従業員の懇親会にて)「私がいまどういう気持ちでソニーという会社のことを考えているか、皆さんにお話しておきましょう」 前例のないことである。会場がいっぺんに静まり返った。 「まず、どんなことであれ、ソニーと関係を持ったすべての人が、そのことによってそれまで以上に幸福になって、ソニー商品を買った人はそのことで生活が豊かになって幸福になり、ソニー商品を売る人は利益を得ることで幸せになる。といったように、ソニーとなんらかの関係を持った人はすべていままで以上に幸せになる。これが私の願いであります」

盛田氏の企業観が分かるスピーチです。

ソニーではすでに64年に国内売上高を海外売上高が上回り、その後も着実にその差は開き、岩城が帰国した76年には国内売上げ1911億円に対して海外売上げが2725億円と1.43倍にもなっていた。

設立から18年で海外売上高が国内を逆転しています。

日本はバブル経済の真っ最中で、どこにもここにも金がうなっていた。ソニーも例外ではなかった。この時期、連結の売上げは左記のようにわずか2年で1兆3500億円も伸ばしてほぼ倍増した。
87年 1兆5948億2600万円
88年 2兆2036億100万円(38%増)
89年 2兆9475億9700万円(34%増)

凄まじい伸び。そして、ソニーはコロンビア買収に乗り出します。

日本語のスピーチを行なうときの盛田は、構成とその論点だけを確認すれば、原稿を作ることなどめったになかった。しかし英語の講演の場合は盛田はいつも丁寧に原稿を準備し、実際に声に出して練習もした。あんなに軽やかで絶妙な盛田のスピーチも、大きなエネルギーと緊張感に支えられていた。まれに盛田は緊張のあまり重要な講演を引き受けたことを後悔し、身近なものに愚痴ることさえあった。「なんだってこんな講演を引き受けてしまったのだ」

スピーチが得意だったが、その裏には必死の努力があったという。

<まとめ>
ソニーも昔はいちベンチャーとして始まり、数々のヒット商品を出し、そのたびに猛烈に業容を拡大していきました。特に戦後10年、設立9年で上場、上場後4年間で売上を10倍にしているのは本当に素晴らしいです。一方で、その裏には数々の苦闘があったんだなというのがよく分かって、すごく共感できます。全般ものすごくおもしろいので、特にベンチャーに関わる人にはオススメです。

上巻はこちら

小説 盛田昭夫学校(上)/江波戸哲夫

一応、小説とあるのですが、ソニーの歴史には忠実に、様々な主人公の視点で生き生きと描かれています。経営という視点で見ると、他社をベンチマークするだけではなく、過去の偉大なベンチャーから学ぶことも重要なのではないかと思います。個人的に非常に勉強になることばかりだったので、抜粋コメント方式で行きたいと思います。

東京通信工業の前身「東京通信研究所」は、45年10月1日、終戦からわずか2ヶ月後に、井深大を中心とした数人の仲間によって設立された。最初の拠点は日本橋の百貨店「白木屋」の三階。井深の知人が使わなくなった配電室を貸してくれたのだ。 当初、彼らは会社の存続のために、電気炊飯器の製造やラジオの修理・改造などを行なっていた。ラジオの修理・改造は戦争中、短波放送を聴くことのできないラジオを強要された多くの人に喜ばれた。

終戦からわずか2ヶ月後に開始。この会社の記事を見て、23歳の盛田は、36歳の井深に手紙を書いて、翌年、東京通信工業が設立されました。

発足したばっかりの東通工は、NHKとは第一スタジオの調整卓などいくつもの取引があった。その関係で井深も盛田もしばしばNHKに出入りしていた。(中略)ある日、井深はCIEの職員からテープレコーダーを見せられ、音を聞かされた。 井深はたちまちその音質のよさに魅了させられ、会社に戻るやいなや盛田にいった。  「テープレコーダーだよ、われわれのやるべきものは。ワイヤーではなく、テープで行こう」

テープレコーダーを発売する前はそこまで傑出していたわけではなかったようで、いろいろな仕事をしていました。

テープレコーダーは東通工の規模を急速に大きくした。 G型の試作機が開発された49年には従業員数87名、売上高3200万だったものが、G型が発売された50年には従業員115人、売上高9700万円、H型が発売された51年には従業員159人、売上高1億5500万円、H型よりさらに小型のP型(ポータブル用)が発売された52年には従業員214人、売上高3億4300万円となった。 つまり従業員は2.5倍、売上高は10倍となった。数字の表面だけをたどればかなり順調に見えるが、製品の開発・製造・改良のために雇った従業員はそれが終われば当面の仕事はなくなるし、開発・改良費を惜しみなく使ったので、東通工の財政にはいつも厳しいものがあった。

最初のブレイクスルーはテープレコーダー。

46年に二十数人で始めた東通工は、わずか六年間で300人近い従業員をかかえるようになっていた。テープレコーダーの開発のために多くの専門家も雇い入れている。その開発が一段落しかけているいま、彼らをどうやって食わせていったらいいのだろう? それができなければ彼らを首にしなければならない。しかし一生懸命に口説いて入社させた者ばかりだ、そんなひどいことはできない。 そう思いつめていたところへトランジスタの話が舞い込んだのだ。25000ドル(注:トランジスタ特許の使用料)という金額は当時の為替レートで900万円になる。サラリーマンの平均月給が1万円台の半ばだから、物価がおよそ20倍になっていると考えれば、現在の二億円に近い金額になる。

6年間で300人近い従業員、そして社運を賭けたこの特許の取得後、トランジスタラジオの開発には3年もかかっています。

この(注:トランジスタラジオTR-55)発売と軌を一にして東通工株の店頭公開が実現することとなり、それらを新聞記者など関係者に発表する一連の日程が決められた。55年7月下旬の暑い盛りだった。

なんと設立わずか9年で上場。トランジスタラジオの発売と同時。つまりほとんどテープレコーダーだけで上場。また上場時の従業員は400人程度。

TR-63(注:小型トランジスタラジオ)は東通工の売上げに大いに貢献した。輸出額の推移はこうである。
 55年 954万円
 56年 6408万円
 57年 3億2876年

海外売上も順調に拡大

トランジスタラジオの大成功に伴い東通工は凄まじい勢いで業容を拡大した。
 55年3月期には、
 売上高、3億5100万円
 利益、4700万円
 従業員、384名だったものが、
 4年後の59年3月期には、
 売上高、33億5000万円
 利益、3億9000万円
 従業員、2124名
 となっている。この4年間で売上高は10倍、利益は8倍、従業員数は5.5倍に急膨張した。

上場後の4年間で、売上10倍、利益8倍、従業員数5.5倍まで急拡大。

「海外要員を求む=SONY」59年秋、新聞にこんなキャッチフレーズの全面広告が掲載された。後世に語り継がれるのは「英語でタンカの切れる日本人を求む」というキャッチフレーズだが、それは翌年の求人広告だった。戦争で疲弊した日本経済は、50年から53年にかけての朝鮮戦争のお陰で急速に息を吹き返し、56年の『経済白書』は「もはや戦後ではない」と高らかに宣言し、間もなく高度成長期に足を踏み入れようとしていた。 海外で活躍できる。それは日本中の志ある若者の気持ちを捉えた。そうした若者が一人また一人と品川御殿山のソニー本社を目指した。

こういう雰囲気の中での海外進出。

「ゴミレターを整理してくれっていわれたんだが、ゴミレターって何ですかね?」 大河内が笑みを浮かべた。 「ご承知の通り、トランジスタラジオが飛ぶように売れていましてね。いま世界中の代理店希望者からインクワイアリー「照会状)が着ているんです。欧米関係のものは次々とはけるんだけど、中近東、アフリカなんてところの分は後回しになってどんんどん溜まっている。それをみんなゴミレターと呼んでいるんだ」

トランジスタラジオはその性能から世界中(アフリカ、中近東含む)から注文が殺到していました。

下巻に続きます

人間における勝負の研究―さわやかに勝ちたい人へ/米長邦雄

将棋棋士の米長邦雄氏による「勝負の研究」。すでに引退済みで、もう70近いはずなのですが、Twitterが話題になったりもしてますね。

ビジネスでは直接ライバルと対峙するということはあまりないわけですが、将棋では一対一の勝負しかありません。そういった中で長年、戦ってきた米長氏の勝負感が垣間見れて、非常に勉強になりました。

特にカンが、その人すべてを「しぼったエキス」であるという考え方や、勝負で勝つためには最善手のみを選択するのではなくて、相手にとって難しい手を打って泥沼に引きずり込む、というのはなるほどなぁと思いました。

30年くらい前の著作なんですが、まったく色褪せていなくて、おもしろかったです。

<抜粋>
・カンというのは自分が好きで必死で取り組んでいないと、働かないものです。嫌いな分野とか、やりたくないなと思っている仕事で、鋭いカンが働いたという話は聞いたことがありません。
・人間にとって大切なものは、努力とか根性とか教養とか、いろいろあります。しかし、一番大切なものはカンだ、と私は思っています。カンというのは、努力、知識、体験といった貴重なもののエキスだからです。その人の持っているすべてをしぼったエキスです。
・遊びが勝負のマイナスになるとは、私は信じません。ひと通りの遊びをしましたが、私の将棋にマイナスになったものはない。一歩ゆずって、最低の感想としても、自分が、それを罪悪感のようなものを抱きながらやった場合はマイナスになるかもしれないが、いわれのない罪悪感など持たなければ、マイナスになるはずがない、とだけは言えます。遊びこそ人生修行の課程の一つなのです。
・私は、難局になると、相手の側に立って考え、一番むずかしい手、一番結論の出しにくい手を指して、相手に手を渡すようにしています。手が広くて、わからなくなるような局面に導いていきます。いわば泥沼に引きずり込むわけです。 相手は困る。私だってわからない。そうすると、弱いほうは余計にわからないので、間違いやすくなる。そして、いっぺんに形勢を損なうのです。
・実戦では、必ずしも最善手ばかりを指せなくてもかまわないのだ、という「雑の精神」を言い換えますと、戦いというのは、相手にどこまでなら点数を与えても許されるのか、つまり許容範囲で捉えていく、という発想です。 要するに、決定的に負けになるとすればどこなのか、そういう感覚で、常に対局に臨めば、勝負はなんとかなる、という勝負感なのです。
・世の中に真実が一つしかない、人間のあるべき姿は一つしかないと考えるのはおかしい。将棋では「こう指しても一局」とよく言います。最善手は常に一手だけで、必ずそれを指すべきだと考えれば、誰も将棋は指せなくなる。世の中のことも、きっと同じでしょう。バランスが片一方に偏りすぎていると見た場合に、私は、少々極端に見えることを言うことがあるのは、何事にもバランスと許容範囲というものを大切にしたいからです。

P.S.昨夜、ZyngaはNasdaqに上場しました。私に関わりのあるすべての皆様に感謝いたします。

自分思考/山口絵理子

バングラディッシュなど途上国でブランドバッグなどを作っているマザーハウスの山口絵理子さんの新作エッセー。誰もやってこなかったことを切り開いてビジネスを作り、悩みながらも前に進んでいく姿がとても清々しいです。

前例のないことをやろうとするといつでも人から反対されたり、批判されたりします。しかし、それを乗り越えたところにこそ「創造」があります。

誰もが賛成することに新しさと価値はない。

普段忘れがちなので、しっかり胸に刻んでおこうと思います。

<抜粋>
・自分がこの国で生き残ってビジネスをしていくうちに、どんどん嫌な目に合って、どんどん嫌な自分になっていくようで、自分が壊れてしまいそうで……。自分のこと嫌いになるくらいだったらやめたほうがいいんじゃないかって正直思ったりする。だけど、私は自分が決めた道を歩いているんだから、やっぱりその分の代価は払わなければならない。
・すでにネパールで何年も過ごしている人からは、 「ネパールは難しすぎる」 「今はやめときなさい」 「絶対うまくいかないから」 そんなことを散々言われた。でも本当にそうなのかな? と自分に問う。前を歩いてきた先人たちが言うことが、いつも正しくて、それに従って歩いていたら、「創造」とか「新しいもの」っていう言葉は、この世には生まれてこない。絶対に例外は存在し、その例外が一本の道しかなかったところに、もう一つの小さな道をつくってきたんじゃないかなっていつも私は思っている。

P.S.以下もオススメです。

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繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史/マット・リドレー

世の中には悲観論が溢れています。例えば、石油がなくなりかけている、プリオンで死者が多数出る、地球が温暖化しつつあるなど。しかし、石油はなくならなかったし、プリオンでも死者はそんなに出ませんでした。地球温暖化についても、この地球にイノベーションが起こらなければの前提で、解決可能な可能性が非常に高いと本書は主張します。

また、懐古主義も根強く、昔のほうがよかった、と言うひとがいます。しかし、実際は100年前よりも圧倒的に豊かで安全に生活できるようになっているし、ひとが発展途上国で農場から都市の工場で働くのは、その方がいい暮らしができるからです。

もっと楽観的になって、人生を楽しもう、と思わせてくれる良書です。

<抜粋(上巻)>
・つまり、貧しいとはこういうことだ。自分の必要とするサービスを買えるだけの値段で自分の時間を売れなければ貧しく、必要とするサービスだけでなく望むサービスまで手に入れる余裕があれば豊かだと言える。これまでずっと、繁栄や成長は、自給自足から相互依存への移行と同義語だった。
・近ごろ、「フードマイレージ」を非難するのがはやっている。食べ物があなたの皿の上にたどり着くまでに長い距離を移動すればするほど、多くの石油が燃やされ、その途上で多くの平穏が乱されたことになるというのだ。だが、なぜ食べ物だけを狙い撃ちにするのか? Tシャツマイレージやノートパソコンマイレージにも抗議の声を上げるべきではないのか?
・食品を農家から店頭までに運ぶあいだに排出される二酸化炭素は、その食品の生産・消費の過程で排出される総量のわずか四パーセントにしかならない。イギリスの食品を冷蔵するときには、外国から空輸するときの10倍、消費者が自動車で自宅と店を往復するときには50倍の二酸化炭素が排出される。
・最初のトラクターは優秀な馬に比べて優位なところはほとんどなかったが、地球のことを考えると、たしかに非常に大きなメリットが一つあった。エネルギー源となる餌を育てるための土地が必要なことだ。アメリカの馬の数は、1915年にピークの2100万頭に達しており、当時、全農地の約三分の一が馬の餌の栽培に充てられていた。そのため、役畜を機会に替えることで、広大な土地が人間の食糧を栽培するために放出される。
・「私のような農民は食糧を生産するのに1930年代の技術を使うべきだと言いながら、MRIではなく聴診器を使う医者の診察を受けようとしないような人たちにはうんざりだ」
・現代の遺伝子組み換えは、圧力団体に煽られた不合理な不安によって、生まれたとたんにあやうくもみ消されかけた技術だ。最初、その食品は安全ではないかもしれないと言われた。無数の遺伝子組み換え食品が食されたあとも、遺伝子組み換え食品による人間の病気の症例が一つも出なかったため、その議論は立ち消えになった。
・アフリカ各国政府は、欧米の活動家による強力な運動によって遺伝子組み換え食品を規制するように説得されたため、三カ国(南アフリカ、ブルキナファソ、エジプト)以外では商業生産ができなくなっている。なかでも有名なのが2002年のザンビアの事例だ。グリーンピース・インターナショナルやフレンズ・オブ・ジ・アースなどの団体による運動により、遺伝子組み換え食品だから危険かもしれないと説得された政府が、基金の真っただ中に食糧支援を断る事態にまでなった。
・帝国は、というより政府一般は、初めこそ民衆のためになることをするが、長く続くほど理不尽になる傾向がある。(中略)政府は次第にもっと野心的なエリートを雇うようになる。彼らは民衆の生活に対する干渉を強めることによって、社会が上げる収益からの自分の取り分を増やし、一方で強要する規則を増やし、最終的には金の卵を産むガチョウを殺してしまう。

<抜粋(下巻)>
・ナイロビのスラムやサンパウロのバラック集落はたしかに、静かな田舎の村より暮らしにくい場所ではないのか? そこに移ってきた人びとにとってはそうではない。どんなに生活環境が悪くても、都市にある相対的な自由とチャンスのほうが良い、と彼らは機会があるごとに熱っぽく語る。
・どうやら、1700年から1800年のあいだに、日本人は集団で犂を捨てて鍬を選んだようだ。その理由は、役畜より人間のほうが安く使えたことにある。当時は人口急増の時代であり、それを実現したのは生産性の高い水田だった。(中略)豊富な食糧と衛生に対する入念な取り組みのおかげで日本の人口は急増し、土地は不足したが労働力は安かったので、犂を引く牛馬に食べさせる牧草を育てるために貴重な農地を使うより、人間の労働力を使って土地を耕すほうが、文字どおり經濟的である状態に達した。そうして日本人は自給自足を強め、見事なまでに技術と交易から手を引き、商人を必要としなくなって、あらゆる技術の市場が衰退した。
・「農場からここに移って工場で働くようになったら、農業をしていたときよりもたくさんの服やいろんな種類の食べ物が手に入るようになったよ。それに家も良くなったし。だから、そう、工場に来てからのほうが生活は楽だね」
・もしアメリカ航空宇宙局(NASA)が存在しなかったなら、どこかの富豪がただ名誉のためだけに、月に人を立たせる計画にすでに身代をつぎ込んでいないと断言できるだろうか?
・経済協力開発機構(OECD)による大規模な調査によると、政府が研究開発に支出しても経済成長に目立った影響は見られないという。これは政府の思惑を裏切る結果だ。実際そうした支出は「私企業の研究開発費をはじめ、本来は民間が活用できる資源を占有してしまう」のだ。この少々驚くべき結論は各国政府にほぼ完璧に無視されている。
・どの10年を取っても新たな悲観主義者が続々と登場し、自分が生きる時代こそ歴史が大きくその方向を変える支点だと主張して譲らない。
・彼(注:ハーバード・マルクーゼ)は生活水準が下がり続けることによって起きる、マルクスの「プロレタリアートの貧困化」という概念を逆手に取り、労働者階級は資本主義によって過剰な消費を強いられたと論じた。この見解は学会のセミナーでは反応が良く、聴衆はさもありなんといった顔で頷く。しかし現実にはゴミも同然だ。地元のスーパーマーケットに行っても、選択肢が多すぎて何も選べず惨めな思いをしている人を目にした記憶は、私にはない。私の目に映るのは選択している人びとだ。
・彼(注:プラトン)は書き留めるという行為が記憶力を衰退させていると嘆じた。
・1970年代にイギリスのティーンエージャーだったころ、私が読んだどの新聞も、石油がなくなりかけている、化学物質によって癌が発生するようになる、食糧が不足している、氷河期が訪れようとしている、などと伝えていた。のみならず、イギリス経済の衰退は避けられず、ことによると全面的な破綻を迎えるなどとも報じていた。1980年代から90年代にかけて、イギリスが突如として繁栄をきわめて成長が加速し、健康や寿命、環境も好転したとき、私は大きな衝撃を受けた。
・これまでのところ、20世紀に二度にわたって訪れた温暖化の波にもかかわらず、地球規模の気候変化によって絶滅が確認された種は一つもない。
・世界はいまやネットワーク化されており、アイデアは過去に例を見ないほど盛んに生殖している。したがってイノベーションが起きる速度は倍増し、21世紀における生活水準は経済発展によって想像もつかないほどの高みまで向上するだろう。世界の最貧層までも、必需品はもとより贅沢品に至るまで入手できるようになると主張してきた。こうした楽観論はまちがいなく主流の思潮から外れているが、実際は人類滅亡を唱える悲観論より現実的であることを歴史が示しているとも述べた。

P.S.前エントリで紹介した福岡対談を記事にしてもらってます。我ながら結構おもしろいと思うのでどうぞ。
「起業は若いうちにやればやるほど得」『Zynga Japan』山田進太郎×『gumi』国光宏尚対談レポート

『なぜ経済予測は間違えるのか?』は必読

前からそうでしたが、2008年に金融危機が起き、明らかに今までの経済学が現実社会では成り立たず、エコノミストの予測にはまったく根拠がなかったということが分かっているにも関わらず、なぜ未だに正規分布から導きだされた金融理論を使い、エコノミストの経済予測がまことしやかに信じられているのか。

ものすごく疑問だったのですが、本書を読むとすごくすっきりとします。一言で言えば代わる理論がない、というだけなのですけど。もちろん本書で代わりとなる統一的な理論が提示されているわけではないですが、それぞれの分野で少しづつ新しい考え方が生まれてきているのだなと思って、安心しました。

個人の戦略として重要なのは、今まで正しいとされていたことすべてに疑問を持って、今までのやりかたが間違っていたなら捨てて、確実に意味のあることをやる、ということでしかないのかなと思いました。

そして、間違っていることには加担しない、ということでしょうか。むしろ、個人的には、明らかに間違っていることが進行している世の中ではアービトラージはすごく取りやすいなと前向きに捉えるようにしています。

<抜粋>
・金融業界のこれほど多くの人々が、自分たちが管理しているリスクを誤解して、危険について知らなかったとすると、それはなぜか。私が思うに、経済理論の基礎をなす根本前提が間違っているからだ。つまり、数理モデルだけではなく、経済についてエコノミストがとる、現行の思考様式が完全に間違っているのだ。
・経済が予測しがたい理由の一つは、創発する特性があって還元論的分析になじまないからだ。これと同じく予測する際に重要な問題は、正のフィードバックと負のフィードバックのからみ合いがあることで、どんな流れにも、間もなくそれに対抗する流れが育つらしい。
・クオンツたちの後ろ暗い秘密は、用いられる道具がたいてい非常に単純だということだーー数学や物理学の博士号はほとんど箔をつけるためのもので、実際のところを言うと、リスクのモデル化という分野は、パスカルとその三角形の時代以降さほど変化していない。
・「たいていの経済学の論考や教科書には『バブル』という言葉は出て来ない。(中略)バブルが存在するという考えが、経済学や金融の世界の大部分ではいかがわしいこととされるようになっていて、経済セミナーでそれを持ち出すのは、天文学者の集まりで占星術を持ち出すようなことになっている」
・ゴールドマン・サックスのような会社に、金融の話がよくわからない人向けの二段階金利サブプライム・ローンをまとめる自由を最大限に与え、ほとんど何もないところから何兆ドルもの信用バブルを作り、うまく行かなくなると政府から金を引き出すというのは、フリードマンの頭にはなかったことだろう。
・学会や政府にいる主流のエコノミストは、完全な経済というピュタゴラス教的な幻想にまだ目をくらまされていて、誤りから学習できていない。この神話を拡げ続けることによって、大学やビジネススクールは、未来の金融危機の種を蒔いている。誤ったリスクモデルが経済のリスクを上げるのと同じように、経済が本来安定して自己調整すると見て、そのように扱うーー規制を緩めることによってーー世界観は、いずれその逆になる。
・言いたいのは、ただ経済が再帰的で、したがって予測しにくいということだけでなく、私たちの考え方や神話が経済を特定の形にし、不安定になるように細工するということでもある。これはたぶん、経済学理論が世界に影響し、そのため客観的だとは言い張れなくなる最も明らかな例だろう。
・利益のために取引することが、必ず善だったり悪だったりすることはない。それは脈絡に左右される秤の上に乗っている。アデア・ターナーは、「市場はすべて初めから善であるか、すべての投機は悪であるか、いずれかの前提で生きていく方がよっぽど難しいでしょう。現実はもっと複雑で、私たちは差引勘定や決断をしなければなりません。けれどもこの複雑な世の中では、それ以外のことはできません」と言う。

ザ・ニューリッチ―アメリカ新富裕層の知られざる実態/ロバート・フランク

ニューリッチとは資産1000万ドル以上の新富裕層のことで、本書ではニューリッチは、どういうひとびとで、どういう生活をし、何をしようとしているのかを明らかにした良書。新しい動きをウォッチしたいひとは必読だと思います。

個人的に一番おもしろかったのは、ニューリッチが自らの財産を子孫に残す、のではなく、どのように使うか、に焦点を当てているというところでした。そういったお金の使い道として、新しいタイプのNGOやNPOが生まれており、特にニューリッチの多くを占める成功した起業家が社会問題の解決に自らの力と金を使うのであれば、もっと世の中はよくなっていくのではないかと希望が持てました。

<抜粋>
・1980年代に、流れが変わりはじめた。情報技術と資本市場、政府による規制緩和の進展により、富裕層が經濟的地歩を取り戻し始めたのだ。資産額上位1%の層が国全体の資産に占める割合は、1989年には30%に急上昇し、その後33%にまで上がっている。
・長年、「ミリオネア(百万長者)」という言葉は「富裕層」と同義語だった。だが今日では、100万ドルあったところで、マンハッタンに2LDKのアパートを買うのがやっとで、高級住宅地のハンプトンズに住むことなどかなわぬ夢だ。(中略)その結果、両者の考える「富裕層」の定義は大きく異なってきている。
・富は人間の最低の部分も、最良の部分も引き出す、とティムは言う。つまり、富は人間性を誇張するのだ。「金は自白剤のようなもので、人間の本質を引き出してしまう。だから、嫌なやつは金をもつとますます嫌なやつになる」
・エチオピア国民や慈善家仲間からは賞賛されているバーバーも、大手の非営利組織からの受けは悪い。実際、彼はこうした組織にとって悪夢のような存在である。バーバーは「一縷の望み」によって、ユナイテッド・ウェイや赤十字、CAREといっった既存の大手慈善団体に寄付する必要がないことを示した。(中略)「ほとんどのNGOは、民間企業だったら破産している。私たちが生きているうちに変革の風が吹き、寄付をする人々が寄付金の使途についてもっとよく知るようになるだろう。実際の援助に寄付金の19%しか使っていない団体もあると知ったら、誰でもショックなはずだ」
・リッチスタン人、特に短期間で富を築いた人々は、自分の能力を過信し、複雑化する社会問題も自分なら解決できると思いがちだと、マリーノは指摘する。「簡単に金を儲けると、財産がほのめかすほど自分は賢くないという事実を見失ってしまうのです。自己顕示欲が強く、世界を変えようとする人が多すぎる。最初の数年は私も同じ過ちを犯しました。でもいまは、この世界では傲慢は凶と出ることを知っています」
・バーバーは、どんな援助にも成果目標を取り入れている。エチオピアの小規模NGOに資金を提供する場合、最初は第1四半期分の援助金しか渡さない。そのNGOが一定数の井戸を掘るなり、学校を設立するなりして目標を達成したら、初めて第2四半期分の援助金を渡す。目標を達成できなければ、援助を打ち切る。

自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門/森村進

リバタリアンはどのように考え、行動するかというのを(リバタリアニズムの中の)様々な説から検証している良書。2001年と少し前の新書なんですが、今読んでもぜんぜん色褪せてません。

僕は自分をリバタリアンだと考えているのですが、実際には今自分が当たり前と考えている考え方について、リバタリアニズムから検討すると、いつの間にか自分がリバタリアニズムと反していることがあることに驚きます。

リバタリアンであれば、国家による婚姻制度は認めるべきではないし、会社の賠償責任は無限であるべきだし、国民栄誉賞は認めるべきではないし、相続税は認めても累進課税は認めるべきではない(ただし、もちろんリバタリアニズムにもいろいろな説があります)。こういう思考実験というのはすごく刺激的でおもしろいです。

いまはまだ自分の中でもまとまっているわけではないけれども、折にふれて深く考えたり、ひとと議論したりしながら、自分の人生観を変えていきたいと思います。そのための入門として素晴らしい作品だと思います。

<抜粋>
・訴訟遅延は確かに重大な問題だが、法的サービスは国家しか提供できないものではない。アメリカのリバタリアンは、紛争の解決は民間でもできるという発想から、専門的な民間の第三者による仲裁や和解といった「代替的紛争解決」(ADR)のサービスを高く評価している。アメリカにはADRを行う大きな会社や非営利組織が多数活動していて、利用者の満足を得ている。
・興味深いことに、リバタリアンの中には、この点でアメリカよりも日本の刑事法制度の方が被害者の権利をよく保護していると主張する論者もいる。(中略)日本の刑事裁判ではアメリカと違って、被告人が悪い環境で育ったなどという言い訳が責任軽減事由としてはほとんど通用せず、また被告人と検察官との間のプリー・バーゲニング(有罪答弁取引)も存在しない一方、犯人が犯行を自白し、真摯に後悔して、被害者側に謝罪・賠償しその許しを得るということが基礎の有無や量刑において重要な役割を果たすといった事実を指摘する。
・国家の中立性というリバタリアニズムの原理は、政府が教育の場などで特定の歴史観(唯物史観、新自由主義史観、民衆史観など)やライフスタイル(核家族、一夫一妻制、禁煙運動など)を押しつけたり援助したりすることも排除する。一夫一妻制だけを法的な婚姻制度として認めたり、特定の近親者だけに遺留分として相続財産への特権を与えたりすることは、この見地からは弁護しがたい。また政府が人々をその功績によってーー官尊民卑の観点からーー格付けする叙勲制度も廃止すべきである。
・そもそも婚姻という制度を法的に定めなければならない理由は明らかでない。実際には多くの法制度は色々な点で既婚者を独身者よりも優遇しているが、この優遇も法の下の中立性と衝突するから、もっと根本的に、婚姻という制度を法的には廃止すべきである。
・相続制度が廃止され、親への扶養義務が法的には最小化された社会の家族は、確かに現在の家族とはかなり変わってくるに違いない。そこでは親の扶養義務をめぐる争いはずっと少なくなり、遺産相続をめぐる紛争はほぼ消滅するだろう。成人した子供と親の間の関係はもっとドライなものになるだろう。そして代々続く「家」という観念も薄くなるだろう。法的な絆がないと(事実上の)離婚も多くなるかもしれない。このような変化を耐え難いと感ずる人もいるだろう。しかし自由を愛する人は、むしろそれをどろどろした血のしがらみからの開放と考えるだろう。親族関係は自発的な友人関係に近くなるのである。
・これらの(注:リバタリアンの)要請をもっともよく満たすのは、何の例外も控除もない、一定率の所得税か消費税である。所得税の税率は、累進課税では、所得の少ない者のために所得が多い者を搾取することになり、不公正である。税金が市場制度の使用料のようなものだと考えれば、その額は市場で得られた所得に比例しているのが公正だろう。
・大気や水の汚染は、その空間や水面の利用者の人身と財産への侵害に他ならない。工場主をはじめとする汚染者たちは、自分の財産の領域を超えて他人の人身と財産に損害を与えているのに、その責任を問われない。したがって最善の公害対策は、私的所有権、特に不動産所有権の厳格な執行ーー侵害行為に対する事前的な差し止めと、事後的な損害賠償ーーである。そしてその際、伝統的な過失責任ではなくて無過失責任主義を取るべきである。

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フェイスブック 若き天才の野望/デビッド・カークパトリック

フェイスブックの立ち上げから今までを丁寧な取材から明らかにした良書。フェイスブックとザッカーバーグ(とその周辺の人物が)がどういうタイミングでどんな決断をし、発展を遂げてきたかが非常に鮮明に描かれています。

個人的に一番興味深かったのは、フェイスブックがヤフーへの10億ドル(約820億円)での売却の交渉の最中に、フェイスブックが社会人へのオープン登録制(それ以前は大学生と高校生のみ)の導入する辺り。

「もしオープン登録制にした後も、ユーザー数と滞在時間が安定して伸びないようなら、あの10億ドルだか10億1ドルだかが、ぼくたちの欲しいものなのかもしれない」

しかし、結果は

約1週間後、大人たちはフェイスブックに入るだけではなく、入った後に友だちを招待したり、写真を載せたりと、アクティブユーザーのすることすべてをやっているらしいことが分かった。彼らはハマったのだ。 オープン登録以前、新規ユーザーの登録は1日に約2万人だったが、10月の第2週には、その数が5万人になっていた。

となる。そして『まだ売り時じゃない』と。会社を経営していると、常に「ここが頂点なのではないか」という思いと、「まだまだこんなものじゃない」という思いが交錯しますが、フェイスブックでもどこでも同じなんだなと思いました。

また、全体として感じるのは、ザッカーバーグがものすごいアグレッシブにサービス自体にコミットしていること。時にそれは、ユーザーから強い反発を受けて、後戻りしたりしますが、それでもザッカーバーグは常に(彼の考える)あるべき未来を見据えて、既存サービスの大幅な変更(ニュースフィードは典型)を次々にしていきます。

それで、共同設立者のサベリンも含めて多くの敵を作ってしまうわけですが、それがゆえにフェイスブックが力強くここまで成長してきたのも事実です。ザッカーバーグの天才性や狂気性、そして成長を垣間見れるのも本書の魅力だと思います。

ベンチャーというのは、本当にスリリングな瞬間が多くて、しかしそれを乗り越えた時の達成感は代え難いものがあります。だから止められないわけですが、本書にはそういうストーリーが満載で、ベンチャーに関わる、もしくは関わりたい方であれば誰であってもオススメ、というか必読だと思います。

P.S.ちなみに、映画『ソーシャル・ネットワーク』と本書を読むとかなり違う部分がありますので、比べるとまた楽しいです。

<抜粋>
・学生たちは、全学の「フェイスブック」写真がオンラインで検索できるようなフレンドスター的サービスを強く求めていた。オンライン人名録をつくるのに、それほど難しいプログラミングが必要ないのは明らかだった。サンフランシスコの起業家がつくれたサービスをハーバードの管理者たちがいつまでもつくれないでいるのはどうしたわけなのだ?
・みんながレストランで食事をしている最中に、パーカーに彼の弁護士から電話が入った。悪いニュースだった。プラクソ社の取締役会はパーカーが保有していた50パーセント近くの持株を剥奪することを決定した。つまり今後、プラクソが買収されても上場されてもパーカーには1ドルも入ってこないのだ。
・サベリンはフロリダの銀行口座を凍結した。 ザ・フェイスブックは、運営費を支払うことができなくなった。(中略)サベリンはザ・フェイスブックの運営に関して、ザッカーバーグと自分の役割を定めた合意書を用意したと告げた。だがサベリンは、ザッカーバーグが弁護士にもほかの仲間たちにも見せずにサインすると約束するのでなければ、その合意書を見せることはできないと主張した。
・交渉が続く間、ザッカーバーグはパロアルト市ラジェニファーウェイ819番地の灯りを消さないために、自分の貯金をはたき続けた。(中略)ザッカーバーグと家族は結局この夏、総額で8万5000ドルをザ・フェイスブックのために支出した。
・トライブのピンカスは1994年にバージニア州アーリントンで「フリーローダー」(Free-loader)というベンチャー企業を起こしていたが、パーカーは15歳でその会社でアルバイトしたことがあった。
・「辞めるなんてとんでもない間違いだ。一生後悔するぞ。ザ・フェイスブックはすぐにものすごい会社になるんだ! ビデオサイトなんて掃いて捨てるほどあるじゃないか」 しかし、言うことを聞かずにチェンはザ・フェイスブックを去ってビデオ・サービスを立ち上げた。それがユーチューブだった(同社は2006年にグーグルに16億ドルで買収された)。
・ザッカーバーグとモスコヴィッツは徹底的に順序立てて仕事を進めた。ザ・フェイスブックが正式に運用を開始していない大学の学生で、ユーザー登録を試みようとする者も多かった。彼等は待機リストに登録され、その大学で運用が開始されると、メールで通知が送られた。待機リストに登録された学生の割合が20%を超えると、ザ・フェイスブックはその大学を運用の対象に加えた。
・アップルは1ユーザーあたり毎月1ドル払ってくれるので、アップル・グループが拡大するにつれてザ・フェイスブックに入る収入も増えた。すぐにアップルからの広告収入は月額数十万ドルに達した。2005年のフェイスブックにとってはこれが事実上唯一の収入源だった。
・写真はフェイスブックで最も人気のある機能になっただけではなく、フェイスブックはインターネットで最も人気ある写真サイトになった。リリース後わずかひと月で、85パーセントのユーザーが少なくとも一度は写真でタグ付けされた。
・(ヤフーとの買収交渉時、姉のランディの回想)「弟は本当に葛藤していた。彼はこう言った。『これは大変なお金なんだ。ぼくの下で働いているたくさんの人たちにとって、それこそ人生を変えるかもしれないお金だ。だけどぼくたちには、これ以上もっと大きく世界を変えるチャンスがある。誰かがこのお金を手にすることが、ぼくにとって正しい行動とは思えないんだ』」
・「2種類のアイデンティティを持つことは、不誠実さの見本だ」 ザッカーバーグが道徳家のように言う。(中略)自分が誰であるかを隠すことなく、どの友だちに対しても一貫性をもって行動すれば、健全な社会づくりに貢献できる。もっとオープンで透明な世界では、人々が社会的規範を尊重し、責任ある行動をするようになる。
・ザッカーバーグはかなり以前から、ほとんどのユーザーが時間を費やしてまで複数のソーシャルネットワークで複数のプロフィールを作ったりしないことに気づいていた。さらに彼は、ハーバードとパロアルトでの延々と続く雑談で「ネットワーク効果」の知識を得ていた。ひとたび、ひとつのコミュニケーションプラットフォームへの集約が始まると、加速がついて勝者による市場総取りが起きる。
・「ぼくたちにできる最善の策といえば、周りの世界と共にスムーズに動き、常に競争に励み、壁をつくらないことだ。いずれにせよぼくたちは、共有のほとんどがフェイスブックの外で起きるようになると考えているから、是非ともこれを進めていきたいと思っている。ぼくには成功を保証することはできない。ただ、今これをやらなければいずれわれわれは失敗すると思うだけだ」
・(続いて)「そんな大胆な考えが会社の財政を脅かすのではないかと心配しなかったのか」と、私は聞いてみた。 「何十年間も価値の続くものをつくろうとしているなら正しい方向に議論を進めるしかない」と彼は言った。

ザッポス伝説/トニー・シェイ

(本書は献本いただきました。献本、ありがとうございます)

ものすごいリアルなシリコンバレーでの起業物語で、すごく楽しめました。著者はリンクエクスチェンジを起業し、MSに2億6500万ドルで売却。その後、ザッポスを含めて30社近くにエンジェル投資をしましたが、結局ほとんどうまく行かず、そして当時上手くいっていなかったザッポスに賭ける決断をしました。その際、全財産のほとんどをつぎ込んだそうです。

その後、CEOとして、ザッポスの立て直しと成功を導きました。この辺りの決断のディティールの一つ一つが非常におもしろく、勉強になります。アマゾンへの売却話も生々しく、セコイアなどのVCからのEXIT圧力が大きな要因のひとつであったと書いています。

投資を受けたベンチャーというのは、過酷なもので、EXITするか、IPOするか、どちらかを5年くらいのスパンで求められます。ウノウは幸いにして、非常に投資家に恵まれ、長い目で見守っていただきましたが、僕としては人生をかけて必ずリターンを提供したいと思っていたので、一定のEXITとなったのは本当に僕にとってすごくうれしいことであったし、非常に幸運であったと思います。とはいえ依然僕としてはZyngaに対して、恩義を感じていますし、引き続きZynga Japanの成功に全力を尽くしていきたいと思っています。

本書は、いいところも悪いところも含めて、生々しいベンチャーの現場を知ることができる良書だと思います。

P.S.本日は以前にご紹介した日経エンタテインメント!さん主催の映画『ソーシャル・ネットワーク』試写会でした。ご来場いただいた方、前説で私のお話を聞いていただき、ありがとうございました。

強さと脆さ/ナシーム・ニコラス・タレブ

ブラック・スワン」のタレブ新作。「ブラック・スワン」では、ブラック・スワンという現象そのものに焦点を当てていましたが、本作では「ではどうしたらいいか」に踏み込んでいます。

「ブラック・スワン」から1年半で金融危機が起き、それから2年。タレブは反省として、無駄の重要さについて語っています。あまりにも最適化されていると、予想外のことが起こったときに対応ができなくなる、と。

これによって、タレブの主張(哲学?)には磨きがかかりましたが、「ではどうしたらいいか」というと、いろいろな悪い可能性に備えて一見無駄なこともキープしつつ、できるだけ多くの良い可能性に賭ける、と結構実行するのが大変な戦略になってしまっています。

しかし、それでもそれが唯一の戦略である、と僕は思います。個人的には、前にも書きましたが、もっと自分の好きなことややりたいことに重点を置いてもいいのではないかと思います。そうすれば、人生を楽しみつつ、良い可能性に賭け、稀に良い可能性が起こればより人生を楽しむことができるからです。

「ブラック・スワン」に比べるとインパクトは欠けますが、これからの不確実な時代を生きて行くためには、セットで必読と思います。

<抜粋>
・グローバリゼーションは一見効率がいいように見えるかもしれない。でも、レバレッジを大きく利かせている点や要素同士の相互作用が多岐にわたる点を考えると、一ヶ所で不具合が生じれば、それがシステム全体に伝播するのがわかる。その結果、たくさんの細胞がいっぺんに発火し、癇癪の発作を起こした脳みたいな症状に陥る。すばらしく機能している複雑なシステムである私たちの脳みそが、「グローバリゼーション」なんかしていないのをよく考えてみてほしい。少なくとも浅はかな「グローバリゼーション」はしていない。
・知識の限界の下で、つまり将来が不透明である中で、進歩を遂げる(そして生き残る)ためには、こうした無駄のどれかがないといけない。この三年間、私はそういう考えに取り憑かれてきた。明日何が必要になるか、今日のうちにはわからない。
・物には二次的な使い道があり、そんな使い方がタダでついてくるものなら何だって、今まで知られていなかった使い道が出てきたり、新しい環境が現れたりする可能性がある。そういう二次的な使い道が多い組織ほど、環境のランダム性や認識の不透明から多くを得られるのだ!
・私は大事なことを見落としていた。生きた組織(人間の身体でも経済でも)には変動性とランダム性が必要なのだ。それだけじゃない。組織に必要なのは果ての国に属する種類の変動性であり、ある種の極端なストレス要因だ。そういうのがないと組織は脆くなる。私はそれにまったく気づいていなかった。
・受けた教育と文化的環境に洗脳された私は、規則的に運動して規則的に食事をするのが健康にいいと思い込んでいた。邪悪な、理にかなった議論というやつに自分が陥っているのに気づかなかった。世界がこうあってほしいという理想にもとづくプラトン的な思い込みだ。そればかりでなく、私は必要な事実は全部知っていたのに、洗脳されてしまったのだ。
・私がモデルを激しく罵っているとき、社会科学者が繰り返し言っていたのはこんなことだった。お前の言ってることなんか前から知ってるよ、こう言うじゃないか、「モデルは全部間違っているものだ、でも中には役に立つものもある」って。 彼らには本当の問題が見えていない。本当の問題は、「中には害をなすものもある」ってことだ。で、そういうモデルは大変な害をなす。
・私にとっての問題は、みんな稀な事象の果たす役割を認め、私の言うことに頷いてくれて、それなのにみんなああいう指標を使い続けることだ。ひょっとして頭の病気なのかと思ってしまう。

起業家ジム・クラーク/ジム・クラーク

ネットスケープといえば、本格的な商用インターネット・ブラウザですが、1994年4月に設立され、翌年8月には時価総額22億ドル(約1900億円)をつけてナスダック上場。その後は、マイクロソフトとの不当な競争に巻き込まれ、約4000億円でAOLに買収にされますが、まさに「すべてのインターネット・ビジネスを作った会社」といっても過言ではないと思います。そんなネットスケープを作ったのが、シリコン・グラフィックス創業者であるジム・クラークと、初の本格的なブラウザであるモザイクを作ったマーク・アンドリーセン。

本書では、ジム・クラークがネットスケープ創業時代を語った半自伝になっています。とにかく、ものすごいスピード感で、開始2ヶ月で従業員100名、15ヶ月目の株式公開時には400名、設立翌年の売上が60億円、と本当に桁違いのスケール。また、事業やベンチャー・キャピタル、マイクロソフトへの率直なコメントが生々しくてすごくおもしろいです。

ちなみに、Zyngaは設立3年で、売上500億、従業員1200人程度と予想されています。最近、こういった会社をどうしたら作れるか、をよく考えています。

<抜粋>
・二ヶ月ほどで、社員がすでに100名近くに増えていた。この辺りから、野心的なスタートアップ企業は、幾何級数的な成長を開始するののだ。
・売上計画が完成し、ガースは1995年の売り上げを7000万ドル(約60億円)と見積もった。設立間もない企業の売り上げ見込みとしては、この数字は桁外れなものだった。カテゴリー別の売り上げ内訳は不正確だったが、総額予測はほぼ正確であり、1995年の我が社の売り上げは、7500万ドルを達成した。
・設立からちょうど八ヶ月、我々は、本物の製品を持ち、利益を生み出すことのできる正真正銘の企業になることができたのである。その月からキャッシュフローも好転し、その後私たちは過去を振り返ることはなかった。

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法/橘玲

お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』などの橘玲氏の新作。知能は遺伝するとか、性格は家庭とは無関係とか、自己啓発では変われないとか、(アメリカ人に比べて)日本人は会社が嫌いだった、とか様々な実験や理論からズバズバ書いていておもしろいです。

全部が全部合っているか分からないにせよ、そういう可能性もある、という前提で世の中を捉える方がいいのだろうなと。今まで常識と思われていたことがことごとく覆る世の中だからこそ、こういうありえる現実に触れるのは重要なんじゃないかと思います。

すごく読みやすいですし、頭のトレーニングになります。

<抜粋>
・ぼくたちの社会では、スポーツが得意ならうらやましがられるけれど、運動能力が劣っているからといって不利益を被ることはない。音楽や芸術などの才能も同じで、ピアノが弾けたり絵がうまかったりすることは生きていくうえで必須の条件ではない。 それに対して知能の差は、就職の機会や収入を通じてすべてのひとに大きな影響を与える。誰もが身に沁みて知っているように、知識社会では、学歴や資格で知能を証明しなければ高い評価は得られないのだ。 もしそうなら、知能が遺伝で決まるというのは不平等を容認するのと同じことになる。政治家が国会で、行動遺伝学の統計を示しながら、「バカな親からはバカな子どもが生まれる可能性が高く、彼らの多くはニートやフリーターになる」と発言したら大騒動になるだろう。すなわち、知能は「政治的に」遺伝してはならないのだ。
・ハリスは、子どもの性格の半分は遺伝によって、残りの半分は家庭とは無関係な子ども同士の社会的な関係につくられると考えた。(中略)子どもは、親や大人たちではなく、自分が所属する子ども集団の言語や文化を身につけ、同時に、集団のなかで自分の役割(キャラ)を目立たせようと奮闘するのだ(『子育ての大誤解』<早川書房>)。 集団への同化と集団内での分化によって形成された性格は、思春期までには安定し、それ以降は生涯変わらない。ぼくたちは長い進化の歴史のなかで、いったん獲得した性格を死ぬまで持ちつづけるように最適化されている。
・もうちょっと正確にいうと、適性に欠けた能力は学習や訓練では向上しない。「やればできる」ことはあるかもしれないけれど、「やってもできない」ことのほうがずっと多いのだ。 こちらが正しければ、努力に意味はない。やってもできないのに努力することは、たんなる時間の無駄ではなく、ほとんどの場合は有害だ。
・中間共同体とは、PTAや自治会、会社の同期会のような「他人以上友だち未満」の人間関係の総称だ。日本や欧米先進諸国では、貨幣空間の膨張によってこうした共同体が急速に消滅しつつある。PTA活動や自治会活動は面倒臭いから、お金を払ってサービスを購入すればいい、というわけだ。 中間共同体が消えてしまうと、次に友情空間が貨幣に侵食されるようになる。友だちというのは、維持するのがとても難しい人間関係だ。それによくよく考えてみれば、たまたま同級生になっただけの他人が、思い出を共有しているというだけで、自分にとって「特別なひと」になる合理的な理由があるわけではない。
・アメリカの有名大学でMBAを取得した優秀なひとたちが、最新のマーケティング理論を引っ提げて起業に挑戦するけれど、ほとんどは失敗する。それは彼らが儲かることをやろうとして、好きなことをしないからだ。 それに対して「好き」を仕事にすれば、そこには必ずマーケットがあるのだから空振りはない(バットにボールを当てることはできる)。ほとんどのひとは社会的な意味での「成功」を得られないだろうけど、すくなくとも塁に出てチャレンジしつづけることはできる。

起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと/磯崎哲也

(本書は献本いただきました。献本、ありがとうございます)

内容は「事業計画」「資本政策」「企業価値」「ストックオプション」「種類株式」などなどベンチャーのファイナンスに関わること全般で、すごく難しく聞こえますが、奇跡的に分かりやすいです。

僕も職業柄、いくつかファイナンスを経験してきたこともあって、いろいろと相談を受けたりするのですが、ファイナンスはテクニカルに奥が深く、かつ幅広い解決方法があったりして、なかなか全体として把握するのが難しいと思っています。

僕の場合、周りに詳しい方々がいたので、なんとかなってきましたが(すごく幸せなことですね)、もしこの本があれば、すごく早くにいろいろなことが知れてよかったのに、と思いました。

特に、資本政策は後戻りが聞かないので、いろいろと大変な相談とか話とかを聞きます。後、ネット上だと結構適当なことを書いてあることが多くて惑わされたりします。そうならないためにも資金調達とかする前に一読することをオススメしたいです。

P.S.磯崎さんのブログはこちらです。

ルポ 貧困大国アメリカ II/堤未果

ルポ貧困大国アメリカ」の続編。今回は、学資ローン、社会保障、そして前回にひき続き医療改革などを取り上げています。

相変わらずひどい実例のオンパレードで、暗い気持ちになりますが、特に医療改革でオバマ大統領がようやく国民皆保険導入を公約に掲げて当選し、医療関係者などの賛同も経て導入に向けて動き始めたにも関わらず、医療保険会社などの画策により見事に潰されていく様が何とも言えない無力感を覚えます。

日本人でよかったと思う一冊。

<抜粋>
・学資ローンに対しては消費者保護法というものは存在しない。1998年にクリントン大統領が署名した高等教育法改正が、他のローンに通常は適用されている消費者保護法のすべてを学資ローンから削除したからだ。さらに2005年には、住宅ローンやカードローンでよく使われる、借り手が自己破産した場合の借金残高免責も学資ローンの適用から外されていた。
・労使交渉で強気に出られないGMは、従業員と退職者の年金と医療保険を負担し続け、ついに医療費負担は他の業界を抜いて全米一の年間56億ドルにまで膨れ上がった。 自動車一台あたりに上乗せされる年金分のコストは1500ドル(15万円)。これが競争相手のトヨタUSAに大きく引き離される原因の一つとなり、かつては「巨人」と呼ばれたGMの市場での力は失われていった。
・現在アメリカ国内で歯科医療保険を持っていない国民は1億人、約3人に1人いる。 貧困層では数百万の子どもたちが、治療しないままの虫歯を持っている。(中略)歯と貧困には深い関係がある。他の病気と違い、歯には自然治癒というものがないからだ。
・「医療費がこれだけ高い国はどう考えても異常です。カリフォルニア州では医療費請求の21%が保険会社によって却下されている。1錠の薬を4つに割って節約する高齢者や、仕事を持っているのに突然破産する会社員、過労死や鬱病で倒れてゆく医師や看護師。これらを生み出した原因はたった1つ、医療を賞品にしてしまったことです」
・「今のシステムが奪った、目に見えないものとはたとえば何ですか?」 「患者と医師の間のつながりや、医師のなかに存在するはずの誇り、充実感などです。(中略)間に医療保険会社という株主が介在しない世界では、患者は医師を人として信頼し、医師は患者との交流を通して、いのちを救っているという充実感と誇りを受け取るのです。これは数字では測れない、けれど人間が日々生きていくためには失ってはならないものの1つです」
・アメリカの総人口は世界の5%だが、囚人数は世界の25%を占める「囚人大国」なのだ。
・州政府にとってそれら民間刑務所の最大の魅力は、とにかくコストが安いことだという。全米の刑務所運営維持費用は年間570億ドル(5兆7000億円)を超えており、これは国の年間教育予算420億ドルを上回っている。

まさか!?/マイケル・J・モーブッサン

LMCMというファンドのチーフ・インベストメント・ストラテジストで、コロンビア・ビジネススクールのファイナンス非常勤教授のマイケル・J・モーブッサン氏が「ブラック・スワン」「なぜビジネス書は間違うのか」などのビジネス書の内容の一部や、研究事例などを元に、意思決定の考え方や、ミスをするポイントについてまとめて書いています。

個人的に、非常に興味のあるテーマなので、大変おもしろかったです。結局のところ、世の中には間違った考え方が氾濫しているので、それらに気づくことが重要ですが、しかし、それらは巧妙に正しいふりをしています。こういった著作を読むことで、気づきを得て、少しは判断ミスを防ぐことができるようになります。

いくらがんばっても、判断ミスをゼロにすることはできませんが、こうやって少しでも前進していきたいなと思っています。

<抜粋>
・よい決断を下したにもかからわず、ひどい結果が出たら、自らを奮い立たせ、再び立ち上がり、もう一度ゲームに取り組む準備をすること。それだけだ。
・他人の意思決定について評価する時もまた、彼らが得た結果よりも決断を下すプロセスに目を向けるのがよいだろう。たまたま偶然に大きな成功を収めるような人も少なくない。たいていは、彼らはどうやってその結果が得られたのか、まったく検討がついていない。しかし、多くの場合、運命の女神が彼らに微笑むのをやめたとたんに、彼らは奈落の底に突き落とされる。同様に、スキルのある人でも、一時期だけひどい結果を被るようなこともあるが、そこで落胆してはならないのだ。
・ある研究で、研究者が二つのグループの社会人に、1ドルで、50ドルの賞金が得られる宝くじに参加してもらった。(中略)抽選の前に、研究者が被験者に、宝くじのカードをいくらで売れるか訊ねてみた。カードを自分で引いたグループの回答は9ドル近くだったのに対して、自分で引けなかったグループは2ドル以下であった。自分である程度、状況をコントロールしていると信じている人は、当選確率は実際よりもよいと思ってしまうのだ。
・統計的に、アクティブにポートフォリオを構築する資産運用マネージャーは、市場のインデックスよりも低いリターンしか得られておらず、これはどの投資会社も認めている。この理由は極めてシンプルだーー市場は非常に競争が激しく、かつ、運用マネージャーは手数料を取るのでリターンが減ってしまう。市場はまた、適度にランダムで、時の経過につれてすべての投資家がよい結果と悪い結果に出合うようになっている。にもかからわず、アクティブ運用マネージャーは、我こそは市場よりもはるかによいリターンを得られるかのように振る舞う。
・心理学者リチャード・ニスベットの研究によれば、東洋人と西洋人の間には大きな文化的な相違があるという。東洋と西洋では経済的、社会的、哲学的な伝統が異なるため、ある出来事に対する受け止め方が変わってくるのだ。東洋人はより周囲の状況に関する説明をしたがり、一方、西洋人は個別の事柄に固執する。東洋と西洋の間で認識の違いが生まれるのもうなずける。例えば、東洋人は環境に合わせようとするが、西洋人は自分がそこにいる目的を明確にしたいと思う。
・よい結果が繰り返し起こると、人は自分のやり方が正しく、それですべてうまくいっていると考える。この錯覚が人に根拠のない自信を植えつけ、(たいていはよくならない)予期せぬ出来事へとつながるのである。
・人が複雑なシステムを考える時に犯すもう一つの過ちは、心理学者が還元主義的先入観と呼ぶ(中略)人間の、複雑な問題をよく考えずにシンプルに片づけてしまおうとする傾向である。
・この先入観のよい例が金融である。早くは1920年代のリサーチですでに、価格は通常の正規分布に当てはまらないと示しているのにもかかわらず、経済学理論はいまだに価格は正規分布するということを前提に置いている。もし金融の専門家がアルファ、ベータ、もしくは標準偏差という言葉を使って証券市場の説明をするのを聞いたことがあるならば、それは実際に目の前で還元的先入観を見ていたことになる。
・非常に稀で極端な出来事は、ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもある。集合的なシステムについて考える際には、コストをそれほどかけずに、なるべく多くのポジティブな出来事に出合い、ネガティブな出来事が起きても大丈夫なように対策をしておくことである。
・例えば、ある企業がよい業績を出していると、マスコミが「正しい戦略、ビジョンのあるリーダー、士気の高い社員、すばらしい顧客志向、活気あふれる企業文化……」と賞賛するであろうことをローゼンツワイグは述べている。しかし企業の業績がその後、平均に回帰すると、傍観者たちはこれらすべての指標が悪くなったと結論づけるだろうが、現実にはそのようなことは何も起こっていないのである。多くの場合、同じ経営陣が同じ戦略で、同じ経営を行っているのである。
・本書で述べる意思決定の過ち(判断ミス)はたくさんの人に共通に起こる、よくあるもので、日常で見つけやすく、なおかつ防げるものでなければならないと述べた。私の意図が伝わっていれば、本書に出てくる事例のような過ちをいろいろなところで見かけるようになるだろう。最初にやるべきことは、毎日流れてくる多くの情報の中から、これらの過ちに気づくことである。
・いったん結果が明らかになると「後知恵のバイアス」がかかって、多くのコメンテーターが最初からそんなことはわかっていた、というようなことを偉そうに言いはじめる。また、人は、物事がうまくいかなかったのは他人のせい、うまくいったのは自分のおかげだと言いたがる。そして、本書では、日常で目にする事件や、さまざまな決定の結果を考える際には慎重でいようと呼びかけている。

ルポ資源大陸アフリカ/白戸圭一

毎日新聞記者で元南アフリカ特派員の白戸氏が書いたアフリカの実情。南アフリカはもちろんのことナイジェリアからスーダン、ソマリアなどに現地取材をしており、間一髪なシーンも何度も出てきます。その介あって様々な取材対象から多重的なコメントを引き出して、新聞という限られた紙面でないこともあり、非常に丁寧に分かりやすくアフリカが描かれています。

ここのところ新聞業界が苦境に陥ったりして、ジャーナリズムのあり方が問われていますが、本書を読むと、これこそがジャーナリズムであり、絶対に必要なものだという感を新たにしました。

非常に刺激的でおもしろいので、アフリカを少しでも知りたいと思う方には、とっかかりの一冊としてよいと思います。

<抜粋>
・ナイジェリア産原油の約半分を生産する最大手ナイジェリア・シェル社の2004年の推計では、同社の石油関連設備から盗まれた原油は1日辺り4万〜6万バレル。ドラム缶に換算すると実に3万1800〜4万7700本に相当する原油が毎日、パイプラインに開けられた穴から抜かれたり、沖合に停泊した偽のタンカーに積み込まれて密売されているのだ。これはもう、住民が貧しさに耐えかねてコソ泥を続けているというレベルの盗難量ではない。大規模な犯罪組織でなければ扱いきれない分量だ。
・私は発散さんに「スーダン政府は国際社会に対して、民兵を組織化したり支援した事実はないと一貫して否定しています。政府軍が村を襲撃することなどあり得ないとも言っています」と答えた。メッキーが通訳を終えると、周囲に集まっていた数十人の住民が一斉にどよめいた。 「本当ですか」 「じゃあ、襲撃の際に、なんで軍のヘリコプターが村の上を飛んでいたんだ」 テレビとも新聞とも無縁な人々が、自分たちを襲った惨劇が世界に向けてどう伝えられているかを知っているはずもなかった。命からがらキャンプに逃げてきた彼らにとって、襲撃の首謀者が自国政府であることは「常識」だったのである。
・無政府国家には警察が存在しない。立法機関も存在しないから、そもそも社会生活を律する法律がない。したがって、道義的な責任はともかく、法律上はソマリアで人を殺しても罪にはならない。そんなソマリアには天文学的な数の銃が氾濫しており、我々はソマリアの地に足をつけた瞬間から猛獣の檻に紛れ込んだウサギのような存在であった。(中略)入国前に我々が辿り着いた結論は、有能な私兵集団を護衛に付ける以外にないということであった。
・モガディシオ市民の日常生活の情報源はラジオである。モガディシオには、この時、十局のFMラジオ局があった。(中略)「特定の武装勢力が批判の的になると、当事者から怒りの電話がかかってくることもあります。でも、武装した人間が幅を利かせる国になってもう14年です。武装勢力を支持する国民なんて一握りしかいません。ラジオを通じて人々が自由に意見を言える社会をつくりたいと思います」

ゴールは偶然の産物ではない/フェラン・ソリアーノ

FCバルセロナがどのように世界的クラブになったのかを最高責任者(副会長)であったフェラン・ソリアーノ氏が書いています。MBA出身者らしく、サッカーという不確実性の高い業界ながら、ロジカルに考え、着実に手を打っているのが分かります。

しかし、読みながら、サッカークラブが国内リーグやチャンピョンズリーグで優勝できるのかどうかは確かに時々の運にも左右されますが、実際のビジネスもよく考えれば同じく運に左右されるわけで、サッカークラブを経営するというのは、普通の会社を経営するのとほとんど変わらないのだろうなとも思いました。

そのため、普通にまっとうな経営の成功例を知ることができ、サッカーファンにとっては欧州のサッカー業界でどのようなことが起きているかも同時に楽しめる一度に二回おいしい作品になっています。

日本はなぜ貧しい人が多いのか/原田泰

タイトルは統計的な事実の一つで、基本的に統計学を駆使して、一般に信じられている俗説の誤りを指摘し、さらにはそれではどうすればいいかまで仮説を提唱する内容になっています。統計の読み方にはいろいろな考えがあり、本書の読み方が必ずしも正しいとは言えないとは思いますが、いろいろと意外な事実を見せつけられると、もっと丁寧にものごとを見ていく必要があるのだなと痛感させられます。

特に年金について、なぜ今払いすぎになっているのかを高度経済成長と人口増で説明し、支給額と支給年限を3割カットすればほとんどすべての問題は解決するし、それでもまだ世界一のレベルにある、というのは目から鱗でした。

もちろん精査は必要だと思いますが、根拠のない削減やばらまきよりは、事実に基づいた国家経営をして欲しいものだなと思いました。これ以外のパートも非常に興味深くて、見識を広げる上でよい良作と思います。

<抜粋>
・要するに、1700年ごろまで、世界はほとんど一様に貧しかった。ところが、その後の300年で、世界のある国は豊かになり、他の国は貧しいままだった。これは、豊かな国が豊かなのは、他の国を貧しくしたからではないことを示唆する。
・子供のコストには、養育するための直接コストだけではなく、母親が子供を育てるためにあきらめなければならない所得が含まれる。(中略)失われた所得は、2億3719万延となる。これが例えば2人の子供を育てるためのコストで、1人当たりにすれば1億1860万円ということになる。もちろん、これに加えて食費や教育費もかかる。
・(年金について)人口が減少すれば有利な年金は払えない。しかし、これは当たり前のことではないだろうか。私は、むしろ、日本中のすべての高齢者が、払い込んでもいない年金が魔法のポケットから出てくるはずはなく、産んでもいない子供が年金を払ってくれるはずもない、という当たり前の事実を認識してくれると思っている。世代間の対立などあり得ない。すべての親は、次世代の子供の幸せを願っており、それが日本を繁栄させてきた。高すぎる年金は諦めてもらうしかないが、子供は、親にそれなりのプレゼントをすることを嫌がってもいない。年金のカットは、制度の永続性を保障し、人々にむしろ安心を与えるはずだ。
・年金支給額と支給年限を3割ずつカットすれば、年金支給額は(1-0.3)×(1-0.3)=0.49であるから半分になる。年金保険料引き上げは必要なくなるどころか、引き下げも可能になり、人口減少社会の問題は解決する。そして、年金をカットした後でも、日本の年金は世界一のレベルにある。年金の大幅なカットをした後でも、私たちは、日本の社会保障システムを誇りに思うことができる。これはすごいことだと思いませんか?
・日本の社会保障支出全体の対GNP比は2003年で17.7%と、国際的に見て低いが、高齢者向け支出に関しては、9.3%であり、ドイツの11.7%より低いものの、イギリスの6.1%、オランダの5.8%を大きく上回っている。では、何が低いのか。日本は医療費も低いが、もっとも低いのは家族を助ける支出だ。(中略)イギリスは、高齢者のための支出が日本の3分の2にすぎないのに、子供のためには日本の4倍も支出している。イギリスは、高齢者が我慢して、子供を育てる若者を助けている。これこそが未来のために現在を犠牲にする不屈のジョンブル魂だと私は思う。
・公務員の賃金水準が高い都道府県ほど、都道府県民の所得は低い傾向がある。(中略)なぜこのような傾向があるのだろうか。所得の低い県では、公務員の他に仕事がないので、公務員の賃金が相対的に高くなるというのが、通常の答えだろう。 しかし、公務員のほかに仕事がないのであれば、公務員の賃金も安くて済むはずだ。(中略)むしろ因果関係を逆にして考えるべきではないか。公務員の賃金が地域の賃金水準よりも高ければ、有能な人材が公務員になり、ビジネスには集まらない。だから、地域の経済発展が遅れるのではないか。

マネーの進化史/ニーアル ファーガソン

歴史におけるお金の起源から熱狂と失望など。ここ最近のバブルや壮大な失敗は見聞きしても、歴史に出てこないお金の歴史はよく知らなかったので大変興味深くおもしろかったです。最新の金融工学がどうというより、お金とは何かを考えるのが、お金を知り、お金に振り回されず、お金をコントロールすることに繋がります。全体を俯瞰できる良書だと思います。

<抜粋>
・はじめてコインがお目見えしたのは、紀元前600年ごろまでさかのぼれるようで、エフォエス(現トルコ領、イズミルの近く)にあるアルテミス神殿の遺跡で、考古学者たちが発見した。
・彼(注:アダム・スミス)が1776年に『国富論』を書いてから一世紀の間に、金融界では爆発的な改革が進み、ヨーロッパや北米でさまざまな形態の銀行が数多く生まれた。最も古くからあるのは、手形割引を行う銀行だ。
・(1970年ごろイギリスでは)収入や資本利得が高いと100%を超える限界税率が適用されたため、それまでに見られた貯蓄や投資の意欲を減退させた。福祉国家イギリスは、資本主義経済が機能するうえでなくてはならないインセンティブを奪ったように思えた。つまり、努力する者に与えられる「大金」という「アメ」、そして怠け者が被る「困窮」という「ムチ」が失われたのだった。
・このゲーム(モノポリー)を作ったそもそもの動機は、ひと握りの地主が借地人から徴収した地代で儲ける社会制度の不平等を暴くところにあった。(中略)このゲームが教えてくれるのは、最初の考案者が意図した点とはまったく逆で、「不動産を所有するのは賢い」ということだ。
・アメリカの住宅購入者に具体的な変化をもたらしたのは、連邦住宅局(FHA)だった。FHAは住宅ローンの借り手に政府が支援する保険を提供し、高額で(購入価格の最高80パーセント)、長期(20年)の、完全に割賦償還される低金利ローンを普及させようと試みた。(中略)魅力的だがどこに行っても代わり映えのしない典型的な郊外風景が広がる現代のアメリカは、このようにして生まれたと言っても過言ではない。
・一世紀あまり前、欧米の先進的なビジネスマンたちは、アジア全域には目もくらむようなチャンスが潜在していると考えた。(中略)ところが、西欧の資金を10億ポンドあまり投資したにもかかわらず、ヴィクトリア時代のグローバリゼーションの芽は、アジアのほぼ全域でうまく根ざさず、今日、植民地搾取として記憶される、苦い遺産だけが残った。
・いまになって振り返ってみれば(第一次世界)戦争の原因はいくらでも見つかり、しかも歴然としているのに、なぜ当時の人びとは悲劇的な戦争が起きる数日前まで、それらの点に気づかなかったのだろうか。一つには、流動性が豊富だったことと時間が惰性的に流れたことがあいまって、視界が曇っていたからかもしれない。世界の統合が進み、金融の技術革新がおこなわれたおかげで、投資家たちは安全感を高めた。さらに、普仏戦争という直近の大規模なヨーロッパ戦争から44年が経っていたし、ありがたいことに前回の戦争は短期間で終わっていた。
・2008年5月の時点では、中国がアメリカの景気後退の影響をまったく受けないなどということは、あり得ないように思われた。アメリカはいぜんとして中国の最大の輸出先であり、中国輸出総額のおよそ五分の一を占めていた。一方ここ数年、中国の成長に対する純輸出額の重要度は、かなり低くなった。そのうえ、潤沢な外貨準備高のおかげで、北京は悪戦苦闘するアメリカの銀行に資本注入できるくらい強い立場に立てた。
・最もあり得そうな事態は、アメリカと中国の政治的な関係が悪化することだ。争点の発端は貿易かもしれないし、台湾やチベットの問題、あるいはほかのまだ顕在化していない問題が起爆剤になるかもしれない。このようなシナリオは、信じがたいかもしれない。だが後世の歴史家たちが歴史を振り返るとき、このような展開になった経緯を説明しようとして、一連の因果関係をどうそれらしく組み立てるのかは容易に想像できる。