世界一周その33ービールの街ミュンヘンとドイツ田園風景

前回お伝えしたとおり空港を間違えるというミスにより、ミュンヘンに赴任している大学の先輩とは会えず。。痛恨。とはいえどうしようもないので、気を取り直してミュンヘン観光。ロンドンに比べるとコンパクトだし、待ちゆく人にブロンド率が急にあがってます。基本ドイツ語ですが、英語もほとんど通じるようです。

ミュンヘンの街中、割りとのどか

ミュンヘンの街中、割りとのどか

ミュンヘン市内

ミュンヘン市内

オクトーバーフェストの会場

オクトーバーフェストの会場

ミュンヘンに来たらせっかくなのでディズニーランドの眠れる森の美女の城の元になったとも言われるノイシュヴァンシュタイン城に行ってみます。自力でもいけるようですが、ツアーの方が他のスポットにも行けるし、当然楽に回れるし、丸1日で49ユーロとそんなに高くないのでツアーを選択。

リンダーホーフ城、美しい...

リンダーホーフ城、美しい…

ノイシュヴァンシュタイン城内は割りとコンパクトなんですが、豪華で、色使いとか洞窟部屋とかルートヴィヒ2世の趣味が全開に表現されていて素晴らしかったです(撮影禁止)。しかし、建設中に移り住んで半年後には完成を見ぬまま死んでしまったという悲しい城です。

ノイシュヴァンシュタイン城

ノイシュヴァンシュタイン城

個人的には、城そのものよりもそこから見える景色が本当に素晴らしかったです。イメージするヨーロッパの美しい田園風景そのまま。パラグライダーなんかも飛んでて、気持ちよさそうでした。

ノイシュヴァンシュタイン城からの美しい田園風景

ノイシュヴァンシュタイン城からの美しい田園風景

この日は18時半に帰ってきて、オススメされたレストランに行ってみたのですが、完全にビアガーデン。暑くもなく寒くもなく最高の環境。ミュンヘンではオクトーバーフェストが有名ですが、混み合う時期に行かなくても、いくらでもビールとソーセージを堪能することができます。

Augustiner Keller。ビアガーデンです、完全に

Augustiner Keller。ビアガーデンです、完全に

その後、寝台列車へ乗り込みます。ミュンヘンからベルリンまでの夜行列車は2等でも134ユーロにベッドで60ユーロと正直言って飛行機の方が安いくらいです。しかも二人部屋で2畳分くらいなのでかなり狭い。荷物とかもあるので、もうぎゅうぎゅうという感じです。結構揺れるのでひとによっては寝られないかもしれません。ま、個人的にはビールでいい感じに酔っ払っていたので、そのまま爆睡して朝を迎えましたが。

ドイツの寝台列車、2畳2段ベッド

ドイツの寝台列車、2畳2段ベッド

そんな感じで、ドイツの首都ベルリンに到着しました。

<TIPS>
・ミュンヘン空港からミュンヘン中央駅までは電車で1本、1時間弱で非常に便利。ただ空港出たところでは案内がシャトルバスしかなくて、ちょっと迷いました。隣のモールの地下に駅があります。
・ミュンヘン中央駅南口のバーガーキングでは無料WiFiが利用可能
・ノイヴァンシュタイン城ツアーはミュンヘン中央駅のインフォメーションセンターで購入可能。参加者が多いので、当日は8時くらいからバスがどんどん出ていく仕組みのようです。ガイドのおじさんがすごくおもしろくて、ひたすらギャグをかませてきてみんな楽しんでました。
・ミュンヘンの最後にサンドストーム(?)に遭いました。急に土砂降りの雨が降ってきて、夏だというのにヒョウまで降ってきてました。ガイドのおじさんが今夜はサンドストームが来るので気をつけてと言っていたので、砂嵐でも来るのかなと思っていたのですが、土砂降りの雨。。おかげで水浸しになりました。こういうものですか、ドイツ?

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世界一周その32ーオリンピックでにぎわうロンドンへ

前回半周最後に往復でたまたまロンドン帰りのチケットを取ったところ、偶然にもオリンピックの開会式の日だったので、せっかくなので、そのままにしてイスタンブールからオリンピック開催中のロンドンへ。日本で応募した観戦の抽選は全部外れたんですが、とりあえず開会式をパブリックビューイングで観て、ゲームはパブとかで観られればいいかなという程度の考えで。

開会式のパブリックビューイングはいろいろなところでやっていたようですが、ロンドンに赴任中の大学の先輩とハイドパークへ。イメージ的には夏フェスに近い感じ。007から始まって世界的にポピュラーなイギリス産のアーティストや俳優が出まくってて、大盛り上がりでした。日本でこれをやるのは難しそうで、イギリスらしさが出ていてとてもよかったです。途中入場シーンのところは別途にアーティストが登場してライブやってました。

パブリックビューイング@ハイドパーク

パブリックビューイング@ハイドパーク

翌日からは、いろいろ歩き回って観光スポットをめぐったり、大英博物館に行ってみたり。初日にバスの乗り方を教えてもらったので、どこへでもすんなり行くことができてよかったです。また、オリンピック期間中ということもありホテルなどはかなり高騰しているし、どこも人で賑わっていたものの、ボランティアの案内人もたくさんいて、なんでも大体スムーズでした。特に街にはあらゆる所にマップが設置してあって、どこまで何分で行けるというのがすごく分かりやすくなっています。こういうの東京でもやればいいのになと思いました。

レスター・スクエア、大体どこもこれくらい混んでた

レスター・スクエア、大体どこもこれくらい混んでた

新しい名所、ロンドン・アイ

新しい名所、ロンドン・アイ

夜のビッグ・ベン(英国国会議事堂)

夜のビッグ・ベン(英国国会議事堂)

大英博物館は、まさに世界各国の芸術展といった感じ。よくぞここまでというくらい各国の古代芸術品が収集されています。特に、エジプト文明辺りは壁ごとごっそりと何部屋にも渡って展示されています。持ってくるの大変だったろうに。。確かに誰かが収集していなければ略奪されていただけ、というのも一理ありますが、それにしてもイギリス人の収集癖には凄まじいものがあるなと思いました。

大英博物館、エジプト文明の壁たち

大英博物館、エジプト文明の壁たち

誤算だったのは、男子サッカー日本戦とか柔道はテレビでやってなくて、パブで観るとかはできなかったことでしょうか。まぁイギリス人が活躍してるわけではないからよく考えたら当たり前なんですが。ただ、ほとんどの種目はBBCのウェブサイトで無料ストリーミングで観れたのでよかったです(イギリス国内限定ですが)。盛り上がりながら観たいなら、会場にいかないとダメですね。

それから、ロンドンで起業し、Quipperという教育スマフォアプリを展開するDeNA創業者の一人の渡辺さんにお会いできて、ロンドンの起業事情について知れたのはすごくよかったです。個人的に、かなり盛り上がってしまい、遅くまで飲んでしまい失礼してしまいました(渡辺さん、ありがとうございました!)。

渡辺さんが世界で一番美味しいと太鼓判を押す北京ダック

渡辺さんが世界で一番美味しいと太鼓判を押す北京ダック

次はミュンヘンの予定だったのですが、思いっきり空港を勘違いしてしまったのは本当に失敗しました。EasyJetの格安チケットだったので無理かと思ったのですが、50ポンドで夕方のチケットに交換してもらいました。しかし、それまで10時間ほど時間を持て余しましたが。。

今回の後半の世界半周では、本当にいろいろなものを置き忘れたり(幸いにしてほとんどのものは出てきていますが)、少し調べれば分かることで時間を無駄にしたりしています。あまりにもうっかりしているので、猛省しているところです。

そして、なんとかミュンヘンへ

<TIPS>
・大英博物館でオススメされたアステカ文明は素晴らしかった。コーティングされた芸術品は繊細な色合いなのですが、ガウディの造作物に同じような色合いや質感のコーティングのものがあり、それを思い出しました。

大英博物館、アステカ文明

大英博物館、アステカ文明

・この時期のロンドンは暑くもなく、寒くもなく、夜21時くらいでも全然明るくて、最高でした。時折雨が降ったりしましたが、すぐにやみました。
・バスは地下鉄に比べて安いし、大体どこにでも1本でいけるという素晴らしいシステムになっています。しかも、2階建てなので、2階の最前列に陣取ると街を眺めることもできて気持ちいいです。バス停のマップの見方を覚えると行動範囲が広がると思います。
・『ダークナイト・ライジング』をIMAXで観ようと思ったのですが、ほとんど日中のものは平日にも関わらず売り切れてました。ヨーロッパにいる間にIMAXを探そうと思います。

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世界一周その31ーイスタンブール再び

パムッカレからどこへ行こうかなと思ったのですが、いくつかやりたいこともあったし、イスタンブールの感じがとても好きになっていたので、いったん戻ることにしました。トルコ航空のサイトみたら、スペシャルオファーで4000円くらいになってたというのもあり。まぁ夜行バスだと2000円くらいなんですが、この価格差なら飛行機でいいかなと。

とはいえ戻ってからも、普通にヴァレンス水道橋とか新市街側を見に行ってみたり、

ヴァレンス水道橋

ヴァレンス水道橋

新市街

新市街

ガラタ搭からブルーモスク

ガラタ搭からブルーモスク

ボスポラス海峡クルーズで黒海の方まで行ってみたり、ハマムで垢すりとマッサージしてみたり、

ドルマバフチェ宮殿をクルーズから

ドルマバフチェ宮殿をクルーズから

アナドル・カヴァウの砦から、奥が黒海

アナドル・カヴァウの砦から、奥が黒海

ケバブとかサバサンド食べたり、結構のんびりでしたが。

船上のサバサンド屋

船上のサバサンド屋

以前だったらこんだけ時間があったらあそこにも行けたなぁとか思ったりしたのですが、今はまぁまた来ればいいやって思うようになりました。まぁいつ来れるかなんで分からないんですが、のんびり街をふらふらするのも旅のひとつですしね。

ラマダンということもあって、夜、ブルーモスク前やガラタ橋の辺りは、たくさんのひとで溢れかえってました。昼はかなり暑いのですが、夜は気温も下がって風が気持ちいい。そうやってぼーっとしていると、外国人をひっかけてやろうという詐欺師たちがひっきりなしに話しかけてきます。

夜のブルーモスク

夜のブルーモスク

「日本人と韓国人と中国人はワシからしたら区別がつかないけど、どうなんだ」とか「(僕がゲーム作ってたというと)オレもゲーム作りたいから学校に行きたいと思ってる」とかまぁどうでもいい会話してました。最後は必ずビール飲みに行こうってなるんですが、ホテルで用事あるからと行って逃げてました。

スィルゲジ地区、遅くまで賑やか

スィルゲジ地区、遅くまで賑やか

そんなわけで、オリンピック開会式に間に合うようにロンドンへ飛びます。

<TIPS>
・パムッカレから最寄りのデニズリ空港まではシャトルで40〜50分くらいと結構遠いし、30トルコリラもしました(交渉次第でもっと安くなりますが、やむを得ない事情により)。
・サバサンドは、小舟の上で焼いていて、売り子が柵の向こう側で売っています。しかも、ちょくちょく場所が移動するようなのでお見逃しなく。5トルコリラ、かなり美味しいです。
・滞在したのはちょうどラマダンが始まった頃だったのですが、ホテルのハマムが22時以降のみと言われた以外はほとんど何の影響も感じませんでした。まぁ観光スポットばかりだからだと思いますが。
・イスタンブールのトルコ航空ラウンジは二回目なんですが、かなり使いよいラウンジだと思います。ご飯はキョフテからビザからデザートまでなんでもあってかなり美味しいし、荷物を預けるロッカーもあり、もちろんネットも電源もあります。

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世界一周その30ー無造作すぎる世界遺産ヒエラポリス-パムッカレ

カッパドキア/ギョレメからはパムッカレまでは夜行バスの直行便が出ており、割りと楽ちん。20時位に出て朝6時に着きます。バスは意外に快適で、水やコーヒー、パンケーキのサービスもあり、個別TVも着いています。3時間おきくらいに道の駅のようなところで止まるので、トイレや空腹に悩むこともありません。約10時間乗って、2000円弱。安い。

パムッカレは本当に小さな村でどこのホテルをとっても歩いて行けます。そして、その目前にいきなり噂の石灰棚がどどんと唐突に存在しています。石灰棚は本当に不思議で、温泉水が石灰を押し流して縁で固まるので、このような形になるようです。全体に常に水が流れているのが実に不思議です。

パムッカレの石灰棚

パムッカレの石灰棚

夕方のパムッカレ石灰棚

夕方のパムッカレ石灰棚

パムッカレ石灰棚、ここは人が入れないところ

パムッカレ石灰棚、ここは人が入れないところ

しかも、その世界遺産の中に浸かれてしまうというのがすごい。深いところは結構深いので、欧米人中心にみんな水着で来て浸かっています。そんなに熱くないので、温水プールみたいな感じで。どうやら石灰棚の上にある温泉(日本人的感覚としては温水プール)で着替えて、浸かりに来ているようです。浸かってないひとの方が少数派です。

石灰棚で温泉する人たち

石灰棚で温泉する人たち

さらに石灰棚の上にはヒエラポリスという古代都市の遺跡もあります。円形劇場などは非常に状態がよくて、座ってぼーっとしていると当時の情景が浮かんできます。その他は結構崩れたりしているのですが、何か手当てをされるわけでもなく道端にゴロゴロと遺跡が転がっています。たぶん土から発掘されたものだとは思うんですが。。かなりダイナミックです。

ヒエラポリスの円形劇場

ヒエラポリスの円形劇場

ヒエラポリス、遺跡がゴロゴロ

ヒエラポリス、遺跡がゴロゴロ

パムッカレは、石灰棚にしてもヒエラポリスにしても世界遺産なのに無造作すぎておもしろかったです。恐らくどっかのタイミングで入ったりできなくなっちゃうような気もしますので、早目に行っておく方がいいんじゃないかなと思いました。

後、パムッカレ村にはたくさんのホテルがありますが、プールやハマムがついているホテルも多くあり、しかもかなりリーズナブルです。正直言って、石灰棚とヒエラポリスは3,4時間もあればひと通り観られるのですが、昼はホテルでのんびりするのは悪くないと思います。特に夏の日中はほとんどリゾートのような暑さなので。。

パムッカレの夕日

パムッカレの夕日

というわけで、いったんイスタンブールに戻ります

<TIPS>
・地球の歩き方などだとカッパドキアからパムッカレに行くにはデニズリに行ってからバスでというようなことが書いてあるのですが、現在は直行の夜行バスが出ています(少なくともギョレメからは)。チケットは45トルコリラ(2000円弱)程度。20時に出て6時半くらいにつきました。
・一部ホームページでは、デニズリからイスタンブールは夜行列車が快適というようなことが書いてあるのですが、現在は運休しているようです
・石灰棚+ヒエラポリスへのチケットは1回使いきり20トルコリラです。パムッカレ村側からあがるとものすごい坂道を登る感じになるので、ヒエラポリスの北門側まで行って、そこからヒエラポリスをまず観て、温泉に行き、それから降るのがベストだと思います。さらに言えば、夕方17時くらいから行って、ヒエラポリスを観て、温泉に行き、石灰棚で20時過ぎくらいから石灰棚で夕日を観るのがベストだと思います。昼はめちゃくちゃ暑いので。。

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世界一周その29ー気球からカッパドキア

イスタンブールからカッパドキアまではバスで行こうかと思っていたのですが、飛行機を調べたらトルコ航空でも1万円程度で行けそうだったので、無理せず大人力を発揮します(ちなみに格安航空会社だと3000円程度でもありそう)。ホテルも前日にとったにも関わらず、迎えを手配してくれて素晴らしいホスピタリティ。

ホテルはいわゆる洞窟ホテル、せっかくなので。しかし、この辺(ギョレメ)には洞窟ホテルが山ほどあるようです。カッパドキアの辺りには石がニョキニョキと立っていますが、これは全体が浸食されて固い部分だけが残ったかららしいです。しかし、その石もすごく固いというわけではないので、昔から人は石を削って家にしてました。

洞窟ホテル

洞窟ホテル

カッパドキアもイスタンブールと同じく暑いのですが、石の中はすごくひんやりとして涼しい。合理的に考えて、そりゃ掘るでしょうという感じ。

ツアーは、エリアごとにレッドツアー、グリーンツアーなどと分かれていて基本的にどこのツアー会社でも内容はあまり変わらないっぽい。着いたのが夜遅かったので、ホテルに頼んでブッキングしてもらったので少し高めについたかもしれませんが、ガイドさんが結構よかったので、そのまま次のツアーも頼んでしまいました。

ウチヒサール城

ウチヒサール城

パシャバー地区のゼルベの谷

パシャバー地区のゼルベの谷

デリンクユ地下都市、広いところは広い

デリンクユ地下都市、広いところは広い

しかし、なんといってもハイライトは気球ツアー。朝4時半から気球に乗って日の出を見つつ、カッパドキアの雄大な自然を堪能しました。暑くも寒くもなく風もなかったので超快適でした。気球ツアーがカッパドキアの売りになっているだけあって、無数の気球がほぼ同時に離陸し、その無数の気球自体がカッパドキアの不思議な景観と重なって、さらに幻想的な景色になるという好循環が形成されています(笑)。素晴らしかったです。

気球、実はかなりでかい

気球、実はかなりでかい

出発直後の無数の気球

出発直後の無数の気球

気球、高いところから

気球、高いところから

気球、日の出後

気球、日の出後

気球、鳩の谷、かな?

気球、鳩の谷、かな?

後、その後なんとなく入ったレストランで、ポッタリー・ケバブというのをなんとなく頼んでみたのですが、これが大当たり。素焼きの壺の中にシチューのような感じで肉が煮こんであり、周囲を刀でトントンと叩いていくと上部が取れます。それをご飯やパンにつけて食べます。調べたらカッパドキア名物だそうで、翌日も食べに行ったくらい、ほんと美味しかったです。

ポッタリー・ケバブ

ポッタリー・ケバブ

そんな感じで、割りとのんびりしつつ噂の石灰棚パムッカレに向かいます。

<TIPS>
・カッパドキアまではカイセリとネシュヴィルという二つの空港が使えます。そこそこなホテルでは送迎サービスを15トルコリラくらいで用意してくれるようです。カイセリの方だと格安航空会社が乗り入れており、イスタンブールから3000円くらいで飛べるようです。バスならもっと安く行けます。
・気球ツアーはなぜかユーロ払いで150ユーロ。他もそれより少し高いくらいでした(たぶん)。
・ギョレメは非常に小さい街で端から端まで歩いても10分足らず。バス停(オトガル)も郊外でなくど真ん中にあります。ネシュヴィルは通過しただけですが、ショッピングモールなどもあり結構大きな街のようです。

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世界一周その28ーイスタンブールで浮かれて忘れ物

2ヶ月強のインターバルを経て、イスタンブールから残り世界半周を再開しました。

イスタンブールは思ったより全然都会でした。道路も公共交通機関も整備されているし(タクシーはメーター制)、街中も綺麗だし、インターネットも結構速い。

洗練された旧市街

洗練された旧市街

ファーティフ・ジャーミィと夕日

ファーティフ・ジャーミィと夕日

夜のイェニ・ジャーミィ

夜のイェニ・ジャーミィ

金角湾

金角湾

それから、すごくコンパクト。旧市街のブルーモスク、アヤ・ソフィア博物館、トプカプ宮殿、グランドバザールなんかは徒歩でいけるし、新市街のドルマバフチェ宮殿も路面電車で一本。街中は活気があって、夜でも路面店が開いていて、ひとがたくさん歩いているし、すごく安全な印象。

ブルーモスク

ブルーモスク

ブルーモスク内部

ブルーモスク内部

アヤソフィア博物館内部

アヤソフィア博物館内部

トプカプ宮殿のパフォーマンス

トプカプ宮殿のパフォーマンス

トプカプ宮殿からボスポラス海峡を望む

トプカプ宮殿からボスポラス海峡を望む

ドルマバフチェ宮殿

ドルマバフチェ宮殿

個人的に、モロッコのような乾燥して砂っぽくて殺伐とした雰囲気かと思ったら全然そんなこともなくて、すごく申し訳ない気持ちになりました。まぁよく考えれば、中東とヨーロッパの間の超重要ポイントだし、元東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルだから当たり前なんですが。

グランバザール。綺麗、液晶ディスプレイまである

グランバザール。綺麗、液晶ディスプレイまである

地下宮殿、水を貯めていた

地下宮殿、水を貯めていた

そして、ご飯も美味しい。意外なのは野菜とかフルーツまですごく美味しい。かつ値段はリーズナブル。レストランも屋上にあったりして、ボスポラス海峡とかモスクを観ながら食事やお茶ができます。

カフェの屋上からブルーモスク

カフェの屋上からブルーモスク

ちなみにこの時期の気温は結構日差しが強くて暑いのですが、日陰に行くと全然涼しい感じ。最高です。

そんな感じで浮かれていたら、レストランにカメラレンズを置き忘れるという大失態。翌日朝行ってみると、きちんと保管してもらってました。オーナーみたいなおじさん(トルネコ似)にチップを渡そうとしたら要らないと言われ、コーヒーをおごってやると言います。なんて親切な。最後に支払おうとしたけども、受け取ってもらえず。。トルコ人かっこよすぎる!

忘れ物したレストラン、美味しかった

忘れ物したレストラン、美味しかった

そんなんで、一気にトルコ好きになりつつ、カッパドキアに向かいます

<TIPS>
・1トルコリラは約43円
・空港から旧市街or旧市街から空港までのタクシーはお釣りくれない。46,7トルコリラで実質50トルコリラ。
・屋台で1.5トルコリラで売ってる焼きとうもろこしはパサパサしていて美味くない(たまたまかも)
・ブルーモスクとアヤソフィア博物館の前辺りは詐欺師がたくさんいる。「写真撮ってくれないか」が多いっぽい。僕は、自称キプロスから来たというおじさんに1,2時間ほど街案内してもらい、ビール飲んで帰りました。まぁ話はおもしろかったです。
・路面電車のTramvay(トラムヴァイ)は本数が多くてかなり便利。1回2トルコリラ。チケット売場が入口からちょっと離れたところにあるので要注意。

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世界一周の持ち物(最終版)

さて、いよいよ明後日から残り世界半周に出かけます。

前回旅の途中に書いた世界一周1ヶ月後に考える世界一周の持ち物を参考に準備をしたら、レッグポーチ、速乾性バスタオル、水で溶けるポケットティッシュ買ったくらいで準備終了。あっけなすぎる。。一応、今回のまとめを下記につけておきます。

次は、中東、北ヨーロッパ、アフリカ、インド中心に3ヶ月ほどで周ります。このブログやFacebook辺りで更新していきます。

前回の様子はこちら

■世界一周の持ち物(最終版)

▼一般
・パスポート
・国際運転免許証
急遽、運転したくなることがあるので。東京なら都庁で1,2時間で取れます
・海外用財布
・クレジットカード2枚、国際キャッシュカード2枚、キャッシュ(ドル、ユーロ)
意外と知らない海外で現地マネーを一番お得に手に入れる方法参照
・レッグポーチ(足首などに隠せるサイフ&パスポート入れ)
NEW! これで貴重品を守ります
・濡れマスク
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・サングラス
今度は無くさない
・衣類圧縮袋
・石鹸
・爪切り
・日焼け止め
・虫よけスプレー
・薬類(胃腸薬、風邪薬、痛み止め、持病薬、絆創膏など)
前回大活躍だったため
・水で溶けるポケットティッシュ(6パック)
・ジップロック少々
・アルミレスキューシート
・ワイヤーロック×2
・名刺少々
・地球の歩き方(一部)
・自己証明写真
VISA取得などで必要になるらしい
・歯ブラシ&歯磨き粉
基本ホテルにはないので買うしかないが質のいいものはなかなか売ってない

▼衣類系
・ダウンジャケット(小さく圧縮できるもの)
・ヒートテック上下
・帽子
・アウター少々
・長袖シャツ
・ジーンズ&スラックス
・Tシャツ×5
・下着×5
・靴下×5
・レインコート
・水着
・サンダル
暑かったりビーチのあるところではないと非常に不便
・速乾性バスタオル
NEW!! あると便利そうなので
・タオル

▼電子機器系
・MacBook Air 13.3インチ
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・iPhone
今回はiPhoneのみに挑戦。まぁ壊れたらAndroid買えばいいかという割切り
・Kindle
世界一周番外編ー本を電子化して持ち歩く参照
・デジタル一眼レフカメラ(Nikon D7000+標準ズームレンズ+単焦点レンズ)
・USBメモリ 32GB(防水防塵)
バックアップ用に大活躍
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・電動髭剃り
・海外プラグ変換アダプター
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・分配アダプター
変換アダプターだけだと1つしか充電できないので必須
・LEDライト
ツアーなどで山小屋みたいなところに泊まることもあるので
・イヤホン

▼バックパック
・地球の歩き方オリジナル エディターズキャリーバックパックJr II
荷物は少なめなので、48Lで十分。重さは10キロ前後
・サブリュック

▼今回は持って行かない
・部屋干し用洗剤
・インスタント味噌汁
・カメラ三脚
・速乾性パンツ&タオル(速乾性バスタオルは持っていく)
・バックパック盗難防止カバー
・Android端末
・ガラケー

ご意見、ご感想大歓迎です。いろいろ教えてください!

「当事者」の時代/佐々木俊尚

佐々木俊尚氏が日本の言論社会の構造に鋭い論考で切り込んでいます。新書で文章も平易なのですが、かなり骨太でいろいろと考えさせられます。

普通の人が知らないマスメディアと政府や警察、市民団体などの構図の裏側や、それがなぜそうなっているのかが非常に明快に描かれています。そして最後に、高度経済成長の終焉やインターネットの登場により、今後どのように言論空間が形成されていくのか考察されています。

明確な結論はないのですが、確かに、すべてのひとが「当事者」になる世の中で、どのように「当事者」として生きるかはすごく難しい問題です。結局のところ自分が「当事者」としてできることをやっていくしかない、ということなのですが、そこにはやはり自分がこうあるべきという哲学や世界観を込めていくことが重要なのかなと思います。

それにはいろいろな反発もあるでしょうけれども、よいものは徐々に受け入れられていくはずですし、そうやって選択されたもので形成される世の中が未来のよりよい世界になるということだと思っています。

<抜粋>
・「公」である<記者会見共同体>では、警察と記者の関係は対立構造にあることになっている。なぜなら新聞社やテレビ局は、警察当局という権力をチェックする機関であるというのが、建前であり、そこにはズブズブのなれ合いなどいっさい存在せず、つねに緊張関係にあるというのが公的な建前になっているからである。だから記者会見では、建前に沿ったかたちで警察は追求され、厳しい質問も多く飛ぶ。
・警察や検察、政府、自治体などの「当局」に確認を取っていない記事は、そうたやすくは新聞には掲載できない。なぜなら「誤報だ」「捏造だ」「取材がひどい」といったクレームが当事者から飛んできたときに、新聞社だけで全責任を負わなければならないからだ。
・これは実に便利なレトリックである。(中略)実際に大衆がどう考え、どう投票行動しているのかというリアルとはまったく無縁に、自分たちの好む「大衆」を主張してしまえるからだ。「大衆はそんな風に思っていないのでは?」と反論されたら、こう答えればいい。 「彼らはまだ覚醒していないんだ!」 無敵である。
・知識人は知識をつけて知的レベルを上げていけばいくほどに、もといた大衆社会とのつながりをなくしてしまい、自分の拠って立つ基盤を失ってしまうということなのだ。かといって大衆と同じレベルにそのまま居つづければ、革命を起こしていくような知性を持つことができない。これは宿命的な矛盾だ、と吉本(注:隆明)は指摘したのだった。
・ただ「路面電車の廃止が決まる」というだけの記事ではあまりにも素っ気ないし、鉄道会社の言い分をそのまま報じているようにしか思われない。新聞社としてはそこでバランスを取るべく、しかもそれを手っ取り早い方法で行うために、「市民から異論の声が」と運動体の抗議活動を取り上げて、とりあえず紙面的には一件落着とさせるのである。
・新聞記者が市民運動を嫌うのは、先ほども書いたように、マイノリティでしかない市民運動をまるでマジョリティであるかのように描き、単純構図に記事を押し込めてしまっているというジレンマがあるからだ。そしてこのジレンマに内心辟易しているところに、市民運動家が対等な目線で、時には上から目線で記者を見下ろしてくる。 これは記者にとっては、不快以外の何ものでもない。
・「この戦争は、イスラム教徒にとっての聖戦です。アメリカの支配に負けるわけにはいきません」 私はこのコメントをそのまま原稿に起こして、デスクに渡した。デスクは原稿を読んで「うー」とひとことうなり、そうしてこう言ったのだった。 「こういうのじゃなくてさあ、バグダッドの子どもが可哀想だとかそういうイラク人の声はないの?」
・神社のような永続的な建物はもともと日本の神道には存在せず、まつりのたびに人々はその場に神に降りてきてもらい、そこでさまざまな儀式を行なっていたのだ。今のような立派な神社の建物は、後世のものだ。仏教を納める巨大な寺院を建立するようになったことが神道に影響を与え、立派な社を生み出す結果になったのではないかとも言われている。
・幻想としての弱者の視点に立ち、「今の政治はダメだ」「自民党の一党独裁を打破すべし」と総中流社会のアウトサイドから、自民党や官僚という権力のインナーサークルを撃つ。その<マイノリティ憑依>ジャーナリズムはアウトサイドの視点を持っているがゆえに、総中流社会の内側にいる読者にとっては格好のエンターテインメントになる。 しかしウラの実態では、マスメディアはフィード型の隠れた関係性によって、自民党や官僚や警察当局と濃密な共同体を構築している。
・このような二重構造。そしてこの砂上の楼閣のような二重構造は、高度経済成長という右肩上がりに伸びていく社会で富がふんだんに増えつづけていたからこそ、持続を許されていた。
・マルクス主義に取って代わるような「皆が幸せになれるかもしれない」という幻想を支える政治思想など、もはや存在しない。いま語られているさまざまな政治思想ーーリバタリアニズムやコミュニタリアニズム、リベラリズムなどーーはずっとリアルで身も蓋もなく、すべての人が幸せになれるというような幻想は提供していないのだ。
・私があなたに「当事者であれ」と求めることはできない。なぜならそれは傍観者としての要求であるからだ。 だから私にできることは、私自身が本書で論考してきたことを実践し、私自身が当事者であることを求めていくということしかない。
・これは堂々めぐりのパラドックスにも聞こえる。しかしこの壁を乗り越えていかない限り、その先の道は用意されない。しかしその壁を乗り越える人は限られているし、乗り越えない人や乗り越えられない人に対して、誰も手を差し伸べることはできない。 なぜなら、誰にも他者に対して道筋を用意することはできないからだ。自分自身で当事者としての道を切り開けるものにのみ、道は拓かれる。
・だから私が今ここで言えるのは、ごくシンプルなことだけである。 ーーそれでも闘いつづけるしかない。そこに当事者としての立ち位置を取り戻した者がきっと、つぎの時代をつくるのだ。これは負け戦必至だが、負け戦であっても闘うことにのみ意味がある。 これは誰にも勧めない。しかし、私はそう信じているし、そう信じるしかないと考えている。
・その年の春に東日本大震災が起き、問題意識は「なぜマスメディア言論が時代に追いつけないのか」ということから大きくシフトし、「なぜ日本人社会の言論がこのような状況になってしまっているのか」という方向へと展開した。だから本書で描かれていることはマスメディア論ではなく、マスメディアもネットメディアも、さらには共同体における世話話メディアなども含めて日本人全体がつくり出しているメディア空間についての論考である。

起業GAME/ジェフリー・バスギャング

起業家としての成功経験もあり、その後ベンチャー・キャピタリストに転身したジェフリー・バスギャングが、起業家と投資家について豊富な経験から、実話を中心に重要ポイントについて語られています。両方の経験のある方は少ないので非常に貴重です。

僕自身、起業家としてすごく身に包まされるものもあったし、いま趣味でやっているエンジェル投資についてもすごく参考になる部分もあり、さらにVCとの関係においては、自分が恵まれていたがゆえに知らずにいた行動原理がすごく勉強になりました。

本書はタイトルがいまいちなためか、(アマゾンにレビューもなく)あまり知られていないようですが、本当にもったいないです。スタートアップの起業家はもちろん、投資家や関係者すべてにオススメです。

以下は印象に残ったパートを抜粋コメントにて。

CEOは、取締役会とかわした約束を守らず、大金を失い、納期の遅れを公表し、優秀な人材も容易に採用できない。あれこれと主張するも、結局はどれも現実に即していない。布石を打ってもピントがずれている。予算超過。取締役会なり金曜の午後に送るメールなりで、厄介な思いつきを提案する(にしても、なぜCEOが悪いニュースを伝えるのは決まって金曜の午後なのだろう?)。取締役の面々は少しずつ、不信感を募らせ、CEOへの信頼を失っていく。CEOが提供する情報はどれも、本当に正確なのかと疑いはじめる。 (中略)同時にCEOは、どんどん自分に非難が集中してくるように感じる。蜜月期間のときには、明確なビジョンをもった素晴らしい人物とほめたたえてくれていた取締役たちが、どうして四六時中自分を非難し続けるようになったのか、彼にはまるで理解できない。

これは本当にありがちで、起業家が思っている以上に投資家は約束に対しては敏感です。投資家は起業家が言ったことを覚えていて、もし約束通りに達成できなかったり、報告がなかったりすると、信頼感を失っていきます。お互いが不信感を持ってしまっては終わりです。しかし、実際のところほとんどの場合、約束を守れない起業家が悪いのであって、何かを変えなければいけないのは確かです。

多くの起業家は、助けを求めることを恐れ、実際に助けを求めているにもかかわらず、それを認めることをよしとしない。結局のところそういった面々が起業家になったのは、自分で自分のボスになるのが楽しいからであり、熱意はあるものの、自分たちのビジョン追求に固執しすぎるきらいがある。そんな彼らにとって、自分たちが助けを必要としている、そしてときには、たとえどんな状況であれ、自分たちが陥っているところから救い出してもらうために救命用具まで必要としている、ということを認めるのは容易ではない。

しかし、それは誇り高き多くの起業家にとっては非常に困難なことです。そのプライドこそが、成功のさまたげになってしまうことが多い気がします。しかし、プライドは絶対に必要です。プライドが高くなければ折れてしまうこともあり、このバランスがいいのが成功する起業家の条件になります。

(注:デイヴ)わたしが学ばなければならなかったのは、そういったことに対処するための、今までとは違うやり方でした。幸いわたしは、スポンジさながらなんでもどん欲に吸収していきましたから、最も聡明な人を引っ張ってきては、もろもろのやり方を教えてもらい、それを片っ端から実践していったのです。そうしているうちに、なにもかも自分ひとりで答えを出さなければいけないという思い込みを捨てられました。悟ったのです。自分が最も聡明な人間になる必要などない、と。

ここで成功する起業家は助けを求め、自らを変革する方向に動きます。これができるかが僕は最も重要なキーだと思っています。結局、会社というのはCEOの器の大きさまでしか大きくなりません。だから常にきついストレッチをしていく必要があります(それが自らの望む方向性と違う場合、CEOを連れてくるのが最良の道かもしれません)。

しかし、それでもスタートアップというのが世の中に変革をもたらすためにある以上、また、会社というのは、起業家だけのものではなく、投資家や従業員、そして顧客という関係者がいる以上、よりよいサービスを提供できる器にしていくことが求められています。

それらを理解した上で、それぞれの立場でスタートアップに関わっていく必要があるのです。

<抜粋>
・起業家は自信に満ちていなければならない。それは当然だが、当人だけが自信に満ちていても駄目なのである。起業家たるもの、他者にも自信を抱かせなければならず、それはまったく別種の挑戦なのだ。
・(注:リード・ホフマン)「ペイパルのおかげで、この先の人生をつつがなく暮らせるんです。子育てをはじめ、なにも心配はありません。つまりわたしは、“この先なにを悩むことがあるんだろう”といった状態だったのです。まあ、そんなことを言って結局は、いかにして世の中を大きく動かせるような影響力をもつかと頭を悩ませているだけですが。それと、思いたったんです。“いいか、おれには新たに巨大非営利団体をつくりあげられるほどの大金はない。あくまでも自分には充分な額を持っているだけだ。だったら、営利を追求しつつ、本当に世のため人のためになることをしたらだどうだ”ってね」
・リードは決して、儲けたかったわけでも目立ちたかったわけでもない。2008年の夏まで、彼が妻と住んでいたのは、寝室がふたつの小さなマンションだった。そしてリードは、洋服よりも書物を好む人物だ。「お金は大事ですよ、でしょう?」と彼も認めている。「お金があればいいものが手に入るし、他のことだって好きにできるんですから。でも、お金そのものが人生の意義じゃないんです。お金は確かに“きっかけ”ですが、わたしは別に、お金がほしいと思って朝起きるわけでもないし、お金がほしいから家に帰るわけでもありません。それは、もっと他のいろいろなことをさせてくれるものなのです。リンクトインそのものは、とてつもなく大きな影響をおよぼせますし、わたしに大金をもたらしてもくれるでしょう、なにか他のことに使えるお金を。そのなにかこそ、『自分がここにいるから、世の中はもっとよくなる』と胸を張って言えるものなのです」
・わたしは悟ったのだが、VCになるのと起業家精神を抱くのとでは、まったく異なる魅力があった。VCになれば、思いもかけなかった知的な経験をしたり、優れた新しいアイデアをもった素晴らしい人々を広く世に知らしめ、世界中にプラスの影響をおよぼす機会も得られる。また起業家に比べ、VCの方がはるかに浮き沈みもない。起業家だと、感情の起伏もジェットコースター並に激しく、ハイなときはとてつもなくハイだが(『天下をとるぞ!』)、落ち込むとどん底までいってしまう(『給料も払えず、倒産するぞ!』)。ところがVCは、とにかく仕事に感情をもち込まないーーわたしも、それに慣れるまでにはかなり時間を要した。
・「わたしが本当の意味でのベンチャー・ビジネス(注:投資側として)をはじめるまでには、少し時間がかかりました。最初の10年間は、自分のしていることがわかっていなかったような気がします」(中略)リード投資家として、ジャック・ドーシーのツイッターに最大の投資をおこなったのも彼だ。フレッドほど頭脳明晰にして有能な人物が、ものになるまでに10年を要したというのだから、凡人はどれくらいの時間がかかることか。
・わたしとしては、起業家にぜひおすすめしたいのだが、話し合いの席についてくれたVCには、パートナー間でのキャリーの配分がどうなっているのかをきいてみるといい。妥当な質問であり、パートナーシップのあり方や、だれがどの程度政策決定権を有しているのか、といったことに対するそのVCの本音が浮き彫りになってくるだろう。VCとていつも起業家に、創立チームの価値とプライオリティを理解する手段として、創立資産の分割法についてきいてくるではないか。つまりはお互いさま、というわけだ。
・VCへの売り込みの過程は、デートの約束をとりつけることに似ている。そんな意見を耳にしたことがあるが、わたしに言わせれば、むしろ自動車購入に近いと思う。たいていの人が、ひとりの相手と何度もデートを重ねてから、結婚にいたるだろう(少なくとも昔はそうだったし、わたしもそうだった)。しかし、車を購入する場合は同時進行だーー複数のディーラーと複数のブランドをチェックしてのち、購入にいたる。
・スタートアップ企業の取締役会には、公式および非公式の義務がある。取締役会の主要任務は、株主のためにエクイティ(株式)の価値をあげることであるのは明らかだ。要するに取締役会は、株主のエージェントだ。この役割において、かられが果たすべき重要な要因はふたつ。(情報に基づき、熱心かつ良識的におこなう)注意義務と(企業およびその株主の利益に貢献する)忠実義務だ。取締役会は、企業を経営するわけではない。経営するのはCEOだ。そして最上の起業家は、取締役会の面々が演じる、重要にして価値ある役割を認識したうえで、彼らが効率的に仕事をしていくうえで欠かせない透明性を提供する。
・CEOは、取締役会とかわした約束を守らず、大金を失い、納期の遅れを公表し、優秀な人材も容易に採用できない。あれこれと主張するも、結局はどれも現実に即していない。布石を打ってもピントがずれている。予算超過。取締役会なり金曜の午後に送るメールなりで、厄介な思いつきを提案する(にしても、なぜCEOが悪いニュースを伝えるのは決まって金曜の午後なのだろう?)。取締役の面々は少しずつ、不信感を募らせ、CEOへの信頼を失っていく。CEOが提供する情報はどれも、本当に正確なのかと疑いはじめる。 (中略)同時にCEOは、どんどん自分に非難が集中してくるように感じる。蜜月期間のときには、明確なビジョンをもった素晴らしい人物とほめたたえてくれていた取締役たちが、どうして四六時中自分を非難し続けるようになったのか、彼にはまるで理解できない。
・起業家がこうしたメロドラマを避ける最上の方法は、VCに素直かつ正直に向き合うことだ。同様にVCは、起業家の信頼を勝ち得ること。そうすればだれもが、この胸襟を開いた会話から同様に利益を得られるのだ。
・デイヴは、取締役会によってCEOを解任されるのではないかとの不安に苛まれだす。「『なにか問題が発生して、きっと仕事がうまくいかなくなるんだ。四半期の業績もよくないだろう。これをミスったら、あれがうまくできなかったら、ぼくはきっとお払い箱だ』朝から晩までそんなことばかり考えていたら、落ち込むのは容易ですから」デイヴの言葉は続く。「成功するには、そうした不安をとり除かなければなりません。『どうやったらこの仕事はうまくいくだろう?』その一点にのみ、考えを集中させなければならないのです」
・(注:デイヴ)わたしが学ばなければならなかったのは、そういったことに対処するための、今までとは違うやり方でした。幸いわたしは、スポンジさながらなんでもどん欲に吸収していきましたから、最も聡明な人を引っ張ってきては、もろもろのやり方を教えてもらい、それを片っ端から実践していったのです。そうしているうちに、なにもかも自分ひとりで答えを出さなければいけないという思い込みを捨てられました。悟ったのです。自分が最も聡明な人間になる必要などない、と。
・それが如実にわかるのは、起業家が、“自分こそ最も聡明だ”と証明すべくひとりで空回りしているときだ。起業家のそんな態度を目の当たりにしたVCや他の経営メンバーたちは、起業家が自分たちの率直なフィードバックに素直に耳を傾けようとしているとは決して思わない。むしろ、自分たちの頼りなさを必至に隠そうとしていると考えるだろう。
・多くの起業家は、助けを求めることを恐れ、実際に助けを求めているにもかかわらず、それを認めることをよしとしない。結局のところそういった面々が起業家になったのは、自分で自分のボスになるのが楽しいからであり、熱意はあるものの、自分たちのビジョン追求に固執しすぎるきらいがある。そんな彼らにとって、自分たちが助けを必要としている、そしてときには、たとえどんな状況であれ、自分たちが陥っているところから救い出してもらうために救命用具まで必要としている、ということを認めるのは用意ではない。
・(注:デイヴ)取締役会で突然新たな問題が浮上するというのはよくないことなので、あらかじめ取締役メンバーに連絡をして、正直に言うことが大切です。『こういう問題が発生しています。理由はこうです。お知恵を拝借したいのです。助けてください』と。そうすれば、取締役会の席上で『いったいなんの話をしているんだね?』などと言われることもないでしょう。
・時間というものに対する考え方が、VCと起業家では大きく異なるのだ。VCにとって、時間は友だちである。断をくださなければならないとき、時間をかければかけるほど、たくさんの情報も得られ、より質の高い判断ができると考えている。かたや起業家にとっては、時間は敵だ。起業家は、とてつもない切迫感を抱いているーーライバルに先んじなければ、一刻も早く顧客との約束を果たさなければ、資金が底をつくなか、なんとしても給料を工面しなければ、というわけだ。一方、投資先起業がどんな困った状況に陥ろうと、VCは、次の月曜には自分たちの快適なオフィスに戻って、マネジメント・フィーを徴収するのが常だ。たとえそれが企業活動を停止させたあとでも。
・ベンチャーの支援を受けたスタートアップ企業には、なにかしら魔法のようなものがある。外部の投資家が課してくる規律ゆえなのか、VCが取締役会にもたらす価値や経験のせいなのか、とにかくベンチャーの支援を受けたスタートアップ企業は、支援を受けていないベンチャーに比して、あらゆる点で勝っているのだ。「ベンチャー・キャピタルが投資をおこなって40〜50年になりますが、支援を受けている企業は依然として、民間セクターのほかの企業に比べ、2倍の事業成長率を示しています。これはどうしてなのでしょうか?」

ウィルゲート 逆境から生まれたチーム/小島 梨揮

ウィルゲートというインターネット系の会社を社長の小島氏が振り返った内容。起業から最悪の状況に陥って、劇的に回復するまでが描かれています。

僕の場合は金銭的にはここまできつくなかったのですが、危機においてどのようなミスや間違いを犯し、そしてどうやってそれに対応していったかという部分は非常に身につまされる部分があって、とても共感できました。

まさに僕も陥った罠が描かれていたので、そのいくつかを、抜粋コメント形式でご紹介します。

「うちの経営層は人の使い方も物事の伝え方も下手です。今回の制作部解散も伝え方が悪すぎるので、かなり社内に波紋を呼んでいます。はっきりいってマネジメントとしてはマイナス100点ですね。たぶん、今多くの社員間での社長・経営陣の人望は0点だと思います。」 <0点……ですか?>  日々会社のために忙しく動き回っている役員陣。 半日ゴルフに熱中したり、飲み歩いている経営者が世の中にいるなかで、愚直にそして必死にやっていた自分達の想いは、少なからずメンバーのみんなに伝わっているはずだと安直に思っていた私は、その言葉に思わず動揺を隠し切れませんでした。

がんばっていれば後ろ姿を見てくれるだろうという罠
もちろん見てくれているひともいるものですが、会社の雰囲気やモチベーションを形成するには自分が思っている以上に、真摯かつ丁寧に伝えていく必要があります。はっきりいって、どれだけの時間、自分や経営陣が仕事しているとか、周りの社長がどれだけ遊んでるか、はまったく関係ありません。起業は、がんばるだけでなんとかなるほど甘くないのです。

「だから言っただろ、合併とか資本政策とかテクニカルなこと、身の丈に合わないことをやるなって。経営はそんなに甘くないんだよ」 株主の方が聞いた噂のなかには、Aが流したと思われる事実無根のものもありました。しかし、それすらも自らの未熟さが招いた結果だとすれば、私は頭を下げることしか出来ませんでした。

自分で腹に落ちていないことをやる罠
会社というのは自分がよく分かってないのにうまく行くことはありえないです(ごく短期的にはありえます)。だから、尊敬するひとの素晴らしいアイデアによるアドバイスだとしても、そのひとなら経験豊富なためできても、自分には経験や能力不足でできない可能性もあります。僕もいろいろな方のアドバイスを取り入れたりしましたが、「そういうものかな」と思いながらやったことはすべて失敗しています。自分として完全に腹に落ちていない限りはやらない、というのが鉄則です。
※ただし、スタートアップの時期を過ぎてリソースも増えてきたら別かもしれません

<私は悪くない>と自分自身を守ってきた結果、私を救ってくれた2人や私や会社を本気で支えてくれた人達、強いてはお客様に多大な迷惑をかけてしまいました。 自分をかばうことに必死で、背負っている責任の重さに気付けなかったのです。 自分を守ることや自分の不幸に何の価値もなく、自分を守る暇があるのなら一刻も早く支えてくれた人達に恩を返さないといけない。危機的状況を脱して責任に応えないといけなかったのです。

自分は悪くないと思う罠
経営者というのは往々にして自分に自信があるから起業という成功率の低いことをやるわけですが、だからなかなか自分が悪かったことを認められません。しかし、会社がうまく行っていないならそれは100%社長が全部悪いです。この事実に真摯に向き合い、自分のダメな部分を徹底的に自己反省し、言動を変えていくこと。これができる社長だけが成功し、支えてくれた関係者の方に恩返しすることができます。

まとめると
・がんばっていれば後ろ姿を見てくれるだろうという罠
・自分で腹に落ちていないことをやる罠
・自分は悪くないと思う罠
これらは本当によく陥りやすいので、次に起業するときも気をつけようと思います。

それをお金で買いますか――市場主義の限界/マイケル・サンデル

「ハーバード白熱教室」などで有名なマイケル・サンデル氏の新作。実は、サンデルの書籍ははじめて読んだのですが、コミュニタリアンの思想がよく分かってすごく勉強になりました(ちなみに本人は否定しているらしいですが)。

確かに、サンデルのいうように過去30年間の行き過ぎた市場主義を何とかするために、市場主義ではなんともならない「善」や「腐敗」について徹底的に議論しなければならないというのは一理あると思います。

一方で、コミュニタリズムな解決が唯一の道なのか、という疑念は残ります。「善」というものは、時代によっても、場所によっても変わるものなわけで、その線引きに結局のところどのくらい妥当性があるのか、どうやっても正解に辿りつけないのではないか、という気もします。

例えば、学校がお金を得るために企業スポンサーの広告で溢れかえっているという話。広告がなく、よい教育を施す学校があれば、そちらを選びたいのが親だと思います。だから、日本でもアメリカでもいい学校のある学区に引っ越すというのが頻繁に起きてます。そういった地域は土地の値段もあがるし、所得が高いひとが移り住むのでますます教育へ回せる税金も増えます。

それでは貧しい人の子どもはいつまでたっても広告まみれの学校で学ばなければならないのか、それは「道徳的によくない」ので、禁止すべき、というのがサンデルの主張です。しかし、僕としては、確かに「道徳的によくない」かもしれないが、それでもそのお金でその他の部分の教育予算が増えるのであれば、うまく活用して、次の世代をより富ませられればいいのではないか、と思うのです。もし「道徳的によくない」からといって禁止してしまったら、教育にお金をかけられないことで、貧しい人の子どもも貧しいままになってしまいます。

そうすれば、全体として豊かになっていき、次の世代では企業スポンサーをつけなくてもよくなるかもしれません。

これは一例ですが、本書に出ている議論を呼ぶ事例も、本当にそうなんだろうか、と思うことがたびたびありました。僕は本質的にはリバタリアンで、将来に対して楽観的な方なので、そう感じるのかもしれませんが、もし間違っていたのならやめればいいと思うし、サンデルのいうような「後戻り不可能な」ケースというのは意外に少ないのではないかと思っています。また、本書には取り上げられない当時の道徳に照らしあわせて実験的な試みで、やってみたらすごくうまく行ったこともあるはずです。

人の道徳感というのはものすごく変わるので(例えば、「風と共に去りぬ」を読むと奴隷が当時どれだけ当たり前だったか分かります)、その時々の選択はコミュニティで徹底的に議論して決める、というのはすごくいいと思います。またその際に、市場的側面だけではなくて、「善」など市場に現れない側面を重視するのも、そのコミュニティが大切にするもので、合意が取れるならいいのではないでしょうか(しかし、個人的には「善」は最終的には市場的価値もあげると考えますが)。

しかし、本書で取り上げられているような新しい議論を呼ぶような実験的事例については、受けいられる可能性もあるだけに、自身の道徳観念で否定すべきではないのではないでしょうか。そういった中で失敗するものも多いと思いますが、であれば市場原理から退場させられるわけで、それで決定的に何かが失われるということはほとんどないのではないでしょうか(短期的に困ったことになるというのはありそうですが)。

もちろんやる時にも徹底的に考える前提ですが、後で徹底的に検証して、やめるならやめるし、間違ったところは正して行く。そしてそれを全世界各地でやっていく。それができるならば、よりよい世の中になっていくと思うのです。

正直言って、サンデルの思想には疑問も感じますが、多様な問題提起はすごく刺激になりましたし、問題の切り分けについては、思考整理法としてすごく勉強になりました。他の著作も読んでみようと思います。

<抜粋>
・すべてが売り物となる社会に向かっていることを心配するのはなぜだろうか。 理由は二つある。一つは不平等にかかわるもの、もう一つは腐敗にかかわるものだ。
・経済学者はよく、史上は自力では動けないし、取引の対象に影響を与えることもないと決めつける。だが、それは間違いだ。市場はその足跡を残す。ときとして、大切にすべき非市場的価値が、市場価値に押しのけられてしまうこともあるのだ。
・もちろん、大切にすべき価値とは何か、またそれはなぜかという点について、人々の意見は分かれる。したがって、お金で買うことが許されるものと許されないものを決めるには、社会・市民生活のさまざまな領域を律すべき価値は何かを決めなければならない。この問題をいかに考え抜くかが、本書のテーマである。
・経済学者にとって、財やサービスを手に入れるために長い行列をつくるのは無駄にして非効率であり、価格システムが需要と供給を調整しそこなった証拠である。空港、遊園地、高速道路で、お金を払ってよりはやいサービスを受けられるようにすれば、人々は自分の時間に値をつけられるので、経済効率が向上するのだ。
・HIVに感染している女性に40ドルを支払い、一種の長期避妊となる子宮内器具を装着してもらっているのだ。ケニヤと、次に進出予定の南アフリカでは、保護当局者と人権擁護者から怒りと反対の声があがっている。 市場の論理の観点からは、このプログラムが怒りを買う理由ははっきりしない。
・199年代、イヌイットの指導者たちは、カナダ政府にある提案を持ちかけた。イヌイットに割り当てられたセイウチを殺す権利の一部を、大物ハンターに売らせて欲しいというのだ。殺されるセイウチの数は変わらない。イヌイットはハンティング料を取り、トロフィーハンターのガイドを務め、獲物をしとめるのを監督し、従来どおり肉と皮を保存する。このシステムを使えば、現在の割当頭数はそのままで、貧しいコミュニティーの経済的福祉が改善されるはずだ。カナダ政府はそれを了承した。
・こうした経済学者的美観は、市場信仰をあおり、本来ふさわしくない場所にまで市場を広げてしまう。しかし、その比喩は誤解を招くおそれがある。利他心、寛容、連帯、市場精神は、使うと減るようなものではない。鍛えることによって発達し、強靭になる筋肉のようなものなのだ。市場主導の社会の欠点の一つは、こうした美徳を衰弱させてしまうことだ。公共生活を再建するために、われわれはもっと精力的に美徳を鍛える必要がある。
・「金融市場は信じがたいほど強力な情報収集装置であり、従来の手法よりもすぐれた予測をすることが多い」。彼らはアイオワ電子市場を例に挙げた。これはオンラインの先物市場で、数度の大統領選挙の結果を世論調査よりも正確に予測したのだ。別の例としてはオレンジジュースの先物市場があった。「濃縮オレンジジュースの先物市場は、気象局よりも正確にフロリダの天気を予測する」
・テロの先物市場が道徳的に複雑なものとなるのは、デスプールとは違い、それが善をなすとされているからだ。この先物市場がうまく機能するなら、そこから貴重な情報がもたらされる。
・(マネーボールについて)アスレチックスがプレーオフに進出したのは2006年が最後で、それ以降は一シーズンも優勝していない。公平を期すために言うと、これはマネーボールの失敗ではなく拡大のせいだ。
・さまざまな財や活動に関して、私が本書で一貫して言おうとしてきたポイントが、ここに表れている。つまり、市場の効率性を増すこと自体は美徳ではないということだ。真の問題は、あれやこれやの市場メカニズムを導入することによって、野球の善が増すのか減じるのかにある。これは野球だけでなく、われわれが生きる社会についても問うに値する問題なのだ。
・広告にふさわしい場所とふさわしくない場所を決めるのは、一方で所有権について、他方で公正さについて論じるだけでは不十分なのだ。われわれはまた、社会的慣行の意味と、それらが体現する善について論じなければならない。そして、その慣行が商業化によって堕落するかどうかを、それぞれのケースごとに問わなければならない。
・学校にはびこる商業化は、二つの面で腐敗を招く。第一に、企業が提供する教材の大半は偏見と歪曲だらけで、内容が浅薄だ。消費者同盟の調査によれば、驚くまでもないが、スポンサー提供の教材の80パーセント近くが、スポンサーの製品や観点に好意的だ。しかし、たとえ企業スポンサーが客観的で非の打ちどころのない品質の教育ツールを提供したとしても、教室の商業広告は有害な存在だ。なぜなら、学校の目的と相容れないからである。広告は、物をほしがり、欲望を満たすよう人を促す。教育は、欲望について批判的に考えたうえで、それを抑えたり強めたりするよう促す。広告の目的が消費者を惹きつけることであるのに対し、公立学校の目的は市民を育成することだ。
・市場や商業は触れた善の性質を変えてしまうことをひとたび理解すれば、われわれは、市場がふさわしい場所はどこで、ふさわしくない場所はどこかを問わざるをえない。そして、この問いに答えるには、善の意味と目的について、それらを支配すべき価値観についての熟議が欠かせない。
・そのような熟議は、良き生をめぐって対立する考え方に触れざるをえない。それは、われわれがときに踏み込むのを恐れる領域だ。われわれは不一致を恐れるあまり、みずからの道徳的・精神的信念を公の場に持ち出すのをためらう。だが、こうした問いに尻込みしたからといって、答えが出ないまま問いが放置されるわけではない。市場がわれわれの代わりに答えを出すだけだ。それが、過去30年の教訓である。

媚びない人生/ジョン・キム

慶応大学准教授キム先生の新作。若いひとに向けてのメッセージになっているのですが、本当に若いひとが大好きなんだろうなぁという愛に満ち溢れていて素晴らしかったです。

そして、メッセージのひとつひとつが非常に深い。もしかしたら若いひとが読んでも「どういうことだろう、これは」と思うところも多いかもしれません。苦しくて、不安を覚えて、もがいているときに、即効性がある対処方法を教えているわけではないから。

でも、僕も同じくもがき苦しんだ一人として、この本に書いてあることは本当だと断言できます。悩みぬいて、自分なりの哲学にたどり着き、懸命に努力した後に、成果と、さらに高みに挑戦していこうという強い動機まで得られます。

だから、少しでもこういった哲学があるということを頭の片隅で覚えておけば、必ずどこかで力になってくれると思います。そして、僕もこの本を読んで覚醒した若いひとに負けないように、改めて夢を目指して行こうと思いました。

本書は献本いただきましたが、掛け値なしに素晴らしい本だと思いますので、若いひとだけでなく、より多くの方に推薦したいです。

<抜粋コメント>
印象的な文章が多かったので、抜粋コメントもつけておきます。

むしろ、漠然とした不安があるからこそ、もっと信頼できる自分を作ろう、プライドを高められる根拠を作ろう、という動機付けにもなる。若い時代の漠然とした不安というのは、ネガティブな証拠なのではなく、ポジティブな証拠なのである。むしろ、漠然とした不安を持っていたほうがいいのだ。

僕もものすごく漠然とした不安に苛まれました。哲学的な折り合いをつけて行動できるようになったものの、不安が消えることなどないし、それをなんとかしようと日々もがいています。

自分は頑張っている、と示しておきたい。そんな気持ちもあるのかもしれないが、結果が出る前に過程を見せようとする人が少なからずいる。しかし、これは自分の経験でもそうだが、絶対にうまくいかない。成果が出る前に過程を見せた瞬間、自分の内なる力が削がれてしまうのである。 ところがどういうわけだか、若い頃はがんばっていることを見せることが強さだと思えてしまう。しかし、本物の実績を積んだ人たちは、そんなことはしないのだ。だから、自分の努力の過程を見せびらかせようとする人を評価もしない。もちろん過程は大事だが、社会に出たら問われるのは結果。その意識が必要である。

が、その姿を見せることに価値は感じません。僕も「自分の内なる力が削がれてしまう」のを恐れています。だから、黙々と自分の道を進む方を好みます。

もし負けたのであれば、自分の頑張りを訴えたところで仕方がない。その結果と向き合うことである。 なぜ自分は負けたのか。何が未熟だったのか。何が足りなかったのか。そこでも言い訳を一切排除する。外的要因も排除する。あくまで原因を自分の中で探す。そして、どうすれば、その原因を解決できるか必死で考えるのだ。

周りを見わたしても、負けたのに自分と向き合えないひとは想像以上に多いように思います。そこで徹底的に向き合えるひとと向き合えないひとでその後の成功度合いが大幅に変わってきているのを実感しています。むしろそこで向き合わない場合はそれ以上の成長と成功はありえません。最後には負けたこと、負け続けていることにさえ気づかなくなってしまいます。僕もいつでも向き合えるひとでありたいと思います。

「人間は確実に死ぬ。死んだ後に、君はどんなふうに人々に記憶されたい? 君の生きた証というものについて、君はどんなふうに今、語れるだろうか?」(中略)多くの学生が、この質問に対して言葉に詰まり、やがて大粒の涙をこぼし始めた。 なぜか。みんな一生懸命に生きているのだ。必死で目の前の物事と格闘しているのだ。しかし、思うような結果が出せない。自分がほしい何かが手に入らない。だから、不安にばかりさいなまれる。

本当にこういう時期というのはつらい。僕は小さい成功を積み重ねることが重要だと思います。そしてそれを心の糧にしながら、次の成功へ向かっていく。いくら成功しても、不安が消えることはありませんが、それでも少しは自分へ自信を持てるようになっていきます。失敗してもすべてが否定されるわけではないのだから。

<抜粋>
・(結果が出ない時)こういうときは、若さの特権を使えばいいと私は思っている。根拠のない自信を持つことだ。
・むしろ、漠然とした不安があるからこそ、もっと信頼できる自分を作ろう、プライドを高められる根拠を作ろう、という動機付けにもなる。若い時代の漠然とした不安というのは、ネガティブな証拠なのではなく、ポジティブな証拠なのである。むしろ、漠然とした不安を持っていたほうがいいのだ。
・不安というものは、上昇志向が強ければ強いほど大きくなるものだ。自分でコントロールできないことばかりが目についてしまう。本当は自分の内面をうまくコントロールすれば、そういうものも見えなくなるということにも、なかなか気づくことができない。 ただ、漠然とした不安があったからこそ、私は必死になった。その意味では、不安は成長の原動力にもできると改めて実感している。
もし、一生懸命に努力しているのに結果が出ないと感じたときは、今こそ踏ん張るときだと思うことだ。もうギリギリのところまで来ているということを、自分に言い聞かせながらやっていくことである。
・自己主張をあまりにもし過ぎると、人間に軽さが生まれてしまう。言葉にも重みは出ない。存在としての希少性も薄れる。逆に、希少性や重みを演出するためにも、むしろ普段は静かにしている、というのが私の考え方である。本当に自己主張をしたときに、まわりが聞き耳を持つために、むやみな自己主張をしないのである。 だからこそ、重要になってくるのが、自分は何を主張したいか、という優先順位をしっかり考えておくことだ。これを考えていないと、あれやこれやと主張してしまうことになりかねない。実際のところ、どうでもいいことを主張する人たちが、あまりにも多い。
・話したいことがはっきりしていないときには、人間は沈黙すべきである。
・自分は明らかに未熟なのだ。自分が思うような仕事がもらえるほど、成熟していないのである。それを認めなければならない。そして未熟だからこそ、未熟なりにできることを最大限するのだ。
・自分は頑張っている、と示しておきたい。そんな気持ちもあるのかもしれないが、結果が出る前に過程を見せようとする人が少なからずいる。しかし、これは自分の経験でもそうだが、絶対にうまくいかない。成果が出る前に過程を見せた瞬間、自分の内なる力が削がれてしまうのである。 ところがどういうわけだか、若い頃はがんばっていることを見せることが強さだと思えてしまう。しかし、本物の実績を積んだ人たちは、そんなことはしないのだ。だから、自分の努力の過程を見せびらかせようとする人を評価もしない。もちろん過程は大事だが、社会に出たら問われるのは結果。その意識が必要である。
苦労話を好む人の多くは、結果を伴わない人たちである。自分は努力をしたが、不可抗力の要素が発生して結果を出せなかった、という言い訳のために苦労話は存在している。しかし、苦労話をしない、という決意のある人は、結果だけで勝負する。だからこそ、努力の濃度が変わる。退路を断っているので、結果に対してストイックになる。必ず成功するようにマネジメントもする。目標に向かう際の気概がまったく違うのだ。
・もし負けたのであれば、自分の頑張りを訴えたところで仕方がない。その結果と向き合うことである。 なぜ自分は負けたのか。何が未熟だったのか。何が足りなかったのか。そこでも言い訳を一切排除する。外的要因も排除する。あくまで原因を自分の中で探す。そして、どうすれば、その原因を解決できるか必死で考えるのだ。
・成功にたどりついた人は、まわりから見れば一直線で進んで行ったように見える。ところが、微妙な軌道修正を無数に繰り返して進んでいるのだ。そしてこの軌道修正のサイクルの頻度と精度こそが、実は大きな結果の違いを生むと私は考えている。
・良いタイミングで潔くやめること。スマートに、戦略的にやめること。人生を自分のものにするにはこれは極めて重要だが、これを実践することは案外難しい。日本のような社会では、途中でやめることは良くないとされている。学校でもそう教わるのだが、私はそれは陰謀だと思う。誰の陰謀かというと、途中で辞められては困る組織(学校とか会社とか)の陰謀なのだ。
・「人間は確実に死ぬ。死んだ後に、君はどんなふうに人々に記憶されたい? 君の生きた証というものについて、君はどんなふうに今、語れるだろうか?」(中略)多くの学生が、この質問に対して言葉に詰まり、やがて大粒の涙をこぼし始めた。 なぜか。みんな一生懸命に生きているのだ。必死で目の前の物事と格闘しているのだ。しかし、思うような結果が出せない。自分がほしい何かが手に入らない。だから、不安にばかりさいなまれる。
・学生たちに伝えたい。皆に好かれる必要などないということを。嫌われても自分らしい表情をし、自分で考えた言葉を発することを心がけることこそが重要であると。そもそもまわりは自分が思うほど、自分のことを気にしてはくれないものだ。自分の人生のすべての権限と責任は自分自身にあることを認識し、どんな状況でも自分を貫くことを忘れないでほしい。 そしてもうひとつが、そうやってもがいている自分は正しい、ということである。それこそが、何よりの正解だ、と。自身が自分の成長に対して、一番真摯にできることは、自分の未熟さ、あるいは自分にできていないことと向き合うことだからである。だから、君の涙というのは、自分と、自分の人生と真剣に向き合っている証拠だ。そういう自分を褒めてやりなさい。誇りを持ち、称えてやりなさい、と。

(日本人)/橘玲

橘玲氏による「日本人」というものに対して、様々な出典を元に、新しい考察を加えていく良書。

著者の幅広い知識に圧倒されながらも、知的好奇心を刺激されてものすごくおもしろいです。非常に斬新なアイデアがたくさん書かれていますが、個人的にはかなり賛同できるものが多いです。

恐らく僕がリバタリアンだからだと思いますが、個人的には今後はなるべく早くリバタリアンになった方が楽に生きられる世の中になると思います。

本書では、そこまでいかなくとも昔から一貫して日本人が非常に世俗的な性質を持っていることも明らかにしています。

読みやすいですし、自分のルーツを知る上でも一読するとよいと思います。

<抜粋>
・「交易によってすべての市場参加者の富が増えていく」という古典派経済学の基本原理は、人間の本能と対立するために、洋の東西を問わずほとんど理解されることがない。
・(マッカーサーの)昭和天皇との会見が報じられてから、GHQ宛に「拝啓マッカーサー元帥様」と書き出された手紙が続々と送られてきて、その数はなんと50万通にも達した。(中略)その内容は「世界の主様」「吾等の偉大なる解放者」とマッカーサーを賛美し、日常のこまごまとした不満を書き連ねたものが大半だった。
・戦争に明け暮れた「戦前」と平和を愛する「戦後」は、日本人が世界でもっとも世俗的な民族だということから一貫して説明できる。(中略)戦前の日本人にとって、台湾を植民地化し、朝鮮半島を併合し、満州国を建国することは、生計を立てる選択肢が増える「得なこと」だと考えられていた。彼らはきわめて世俗的だったからこそ、熱狂的に日本のアジア進出を支持したのだ。 しかしその結果は、あまりにも悲惨なものだった。大東亜戦争(日中戦争から太平洋戦争まで)の日本人の死者は300万人に達し、広島と長崎に原爆を落とされ、日本じゅうの都市が焼け野原になってしまった。 これを見て日本人は、自分たちが大きな誤解をしていたことに気づいたはずだ。戦争は、ものすごく「損なこと」だった。朝鮮戦争やベトナム戦争を見ても、アメリカは自国の兵士が死んでいくばかりで、なにひとつ得なことはなさそうだった。(中略)日本人の「人格」は、岸田のいうように戦前と戦後(あるいは江戸と明治)で分裂しているのではなく、私たちの世俗的な人格はずっと一貫していたのだ。
・最澄や空海など平安初期の留学僧は、そもそも中国語(シナ語)をまったく話せなかったという。(中略)翻訳者(僧侶)たちは、漢語を原文のまま訳すのではなく、自分たちの都合のいいように(すなわち民衆にわかりやすいように)意訳することを当然と考えていた。これはそもそも漢文に文法がないためで、分の区切りや返り点の位置を変えるだけで正反対の意味にしてしまうことも可能だったからだ。
・貧しい国に独裁国家が多いのは、ゆたかな国々の政府や国民が、貧しいひとたちが国境を超えて流入してこないよう、人の流れを強引に堰き止める強圧的な権力を必要としているからだ。
・ユダヤ教の神は、絶対神でありながらユダヤ民族のためだけの神でもある。それはユダヤ民族のみが神と契約を交わしたからなのだが、これでは実態としてはローカルな神のままだ。 この矛盾を解決し、神の権威に合わせて教義を書き換えたのがイエス・キリストだった。このイノベーションによって、「(民族を超えた)万人のための神」というグローバル宗教がはじめて誕生した。
・グローバル空間では、ローカルルールはグローバルスタンダードに対抗できない
・日本企業の終身雇用・年功序列の人事制度は、年齢と性別によって社員を選別する仕組みだ。この“差別的な”雇用慣行は日本というローカル空間のなかでなら維持できるかもしれないが、起業が海外に進出したり、外国人の社員を雇用するようになるとたちまち矛盾が露呈する。「なぜ日本人の社員と待遇がちがうのか」という外国人社員からの道徳的な問いに、こたえることができないからだ。
・アメリカ社会では、すべての制度が(理念的には)グローバルスタンダードでつくられている。それが世界に広がっていくのは、アメリカの陰謀ではなく、世界のグローバル化の必然的な結果なのだ。
・「中華」は中国が世界の中心だという思想で、その価値観が周辺国へグローバルに拡張していくことはない。
・このように考えれば、人類がいまだにリベラルデモクラシーに変わる普遍的な価値観を持っていないことは明らかだ。今世紀が「中国の時代」になるとするならば、それは中国が共産党の一党独裁からリベラルデモクラシーの国に変わることが前提となるだろう。
・東京電力は原発事故に対する“無限の”責任を負っているにもかかわらず、その法律上の所有者である株主も、応分の負担をすべき債権者も“有限”の責任すら「免責」されている。
・福祉や援助に携わるひとたちは、グラミン銀行のデフォルト率が低いのは、借金を返さないと地域社会での借り手の面目がつぶれるからだと暗に批判した。 しかしユヌスは、こうした見方に反論し、マイクロクレジットがなぜ機能するのかを明快に説明する。 貧しいひとたちに施しを与えるのは、相手の尊厳を奪い、収入を得ようとする意欲を失わせる最悪の方法だ。
・原子力損害賠償法は、事業会社に原発事故に対する「無限責任」を負わせている。だが近代的責任とは有限責任のことなのだから、この法律はそもそも近代の理念に反している。
・ブキャナンは、「民主政国家は債務の膨張を止めることができない」という論理的な帰結を導き出した。政治家は当選のために有権者にお金をばらまこうとし、官僚は権限を拡張するために予算を求め、有権者は投票と引き換えに実利を要求するからだ。
・アメリカやイギリスでは、「後法は前法を破る」「特別法は一般法に優先する」といった概念のもとに法令の有効性を判断し、法令相互の矛盾を気にせずに法律をつくり、最終的には裁判所による判例の蓄積で矛盾を解決している。
・ネオリベは経済学者など知的エリートの思想で、大衆からは忌諱されるのがふつうだ。しかし、橋下思想は、自らの生い立ちによって、どのような言動も「上から目線」にならない。「真面目に努力する貧しいひとたちを全力で支えたい」という言葉にウソはなく、社会的弱者のなかにも熱狂的な支持者が多い。
・加えて日本には、こうした「超個人主義」を受け入れられやすい土壌がある。これは、もちろん、日本人が地縁や血縁を捨て去った世俗的な国民で、「自分のことは自分でやる」のが当然だと考えているからだ。(中略)日本人はもともと、ネオリベ的な個人主義にきわめて親和性が高い国民だ。小泉と橋下という、この10年で圧倒的な人気を博した政治家が共通の匂いを発しているのはけっして偶然ではない。
・リバタリアンから見れば、ネオリベは不徹底な自由主義だ。なぜならそれは、国家を前提にしてはじめて成立する思想だからだ。
・ネットオークションが大きな成功を収めたのは、出品者にモラルを説教したためではなく、道徳的に振る舞うことが得になるような設計をしたことなる。(中略)正しく設計されたアーキテクチャは、ユーザーを“道徳的に”振る舞わせることができるのだ。
・超越者のいない日本は、「私の価値は最大限に実現されるべきだ」という社会でもある。 『ONE PIECE』や『NANA』など、日本のマンガやアニメは、「自由な主人公が、冒険や恋愛を通して自己実現していく」物語を核にしている。“クール・ジャパン”は、後期近代の普遍性に真っ先に到達したからこそ、世界じゅうの若者たちを虜にするのだ。

学費支援プラットフォーム「studygift」をムーブメントにするために

家入さんが率いるLivertyがリリースした学費支援プラットフォーム「studygift(スタディ・ギフト)」が賛否両論で波紋を呼んでいます。

まず僕の立場を明らかにしておくとLivertyには世界一周中にグループ追加されていたものの特に何かにコミットしているわけではなく、今のところ先日リリース時に行われた初顔合わせ「超会議」に参加したのが唯一です。

正直、studygiftは確かに荒削りな部分はあったと思います。しかし、その反応においてはネガティブなものも多く、第一弾の対象となった坂口さんや主催である家入さんへの誹謗中傷まで頻発しています。

しかし、一方で現時点で191人もの方が賛同し、95万円以上が集まり、当初目標の87万強を超えて資金調達に成功しています。さらに、大口の10万円支援も20社も問い合わせがあるそうです。

なぜこの新しい試みにこれだけの賛否両論な意見が集中しているのでしょうか?

それは、この試みが「新しい試み」であるからに他なりません。今までの常識に逆らい、世界を変えようとしている確かな証拠です。

新しい試みは有望であればあるほど、批判を超えた誹謗中傷がつきものです。そしてそういった声は大きく聞こえ、主催者の心を蝕みます。

だからこそ、僕はこの試みを僕なりのやり方で全面的に支援したいと思います。Livertyの中のひとは若いひとが多いから、戸惑っているひともいると思います。でも、もっと自分に胸を張っていいと心から言いたい。

すでに、200人近く支援してくれている人々がいて、ということは、その何倍もの賛同してくれている人々がいると言うことであり、このムーブメントが広がっていく可能性は高くなっています。

ほとんどの試み(ベンチャー含め)が議論も呼ばず、賛同者を(批判者も)集められないことを考えれば、まず最初の難関をクリアしています。批判には、誠心誠意対応していく必要がありますが、それに挫ける必要まったくありません。

ここからstudygiftをいかに大きなムーブメントにしていくか、については、「バイラル・マーケティング」などで有名なセス・ゴーディンはTEDのスピーチ「我々がリードする部族」が役に立つと思うので、ご紹介します。

<セス・ゴーディン「我々がリードする部族」>
※日本語字幕付き動画、約17分半です

セス・ゴーディンの第一の質問は「あなたは、正確にはだれの心を乱してますか?」。誰かの心を乱していないなら、あなたは現状を変えていない、と言います。ここはすでにクリアしているでしょう。

続く、第二の質問は「あなたは誰と繋がっていますか?」です。賛同してくれているひとは誰か、と。その人々はその想いをシェアしたがっています。彼らを繋げることが二番目に必要なことです。

第三の質問は「あなたは誰をリードしていますか?」。そしてその人々のさらに先導部分にフォーカスをして、リードします。それにより、その人々がまず変わり、次にリーダーとなって、その周りの人々を変えてきます。

そして、すべてが変わるのです。

P.S.Livertyそのものや、事前にリリースされた「うつっぽ」などにも批判的な意見もありますが、これらも同様に世の中を変えていくことができると信じています。

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小さく賭けろ!―世界を変えた人と組織の成功の秘密/ピーター・シムズ

大きな成功をするためには小さく賭けることを繰り返すことが有効である、ということを様々な実験結果やストーリーから導き出しています。これは直感的には、自明なことのように思いますが、一方で実践するのは非常に難しいです。

だから、本書にあるようなストーリーを見ていくことで、小さな失敗を恐れないようにしたり、点と点を繋ぐことを意識したり、運のいいひとの行動様式を真似ることができればよいと思います。

改めて、いろいろと種を蒔いて、小さく賭けて行こうと思いました。

<抜粋>
・固定的なマインドセットを取りがちな人々の場合、知能や才能は生まれながら決まっている、いわば石に刻まれたようなものだと信じる傾向がある。こういう人々は自分の能力をどうしても繰り返し見せつけなければ収まらない。彼らにとって失敗は、自らの重要性、アイデンティティーを脅かすものに映る。(中略)逆に、成長志向のマインドセットの人々は、知性や能力は努力することによって伸びると信じ、失敗や挫折を成長のための機会と考える。彼らは常に新たな挑戦によって自らの限界を広げていこうとする。
・(ジョブズ)「創造とはものごとをつなぎ合わせることだけ。何かを成し遂げた創造的な人に、どうやったのかを尋ねると、彼らは少し後ろめたさを感じる。なぜなら、実際何かをしたわけではなく、何かを見ただけだからだ。しばらくすると、彼らにはそれが当然に思えてくる。それは、彼らが自分の経験をつなぎ合わせ、新しいものへと合成する能力を持っているからだ。そして、それができる理由は、彼らが人よりも多くの経験をしているか、自分たちの経験について人よりも多く考えているからだ。残念ながら誰もが持てる才能ではない。われわれの業界にいる者の多くが、あまり幅広い経験をしていない。だから彼らはつなぎ合わせるべき『点』を十分に持っていないために、答えがきわめて直線的になり、問題を大局的な視点で見ることができない」
・「4歳児を見ていると、彼らは常に質問し、ものごとの仕組みを知りたがっている」 とグレガーゼンは言う。 「しかし、6歳半を過ぎると質問をしなくなる。それは、面倒な質問より正しい答えのほうが、先生に高く評価されることを素早く学びとるからだ」
・運のいい人のほうが運の悪い人よりも、自分の周囲で起きていることに注意を向けていることだ。(中略)運のいい人たちは、自然にやってくるチャンス(あるいは知識)を受け入れやすく、一方、運の悪い人たちは、「習慣の生き物」であり、決められた結末に固着されている。
・運のいい人達は、多くの人たちと交流することで偶然の出会いや体験の確率を高めている。「外向性」が機会と知識という報酬を払っていることを、ワイズマンは発見した。そしてそれは完璧に理にかなっている。偶然の出会いは数のゲームなのだ。自分の参照空間中にいる人や視点が多ければ多いほど、優れた知識と機会が結合する可能性が高くなる。

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか/増田俊也

ひさしぶりに超弩級のドキュメンタリーを読みました。

戦前から戦後にかけて、木村政彦という史上最強の柔道家がいました。しかし、木村はプロレスに力道山に敗れて世間から忘れ去られ、その屈辱を一生背負うことになります。

なぜ木村が史上最強と言われているのか。なぜ力道山に敗れたのか。戦前と戦後の柔道の違い(戦前の柔道では打撃は当たり前にあった)。戦前の柔道が、木村がブラジルで破ったエリオ・グレイシーからグレイシー柔術となって日本に再上陸するまでの経緯。などなど、柔道やプロレス、総合格闘技に対する見方が一変する骨太ドキュメンタリーです。

二段組で文量は相当に多いのですが、それだけの価値があります。こういう本に出会うと本当に幸せだなぁと思います。

<抜粋>
・嘉納がイメージしていた柔道は、まさに現在の総合格闘技を柔道衣を着てやるものだった。まず離れた間合いから殴ったり蹴ったりという当て身で攻め、あるいは相手の当て身を捌いて相手を捕まえ、それから投げ、そして寝技に行くのが嘉納の理想とする柔道だった。街中での実戦、つまり護身性の高いものを求めていたのである。
・いまオリンピックスポーツとして世界中で行われている柔道とは、すなわち明治十五年(1882)に嘉納治五郎が開いた講道館という名の新興柔術流派のひとつの町道場にすぎない。
・講道館は巨大化するうちに、組織として歴史に勝ったのだ。活字としてさまざまなものを残すうち、歴史に勝ったのだ。
・モミジの巨木への打ち込み。(中略)打ちこむたびに予想以上の痛みが脳天まで突き抜け、百回でその場にへたり込んだ。次の日は二百回、さらに次の日は三百回と増やしていき、最終的には一本背負いを千回と釣り込み腰を千回、合わせて二千回の打ち込みを毎日やるようになった。 そのうちに幹に巻いてあった座布団も外した。打ち込むたびにガツンッという音が響き、樹上の小枝が騒ぐ。あまりの衝撃で木村は失神し、その場で朝まで目覚めなかったこともある。
・戦前の柔道界は、講道館柔道、武徳会の柔道、高専柔道の三つの勢力が、今われわれが考えるよりも小差でしのぎを削っていた。
・講道館柔道の感覚からいえば、上の者が絶対的に有利である。だから相手を投げて上から攻めたいのだ。しかし、本当に上からの者だけが有利ならば、講道館はルールを変えてまで高専柔道の下からの寝技の封じ込めをはかる必要はなかったはずである。下からの寝技に対抗できなかったからこそ引き込みを禁止したのだ。
・木村の稽古は毎日九時間以上という信じられないものになっていく。この伝説の九時間の練習量を「それは座禅やウェイトトレーニングなどの時間も入れているのではないか」と思っている者が多いと思う。 だが違うのだ。 木村は乱取り(スパーリング)だけで毎日百本はこなした。一本五分としても、これだけで九時間近くになる。ウェイトトレーニングなども含めると十三時間から十四時間はこなしていることになる。
・(ボクシングで負けて)すぐに黒人ボクサーに週に二回のボクシング指導を頼んだ。 こういうところが木村の凄いところだ。普通、ひとつの格闘技で頂点に立った人間が頭を下げてこんなことはできない。しかも木村の場合、トップ中のトップなのだ。
・講道館=全柔連がGHQにその場を取り繕うような形で「柔道は武道ではなくスポーツである」と断言してまで柔道を復活させた経緯を検証・総括できていないことが、実に六十年たった今でも柔道界を混乱させているのだ。
・嘉納先生が仰ったことを紐解いてみると、ほとんど柔道を総合格闘技のように捉えているんです。『ボクサーを連れてきて実践的な訓練をしなくてはいけない』と言ってみたり、実際、空手が沖縄から日本本土に紹介された時、嘉納先生はかなり音頭をとられた。
・(木村と組み合ったことのある遠藤幸吉氏)「巨大な岩です。岩と組み合ってるみたいなもんなんだからまったく動きませんよ。柔道では相手を崩してから技をかけろっていうでしょう。でも動かないんだから。一センチも動かないんだから。どうやって崩せっていうの。崩せないんだから技もかけられないでしょう」(中略)「遠藤さんは戦後の柔道家をたくさん見てこられた歴史の生き証人だと思うんですが、木村先生と、その後の日本の一流選手、それから外国人のヘーシングとかルスカとか、そういった人とやったらどうなると思われますか」 「お話にならない」 「そんなに違いますか……」 「違う」
・(ブラジルにて戦後)日系人二十五万人は、日本の敗戦を絶対に信じない者たちと負けた事実を受け入れて屈辱に耐える者たちに、真っ二つに別れてしまった。(中略)そのうち、勝ち組が負け組に対して天誅と称した攻撃を加えるようになり、三月には溝辺幾太バストス産業組合専務理事を暗殺する。 すぐに血で血を洗う報復合戦が始まった。
・戦後、「軍国主義的である」としてGHQによって大日本武徳会が潰され、さらに学校柔道が禁止されるにいたり、焦った講道館が「柔道は武道ではなくスポーツである」として復活させたのはいいが、柔道がもともと持っていた実戦性も忘れ去られていった。(中略)しかし、ここブラジルの地には遠く離れた本国日本の柔道の変質はいまだ伝わらず、武道としての実践的な柔道が、伝わったときのままの形で化石のように残されていった。それがグレイシー柔術である。
・九十五歳まで生きて大往生を遂げたエリオは、最晩年にこう言っている。 「私はただ一度、柔術の試合で敗れたことがある。その相手は日本の偉大なる柔道家木村政彦だ。彼との戦いは私にとって生涯忘れられぬ屈辱であり、同時に誇りでもある。彼ほど余裕を持ち、友好的に人に接することができる男には、あれ以降会ったことがない。五十年前に戦い私に勝った木村、彼のことは特別に尊敬しています」

世界半周で学んだこと

まだ世界半周したくらいですが、ちょっと日本で用事がいくつかあるためパリ経由で一時帰国しました。次は、数カ月後に同じ3ヶ月くらいで北ヨーロッパ、中東、アフリカ、インドを回る予定です。

3ヶ月弱、旅行していたことになります。じゃあこの間何を成果があったのか、と言われると、実際特にこれだ、というものがあるわけではないです。

ウユニ塩湖+4500mの高地から星を望むより

定番写真

定番写真

2時間半待ってマチュピチュを望むより

見張小屋の近くから一望できてすごく気持ちがいい

見張小屋の近くから一望できてすごく気持ちがいい

えーっという感じですが、人生が3ヶ月足らずで変わる、なんてことはほとんどないはずです。だったらみんな世界一周すればいいという話なので、そんな人生甘いわけがありません。

僕は今まで、フリーで仕事したり、アメリカ移住したり、戻ってきて起業したり、たくさんのインターネットサービス作ったり、海外企業にバイアウトしたり、その外資企業の幹部として働いたり、と常に結構忙しく何かをしてきました。

だから内心、この旅でも何かを得よう、得てやる、と思って退社してから1ヶ月も待たず出発しました。

バルセロナでガウディ建築に圧倒されるより

サグラダ・ファミリア天井2

サグラダ・ファミリア天井2

グラナダでアルハンブラ宮殿を望むより

夕暮れ時のアルハンブラ宮殿

夕暮れ時のアルハンブラ宮殿

でも、イースター島とかガラパゴス諸島とかウユニ塩湖とかマチュピチュとか砂漠とかサグラダ・ファミリアとか、いつか行こうと思っていたところをひとつひとつ周りながら思ったのは、何か形のある成果がなくてもいいじゃないか、ということでした。

実際のところは本当にいろんな喜怒哀楽がたくさんあって、日本じゃ絶対にありえない悔しかったり辛い経験もしたし、でもそういう中で助けてくれてすごく嬉しかったりもしました。世の中には本当にいろんな感覚を持ったひとがいるなぁと思ったし、日本には絶対にない風景や建築物を見て言葉にできないほど感動もしました。

ではそれを具体的に仕事にどう生かすかについてはよく分からなかったし、どうすればいいんだろう、と途中まで思っていました。

超自然を感じざるを得ないイースター島より

15体のモアイ、日本企業の支援で復興

15体のモアイ、日本企業の支援で復興

スペイン/ジローナからダリを探す旅より

ジローナの街並み

ジローナの街並み

でもよくよく今までを振り返ってみれば、ほとんどの大きな仕事は、ごく稀なチャンスから生まれています。だから、3ヶ月一生懸命仕事をすることより、何ヶ月か何年かに一度しかないチャンスを見つけて、きちんと掴まえる方が重要なのは確かです。

しかし、このチャンスを見つけるというのが非常に難しい。きちんと掴まえる、というのは仕事ができるひとなら的確にこなします。しかし、見つけることができないから、みんな見逃し三振を繰り返し、(資金が尽きれば)ゲームオーバーになるわけです。

ニューヨークは綺麗になってたより

Blue Note

Blue Note

荒野のナスカの地上絵より

海鳥

海鳥

そのチャンスを見つけるのに役立つのが、冷静に状況を把握して本質を見抜き、それに対応する自分の能力やモチベーションを分析し、柔軟に今もっとも自分がやるべき重要なことを見つけることです。

それには、この旅での多様な日本では味わえない体験がすごく役に立つのではないかと思っています。

サハラ砂漠でノマドの家に2泊するより

ラクダに乗って

ラクダに乗って

モロッコのマラケシュはいつでもお祭り騒ぎより

スークから

スークから

現時点で僕は、ただ旅を楽しんだだけで、特に何か成果を得たわけではありません。だけれども、これから先のいろいろな決断に少しづつ影響を及ぼし、最終的には決定的に効いてくるのではないか、と思っています。

まぁこれも半周の時点での考えなので、また一周後には変わっているかもしれませんが。

地球のズレを感じる世界最大のイグアスの滝より

手前から奥まですべて滝、虹も見えます

手前から奥まですべて滝、虹も見えます

ガラパゴスの不思議な生き物たちと戯れるより

ガラパゴスアザラシの子ども、人懐っこくてかわいい

ガラパゴスアザラシの子ども、人懐っこくてかわいい

次はイスタンブールから再開です。

P.S.とはいえ、焦りというものは人の強いモチベーションになるし、満足できないからこそ創造的な仕事ができるというのも確かです。僕は現状に満足して何も得られなくていいと思っているわけではなく、今すぐ「これを得ました」というのは自分自身を制限することになるのではないかということです。

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世界一周その27ースペインの首都マドリッドと古都トレド

ジローナからは、Ryanairがマドリッドまで飛ばしており使ってみます。Ryanairは大体1万円くらいでいろいろな所に飛べるようです。前に使ったVuelingは1万5000円くらいだったので、それより安いという超格安航空会社です。しかし、VISAチェックという謎の作業が空港で必要だったり、チケットをプリントアウトしていかないと漏れなく課金されたり、いろいろ注意があるのでよく調べてから行きます。

さて、スペインの首都マドリッド。しかし、個人的にはバルセロナの印象が強すぎて、正直言って肩透かし気味でした。確かに、王宮は荘厳だし、ソル(中心部)は賑わっているし、ソフィア王妃芸術センターのピカソ「ゲルニカ」は一見の価値ありです。しかし、街並みはバルセロナほど洗練されていないし、見どころも少なく、治安もそんなによくないらしい。まぁたまたまいた時が曇と小雨で寒かったりしたのが印象に響いてるのかもしれませんが。

プエルタ・デル・ソル

プエルタ・デル・ソル

マヨール広場。なんか雲がすごいですね、この写真

マヨール広場。なんか雲がすごいですね、この写真

サン・ミゲル市場、超近代的

サン・ミゲル市場、超近代的

王宮

王宮

というわけで、せっかくなので電車で30分ほど離れた古都トレドにショートトリップ。まずは観光案内所を探したのですが、自分がどこにいるのかよく分からなくなってかなり探しました。それほど古い街並みが残り、迷宮的な作りになっています。というか、後で地図を入れてからもかなり迷ってましたが。。

ところで、欧米の地図ってすごく見づらいですよね。なぜかとずっと考えていたのですが、道の太さが表現されてないからじゃないかと思ってます。たぶん道に名前がついてるからそれで判別せよってことなんでしょうけども。道の名前が必ず表示されているわけでもないので、結果的に非常に分かりづらいんだと思います。

話は脱線しましたが、トレドのカテドラル(トレド大聖堂)はスペイン・カトリックの総本山らしく。今まで観た中で一番大きなカテドラルでした。

トレド大聖堂外観

トレド大聖堂外観

トレド大聖堂の彫刻

トレド大聖堂の彫刻

僕は、中世の絵はそんなに好みではないんですが、教会は割りと好きです。

なぜかと考えてみると、芸術というのは基本的にはコンテクスト(文脈)が非常に重要です。だから、中世のことを知れば中世の絵も好きになるかもしれません。しかし、教会というのは誰にでも分かりやすいすごさを持っています。その理由は、誰にでも布教しなければならないから。だから僕みたいなキリスト教徒ではない人間でも、教会を見れば「すごい」と思うし、敬虔な気持ちにもなれるのかなと。

トレド大聖堂のステンドグラス

トレド大聖堂のステンドグラス

また話が脱線しましたが、トレド大聖堂は分かりやすくすごいなと思いました。まぁ作るのに3世紀くらいかかってますからね。。それから、トレドは川に囲まれた要塞のようになっているのですが、それを一望できるパラドール(古城を改装したホテル・チェーンのことを一般的にそういうらしい)があります。ここからの眺めは本当に絶景なので、ぜひ無理してでも言ってみてください。タクシーで行く価値ありです。一泊してもよかったかなと思ったくらいです。

トレドの街を外側から観る、川に囲まれて要塞になっています

トレドの街を外側から観る、川に囲まれて要塞になっています

ここで日本で用事があり、いったんパリ経由で帰国します

<TIPS>
・トレドまではAVEというスペインの新幹線があります。この電車は超快適なのですが、僕の時は次の便が売り切れていてさらに2時間待ちしました。早目に確保しておいた方がいいかもしれません。
・トレド駅からトレド中心部までは、歩いて20分ほど。サン・マルティン橋という入口のあたりも趣きがあるので、バスやタクシーを使わないのもいいと思います。ただし、猛烈に登りなので、体力使いますが。

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世界一周その26ースペイン/ジローナからダリを探す旅

バルセロナで、密かにダリにも興味が出てきてしまったので、ダリ美術館のあるフィゲラスとダリの住んでいた通称、卵の家のあるカダケスに行こうと、ジローナという街に移動します。

ジローナの街並み

ジローナの街並み

ジローナは本当にこじんまりとした街で川沿いの風景が綺麗な街でした。カテドラルには、「天地創造のタペストリー(刺繍布)」という有名な見所もありますが、やはりのどかな雰囲気を楽しむ街でしょう。

ジローナのカテドラル中

ジローナのカテドラル中

ジローナの天地創造のタペストリー

ジローナの天地創造のタペストリー

ここから卵の家のあるカダケスには、1日2本しかないバスで1.5時間。しかし、最初の1時間は僕しか乗っていないという貸切状態。カダケスはビーチリゾートとして有名なんですが、時期は春なのであまり行く人はいないようです。

カダケスの街並み

カダケスの街並み

卵の家は、ダリが愛妻ガラと暮らした家なわけですが、海沿いに立ち、ひとつひとつの部屋にダリのこだわりが見られる素晴らしい家でした。各部屋はそんなに広くないのですがそれぞれテーマがあり、ベッドから優美が見れる鏡が設置してあったり、湾が一望できるアトリエがあったり、気持ちのよい裏庭(かなり広い)があったりしてとても住みやすそうでした。まぁ訳の分からないオブジェで埋め尽くされてましたけど…

ダリ/卵の家外観

ダリ/卵の家外観

ダリ/卵の家のアトリエ

ダリ/卵の家のアトリエ

続いて、フィゲラスにバスで移動して、ダリ美術館です。こちらはダリ自らが設計したというだけあって、建物自体もダリ的なエキセントリックな装飾や構造になっており、ふらふら混乱しながら見ているうちに一周してました。

ダリ美術館、入口からして奇抜

ダリ美術館、入口からして奇抜

なんというか、ダリは実際は極めて常識人であったという話もありますが、僕の周りの割りと変わったひとたちも意外に普段は普通の生活を送っていたりします。だから、ダリもある時は常識人であったと同時に、ある時は誰にも分からない発想で芸術作品を作っていったのだろうなぁと想像しました。

ダリ美術館、中庭

ダリ美術館、中庭

フィゲラスからは電車でジローナへ。本当は2日に分けて行こうと思ってたのですが、意外に乗り換えの接続がよかったので、1日で全部回ることができました。この行き方は割りとオススメです。

次はスペインの首都マドリッドへ。

<TIPS>
卵の家は予約必須です。
・カダケスはバスしかないのでかなりアクセスが悪いです。フィゲラスかジローナからバスで行きますが、本数も少ないので時間を見計らって行く必要があります。
・ダリ美術館は地元の中学生高校生くらいの遠足スポットになっているらしく、かなり混んでいました。が特に並ぶこともなく入場できました。

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世界一周その25ーバルセロナでガウディ建築に圧倒される

グラナダからバルセロナへ。そしてバルセロナと言えば、サグラダ・ファミリア。

ということで、早速観に行ったのですが、これに完全にやられました。建物自体の芸術性の高さもさることながら、街全体をデザインし直すという強い意志を感じました。実際、サグラダ・ファミリアはバルセロナのどこからでも見えるだけでなく、ちょうど北西45度3ブロック先にあるサンパウ病院から道を作っています(本来は四方に作りたかったらしい)。またご存知の通りサグラダ・ファミリアは未だ建設中で、ガウディ死後100年でようやく完成予定というスケールの大きさにも圧倒されました。

サグラダ・ファミリア外観

サグラダ・ファミリア外観

サグラダ・ファミリア天井2

サグラダ・ファミリア天井2

サグラダ・ファミリア、塔の階段

サグラダ・ファミリア、塔の階段

夜のサグラダ・ファミリア、池に写って幻想的

夜のサグラダ・ファミリア、池に写って幻想的

これを創ったガウディ、そして、ガウディの大パトロンであったグエルという人物にも、異常に関心が出てきてしまい、とりあえず3泊くらいの予定であったバルセロナを1週間程に延ばして、他にもピカソ、ダリ、モデルニスモの建築家たちの作品、さらに他にも実はたくさんある見所も含めてじっくり観てきました。

カサ・ミラ外観

カサ・ミラ外観

カサ・バトリョ吹き抜け、上の方ほどタイルが濃くなっている

カサ・バトリョ吹き抜け、上の方ほどタイルが濃くなっている

ガウディのように歴史の残る仕事をするにはどうしたらよいのだろうか?

ガウディは、カテナリー曲線など革新的な建築手法を取り入れつつ、自然物から着想を得たという独創的なデザインで、後世の建築家だけでなく、芸術家、市井のひとびとにまで強い影響を与えました。そして、それを支援した実業家グエルも、ガウディに依頼したグエル邸やグエル公園といった建築物が現代にまで世界遺産として残っています。

グエル公園、激込み

グエル公園、激込み

コロニア・グエル教会堂外観

コロニア・グエル教会堂外観

僕は、せっかくこの世に生を受けられたからには、何かしら世界に貢献したいと思っています。つまりそれは世界に対して、何かしらの分野で革新的な仕事をするということです。

例えば、今ビジネスをしてお金儲けできていたとしても実際それが100年先に残る、どころか10年先に残るということもほとんどありません。だから、お金儲けではなく、世界にいかにインパクトのある仕事をするかを考えたいと思っています。

コロニア・グエル教会堂内部

コロニア・グエル教会堂内部

カサ・バトリョの天井照明、渦巻いてます

カサ・バトリョの天井照明、渦巻いてます

その際に、重要なのはやはり歴史的な視点です。今までになかった何かを仕事に盛り込むこと。そして、それが以後の他のひとの仕事に決定的な違いを生じさせること。これにより、その仕事は歴史の転換点となり、記録されることになります。

こういった新しい仕事は、当然ながらその時には理解されないものです。理解される程度のものであれば、すでに誰かがやっています。だから、今は誰もやっておらず、理解もされないことで、10年後、100年後に当たり前になっているだろう仕事をしなければなりません。

カサ・マルティ(クアトラ・ガッツ)、ガウディたちが通ったレストラン

カサ・マルティ(クアトラ・ガッツ)、ガウディたちが通ったレストラン

カテドラル、祭壇

カテドラル、祭壇

そんなことができるのだろうか?

ほとんどすべてのひとはそんな仕事をすることなく死んでいきます。だから、僕にもそんな仕事ができるかどうかは分かりませんし、むしろそうでない確率の方が圧倒的に大きいでしょう。しかし、それに向かって、生きていくことに大きな意味があると思っています。

そして、その仕事が歴史に残るかは、後世のひとたちが決めることなのです。

カサ・バトリョ屋上、左は暖炉の煙突

カサ・バトリョ屋上、左は暖炉の煙突

モンセラット、カタルーニャの聖地らしい

モンセラット、カタルーニャの聖地らしい

バルセロナは僕にとってもっともこの世界一周で最も感銘を受けた街になりました。

ガウディだけでなくモデルニスモ(カタルーニャ版アール・ヌーボー)の建築物たち(特にサンパウ病院、カタルーニャ音楽堂)やピカソやダリの博物館もすごくよかった。海岸沿いも洗練されていて気持ちよかったし、スペイン広場の噴水ショーも噂通りすごかったです。

サンパウ病院、細かい造形がすごい

サンパウ病院、細かい造形がすごい

カタルーニャ音楽堂、ドメネク作

カタルーニャ音楽堂、ドメネク作

バルセロナの海岸沿い

バルセロナの海岸沿い

スペイン公園の噴水ショー

スペイン公園の噴水ショー

噴水ショーからカタルーニャ国立美術館

噴水ショーからカタルーニャ国立美術館

それらをバルセロナ市が惜しみなく支援し、整備し、インフォメーションセンターや観光バスツアーも充実していて、誰にでも楽しめる観光都市になっているのが素晴らしかったです。東京でもこれくらいのことできるはずなので、ぜひ見習って欲しいなと思いました。

カタルーニャ美術館、美しい...

カタルーニャ美術館、美しい…

モンジュイック城からバルセロナ

モンジュイック城からバルセロナ

次は、ダリを探しにジローナへ向かいます。

<TIPS>
・バルセロナ情報はバルセロナ・エッセンシャルズが非常に便利です。大体の場所への行き方はこちらに書いてあります
・郵便局は20時と遅くまでやっていますが、土曜は14時、日曜はやっていないのでご注意
・スペイン広場の噴水ショーは5月は金曜土曜のみでした
サグラダ・ファミリアは予約しなくても列に並べば見られそうでしたが、エレベーターチケットは時間が10分単位で決まっており、早くなくなってしまいます。しかもネットでエレベーターは予約できません。よって朝一のものをネットで予約し、入場後すぐに係員を捕まえて、エレベーターチケットを購入するのがよいと思います。しかし、なんでこんなシステムになってるんだろう。。。
カタルーニャ音楽堂のツアーもかなりすぐにチケットがなくなってしまいますので、ネット予約した方が無難です。しかも割りとやってない日がありますので注意が必要です。
・ロープウェイは風が強いとよく運休するようです。行く前に確認した方がいいかもしれません。また、終わりも19時(5月の場合)とかなり早いので注意しましょう。バスで帰ってくることも可能です。
・モンラセット行きの電車は1時間に1本程度しかありません(土日だったからかも)。時間を見計らって行った方がよいと思います。
・スタバやマックでWiFi可能。スタバの場合は、店員さんに言ってパスワードをゲットします。

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