ローマへと続く「ギリシア人の物語」

「ローマ人の物語」の塩野七生氏がギリシア勃興の歴史を全三巻で描いています。一巻づつレビューしていきます

■ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

なぜなら、古代のアテネの「デモクラシー」は、「国政の行方を市民(デモス)の手にゆだねた」のではなく、「国政の行方はエリートたちが考えて提案し、市民(デモス)にはその賛否をゆだねた」からである。  クレイステネスは、自らが属す特権階級をぶっ壊したのではない。それどころか、温存を謀ったのだ。ただしそれは、当時のアテネ社会の中での力の移行を考慮したうえでのことであり、ゆえに特権階級のマイナスの部分はきっぱりと切り捨てて、ではあったのだが。  アテネの民主政は、高邁なイデオロギーから生れたのではない。必要性から生れた、冷徹な選択の結果である。このように考える人が率いていた時代のアテネで、民主主義は力を持ち、機能したのだった。

アテネにおける民主主義の誕生と、対抗軸としてのスパルタの成り立ち。そして、ペルシアとの攻防。特に、マラトンの戦い、サラミスの海戦でのギリシア側勝利をダイナミックに描いています。こういった歴史をみると、本当にひとりの人の判断が歴史を変えることがあり得るということを改めて感じさせられます。一方で、繰り返し出てくる大衆の愚かしさも。。

■ギリシア人の物語II 民主政の成熟と崩壊

ペルシアとの戦いに勝利したギリシアが繁栄を謳歌するところから始まります。アテネではペリクレスという天才政治家が現れ「デロス同盟」や民主政を確固たるものとしていきます。一方で、スパルタとの長期にわたるペロポネソス戦争に突入していきます。紆余曲折あった後、アテネの敗北に終わるわけですが、この辺りの戦局(場所も)の移り変わりがすごく興味深い。何が重要かということすら、刻一刻とダイナミックに変化する好例かと思いました。また一度の敗退が決定的にすべてを変えてしまう残酷さも。

■ギリシア人の物語III 新しき力

アテネ敗北後の世界のカオスぶりが、ソクラテスの自死事件なども含めて、描かれています。しかし、その後、マケドニアにフィリッポス、次いでその息子であるアレクサンドロス(いわゆるアレキサンダー大王)が登場し、一転ギリシア文明が、ペルシアを征服する側にまわります。

常に劣勢かつ相手の選んだ戦場で戦いながら連戦連勝なのはまさに天才。ローマの英雄ユリウス・カエサルは40を過ぎてから頭角を表しますが、アレクサンドロスは20歳で即位してから無敗でペルシア帝国を滅すまでする。

また戦争だけでなく、占領した地域の統治も滞りなく行っている。でなければ広大なペルシアを滅ぼしながら、インドまで行けるはずがありません。

アリストテレスが家庭教師だったり、フィリッポスの帝王学を一心に受けて育ったとは言え、どうやったら経験がほとんどない中でほぼノーミスで直実な打ち手をしながら、東征をやりとげることができたのか、本当に不思議です。

著者もなぜ後継者を指名しなかったのかというところで、

 「決定的な何か」とは、言い換えれば洞察力である。これを辞書は、見通す力であり見抜く力、と説明している。イタリアでは、この種の能力に欠ける人を、自分の鼻の先までしか見る力がない人、という。だから、洞察力のある人とは、その先まで見る力がある人、のことである。  だが、洞察力とは、自分の頭で考える力がなくてはホンモノにはならない。  私には、アレクサンドロスは配下の将たちに、考える時間を与えなかったのではないか、とさえ思えるのである。

と述べています。天才すぎたが故に部下が育たなかったというのが唯一の難点だったのかもしれません。ただ彼が生きた時代は、紀元前330年前後のほとんどギリシアとペルシアくらいしか文明がなかった(東洋除く)時点でまとめられる力量を持った人材がいなかったとして責められるのかというと疑問は残ります。

その後帝国は数十年かけて瓦解しましたが、それでもヘレニズム文化は残り、その後のローマ帝国などに繋がっていきました。まさに歴史を変えるとはこういうことなんだろうなと。

ビジネスモデルの最前線「プラットフォーム革命」

Apple、Facebook、Google、Alibaba、Tencent、Airbnb、Uberなどなど近年大成功するインターネット・カンパニーはプラットフォームであることが多い。本書は、そういったプラットフォーム・ビジネスとは何なのか、どうやって作るのか、失敗するのか、拡張するのか、などを豊富な事例を紹介しながら、理論にまでしようという意欲作です。

メルカリもプラットフォーム・ビジネスなわけですが、いまどういった立ち位置にいるのか、どうやって改善していくべきなのか、どういった場合に脅威が生じるのか、どうやって拡張していくべきなのか、などを考えるのにすごく参考になりました。

正直理論的なものは荒削りと感じたのですが、それでも整理されていてすごく勉強になりましたし、インターネット・ビジネスをするなら必読だと思います。

最後に、プラットフォームは作るのが一番大変なわけですが、最初に重要なことは

「重要なのは、あれこれ付け加えることじゃない。そぎ落とすことだ」
──マーク・ザッカーバーグ、フェイスブック創業者・CEO

最強の目標管理フレームワーク「OKR」

OKR(Objectives and Key Results)はGoogleはじめシリコンバレーで主流の目標管理フレームワークで、メルカリでも割りと初期から取り入れています。僕自身もZyngaではじめて経験したのですが、著者のクリスティーナ・ウォドキー氏もZyngaで学んだと言及してます。

途中物語になっていたりして、サクサク読めるのですが、概念を理解するのに非常に有益だと思います。

本書でも繰り返し言及されていますが、OKRがよいのは重要なことにフォーカスできるようになることだと思っています。特にスタートアップでは、日々緊急だったり重要そうな出来事が起こったりして、誘惑が山ほどあります。OKRでは、重要なことをObjectiveで定義すること、それを達成するとはどういう意味かということをKR(Key Results)で明確に数値化することで、全員の意識をフォーカスさせられるのが非常にすばらしいと思います。KRにプライオリティをつけることで判断を迷わなくてもよくなるし、何をやらないかを決めることが容易になります。

とはいえ、OKRの設定と運用はすごく難しいです。適切に設定してきちんと運用しないと推進力にならない。メルカリでもいろいろな失敗をしてきました。本書を読んで、Objective設定をもっと重視した方がよいなど気付かされることもたくさんあったので、うまく取り入れていこうと思います。

勇気がもらえる「問題児 三木谷浩史の育ち方」

楽天創業者の三木谷さんを生まれから追ったドキュメンタリー。最近日本で兆クラスの企業を一から作り上げた例はほとんどなく、新経連などでの影響力も考えると稀有な起業家です。綿密な取材により、プライベートまでかなり踏み込んで書かれていて、どのように三木谷さんが育ち、なぜ楽天が成功してきたかが描かれています。

本書読むと、三木谷さんが明確な意見を持ち、自信を持って事業を推進してきていることがよく分かります。楽天市場にしても野球にしても必ず成功すると考えて始めています。一方で、TBSのようにうまく行かなかったケースもあるわけですが、それでも前向きに考えています。

全般的に礼賛な部分もあるのですが、それでもこの「楽天さ」によりやりたいことをどんどんやっていく姿は、すごく勇気づけられたし、もっと自由にやっていいんだなと改めて思いました。日本の起業家にはオススメの一冊です。

※私は1999年に楽天内定者として半年ほど働かせていただき、社会人としての基礎は楽天で学びましたし、まだ数十人のスタートアップだった当時の雰囲気を自社でも生み出せているかをひとつのベンチマークにしています

UberとAirbnbの成り立ち「UPSTARTS」

最近生まれたUberとAirbnbという数兆クラスのメガベンチャーの歴史に迫ったドキュメンタリー。広範囲な取材により若干拡散気味ではあるが、それも含めてまだ歴史が固まっていない今ではすごく意味があると思います。

本書では、投資を見送ったベンチャーキャピタリストや参画を見送ったり辞めたひとびとへの大量のインタビュー、カウチサーフィン、ウィムドゥ(ヨーロッパ版Airbnb)やヘイロー、ディディ、リフト、サイドカーなどの内情や関係性、各国やUS州の政府との激しいロビイングの推移などが、ライブに描かれています。結局Uber CEOのカラニックは退任という結論になったわけですが、現在進行系のものも多い。

これだけ急激に成長するとなると、本当にあらゆるところで軋みが産まれるものですね。それらひとつひとつに向き合って真摯に対応していかなければならないのがスタートアップの宿命なのかなと。逆に言えば、それだけ世の中に求められているとも言えます。ともかく起業家としては非常に勉強になる必読本です。

幅広い知識で迫る「貨幣の「新」世界史」

元JPモルガンのアナリストでアリババのIPOなども担当した著者が、様々なアプローチでお金の本質について迫った本。幅広い知識で、お金の起源からビットコインのような最新の事例まで迫っており非常に勉強になりました。一方で、お金が、ここ2年で仮想通貨の普及も含めて、ものすごい勢いで再定義されつつあると感じており、また最新の見解を聞いてみたいと思わせました。

以下、抜粋コメントで

広い視野を持つためには広い定義が欠かせない。そこで私は、お金は価値のシンボルだという定義にたどり着いた。シンボルとは何かほかのものの象徴であり、抽象的な形で表現される。一方、価値とは何かの重要性や値打ちを意味する。このふたつをまとめれば、お金は何か価値のあるものや大切なものの象徴ということになる。

お金に関してカーツワイルは、その普遍性を確信してつぎのように述べる。「たとえばアメリカ政府とアルカイダのように、一部の事柄に関して見解が大きく異なっていても、お金を尊重する気持ちはどちらも変わらない。お金という難解で仮想的な複合概念に対する尊敬の念が、ここまで普遍的であることには驚かされる(98)」。誰もがお金を利用し尊重している現実を考慮すれば、大きな変化が生じたときには人類に甚大な影響がおよぶだろう。

確かにこの普遍性は非常に興味深いし、「お金は何か価値のあるものや大切なものの象徴」という定義もおもしろい。

現代のポートフォリオ理論は理に適っているような印象を受ける。しかし意外にもマーコウィッツ自身、自分の退職後に備えた投資の方法については簡単に決めかねている。   私はアセットクラス〔投資対象となる資産の種類や分類〕の過去の共分散を算定してから、有効フロンティア〔ポートフォリオ期待収益の分散において、期待収益を最大にあげられる個別資産の組み合わせの集合〕を引き出すべきだった。ところが、自分の関与しないところで株価が上昇したと言っては狼狽し、逆に自分が深く関与しているところで株価が下落したと言っては絶望に打ちひしがれる場面を思い浮かべた。将来悔やむような展開を最小限に抑えることが、頭から離れなかった。そこで、資産を債券と株式と半分ずつに分けて投資することにした(18)。  現代のポートフォリオ理論の発明家は、自分の発明品を使わなかった。合理的だとされる行動を理解していながら、一見すると不合理な行動を選んでしまった(19)。ノーベル賞を受賞するほどの経済学者がこのような行動をとるのは、人間が合理的だという前提に問題があることの証拠ではないか。日本では、東京の高級住宅街の四四六人の住民を対象に調査が行なわれた。住民は合理的に自己利益を追求するものと予想されたが、ホモ・エコノミクスの行動モデルに忠実だったのは僅か三一人、全体の七パーセントにすぎなかった(20)。「経済学者のモデルはまったく当てにならない。人間的な要素の大切さをすっかり忘れている」と、数量ファイナンスの専門家であり教育者であるポール・ウィルモットは語る(21)。

現代ポートフォリオ理論の考案者のひとりであるマーコウィッツすら、老後の投資に現代ポートフォリオ理論を使わなかったという事実。経済は合理的なひとの行動の集合であるという前提が崩れているのは明らかなのだが。

何世紀ものあいだ経済学者は、物々交換がお金の前身だと主張してきた。しかし実際には、ほかの金融商品が広く普及していた。債務である。

金属主義者と表券主義者のあいだでは、お金の起源についての考え方が異なり、たとえばアダム・スミスとアルフレッド・ミッチェルイネスの見解にも違いが見られる。金属主義者は、物々交換に代わってお金が登場したという前提に立っている。そしてお金は個人の取引から生まれたもので、市場が創り出したものを国家は勝手に神聖化したと見なす。一方、表券主義者は、債務や信用供与の制度がお金よりも先行していたと主張する。古代メソポタミアで利子付きの融資が行なわれていた証拠は残っているが、これはリディア王国で紀元前六三〇年頃に硬貨が登場したよりも何千年も古い。金属主義と表券主義というふたつの学説は、言うなれば断層線で区別されているように大きく異なるが、同様に、金属を介する取引と信用取引も、市場と国家も、ハードとソフトも大きく異なる。

物々交換はなく表券主義であることは定説になりつつあるが、金属主義にはまだ根強い指示もあります。

アメリカは途方もない特権を持ち続けたい。世界の準備通貨としてのドルの地位を守り抜くため、あるいは、それが無理でもせめてシェアの低下を遅らせるため、大勢の人たちが解決策を提案している。そのひとつが、ドルの量を減らして質を高めることで、金本位制の復活も考えられる。しかし、お金を創造することには誰もが抗えない魅力が備わっており、それは歴史によっても証明されている。

いまでは中央銀行が船の舵を握っている。今日、貨幣の世界では様々な機関が密接に関わり合いながら錬金術を駆使しているが、その網の目状のシステムは中央銀行によって統括されている。ドルが銀行家に操られるべきでないと信じていたヘンリー・フォードは、一九二二年に発表した自伝にこう書いている。「[通貨]制度は人びとの生活を左右するが、その制度が主導者である銀行家にどれだけの権限を付与しているか理解したら、[人びとは]これをどう評価するだろうか。実に深刻な問題だ(134)」。現代の通貨制度の仕組みについては正しい理解が必要だ。この制度は非常に複雑だが、ソフトマネーに付き物の悪魔との取引が確実に存在している。

個人的には、仮想通貨がこの歯止めになるのではないかと期待してます。

しかし、ビットコインが通貨として永続的な力を持つのか、あるいはほかの代替通貨のように消滅するのか、現時点では判断できない。価格変動はすでに経験している。二〇一三年には二〇ドルから二六六ドル、そして一三〇ドルへと僅か数カ月の間に揺れ動いた。ノーベル経済学賞を受賞した経済学者ポール・クルーグマンはこの不安定性に注目し、ビットコインは価値貯蔵手段としての信頼性に欠け、貨幣の本来あるべき姿からはかけ離れていると指摘している(38)。

現在の10,000ドルを超えている状況をみても、価値貯蔵手段としての信頼性を欠くというのだろうか?

人類学者のデイヴィッド・グレーバーは、ピタゴラス、ブッダ、孔子など影響力の大きな宗教指導者が、紀元前六世紀に硬貨が発明された地域──ギリシア、インド、中国──に暮らしていた事実を指摘する(15)。そして、お金も永続的な宗教も、どちらも紀元前八〇〇年から紀元六〇〇年にかけて誕生したのは、決して偶然ではないという。市場の重要性が高まるにつれ、組織的な宗教が広がったのではないかと考えている。たとえば、イエス・キリストの初期の弟子たちの多くは貧しかったので、物質的な富に関して逆説的かつ解放的な見識を素直に受け入れたのかもしれない。

お金により富が可視化されたことで、金持ちではないひとを紡ぐある種の幻想が必要になったのではと考えています。大多数がギリギリの生活をしなければならなかったがその心理的な安定、支配者層にとってはそこから来る社会的な安定という意味で利害が一致したのかなと。今は生産性の向上から話が違ってきています。

複雑な人物「江副浩正」

リクルート創業者江副浩正氏の人生を元リクルート社員が追ったすばらしいノンフィクションです。

極めて複雑な人物で、リクルートという未だに成長し続けるすばらしい企業を作った一方で、家族や社会(例えば、野村證券や稲盛和夫氏)への確執もすごかったらしい。若い頃のエピソードはどれもエキサイティングで江副氏の天才性が垣間見れて非常に勉強になりおもしろかったし、後半のもがき続ける姿はもの悲しくもありましたが、ものすごいパッションを感じました。

優れた起業家としての評価も確立していたのだから、それで満足して作品としてのリクルートという会社を残せばよかったのでは、とも思ったのですが、実際は遅くはなくリクルート事件による強制退場があったために、リクルートという会社が解き放たれたのかもしれません。

以下、抜粋コメント形式でいきます。

ここずっと考えてきたことを、江副は初めて口に出して言った。 「広告だけの本」  ぼんやり考えてきたことが、言葉にしたことで実像となった。とたんに反対の声が次々に上がった。 「広告だけの本をだれが買う?」 「いや、売らないんだ。無料で配る」 「なにそれ」 「無茶だよ、そんなの」  反対が多いということは、それだけ関心があるということだ。 「得意先からの広告費で、すべてをまかなう」 「できるわけないよ」 「できるさ。出版経費、配送費をすべて足してわれわれの利益を乗せて、それを広告掲載社数で割れば、一社当たりの広告費がでてくる」 「いいね、広告だけの本なんて、どこを探してもないものな」

最初の頃のエピソードでは、江副氏が極めてすぐれたアイデアマンであることが分かる。もうダメだというシチュエーションを何度も乗り越えてきている。

手描きで制作している「リクルートブック」の地図も、いつかコンピュータ処理ができる時代が来る。そうすれば、一度作った情報は効率よく再利用でき、制作原価が一段と下がる。いま携わる、自分たちのすべての情報をコンピュータのもとに集約できれば、日本で一番進んだ情報産業になれる。そう信じていたのだ。IBMのセールスエンジニアが言う。 「それなら、最新の事務処理能力をもつのはIBM1130となります」 「わかりました。十台入れましょう」  リクルート創業七年目。売上高四億二千万円。利益二千四百万円、社員数八十人の会社が、まだ日本にコンピュータが全部で三百台しかないという時代に、その利益をすべて吐き出しても、最新機器を十台も導入するという。位田とセールスエンジニアは驚くしかない。

導入を決めたはいいが、社内にコンピュータの専門家は一人もいない。江副自身が東大の芝の研究室に出向き、情報理論の講義を直接受けた。その難解さをかみしめながらも江副は、コンピュータの本質を直感でつかみ取っていた。 「わが社はどんな産業に属するか? という問いには『情報産業である』と答えることができます。また電子計算機をいいかえて、情報処理機器とよぶこともできるでしょう。これからのわが社にとって、電子計算機はなくてはならないものになるはずです」(「週刊リクルート」六八年二二五号)

リクルートを情報ビジネスだと認識していたからこそコンピュータビジネスにも乗り出した。

「とらばーゆ」は女性の熱い支持を受け、発売翌日にほぼ完売。新聞は一面で「女性の転職時代の到来」と大々的に報じた。結婚すれば寿退社して女性は家に籠もるものという社会通念は、この年を境に、日本から徐々に崩れていく。「とらばーゆ」の創刊は、戦前戦後に築かれてきた日本の社会構造を変える、一つの要因となったのである。 「住宅情報」に次ぐ「とらばーゆ」の成功で、江副はますます時代を演出し、時代と並走する経営者として注目を集めるようになった。

土地臨調、税調特別委と国の要職にかかわってみると、いち早くさまざまな土地や金融情報が手に入ることがわかった。それで、コスモスやFFの仕事は先手、先手が打てた。サービス精神あふれる江副のことだけに、マスコミが与えた「民間のあばれ馬」にふさわしい態度も多々取ることになった。

成功に次ぐ成功、そして国の要職にかかわるようになり、この辺りから変わっていったらしい。

しかし不動産やノンバンク事業に傾斜し、ニューメディア事業で疾走する江副のなりふり構わないワンマンぶりに対して、社内ではひそかにこう言い交わされ始めていた。 「江副二号」  敬愛の念を込めて「江副さん」と言っていた社員たちが、絶対君主のようにふるまう江副にとまどい、その変容ぶりを嘆くかのようにそう呼んだのである。「住宅情報」を開発したころの江副が「江副一号」だとすると、いまの江副は「江副二号」だというわけだ。 「江副一号」が徐々に「江副二号」に変容していった契機は、父、良之の死にあったといえるだろう。かつて「リクルートのマネジャーに贈る十章」の最後に書いた言葉は、父にたたき込まれた「謙虚であれ、己を殺して公につくせ」という葉隠精神からきていたといっていい。

内なる父からの解放と重なるように、経団連、経済同友会入りを果たした江副の口から、一つの言葉がたびたびこぼれるようになっていった。 「リクルートは実業ではない。実業をしたい」  その言葉を江副から聞くたびに、江副が掲げた「誰もしていないことをする主義」を信じ、新たなサービスを開発することにまい進してきた多くのリクルート社員はとまどった。ならば、いまやっている、かつて誰もしたことのなかった仕事は、虚業だったということか。

絶対君主化していったと。

取締役会は江副の独壇場になった。江副の成功体験に引きずられ、誰も反対意見を言い出せないまま、取締役会は江副の思い通りに動いていった。そしてリクルートは「誰もしていないことをする主義」からはほど遠い、デジタル回線、コンピュータレンタルの下請け事業、そして不動産業へと急激に傾斜していく。  次々と新規事業を開設していった「江副一号」。それとは対照的に、「江副二号」は何一つ新しい事業を開発し、軌道に乗せられずに、リクルート王国の国王として君臨した。

しかし、後半に手掛けた事業はほぼすべて失敗した。そして、リクルートを辞めてからも失敗し続け資産を失い続ける。

同時期、同じように「江副の黒い芽」を警告する財界人がいた。  リクルート調べ大学生人気企業ランキングで技術系トップの座に就くことをNECの関本忠弘社長は長年めざしていた。そしてようやくその座を射止め、喜んだ関本は江副を築地の吉兆に招待する。お互い囲碁好きのふたりは、食後和気あいあいと碁を打ち別れた。  翌朝、リクルートのNEC担当営業部長が、相手方の人事部長に呼ばれた。 「うちの関本が昨夜の江副さんに危惧をいだいたとのこと、老婆心ですがお伝えします」  何が起きたのだろう。営業部長は青ざめながら聞いた。 「江副さんは吉兆のなじみらしく、出された料理を、僕はこれが嫌いだからほかのものにしてよと代えさせた。あの席は自分の招待した席だから非常に気分を害された。ちょっと傲慢になっていないか、これじゃ先行きが危ないよと、関本から私に、朝一番の電話でした」

数々の警告はあった。自信から来る傲慢さがそれを助長させたのだろうか。

会長辞任翌日の夜、赤坂の料亭で会食をする中江を電話でつかまえ、江副は念を押した。 「本当に、撃ち方、止めにしてもらえるのですね。ならば、編集長お一人とだけ会いましょう」  江副は約束した場所に単独で赴いた。  江副が『リクルート事件・江副浩正の真実』で記すところによれば、そこで待ち受けていたのは六人の記者だった。彼らが繰り出す執拗な質問攻めに、江副は錯乱した。 「アエラ」七月二十三日号には、事件報道以来、初めてマスコミの前に姿を現した江副の顔写真が大きく載っていた。  痩せ細った体を紺の背広に包み、眉間に皺をよせ、顔をゆがませる江副浩正の顔写真。  それは「撃ち方、止め」どころか「撃ち方、始め」になり、炎はますます勢いを増した。  眠れず、食欲もなく、汗だけが限りなく流れる日々に、江副の心身は急激に疲弊していく。七月二十六日、毎年人間ドックを受診してきた半蔵門病院に、倒れるように担ぎ込まれた。

逮捕から、百十三日目の六月六日、江副は、NTT、労働省(現・厚生労働省)、文部省(現・文部科学省)、政界四ルートの供述書のすべてに署名して保釈金二億円を払い、大勢のカメラマンが取り囲むなか小菅拘置所を出た。  そのニュースを見た精神科医の井上博士は、すぐに半蔵門病院に駆けつけた。  ベッドに横たわる江副は、逮捕前よりも症状が重く、拘禁反応からくる深い鬱状態が顕著だった。井上はルジオミール、ワイパックスといった抗鬱剤を投与し、体ではなく心が目覚めるまで江副が眠られるよう、睡眠薬のネルボン、ベンザリンなどを処方する。しかし深く内向し、激しい鬱状態に落ち込んだ江副は、自死願望にとりつかれ、何度も病室の開かぬ窓に体当たりを繰り返した。秘書のだれかが交代で四六時中看病しなければならない状態が長く続いた。  このままでは本当に虫けら百二十六番になってしまう。この混沌とした意識の毎日から抜け出すのだ。まず自分を信じてついてきてくれた社員たちへ、いまの気持ちを正直に伝えよう。「リクルートの社員への手紙」を書くことで自分を取り戻すのだ。

マスコミと取り調べにより人格を破壊された。

一度新聞で報じられ活字になった事実は、いつか受け入れざるを得ない既定事項となっていく。社員は憤りをもちつつも、「江副、株売却」の事実を早急に受け入れ、自ら生き残る道を模索しだした。  しかし、江副だけは、まだリクルートは自分を必要としていると信じた。  この混乱する事態にもかかわらず、なぜだれも相談に来ない。江副の心のなかに、大きな寂寥感と喪失感が満ちる。「待ち」ができない江副は、中内と交わした「経営は位田尚隆以下現経営陣に一任す」の一条を忘れたように、中内のもとに次々とファクスで手紙を送り続けた。 「今回のことは中内㓛様に新しいリクルートを再構築していただきたい、との思いから発したものですが、リクルートの現執行部には、私がダイエーにリクルートを売る行為であるとの批判もあり、社長の位田も執行部の一部にあるダイエーと対峙していきたいとの声に対してじっと止まったままでございます(もともと待ちの経営者です)。この局面にどう対応していいのかがよく見えないのが今の位田執行部の現状ですので、中内様の思いでお進め頂くのがよろしいかと存じます」

ダイエーへの株式売却後の経営陣とのすれ違いが悲しい。

今治から帰ったころから、江副の認知症は急速に進行した。スペースデザインの決算が悪いと次々に社長を解任、ついには自ら社長に就き、落ち続ける業績にヒステリックな声をあげた。株はますます投機的になり、資産運用の意識は欠落した。破たん株にしか手を出さないのである。安比高原も今年中に倒産する、芋を植えて飢えをしのがなくてはと、芝生を剥がし芋畑の開墾を始める始末だ。迫りくる食糧危機には米の確保が大切と、江副は突然、三千万円分の米を契約し、保管場所もなく周りを困惑させた。幼少期に体験した食糧難が、強迫観念となって江副に襲いかかり、江副の混乱に拍車をかけているかのようだった。

リクルート事件がなかったらどうなっていただろうか。

ビットコインの歴史と今後の展望「アフター・ビットコイン」

ビットコインやブロックチェーン周りの最近の動きと今後の展望が整理されてまとめてあり非常に勉強になりました。特に金融業界がなぜブロックチェーンでこれだけの実証実験を行っていて、何に期待しているのかはすごく勉強になりました。その中で中央銀行が仮想通貨を出す意義などもかなりクリアになりました。この流れにメルカリがどう乗っていくか、無視はできないので中長期的に取り組んで行こうと改めて思いました。

これからの世界「量子コンピュータが人工知能を加速する」

量子コンピュータ周りの歴史から原理、現状が幅広く書かれており非常に勉強になりました。

長年、研究が続けられていた量子コンピュータが「量子ゲート方式」と呼ばれるのに対して、ここ数年で突然商用化された量子コンピュータは「量子アニーリング方式」と呼ばれている

これがカナダのD-Waveのことなのですが、そもそも量子アニーリングの理論は本書の筆者でもある西森氏らが東京工業大学で提案したものであったらしい。

量子アニーリングについては、ハード面では北米がはるかに進んでいる。カナダのD‐Waveに加え、グーグル、そしてアメリカ政府のIARPAが、さらなる高性能化に向けて、すでに壮大なレースを繰り広げている。日本が同じような路線で量子アニーリングマシンを今から開発しても、蜃気楼のように目標が遠ざかっていく、長く険しい道になるだろう。度肝を抜くような発想をもとに、まったく違うことをやるしかない。

北米でD‐Waveマシンを使い始めている企業は、4、5年後あるいはそれ以上の時間スケールで圧倒的な優位性を確保するために、基本ソフトやアプリケーションを含めた基盤技術を自ら開発して独占しようとしているのである。すぐに役に立てようとは思ってないし、すぐには役立たないことは先刻承知である。グーグルにいたっては、検索や広告などの自社製品の品質改良と環境負担の軽減(つまりコスト削減)を目指して、量子コンピュータをハードウェアのレベルから自社開発しようとしているのである。このような中長期にわたる大胆な投資をするダイナミズムを、かつてのように日本企業に取り戻してほしいと願っている。

しかし現状は量子アニーリングマシンでは北米で圧倒的に差をつけられつつあると。しかし日本企業にもやりようはあるという。

量子アニーリングと機械学習の最先端同士が結びつくためには、量子ビット数の向上のみならず、機械学習の分野で発展したアルゴリズムとの親和性も求められる。現在の機械学習の研究では、D‐Waveマシンなど、量子アニーリングとの親和性を意識した研究は少ない。ここにフロンティアが隠されている。日本は「ものづくり」を得意としてきたが、単によりよいハードウェアを作るための技術競争の面では、一部を除いて行き詰まりを見せている。それが社会を覆う停滞感の一因にもなっている。突破口のヒントは、ソフトとハード双方を踏まえた多角的視点、基礎と応用の融合、分野の垣根を超えた交流、過去の慣習からの決別などにあるだろう。停滞感のある今こそチャンスだという逆転の発想が、新たな日本を生み出すのだ。

「量子アニーリング+機械学習」または「ハード+ソフト」ならキャッチアップできるのではという方向性は自分もすごく思っているところで、この辺りで何かしていきたいなと思ってます。

世界を変える「デジタル・ゴールド」

ビットコインの誕生から現在までの様々なストーリーを群像劇のように描いていて、非常に読みやすくおもしろいとともに、暗号通貨とは何かということを本質的に捉えることができる素晴らしい作品だと思います。

特にそれぞれの登場人物がビットコインとの出会いや関わるモチベーションなども描いており、通貨の歴史(「21世紀の貨幣論」もオススメ)やリバタリアニズムなどの思想にまで踏み込んでいます。断片的に知っていた内容もありますが、まったく知らなかったことも多かったです。例えば、サトシ・ナカモトがどのようにビットコインを作っていったのか、最初はサトシだけが採掘するような状態だったこと、マウントゴックスはマルク・カルプレスが作ったものではないこと、不正販売闇市シルクロードとその崩壊(逮捕)までの物語、中国でのビットコインや採掘の話、アメリカ政府や銀行とビットコインスタートアップとの関係性、どのようにシリコンバレーの大物たちが支持派に転向していったか、など。

こうしてみると、ビットコインが生まれてここまで普及したのは奇跡でありながら今となっては必然とも考えることもできるし、以後(ビットコインでないにしても)暗号通貨がさらに力を増していくことは確実と思います。国家の一つの力の源泉が通貨であることを考えると、暗号通貨が世界をどのように変えていくか非常に楽しみです。

最近もハードフォークによるビットコイン分裂、各種ICO(トークンセールス)、暗号通貨に対する法制化などかつてないことが行われていて、ほとんど社会実験のようになっています。どんどん新しいことが起こり誰も事前には何が起こるか分からず、後付けではそれで当然だったと思えてしまう。ブラックスワンが起こりまくっているエキサイティングな時代に生まれて極めて幸運だなと思います。

P.S.「ロン・ポールの連邦準備銀行を廃止せよ」でロン・ポールがFRB(連邦準備銀行)を廃止して金本位制に戻れと主張していましたが、暗号通貨がその受け皿になるのだろうなと。

頑健とは違う新しい概念「反脆弱性(下)」

上巻から続く

しかしながら、そこから導き出されているタレブ自身が実行していることは若干納得感は薄いと思いました。

学生(よりにもよって経済学専攻)のひとりが、本選びのコツを訊ねてきた。「20年以内のものはできるだけ読むな。ただし50年以上前のことを書いている歴史書は別だ」と私はイライラしながら口走った。というのも、私は「今までに読んだ最高の本は?」とか「お勧めの本のベスト10は?」と訊かれるのが大嫌いなのだ。私の「ベスト10」は毎年の夏の終わりには変わるからだ。

例えば、本は20年以内のものは読むなと諭す一方で、

ソフト・ドリンク会社のマーケティングの目的は、消費者を最大限に混乱させることだという話をした。過剰なマーケティングが必要な商品は、必然的に劣悪商品か悪徳商品のどちらかだ。そして、何かを実際よりもよく見せるのは、とても非倫理的だ。たとえば、新発売のベリー・ダンス・ベルトのように、ある商品の存在をみんなに知らせるのはいい。だが、マーケティングされている商品というのは、その定義によって必然的に劣悪なのだ。そうでなければ広告は不要のはずだ。なぜ誰もこんなことに気づかないのか、不思議でしかたがない。

100年以上、生き延びているソフト・ドリンク会社には否定的である。またタレブは自分が生まれた地域にはなかったからという理由でオレンジジュースは飲まないし、人類は大昔はランダムに食事をしてきたから朝ご飯は食べず、曜日で肉を食べたり食べなかったりするという。しかし、何か証明されているものがあるわけではない。

結局のところ何をもって超保守的・超積極的な戦略というのは定義がすごく難しく、恣意的にならざるを得ないのではないかと。だからこそ、個人的には、価値を生みだすことについては疑いようのないビジネスを人生の中心に置きたいと思っているわけですが。

私が唱える認識論の中心的信条とは次のようなものだ。私たちは、何が正しいかよりも何が間違っているかをずっと多く知っている。脆さと頑健さの分類を使って言い換えれば、否定的な知識(何が間違っているか、何がうまくいかないか)のほうが、肯定的な知識(何が正しいか、何がうまくいくか)よりも、間違いに対して頑健だ。つまり、知識は足し算よりも引き算で増えていくのだ。今、正しいと思われているものは、あとになって間違いとわかる場合もあるが、間違いだとわかりきっているものが、あとになってやっぱり正しかったとわかる、なんてことはありえない。少なくともそう簡単には。

しかし半脆弱性があるかどうかを中心に戦略を考えるべきというのはまったくその通りです。またそれ以外にもハッとする概念がいくつも提示されており、本書の価値は極めて高いと思います。

次作もそろそろ出るようなので楽しみです。

頑健とは違う新しい概念「反脆弱性(上)」

ブラック・スワン」のナシーム・ニコラス・タレブの新作。相変わらずの姿勢で世の中の欺瞞をバッサバッサと切っていくスタイルは健在。ものすごい長いかつ濃いので今回も消化に時間がかかりました。まだ全部消化できたとはまったく言えないですが、紹介してみたいと思います。

そもそもブラック・スワンとは、リーマンショックや原発事故のようなほとんど稀にしか起こらないが影響力が極めて大きい現象のことを言っています(白鳥は白と思っていたのが、黒い白鳥が見つかったらそれは嘘だったことになる)。「ブラック・スワン」でタレブは、そういった事例をあげながら、後付けで俺は分かっていたと言ったり、リスクから逃れたりすることを痛烈に批判しています。

ではどうすればよいのか? という点について、タレブは大部分は超保守的な戦略をとりながら、一部を超積極的な戦略に賭けるバーベル戦略を採るべきとしているのですが、それは何かというのが、いまいち消化不良だったというのが私の感想でした。

しかし、本書では、「反脆弱性」(または「反脆さ」)というコンセプトを提唱し、その疑問に答えています。

反脆弱性というと、「脆い」の反対で「頑丈」のようなものかと一見思えますが、タレブはそうではないと言います。

頑健なものや耐久力のあるものは、変動性や無秩序から害をこうむることも利益を得ることもない。一方、反脆いものは利益を得る。だが、この概念を理解するまでには少し労力がいる。人々が頑健だとか耐久力があるとか呼んでいるものの多くは、単に頑健な(耐久力がある)だけだが、残りは反脆いのだ。

反脆弱性とは、逆に、変動性やランダム性から利益を得る性質のことです。この概念はかなり分かりにくいのですが、次のような事例をみると感覚的に分かってくると思います。

進化のいちばん面白い側面は、反脆さがあるからこそ進化は機能するという点だ。進化はストレス、ランダム性、不確実性、無秩序がお好きなのだ。個々の生物は比較的脆くても、遺伝子プールは衝撃を逆手に取り、適応度を高める。 そう考えると、母なる自然と個々の生物の間には対立関係が存在することがわかる。 生きとし生けるものは、限られた寿命があり、やがては死ぬ。

工学者であり工学の歴史家でもあるヘンリー・ペトロスキーは、見事な点を衝いている。タイタニック号があのような致命的な事故を起こさなければ、私たちはどんどん大きな客船を造りつづけ、次の災害はさらなる大惨事になっていただろう。つまり、あの事故で亡くなった人々は、より大きな善のために犠牲になったのだ。間違いなく、亡くなった人数よりも多くの人命を救っている。タイタニック号のエピソードは、システム全体の利と個々の害との違いを物語っている。

ここで重要なのは、ブラック・スワンを予測しようとしないこと。悪いブラック・スワンは徹底的に避ける=これが超保守的な戦略の部分。そして、よいブラック・スワンからは利益を得られるように賭けておく。なぜなら大体ブラック・スワンに対しては予測できないので確率を低く見積もられてしまい非対称性が発生しペイオフが非常に大きくなるからです。

例えば、起業について考えてみると、大抵の起業は失敗する。成功を予測することも難しい。成功するかもしれないと思ってやっても失敗することも多くあります。しかしやり続けているとブラック・スワンが起こることがあります。すると、とてつもなく社会的にも金銭的にも成功することができる。この万が一起こった場合のペイオフの大きさに注目することが重要だと言います。個人的には、起業という戦略はブラック・スワンを活かすには最適な戦略だと考えています。

こういった事例を様々な分野から選んできて反脆弱性という観点から論じるというのが本書の流れになっており、世の中の捉え直すのに極めて役に立つ本だと思います。

下巻に続く

日本企業が海外で成功する方法を知る「セガvs.任天堂」

ゲーム業界の歴史を主にセガ・オブ・アメリカの視点から描いており、いままさにUSでビジネスをしている身としては、非常に勉強になりました。

  1. 近年まれに見るアメリカ市場で日本企業が競合しあいながらどの会社も成功した事例であること。最後の方にソニー(プレイステーション)も出てきます。
  2. 任天堂が荒川さんという山内さんの娘婿をニンテンドー・オブ・アメリカの社長に据えて成功したわけですが、そこにセガは中山元社長が元々バービー人形を再建したカリンスキーをセガ・オブ・アメリカの社長に据えて一時期はシェアをひっくり返すほとの大成功を納めたという手法の違い。
  3. 全米規模のマーケティングがどうやって行われて何がうまくいって何がダメだったのか、特にTVCMやイベントについてかなり詳しく描かれており、かつそれを仕掛けたひとや広告代理店をどう探してきたかなどまで書かれています。
  4. セガ・オブ・アメリカとセガ本社とのものすごい確執。特にアメリカ側からみた時の日本企業の見え方やどういったことがブロッカーになったのかなど。もちろん一面的な見方であるのは確かですが、セガは結局シェアを失いゲーム機から撤退したのも真実なので。

若干文章が冗長な部分もあり上下巻あり読了までものすごい時間もかかるのですが、特に1の点を考えると、これから日本企業がどうやって世界で成功していくかという点で、資料的な価値も含めて極めて重要な作品だと思います。世界を目指す起業家には必読です。

世界で戦うとは?「直撃 本田圭佑」

プロサッカープレイヤーとして、海外でガチンコのチャレンジをして、どんだけ屈辱的なことがあって出口がまったくみえなくなっても、ひたすら世界一を目指す男、本田圭佑。正直言って本田氏の実力は、サッカーに詳しくない僕には分からないのですが、そのひたむきさはとにかくかっこいいと言わざるをえない。

──今は谷だから、次はこういう山にしようというイメージがあるということ? 「それがイメージできたらすごいけどね。大抵は自分が今から谷に向かっていますって受け入れられるものではない。トンネルをくぐっていて、それが山なのか谷なのか、いつ抜けられるかもわからない。でもなんとか、その真っ暗なトンネルを抜けたくて必死に進むわけですよ。大事なのは、その辛い時期を残念と思うのか、自分にしかできないチャンスだと思うのか、っていうところだと僕は思っている

本当にこういった必死のチャレンジの中からしか劇的な成功というのは生まれないと思います。メルカリももがきながら海外事業をやっているわけですが、すごく共感します。

──日本には職場や学校で壁に直面している人がたくさんいると思う。本田くんは苦しいとき、何を意識して行動しているんだろう? 「今、自分が意識していることはたくさんあるんだけど、そのうちの1つをあえて紹介するなら、『基本的なことを続ける』ということだね」 ──基本? 「うん。自分にできる基本を繰り返す。それが状況を打開するポイントになるから

『基本的なことを続ける』こと、メルカリで言えばプロダクトのことを考え抜き、よりよいものにしていくこと。

「まあ、やっていることはみんなとあまり変わらないんだけどね。結局、みんなが嫌がることを我慢してできるかどうかなんですよ。オレはスーパーマンでもなんでもない。ただみんなが嫌なこともやれるし、夢のためにやりたいことも我慢できる。それを本当に徹底していて、あとは人よりも思いがちょっと強いだけ。その差が結果に現れたりするんですよ

 「1年後の成功を想像すると、日々の地味な作業に取り組むことができる。僕はその味をしめてしまったんですよ

僕もこれからしばらく海外事業に専念していきたいと思います。

人類の全てを描こうとする意欲作「サピエンス全史」

サピエンスとはもちろんホモ・サピエンス、すなわち人類の全史を描こうとする非常に意欲的な作品。

著者は、人類と動物の真の違いを「多数の個体や家族、集団を結びつける神話という接着剤」のあるなしだという。それがゆえに人類は大規模な文明を築くことができたと。確かに家族や村や国家や株式会社というのはある種の神話であって、みなが信じているがゆえに正しいということは多い。だから昔は正しいと思われていたことが今は正しくないことは多い。例えば、奴隷制なんかもそう。今では人々は人は皆平等であって自由な存在であるし、お金というある種の虚構を信じている。だからこそ人と人がお金を使った取引が可能になる。

このように人類史を違った視点から描いているのが非常に知的好奇心を刺激され、大変勉強になる一冊です。かなり長いですが、夢中で読み進めました。

以下は抜粋コメントしていきたいと思います。

平均的なサピエンスの脳の大きさは、狩猟採集時代以降、じつは縮小したという証拠がある(5)。狩猟採集時代に生き延びるためには、誰もが素晴らしい能力を持っている必要があった。農業や工業が始まると、人々は生き延びるためにしだいに他者の技能に頼れるようになり、「愚か者のニッチ」が新たに開けた。凡庸な人も、水の運搬人や製造ラインの労働者として働いて生き延び、凡庸な遺伝子を次の世代に伝えることができたのだ。

狩猟採集時代の方が生きるために知らなければならないことが膨大にあり、むしろそれ以降の方が脳の大きさは縮小したと。

平均寿命はどうやらわずか三〇~四〇歳だったようだが、それは子供の死亡率が高かったのが主な原因だ。危険に満ちた最初の数年を生き延びた子供たちは、六〇歳まで生きる可能性がたっぷりあり、八〇代まで生きる者さえいた。現代の狩猟採集社会では、四五歳の女性の平均余命は二〇年で、人口の五~八パーセントが六〇歳を超えている(6)。

子供の死亡率が高いだけで、意外に高齢者も多かったらしい。

人類は農業革命によって、手に入る食糧の総量をたしかに増やすことはできたが、食糧の増加は、より良い食生活や、より長い余暇には結びつかなかった。むしろ、人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながった。平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ(2)。  では、それは誰の責任だったのか? 王のせいでもなければ、聖職者や商人のせいでもない。犯人は、小麦、稲、ジャガイモなどの、一握りの植物種だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ。

たしかに村落の生活は、野生動物や雨、寒さなどから前よりもよく守られるといった恩恵を、初期の農耕民にただちにもたらした。とはいえ、平均的な人間にとっては、おそらく不都合な点のほうが好都合な点より多かっただろう。これは、繁栄している今日の社会の人々にはなかなか理解し難い。私たちは豊かさや安心を享受しており、その豊かさや安心は農業革命が据えた土台の上に築かれているので、農業革命は素晴らしい進歩だったと思い込んでいる。だが、今日の視点から何千年にも及ぶ歴史を判断するのは間違っている。

それでは、もくろみが裏目に出たとき、人類はなぜ農耕から手を引かなかったのか? 一つには、小さな変化が積み重なって社会を変えるまでには何世代もかかり、社会が変わったころには、かつて違う暮らしをしていたことを思い出せる人が誰もいなかったからだ。そして、人口が増加したために、もう引き返せなかったという事情もある。農耕の導入で村落の人口が一〇〇人から一一〇人へと増えたなら、他の人々が古き良き時代に戻れるようにと、進んで飢え死にする人が一〇人も出るはずがなかった。後戻りは不可能で、罠の入口は、バタンと閉じてしまったのだ。

農耕には不可逆性があったという話、非常におもしろい。

この法典は、家族の中にも厳密なヒエラルキーを定めている。それによれば、子供は独立した人間ではなく、親の財産だった。したがって、高位の男性が別の高位の男性の娘を殺したら、罰として殺害者の娘が殺される。殺人者は無傷のまま、無実の娘が殺されるというのは、私たちには奇妙に感じられるかもしれないが、ハンムラビとバビロニア人たちには、これは完璧に公正に思えた。ハンムラビ法典は、王の臣民がみなヒエラルキーの中の自分の位置を受け容れ、それに即して行動すれば、帝国の一〇〇万の住民が効果的に協力できるという前提に基づいていた。効果的に協力できれば、全員分の食糧を生産し、それを効率的に分配し、敵から帝国を守り、領土を拡大してさらなる富と安全を確保できるというわけだ。

なぜ昔のハンムラビ法典や聖書が奇妙に思えるか。それは人類が生き延びるために皆が信じる神話であって、現代の神話とは異なるから。

鳥の視点の代わりに、宇宙を飛ぶスパイ衛星の視点を採用したほうがいい。この視点からなら、数百年ではなく数千年が見渡せる。そのような視点に立てば、歴史は統一に向かって執拗に進み続けていることが歴然とする。キリスト教の分割やモンゴル帝国の崩壊は、歴史という幹線道路におけるただのスピード抑止帯でしかないのだ。

これはすごく目からウロコの視点でした。いまBrexitやトランプ政権誕生などで世界が分離していくかのような気がしますが、本書では長い目で見れば必ず世界は統一されていくと言い切っています。

イスラム教や仏教のような、歴史上有数の宗教は、普遍的であり、宣教を行なっている。その結果、人々は、宗教はみなそういうものだと思う傾向にある。ところが、古代の宗教の大半は、局地的で排他的だった。信者は地元の神々や霊を信奉し、全人類を改宗させる意図は持っていなかった。私たちの知るかぎりでは、普遍的で、宣教を行なう宗教が現れ始めたのは、紀元前一〇〇〇年紀だ。そのような宗教の出現は、歴史上屈指の重要な革命であり、普遍的な帝国や普遍的な貨幣の出現とちょうど同じように、人類の統一に不可欠の貢献をした。

宗教=宣教するものではないという事実。そして、それはお金の登場と同様に文明化を推し進めたと。

政治も二次のカオス系だ。一九八九年の革命を予想しそこなったとしてソ連研究家を非難し、二〇一一年のアラブの春の革命を予知しなかったとして中東の専門家を酷評する人は多い。だが、これは公正を欠く。革命はそもそも予想不可能に決まっているのだ。予想可能な革命はけっして勃発しない。

確かに…

古代の知識の伝統は、二種類の無知しか認めていない。第一に、個人が何か重要な事柄を知らない場合。その場合、必要な知識を得るためには、誰かもっと賢い人に尋ねさえすればよかった。まだ誰も知らないことを発見する必要はなかった。たとえば、一三世紀のヨークシャーのある村で、農民が人類の起源を知りたければ、彼は当然キリスト教の伝統に決定的な答えが見つかると考えた。だから、地元の聖職者に尋ねさえすれば済んだ。  第二に、伝統全体が重要でない事柄について無知な場合。当然ながら、偉大な神々や過去の賢人たちがわざわざ私たちに伝えないことは、何であれ重要ではない。先ほどのヨークシャーの農民が、クモはどうやって巣を張るのかを知りたければ、聖職者に尋ねても無駄だった。この疑問に対する答えは、キリスト教の聖典のどれにも見つからないからだ。だからといって、キリスト教に欠陥があるわけではなかった。それは、クモがどうやって巣を張るかを理解するのは重要ではないということだ。つまるところ、神はクモがどうやるかは完璧に知っていた。これが人間の繁栄と救済にとって必要な、重要極まりない情報だったなら、神は聖書に広範囲に及ぶ説明を含めていただろう。

知識への考え方が、古代と現代ではがらりと変わったという視点。

人類は何千年もの間、この袋小路にはまっていた。その結果、経済は停滞したままだった。そして近代に入ってようやく、この罠から逃れる方法が見つかった。将来への信頼に基づく、新たな制度が登場したのだ。この制度では、人々は想像上の財、つまり現在はまだ存在していない財を特別な種類のお金に換えることに同意し、それを「信用」と呼ぶようになった。この信用に基づく経済活動によって、私たちは将来のお金で現在を築くことができるようになった。信用という考え方は、私たちの将来の資力が現在の資力とは比べ物にならないほど豊かになるという想定の上に成り立っている。将来の収入を使って、現時点でものを生み出せれば、新たな素晴らしい機会が無数に開かれる。  信用がそれほど優れたものなら、どうして昔は誰も思いつかなかったのだろうか?

近代以前の問題は、誰も信用を考えつかなかったとか、その使い方がわからなかったとかいうことではない。あまり信用供与を行なおうとしなかった点にある。なぜなら彼らには、将来が現在よりも良くなるとはとうてい信じられなかったからだ。概して昔の人々は自分たちの時代よりも過去のほうが良かったと思い、将来は今よりも悪くなるか、せいぜい今と同程度だろうと考えていた。

その違いがなぜ生じたかと言えば、将来が現在よりも良くなるという視点で、それにより信用というものすごいイノベーションが生まれました。

多くの文化で、大金を稼ぐことが罪悪と見なされたのも、そのためだ。イエスの言うように、「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」(「マタイによる福音書」第19章24節)(日本聖書協会『聖書』新共同訳より)。パイの大きさが変わらない以上、一人がたっぷり取れば、必ず誰かの取り分が減る。だから裕福な人々は、余った富を慈善事業に寄付することで、己の悪行に対する贖罪の意を示さなければならなかった。

昔はパイが変わらない中でゼロサムになっていたが、将来がより豊かになるのであれば信用や知識に対する考え方も変わる。

そこで国家と市場は、けっして拒絶できない申し出を人々に持ちかけた。「個人になるのだ」と提唱したのだ。「親の許可を求めることなく、誰でも好きな相手と結婚すればいい。地元の長老らが眉をひそめようとも、何でも自分に向いた仕事をすればいい。たとえ毎週家族との夕食の席に着けないとしても、どこでも好きな所に住めばいい。あなた方はもはや、家族やコミュニティに依存してはいないのだ。我々国家と市場が、代わりにあなた方の面倒を見よう。食事を、住まいを、教育を、医療を、福祉を、職を提供しよう。年金を、保険を、保護を提供しようではないか」

次に国家と市場が登場し、家族や村社会のようなコミュニティから「個人になる」ことを提案しました。これも農耕と同じく「けっして拒絶できない申し出」でした。

一九四五年以降、国連の承認を受けた独立国家が征服されて地図上から消えたことは一度もない。国家間の限定戦争〔訳註 相手の殲滅を目指すことなく、その目的や、攻撃の範囲や目標、手段などに一定の制限を設けた戦争〕は、今なおときおり勃発するし、何百万もの人が戦争で命を落としているが、戦争はもう、当たり前の出来事ではない。

現在は不安も高まっているわけですが、確かに征服により国家がなくなることがなくなったことは事実であるし、貧困もこれから数十年で撲滅できるのではないかと言われています。

今まで人類は停滞もありながらも発展し続けてきたし、未来は明るいのではないかと思いました。

インテル元社長のマネジメント哲学「HIGH OUTPUT MANAGEMENT」

インテル三番目の社員で元インテル社長アンドリュー・S・グローブによるマネジメント本。かなり昔の本らしいのですが、今になってなぜか翻訳されたようです。
※復刊だそうです。編集の中川さんによる復刊の経緯はこちらをご覧ください。

昔の本で広範囲の経営の話を扱っていながら、ほぼ色褪せておらず、今でも使える内容ばかりで、非常に勉強になり感銘を受けました。やはりこれくらいの経営哲学を持てるようになりたい。インテルがあそこまで大成功したのも納得でした。

抜粋コメントでいきます。

実はワン・オン・ワンのミーティングはマネジャーと社員のコミュニケーションの基本であるだけでなく、マネジャーが入手しうる組織の知識のソースとしておそらく最良のものだ。私の経験では、ワン・オン・ワンの話し合いを軽視するマネジャーは自分が所属する組織の情報が驚くほど貧弱だった。

僕自身も1on1は役員と行っており、マネージャーにも奨励していますが、本書でも「最良のもの」として、かなり多くの時間を割いて具体的な手法まで踏み込んであります。一部自分とやり方が違う部分もあったので、うまく取り入れていきたいなと思いました。

インテル社で、私はかつてあるミドル・マネジャーに次のような質問を受けた。社内教育のコースを教えたり、製造プラントを見て回ったり、社内の私からは数階層も離れた人の問題にかかわったりしながら、なぜ自分の仕事をする時間があるのか、という趣旨だった。私はそのマネジャーに、私の仕事は何だと思うか、と尋ねた。しばらく考えていたが、彼は自分で自分の質問にこう答えた。「それらもあなたの仕事だからですね」

僕も割りとフラフラといろんなひとと話をしたり、目的なく各拠点を行ったり来たりしているのはこれが仕事だからです。

事実を伝えるということ以上に、マネジャーは自分の目標や重点事項や優先事項などについても、特定の仕事の処理の仕方に関連するかぎり伝えなければならない。これはきわめて重要なことである。というのは、マネジャーがこういうことを知らせさえすれば、部下は、どうすれば上司であるマネジャーや監督者に認めてもらえるような意思決定ができるかがわかるからである。こうして、目標や望ましいアプローチを伝えることが権限委譲の成功のカギとなる。あとでわかるように、企業文化を共有することはビジネスにとって不可欠なのである。企業文化の価値を守る人々──聡明で全社的な意識を持った社員──は似たような状況下で一貫した行動を取るようになる。つまり、マネジャーは、同じ結果を得るために時として用いられる形式的な規則、手続き、規則がもたらす非能率さに悩まされないでよいということになるからだ。

「目標や望ましいアプローチを伝えることが権限委譲の成功のカギ」、これすごく重要で僕が参加するミーティングで非常に意識しています。これを繰り返すと、権限委譲できるようになっていきます。

ミーティングに関して、もうひとつの見方がある。前にも述べたとおり、ミドル・マネジャーの仕事の大部分は情報やノウハウの提供であり、物事を処理する望ましい方法を自分の感じたとおりに監督下にいる人々や影響下にあるグループに伝えることである。マネジャーは意思決定もするし、人の意思決定の援助もする。この基本的なマネジャーの仕事は両方とも、膝を交えての話合いのとき、したがってミーティングを通じてのみ遂行できる。だから、ミーティングはマネジャーが仕事を遂行する〝手段〟そのものにほかならないと、私はここでもう一度主張しておきたい。ということは、われわれはミーティングの存在の当否と戦うのではなく、むしろその時間をできるだけ能率良く使わなければならないのである。

ミーティングと1on1がマネージャーの仕事のほぼすべてですね。

マネジャーも、自分にとっては〝わずかな〟時間しかかからないが、他の人の業務遂行には〝長い〟期間にわたって影響するような活動を展開することによって、高いテコ作用を発揮することができる。人事考課はその好例である。マネジャーは考課の準備や伝達に数時間を使うだけで、それを受ける部下の仕事に長期にわたって非常に大きな影響を与えられる。この場合でもまた、テコ作用は、ポジティブにもネガティブにも働かせることができる。部下がやる気を出して頑張り直すこともあれば、考課によって失望させ、底なし沼のような意欲低下をそれこそ長い期間もたらすこともある。

考課がとてつもなく重要な理由。ここがしっかりできるかは本当に大きな違いを生みます。これがうまくできるとスーパーボスになることができます。

ブルースとシンディの活動の基本は、そのプランニングが、〝将来〟の出来事に影響を与えるために〝現在〟達成しなければならない仕事を生み出した点にある。私がこれまで見たところでは、今日のギャップを認識してそれを埋めるために、懸命に意思決定しようとしている人々があまりにも多い。しかし、今日のギャップは過去のいつかの時点で計画したときの失敗を表わしている。今日の問題を改めるのに必要な意思決定に集中することを強いられるのは、比喩的にいえば、車のガソリンが切れてしまって慌てておたおた走り回っているようなものだ。早目に満タンにしておくべきだったことは明らかである。このような運命に陥るのを避けるために、計画するときに解答しなければならない問いがあることを思い出そう。それは〝明日〟の問題を解決するために〝今日〟何をなすべきかについてである。

〝現在〟に忙殺されてしまっているマネージャーは多い。〝明日〟の問題を解決するために動けてないとダメですね。

訓練とは、端的にいうならば、マネジャーとして遂行できる最高のテコ作用を持つ活動のひとつである。自分の部署の人々に4回連続の講義をする可能性があるとかりに考えるとしよう。その各コース1時間あたりに、3時間の準備が必要だと計算するならば、全部で12時間の仕事になる。その講義に、かりに10人の勉強する参加者がいたとしよう。来年それらの人々は、会社のために全部で2万時間働くことになる。訓練の努力を怠らないことによって部下の業績を1パーセント改善しうるならば、あなたは12時間という時間を消費するだけで、200時間に相当する利得を得ることになる。

個人的にこれはあまりできてなかったのですが、「最高のテコ作用を持つ活動」というのは確かにと思いました。できることやっていきます。

波乱万丈の経営物語「再起動 リブート」

数々の失敗を経て現在はループス・コミュニケーションズ社長の斉藤氏による半自伝。

日本版「HARD THINGS」といった感じで、ともかく胃が痛くなるシーンの連続。ベン・ホロウィッツの「HARD THINGS」はまだ海の向こうのシリコンバレーの出来事だと思えましたが、舞台が日本なのでリアリティがすごいです。

岩郷氏の金銭感覚が僕たちとは大きくずれていたことも、問題を大いに複雑にした。彼がフレックスファームの経営に関与してから約二年間で、支払った報酬は億を超え、それ以外にも会社名義で高級外車や自分の居住用に青山の高級マンションを購入するなど、贅沢三昧だったのだ。

途中で助けてくれるひとが実は会社を食い物にしているが、いなければ潰れてしまうために何もできない話や銀行に借金を追い立てられる話、VCに追い出される話などがかなり具体的に書かれていて非常に勉強になりました。

こうして成功事例だけでなく、失敗事例が共有されることには大きな意味があると思います。

僕はようやく自覚した。今起きているトラブルは、すべて僕の甘さや判断ミスが原因であり、もとをたどると僕自身の見栄や焦り、未熟さ、恐怖心から来たものだった。フレックスファームの経営難という現実は、それらが積み上がった結果だった。 目の前にある現実は限りなく厳しい。あたかも何重にも固く絡まった糸の玉のようだ。 だが、それらは僕自身が編んでいった糸なのだ。どれだけ絡まった糸の玉でも、一本一本、丹念に選り分けていけば、必ず解きほぐすことができるはずだ。そこから目を背けずに、自分でコントロールできることに焦点を絞って、冷静に次の一歩を踏み出そう。この苦難はきっと、僕を成長させるために神様が与えてくれた「神のパズル」なのだ。 その時、僕の心に勇気の灯がともった。

そもそも失敗の原因は複合的だ。しかし、それを自らの過ちではなく、経営環境、幹部や社員、不運といった他責にする経営者は、人間不信の度を深め、孤独の闇に陥ってしまう。自分自身の弱点や失敗を客観的に見て、素直に変わろうと努力する人だけが、新しい自分、未見の我に出会い、新たな自分を創造できるのだろう。

しかし結局のところはすべては自らに責任がある、と認めることからしか、成功への道は開けない。実は多くのトラブルは気づいて適切に行動すれば事前に防げるし、非連続な成長に導くこともできる。ただ、その気づきをどう得るかが難しい。

<抜粋>
・財務的にも好調だった。なにしろプロレス道場の初月売上は約一〇〇〇万円だ。その後ペースは落ちていったが、それでも番組は堅調に収益を稼いでくれた。そこに僕が副業としていたシステム開発の収益も加わり、収支は初月から黒字を計上した。 それにも増してうれしかったのは、真の自由を得られたことだった。 夏場でもスーツとネクタイを着用するのが当たり前の時代だ。毎日大汗をかきながら満員電車にゆられ、会社に着く頃には疲れ切ってしまう。何を着るかは僕の自由だし、大切なことはいい仕事をすることだ。何事も自分の頭で考えて、信念にしたがって生きたい。それは僕にとって一番大切な価値観だった。
フレックスファームは順調に成長を続け、一九九二年末には月間の売上が一億円を超えた。創業わずか一年八カ月で月商一億円だ。これで楽しくないわけがない。僕たちは成長路線をひた走っていた。 一方、事業の急拡大にともない、現場はてんてこ舞いだった。人手を増やさなくてはいけない。管理するのも管理されるのも苦手だった僕は、前代未聞の人事施策を考え出した。社員の待遇を三種類だけに限定し、それぞれ固定給としたのだ。 「僕を含めて役員五人の報酬は全員一律で月八〇万円。管理職の給料は月六〇万円、一般社員は月四〇万円。職種は問わない。これで恨みっこなしね」
過当競争で新しい番組を立ち上げても新規利用者の獲得が困難になっていた。サーバーや広告の準備があるため、契約締結から番組開始までには三カ月ほどかかる。その間も競合番組は増え続け、売上が当初予想を大きく下回ってしまう。売上や利益を保証していたわけではないが、彼らの怒りの矛先は、当然のように僕たちに向けられた。 ダイヤルQ2市場は早くも踊り場を迎えていた。
・だが、僕の見通しは甘かった。ブームが去ると、業績は下降線をたどり、一億円あった月商は一気に目減りしていった。 「マズいよ、斉藤。今月の売上は五〇〇〇万円にも届きそうにない……」 福田が深刻な表情で話しかけてきた。 「社員四〇名の人件費だけで二〇〇〇万円を超える。それに家賃に回線費用、仕入れ代金を払うと完全に赤字だ」
・思い悩んだあげく、僕は母に事情を説明した。 突然の申し出だったが、母は驚いたそぶりさえ見せず、父と相談してみると言った。心中穏やかであったはずはない。息子の会社はうまくいっていると信じていたのに、いきなり借金の相談だ。会社を立ち上げた時も、何も言わずにお金を貸してくれた両親だ。さぞ複雑な思いがあったに違いないが、その時も文句のひとつも言わずに僕のわがままを聞き入れてくれた。 二世帯住宅の隣の自宅に帰ってから、若菜にも同じことを説明した。彼女は少し心配そうな顔つきをして「そうなの?」と聞いてきたが、僕が黙ってうなずくと、最後は「わかった。あなたの好きにして」と言ってくれた。
取引先からの裁判に対する支払い、未払い家賃に加えて、月々の人件費、家賃、仕入れ、営業経費、そして銀行への返済。すべてを支払うことはできないので、毎月多くの取引先へ足を運び、お詫びと状況報告する日々が延々と続いた。裁判の和解金と未払い家賃を支払い終えるまでに約二年の歳月がかかり、銀行からの借り入れはいびつに膨らんでいった。
・岩郷氏の金銭感覚が僕たちとは大きくずれていたことも、問題を大いに複雑にした。彼がフレックスファームの経営に関与してから約二年間で、支払った報酬は億を超え、それ以外にも会社名義で高級外車や自分の居住用に青山の高級マンションを購入するなど、贅沢三昧だったのだ。
・僕の浮き沈み激しい人生のなかでも、最もつらかったのがこの時期だ。起業家なのに事業のことを考える余裕などほとんどない。お金を調達してくることだけが自分に課せられた使命なのだ。
・僕はようやく自覚した。今起きているトラブルは、すべて僕の甘さや判断ミスが原因であり、もとをたどると僕自身の見栄や焦り、未熟さ、恐怖心から来たものだった。フレックスファームの経営難という現実は、それらが積み上がった結果だった。 目の前にある現実は限りなく厳しい。あたかも何重にも固く絡まった糸の玉のようだ。 だが、それらは僕自身が編んでいった糸なのだ。どれだけ絡まった糸の玉でも、一本一本、丹念に選り分けていけば、必ず解きほぐすことができるはずだ。そこから目を背けずに、自分でコントロールできることに焦点を絞って、冷静に次の一歩を踏み出そう。この苦難はきっと、僕を成長させるために神様が与えてくれた「神のパズル」なのだ。 その時、僕の心に勇気の灯がともった。
日本リース破綻によって、フレックスファームはたちまち連鎖倒産の危機に追い込まれた。この時点で日本リースからの借入残高は、すでに信用枠いっぱいの一億円近くあった。早晩この一億円は返済を余儀なくされるだろう。取引銀行は資金回収に懸命で、追加融資など考えられない。またしても、僕たちは谷底へ突き落とされたのだ。
・フレックスファームの事業譲渡の話も佳境に入り、先方から最終条件が提示された。 受託開発や人材派遣にかかる事業に必要なすべてを移管すること、そのなかにはバーチャルスタッフのデータベースや運用システム、さらに荻野と福田の経営陣、営業チームの新会社への移籍も含まれていた。何年ものあいだ、地を這うような艱難辛苦をともにした福田とも、ついに別れる日がやってきたのだ。
・携帯電話という新しいデバイスが登場した。近い将来PCを凌駕するかもしれない。そのコンテンツで、日本は世界に先行している。当時の米国は多数のキャリアが群雄割拠しており、機器もコンテンツも日本よりはるかに遅れていた。「米国人は指が大きいから携帯コンテンツは流行らないだろう」などという根拠のない予測がまかり通っていた時代だ。それほど日本の携帯文化は進んでいた。だからこそ、ネクスト・テクノロジーは日本で生まれ、日本が世界をリードできるのだ。
二人と信頼関係のある僕が調整にひと役買えばうまく収まったかもしれないが、それは社長である稲垣の役割だと僕は考えていた。創業者が口を出せば、社長の指揮権が揺らぎかねない。僕と稲垣はお互いに遠慮していた。 「東京と京都は水と油で、交わろうとしないんだ。ホントに困ったよ」 稲垣は頭を抱えていた。IBMのような大企業と異なり、ベンチャーでは社員の意思に背いてまで組織を動かすのはむずかしい。だからこそ、人間同士の信頼関係が大切になるのだ。 「何か、力になれることはないかな」 「うん、とにかくもう一度、三人で話し合ってみるよ」 稲垣が出した結論は、東京と京都が別々に「クロス・サーブレット」の新バージョンを開発し、社内コンペにより、どちらか一方を採用するというものだった。IBMの研究開発部門では、実際に数多くのソリューションが、世界数カ所のラボによる社内コンペで開発されていた。米国企業らしいフェアなやり方だ。
・それにサーバーサイドをJavaで開発するという点は共通だが、京都はServlet、東京はJSPという異なる開発環境を用いる方針だった。技術者としてのプライドを賭けた戦いだ。採用されなければ、その成果はお蔵入りだ。精魂込めて開発したソリューションが利用されることなく捨てられる。それは残酷なレースだった。 数カ月の開発競争ののち、中核となる技術の実績を重視して、稲垣は京都のソリューションを選定した。僕はこの競争プロセスに関与せず、社長が出した結論にしたがった。会社としての決着はついたのだ。 しかし、その直後に恐れていた事態が発生した。坂田をはじめ数名の東京ラボ・メンバーから辞表が提出されたのだ。僕自身も慰留に努めたが、彼らの意思は固く、その辞意が翻ることはなかった。その後、東京ラボとも近かった伊藤靖からも辞表が提出される。フレックスファームが新体制になってから、その屋台骨を支えてくれた幹部の離脱は痛かった。 原因は、社内コンペの結論に対する不満、それに管理志向の強い稲垣との確執だった。日本IBMに一五年勤めた稲垣には、大企業における組織運営の考え方が染みついていた。生粋のベンチャーで、自由や多様性を大切にするフレックスファームの価値観と相容れないものがあったのだ。
・契約のポイントは、そのなかに記された買い戻し条項にあった。資料に虚偽の記載があったり、一定期間内に株式上場できなかったりした時に、投資家が時価で買い戻しを要求できるという条件は珍しくはない。しかし、この契約の買い戻し条項には特別な条件がついていた。それは、三社に対して取締役会や株主総会で反対票を投じた場合には、僕が三社の持つフレックスファーム株式を彼らが投資した約一〇億円という金額で、買い戻さなくてはいけないという、取締役会と株主総会における僕の行動に対する制限だった。つまり、彼らとの投資者間契約を結んだ瞬間に、僕は事実上、彼らの意向に反対できなくなっていたのだ。
・残念ながら、彼らから提示された株価は九万円で、予想を大きく下回るものだった。僕の取り分は四億円あまり。借金を返し、延滞金もすべて支払うことはできるが、納める税金もあわせて計算すると、手元に残るお金はそれほど多くない。足元を見られた格好だが、僕は切羽詰まっており、株式を売らざるを得ない。これも運命として受け入れるしかないだろう。僕に迷いはなかった。 この株価を持って、三社を代表する非常勤取締役と面談する機会が設けられた。 「一株九万円という評価は納得いかないところもありますが、僕には売る以外に選択の余地はありません。どうかご承認ください」 「うーん、困りましたね」 彼らはお互い顔を見合わせていたが、事前に三社ですり合わせていたのだろう。ほどなく条件を切り出してきた。 「本社に報告するうえで、我々も無条件では承認しにくいことをご理解ください。斉藤さんが株式を売却して借金を返済し、税金も支払うと、約二〇〇〇万円の資金が残るはずです。それを我々に提供していただけませんか?」 それを聞いて僕は驚いた。いったいどういうロジックなのか。
・僕は理性的な判断よりも彼らに対する怒りと嫌悪感が先に立ち、それ以上交渉を続ける気持ちになれなかった。現実の損得勘定を超えて、気持ちが完全に途切れてしまったのだ。彼らのような大企業にとって、二〇〇〇万円がどれだけの意味を持つというのか。フレックスファームの取締役として時間をかけて出した結論は、どこまでも創業者を追い詰めることだったのか。そんなことまでして自分の立場を守りたいのか。それが変わらぬ意思ならば、好きにするがいい。 「申し訳ありませんが、この話はもうおしまいにさせてください」 僕はそう言って席を立った。結局、この売却話は最終局面で流れることとなった。
・「フレックスファームの斉藤さん? もう過去の人だよね」 「人の投資を焦げつかせておいて、どのツラ下げてもう一度起業とか言ってるわけ?」 「やめたほうがいいよ、あの人は。信用できないよ」 面と向かって罵倒されることはなかったが、誰それがこんなことを言っていたよ、という噂話がいやでも耳に入ってくる。 米国ではリスクを恐れずに挑戦した経営者は、たとえ失敗してもリスペクトされるが、日本ではそうはいかない。一度失敗の烙印を押された経営者が再浮上するのは非常に困難な社会なのだ。この風潮は起業家の育成には大きなマイナスとなる。新しいことにチャレンジするベンチャーに失敗はつきものだし、リスクを恐れるあまりに無難な手しか打たないのであれば、世の中を変えるようなベンチャーが育つわけはないからだ。
・僕個人が抱えていた一・五億円の債務についても、株式上場時の審査で問題にならないように、あえてこちらから債権回収会社に連絡をとった。そして松原弁護士による交渉の結果、総額五〇〇万円で債権を買い取ることで合意し、長かった借金問題にもようやく終止符が打たれることになった。 資産売却課でコツコツ貯めていたお金はすべてループスの創業と債権買い取りにあてたため、この時点で僕の手元資金はほぼ底をついた。だが、これも起業家の性なのだ。限りなく広がる未来への選択に、僕は少しの迷いも感じなかった。
・その一方で、株式情報SNSの開発プロジェクトは続行した。当初想定より大きく膨らむ仕様、基幹システム並みの文書作成、外注の引き継ぎコストなどがかさみ、毎月発生するプロジェクトの赤字幅は僕たちが吸収できるレベルを大きく超えていた。 顧客の要求は日増しに厳しさを増すばかりだ。僕たちは何度も会議を重ね、状況の打開を図ったが、大株主であるSOZO工房の虎の子プロジェクトであり、その強硬な姿勢を回避することはできなかった。ループスの責任者が、人がよすぎて交渉事に弱い福田だったこともあった。前門の虎、後門の狼にはさまれたループスの懐具合は激しく毀損した。 毎月のように巨額の外注費が発生してゆく。他のベンチャーキャピタルから、投資したマネーがSOZO工房の出資先に流れているとのクレームも出て、株主との信頼関係にも亀裂が入っていった。ループスの経営にも、いよいよ資金繰りの悪魔が忍び寄ってきた。
・「落ち着きましょう。今、浮足立つと打ち手を誤ります」 僕の言葉を聞いて、彼のいらだちはピークに達したようだった。 「斉藤さん、本当にこの状況を理解しているんですか? もう資金がないんです。どこにも支払いできないんですよ。どこに打ち手があるんですか? フレックスに続いてループスでも失敗したら、斉藤さんはもう二度と浮上できなくなるんですよ!」
赤字垂れ流しの最大要因だった株式情報SNSの納品は、この翌月にほぼ完了した。当時としては、きわめて高度な技術を駆使したサイトだった。だが、案件単体での赤字額は一億円を超え、さらに最大で一億円の損害賠償の可能性もある裁判、そして一〇〇〇万円を超す弁護士費用が発生した。ループスの屋台骨を揺るがす壮絶なプロジェクトだった。
僕たちは、事業売却に入札したもう一社、渋谷の上場企業に連絡し、現状を説明した。資金流出は止まらない。溜まり続けた未払金は一億円に近づいていた。もはや限界だった。新たな売却先を探す時間もない。 そんな窮状を見透かしたように、同社はループスSNS事業ではなく、アイキューブ事業がほしいと言ってきた。買収金額も三〇〇〇万円と大幅に減額された。到底納得いく金額ではなかったが、追い詰められた僕たちに他の選択肢は残されていなかった。
・今回は、受託プロジェクトの大きな赤字が最大の原因だった。受注管理やプロジェクト管理が甘かったのだ。僕自身の管理能力には明らかに限界があった。そもそも管理するのが嫌いなのだ。根っからの自由人で、人を疑うのも人に疑われるのもまっぴらな性分だ。失敗は、そんな僕自身の甘さに起因したものだ。 しかし、本当にそれだけなのか。失敗の原点は、もっと本質的なところにあるのではないだろうか。僕は自らの記憶をたどりはじめた。
僕は人を笑顔にしたい。いつだってそうだった。家族が笑顔の時、僕は安心して仕事に打ち込めた。社員が喜んでくれた時、僕は心の底から幸せだった。みんなが最高の笑顔を見せるのは、顧客と意気投合し、信頼できる仲間たちと最高の成果をあげた時だった。それが社会に貢献することにつながればなおさらだ。 僕は世界をよりよくしたい。それこそが創業のミッションであるべきだ。企業にとって利益や拡大よりも大切なものがある。それは人を幸せにすることだ。「なんとかする会社」に憧れ、自分自身が楽しんで暮らすことを夢見て創業した僕が、数多くの失敗を経て、ようやくたどり着いたこと。それは人を幸せにしたい、世界をよりよくしたいという、起業家が持つべき使命だった。 起業家の存在意義は、やみくもに会社を大きくすることではない。自分たちが生み出すプロダクトやサービスを通じて、人々の幸せの循環を生み出し、よりよい世の中を創ってゆくことだ。その社会的な価値を認めてくれる人がいてはじめて事業が社会に根をおろし、結果として持続的な成長ができるのだ。 僕が間違っていた。本来あるべき姿に戻ろう。これからは愚直なまでにそれを貫こう。起業家人生一七年目にして、ようやく僕は経営の本懐に覚醒したのだった。
「苦しい時こそ素直になることが何よりも大切だったな。反省し、心を開き、助けを請い、誠実に振る舞うこと。そうすることで、新しい自分が生まれてくるんだと思う」 「ああ、よくわかるよ。痛いほどにね。そうじゃない人もずいぶんと見てきたからなあ」
・そもそも失敗の原因は複合的だ。しかし、それを自らの過ちではなく、経営環境、幹部や社員、不運といった他責にする経営者は、人間不信の度を深め、孤独の闇に陥ってしまう。自分自身の弱点や失敗を客観的に見て、素直に変わろうと努力する人だけが、新しい自分、未見の我に出会い、新たな自分を創造できるのだろう。

日本人が不得意とされる「生産性」

著者はマッキンゼー出身だけあって、若干コンサルよりの発想ではあるが、一般企業でもほとんどが通用する「生産性」についての話。文章は平易ながら、たくさんの気づきがあって非常に勉強になりました。マネージャー職以上を目指すひと(もちろん経営者含む)には必読の一冊だと思います。

チーム内の人手に対して仕事が多すぎるとき、最も避けるべきは、安易にアルバイトや派遣社員を雇い、仕事をそれら外部要員に任せてしまうことです。 これは、投入労働力を増やすという意味では、残業をして仕事を終わらせるのと同じです。社員の残業量が規制されているから、もしくは、正社員が残業をすると人件費が高いから、社員以外の時間を投入しているだけです。 しかも外部要員に付加価値の低い仕事を任せてしまうと、その仕事のやり方を改善しよう(生産性を上げよう)というインセンティブが組織から消えてしまいます。そして次第に誰も、それらが本来どのくらいの時間をかけてもよい仕事なのか、考えなくなってしまうのです。

派遣社員を雇ったりIT投資をする前には必ず、 ・本当に残す価値のある仕事なのか? やめられないのか? ・やり方を抜本的に変えられないか? ・外注化やIT投資で、生産性はどれほど上がるのか? それは投資に見合うのか? などを確認するようルール化してしまうだけでも、無駄な仕事を減らすことに役立つことでしょう。

これは本当にそうですね。特に会社が急激に拡大していくと人手が足りないから派遣社員をというのはよくある話です。しかしそれは本当に社内でやるべきことなのか考える、そもそも前々から見越して計画的に採用すべき、ということですね。

これは実際の仕事でもまったく同じであり、研修の参加者はこのプログラムを通じて、マネージャーの役割とは、
 ・どれも正解でどれも不正解である複数の選択肢からどれかを選ぶこと
 ・選んだ選択肢に伴う問題をあらかじめ想定し、備えておくこと
だと学ぶわけです。 より端的にいえば、マネージャーの仕事とは、
 ・決断をすること、と
 ・リスクに備えておくこと

となります。 これを学んでおかないと、マネージャーになった後、決断すべきタイミングを迎えているのに延々と複数の選択肢のメリットとデメリットを分析し続ける「決められない管理職」になってしまいます。

マネージャーの能力というのは測りづらいのだけども、結果としてはものすごい差がつく。もちろんこういったマネージャーの役割を知ってもらうことも重要ですが、結局最後は結果で見ていくしかないのかなと思います。

<抜粋>
・あのとき「これからはみんな楽しく働ける、人にやさしい職場に変わります」などといった、耳には心地よいけれど誤ったセルフスクリーニングにつながる安易なメッセージを発信しなかったことが、このときの対応のポイントです。(中略)これにより同社は、「ユニクロの商品が大好き」「毎日ユニクロ商品を着ている」といった商品イメージへの好印象だけから応募してくる学生を減らし、それなりにプレッシャーのかかる労働環境ではあるが、成果を出せば若くても高く評価される職場で働きたい、という学生を惹きつけることに成功しました。
・仕事が忙しくなると、儲かっている企業はすぐに(非正規ワーカーを含む)人材を増やしますが、これも多くの場合、組織の生産性を下げてしまいます。急いで雇った新人の生産性は既存社員ほど高くないばかりか、社内にあふれる生産性の低い作業を彼らに押しつけてしまうことで、それら生産性の低い仕事がいつまでも温存されてしまうからです。
・そうではなく、上司は部下に「資料はよくできている。すばらしい。ところでこれは、いったい何時間かけて作ったんだ?」と問うべきなのです。 「徹夜しました」と言われたら、「徹夜!? じゃあ、おとといからやってるから全体で三〇時間くらいかけたのか? なるほど。今回の資料は本当にいい出来だから、次はこのレベルの資料が一五時間くらいでできるようになったら一人前だな。そうなったらすごいと思うよ」と褒めるべきなのです。 反対に、ごく短い時間で仕上げたと言われたら、「それだけの時間でこのレベルの資料を完成させられるなんてすばらしいな。どういうやり方で情報収集や分析をやっているのか、ぜひ次の会議でみんなに方法論を共有してくれ」と褒めればよいのです。
・生産性が向上したかどうかを評価するのは、紛れもなく成果に対する評価です。つまり生産性の伸びを評価基準とすることで、管理部門においても成果に基づく評価(量を評価する従来の成果主義ではなく、質を評価する成果主義)が可能になるのです。
研修プログラムにしろOJTにしろ、多くの企業は育成の主眼を平均的な社員に設定するため、トップパフォーマーの力がうまく引き出せていません。それでも目に見える部分では、トップパフォーマーの成果は一般社員の中のハイパフォーマーさえも上回っています。このため、誰も彼らの育成に問題が生じているとは気づかないのです。
「部下の指導をすることで学べることはたくさんある」とはよくいわれることで、私もそう思います。しかし、それよりはるかに多くのことを学べる機会が別にあるなら、トップパフォーマーにはそちらにチャレンジするよう促すべきです。
・人事考課において、今の自分は一年前の自分からどこがどれほど成長したのかを言語化させ、その成長レベルが十分かどうかという振り返りを行います。目標についても「一年後にはどういう点において、今よりどれほど成長したいか」という、具体的な目標を立てさせます。 もちろん、社内規定の評価においては「去年も今年もA判定」で構いません。しかしトップパフォーマーにはそういういった横並びの評価に加えて、「いかに去年の自分と今年の自分の違いを大きくするか=いかに成長幅を最大化するか」いう視点をもたせる必要があります。 これは、ボーナス査定や昇格判断のためではなく、成長支援のための人事考課です。トップパフォーマーの場合、一般的な評価にはあまり意味がありません。彼らにとっても重要なのは、さらなる成長支援のための特別な目標設定と振り返り(フィードバック)なのです。
多くの人は、A評価かB評価かという話ではなく、仕事に対する具体的で詳細なフィードバックを与えられると、極めて真摯にそれを受け止めます。自分の言動や仕事振りがポジティブに評価されていると知れば、たとえ報酬に反映されなくてもやる気につながるし、反対にネガティブなフィードバックを受けられれば、それが給与や役職に影響を与えないものであっても、重く受け止めます。
・このため「目の前の成果を上げるためには、部下の育成に時間を使うより自分が頑張るほうが早い」と考える人が出てきてしまうのですが、管理職がそんな発想のままでは、組織の生産性が上がることはありません。 反対に、部下のスキルアップが部門の成果を上げるための有効な手段だと認識されれば、「忙しくて部下の育成に手が回らない」のではなく、「忙しいから早く部下を育成しなければ!」へと意識を変えることができます(図表24)。仕事の成果は、自分や部下がより長い時間働くことで上げるものではなく、チームの生産性を高めることで実現するものなのです。
・チーム内の人手に対して仕事が多すぎるとき、最も避けるべきは、安易にアルバイトや派遣社員を雇い、仕事をそれら外部要員に任せてしまうことです。 これは、投入労働力を増やすという意味では、残業をして仕事を終わらせるのと同じです。社員の残業量が規制されているから、もしくは、正社員が残業をすると人件費が高いから、社員以外の時間を投入しているだけです。 しかも外部要員に付加価値の低い仕事を任せてしまうと、その仕事のやり方を改善しよう(生産性を上げよう)というインセンティブが組織から消えてしまいます。そして次第に誰も、それらが本来どのくらいの時間をかけてもよい仕事なのか、考えなくなってしまうのです。
・派遣社員を雇ったりIT投資をする前には必ず、 ・本当に残す価値のある仕事なのか? やめられないのか? ・やり方を抜本的に変えられないか? ・外注化やIT投資で、生産性はどれほど上がるのか? それは投資に見合うのか? などを確認するようルール化してしまうだけでも、無駄な仕事を減らすことに役立つことでしょう。
・一年に一度、仕事の閑散期に「部門内の仕事の洗い出しと、不要な仕事の廃止」を行うことを慣習化すれば、他にも多くのメリットが得られます。 ひとつは、部内の仕事の洗い出しを通して、各スタッフがどの仕事にどれくらいの時間をかけているかが把握できることです。管理職が「一時間くらいで終わっているはず」と思っていた仕事に部下は三時間もかけていた、ということはよくあり、指導機会を見逃さないという意味でも有益です。 また部下にとっても、「こんな仕事になんの意味があるの?」と疑問をもっていた仕事について、「その仕事は廃止できない。なぜならこういう価値があるからだ」と説明してもらえる貴重な機会となります。 面倒な仕事だと思っていても、その仕事に大きな意味があったのだとわかれば、今まで以上にやる気をもって取り組めるし、自分の仕事が後工程でどう使われるのか理解できると、より使いやすい形を考えようとするなど、自主的な生産性向上の取り組みも促進されます。
・これは実際の仕事でもまったく同じであり、研修の参加者はこのプログラムを通じて、マネージャーの役割とは、
 ・どれも正解でどれも不正解である複数の選択肢からどれかを選ぶこと
 ・選んだ選択肢に伴う問題をあらかじめ想定し、備えておくこと
だと学ぶわけです。 より端的にいえば、マネージャーの仕事とは、
 ・決断をすること、と
 ・リスクに備えておくこと
となります。 これを学んでおかないと、マネージャーになった後、決断すべきタイミングを迎えているのに延々と複数の選択肢のメリットとデメリットを分析し続ける「決められない管理職」になってしまいます。
・外資系企業の多くでは、こういった研修を新人だけでなく、マネージャーや部長にも、そして役員にも受けさせています。マッキンゼーの上級役員(パートナー)も、「顧客企業の経営トップとのコミュニケーション」をロールプレイング形式で学ぶグローバルトレーニングに定期的に参加します。 講師は何十年もコンサルタントを務めている各国のベテランコンサルタントですが、前述したように、ロールプレイング研修の学びは講師から得られるというよりは、ともに研修に参加する仲間から得られるものが大半です。
・そうはいっても、自分自身一度もロールプレイング研修を受けたことがない人事部や研修部のスタッフが、いきなり会社の制度としてそういった研修を企画するのは敷居が高いかもしれません。 そういうときは、自部門の新人向けのトレーニングから始めてみればよいと思います。自分はその相手役として研修に参加するだけでも、ロールプレイング研修の意義はよくわかります。 また、こういった「演じる」研修は最初は気恥ずかしく思えますが、何度かやっているとその効果の大きさが実感できるようになり、積極的に取り入れようという気持ちも高まります。
できあがったブランク資料は上司や顧客と共有し、「この資料のブランク部分に具体的な数字や情報が入れば、我が社は意思決定ができますよね?」と確認します。つまり、最初にブランク資料を作ることで意思決定への覚悟を問うことができ、後から「これだけの情報では意思決定はできない。もっと情報が必要だ」と、むやみに判断を引き延ばすことも不可能になるし、「意思決定をするかどうかはわからないが、とりあえず勉強したいので資料を集めてほしい」という生産性の低い仕事を減らす効果も期待できます。
・また、もし事前にブランク資料を見せられた上司や顧客から「これだけでは意思決定はできない」と言われた場合にも、どんな情報が足りないのかを口頭説明ではなくブランク資料の項目として提示してもらえるようになるため、何日も作業をした後で「欲しかったのはこういう資料ではなかった」というすれ違いが起こることもありません。 このようにブランク資料を使えば、資料作成だけでなく意思決定の生産性をも大幅に向上することができるのです。
・よくある「会議の議題一覧」と、「会議の達成目標」の違いは次のような感じです。 本日の会議の議題一覧
 1.来月の○○発売三周年記念イベントについて
 2.先月発売された○○の販売実績の報告
 3.来月実施予定の市場調査の方法について
本日の会議の達成目標
 1.来月の○○発売三周年記念イベントの、メインの出し物の素案出し
 2.先月発売の○○の販売目標未達の理由の共有と今後のてこ入れ策の決定
 3.来月の市場調査を○○リサーチ会社に発注すること、および、調査内容の詳細の最終確認
・ちなみに、大半の会議の達成目標は次の五つのどれかです。
 ① 決断すること
 ② 洗い出しすること(リストを作ること)
 ③ 情報共有すること
 ④ 合意すること=説得すること=納得してもらうこと
 ⑤ 段取りや役割分担など、ネクストステップを決めること
・それよりも、営業担当者と技術者など、異なる視点をもつ二者が議論のたたき台となるリストを作ってきて、会議ではその資料を見ながら、不足しているアイデアを追加していくほうが、圧倒的に生産性は高くなります。 こういった方法を「会議でアイデアの洗い出しを行う場合の標準プロセス」として統一してしまえば、会議の生産性は簡単に上げられます。誰かがひとりで行えば五分もかからない〝たたき台のリスト〟作りに、全員が雁首をそろえる会議時間を使うなど、あまりにも生産性が低いので「そういう会議のやり方は禁止です」と、研修で教えてしまえばよいのです。
「原則として資料の説明は禁止」というルールを作れば、会議の生産性は大幅に上昇します。
・会議体として結論を出すためには、まず、参加者個々人が自分の意見を決定し表明する必要があります。しかし中には、意思決定自体が不得意な人がいます。そういう人は意思決定が必要なタイミングを迎えても、「場合による」とか「一概には言えない」「もっと調べないとわからない」「情報が足りない(ので決められない)」などと、なんとか意思決定を逃れようとします。 こういう人には、意思決定の練習が必要です。「あいつは決断力がない」という言い方がありますが、「不確定な状況において決断する」のはビジネススキルのひとつなので、苦手なら練習をして身につければいいのです。
・個人としてポジションをとることに加え、会議では「組織としての意思決定」も必要です。結論が出せないまま終わってしまった会議については、「なぜ今日の会議では結論が出せなかったのか」を記録しておくだけでも、今後の会議の生産性を上げるヒントが得られます。 一番よくないのは、必要な結論が出なかったにもかかわらず、「今日はいい議論ができた」「多様な意見があることがわかった」などと言い、あたかも成果があったかのようにごまかしてしまうことです。決めるべきことが決められなかったのであれば、そのために使われた時間の生産性はゼロであった=無駄であった、という現実をきちんと見据えることが必要です。
・また、意思決定が必要なタイミングで「場合による」という答えを返してくる人には、「どういう〝場合〟なら、イエスという判断になるのか?」と、「場合による」の〝場合〟を明確化させます。
・たとえば、「顧客の反応がわからないから決められない」「販売すべきかどうかは顧客の反応次第」などという話になったとき、「では調査をしてから決めましょう」と意思決定を延期するのではなく、「調査の結果、顧客の四割は満足と回答、三割が機能には満足だが価格が高いと回答した」などと仮の情報を挙げてみて、「もし調査の結果がこうであったら、私たちは今、どういう意思決定ができるのか?」と確認しておくのです(図表34)。
・ベンチャー企業やオーナー企業の意思決定が速いのは、彼らが自分なりの意思決定のロジックをもっているからです。ロジックがあるから、部下に情報を集めさせればすぐに意思決定ができるのです。 「情報が足りないから今日の会議では決められない」という話になったときは、必ず「足りないのは本当に情報なのか? 意思決定のロジックは明確なのか?」という視点で確認をしましょう。「会議時間の短縮」に敏感な企業は増えていますが、本当は「意思決定の生産性」についてこそ、より意識的になるべきなのです。
・外資系企業やベンチャー企業のオフィスに、子ども向け施設のようにカラフルな部屋や、畳の部屋、観葉植物で埋め尽くされた部屋など、ユニークな会議室がつくられることがあるのも、通常のオフィス環境とは異なる雰囲気を生み出すことで、話し合いの生産性を高められると期待するからです。
・また、テーブルがあると資料に目を落として話を聞く人が増えますが、イスだけの会議室で小さなテーブルを脇に置くと、みんなお互いの目を見て話すようになります(図表36)。ディスカッションを多用する米国の高校や大学の教室で、小さな机が脇についたイスを使うのは、この効果を狙ってのことです。教科書を読んだりノートを書くことより、議論のほうが優先だと生徒に伝えたいのでしょう。
・まずは、カレンダー上に残る過去の会議を振り返りながら、各会議について、その成功度合いを%で評価します。五つの議案があり、すべてにおいて目標が達成されたなら一〇〇%の成功、三つしか決まらず、残りふたつは持ち越しになったなら六〇%といった具合です。
・時間の短縮だけでなく「どうしたらもっと活発な意見交換が行われるのか?」「どうすれば一定時間で意思決定が完了させられるのか?」といった方向からも、ぜひいろんな工夫を試してみてください。生産性とは、そういった試行錯誤を通して、少しずつ上げていくものなのです。
「労働時間が長すぎる → では労働時間を減らしましょう」というのもコインの裏返しです。そうではなく、「解くべき課題は生産性を上げることだ」と認識し、イノベーション(改革)や継続的なインプルーブメント(改善)を通して仕事の生産性を高めれば、結果として残業も労働時間も減少します。
・最近は、人工知能の進化によって、今ある職業の多くが消えていくという予測が世界各国で発表されています。人口が減らなければ、それらは大規模な失業問題に発展します。しかし幸か不幸か日本では、労働人口が急激に減っていくのです。
・急成長を続ける企業では長時間労働が常態化していることも多く、生産性への意識が低くなりがちです。また、投資家に高く評価されるとキャッシュフローが潤沢になり、人を雇うことで問題を解決しようという方向に流れがちということもあるでしょう。 しかし、同じように全員が遅くまで忙しく働いている会社でも、その実態はふたつに分かれます。ひとつは「生産性が低い人が仕事に忙殺され、忙しく働いている会社」、もうひとつは「生産性が高い人が長時間働いているハイパワーな会社」です。一見すると両社はどちらも「全員が長時間働いている忙しい企業」にみえますが、それぞれの企業が達成できるレベルには大きな差が生まれてしまうのです。

「ザ・会社改造」ミスミのケース

ミスミを創業社長から受け継いで、サブタイトルの通り340人からグローバルで1万人の企業に成長させた三枝氏が描くその軌跡。三枝氏がプロ経営者としてどのように会社を成長させていったかを、社外取締役時代に社長就任を打診されて戦略を練るところから始まって、様々な改革を相当具体的に書いているだけでなく、なぜそのような決断をしたのかなどを経営理論から説明もしており、全体として経営指南書になっているという極めて勉強になる一冊です。経営者は必読だと思いますが、すべてのひとにおすすめできます。

以下、抜粋コメントです。

何か異常を感じたとしても、それが本当に問題なのか、ただの思い過ごしなのかは咄嗟にはわからない。そういうときは、閉まった窓をもう一度開けてもらう。そして、しっかりなかを覗く。  それで何かを感知したら、現場に足を踏み入れる。ハンズオンで現物に触れる。問題の本質が何かを確かめる。周囲の部外者にも意見を聞く。問題がないとわかったら、サッと引き上げる。タッチ・アンド・ゴーで元に戻るのだ。優れた経営者の仕事は毎日、その動作の繰り返しである。

有能なリーダーは何か異常を見たとき、「どうもこれは本来の姿ではないな」と思い、頭のなかで警報が鳴る。そう思わない人は、異常だと思わず通り過ぎてしまう。

この経営スタイルはまさに今僕が目指しているものでした。うまくできることもあればそうでないときもありますが(どっちか分からないこともある)、しかし会社が拡大するにつれすべては見れないわけで自然にこのスタイルに落ち着くのだということが分かってある意味ホッとしました。

優れたリーダーはここまでの作業を要領よく行い、その結果、誰よりも先に次のセリフを言う。 「この問題って、要するに、こういうことじゃないの?」  このセリフを言う人は、リーダーシップを発揮している。リードとは「人より先を行く」という意味である。その人の説明は、重要な《因果律》だけを取り出しているので、「混沌」はかなり単純化されて「シンプル」になっている。それが核心を突いていれば、モヤモヤしていた霧が晴れて、皆が「なるほど、確かにそのとおりだ」と受け止める。  名探偵ポアロと同じく、優れた経営リーダーとは、この「謎解き」を正確かつ速く行う人である。毎分、毎時、毎日、毎月、毎年、これをきちんとやっている人が強いリーダーである。

組織内にそれをできる人がおらず、「混沌」のまま時間だけが過ぎ、皆が追い込まれて何となくやらなければならないことが見えてきてから「じゃあ、そうしよう」と言い出すなら、その人は後追いの「決定」をしているだけにすぎない。これでは、たとえ管理職であっても、リーダーの仕事をしているとはいえない。それに対し、優れたリーダーは、皆の機先を制して解決の方向を示す。まだ見えていないことが多い段階で「決定」というより「決断」を下すのである。

まさに状況をシンプルにする、誰も見えてないうちからイシューを提起して未然解決するのが美しい仕事であるということだと思います。特に難しいことはうまくいかないものです。

経営者の謎解き 26 乱暴な人事 乱暴な人事とは、潜在力と上昇志向が十分だと思われる社員に、現在の能力を超える挑戦の機会を与えることだ。本人のストレッチ限界に見合った《身の丈に合ったジャンプ》なら成功確率は高いが、ストレッチ限界を見誤って《身の丈に合わないジャンプ》をさせると破綻リスクが高まる。乱暴な人事は、経営者人材を最短距離で育てるために不可欠な手法だが、それには社内の嫉妬を伴う。乱暴な人事が成功するかどうかは、任命者がその人をどれほど我慢強く守れるかに依存する。

僕自身は結構意識的にやっているつもりなのですが、これからも乱暴な人事をやり続けられるか=僕以外のひとも乱暴な人事をできるか、がキーになってくるかなと思っています。

経営者の謎解き 27 ポジション矮小化 早期の抜擢や「乱暴な人事」を行うと、責任が上がったのに、下位ポジションの思考や行動をそのまま持ち込む者が多い。これを上位ポジションの「矮小化」と呼び、それはその組織の劣化を意味する。日本企業のサラリーマン化は、この現象の積み重ねによって進行した

いったん《ポジション矮小化》にはまってしまうと、上からきつい指導を受け続けない限り、そこから抜け出るのは容易なことではない。なぜなら、本人も周囲もその矮小化されたスタイルが当たり前だと思い込んでしまうからだ。

これは大企業のみではなくスタートアップでもありえる。ステージが変わったのに自分の仕事範囲を限定して考えてしまうケースで、本当にきちんと指摘しないと本人はまったく気づかない。これはこれによる損失が見えづらいのが問題で、本当はもっと成長できるケースは多いと思います。もちろんメルカリも逃してきた機会は非常に多いはず。。

会社のなかで昇進が早い人は、いまの自分の部署で「自分がここにいなくても大丈夫」という状態を早く作り出す。自分の後継者を早く育てたり、部署外から獲得したりする。逆に「自分がいないとこの部署は回らない」「自分はここで不可欠な存在」と思っている人の昇進は遅れる。なぜなら、「あの人をいま動かすと困る」と周囲が思うからだ。

これはまさにそうで、自分の代わりを見つけられないひとは多い。そして上記のポジション矮小化とリンクしていることが多い。今の仕事を他のひとができるようにできれば自分はもっと広義の仕事に移れるのに。

危機感を持ち、クールに問題に切り込もうとするトップは、現場から怖がられることはあっても、好かれることはほとんどない。それがトップの宿命だ。事業再生が必要な企業で「トップは人気者だが、他の役員やスタッフが社員から批判されている」という構図を見たことがあるが、それは病気の症状だ。

トップが自ら《ハンズオン》(現場主義)の経営スタイルをとらない限り、会社を改革したり、組織の危機感を高めたりすることはできない。トップが温かい人気者であり続けることなどないのである。本書各章の追い込まれた場面からも、読者はそうしたパターンが共通して起きていることを読み取れるだろう。

仲良しクラブになって結果が出ないことは結局全員が不幸になります。だから嫌がられても必要なことをやるしかない。もちろん間違うこともあってその場合は最悪なことになります。でも、そこから学んで自分で必死に考えて決断し結果を出していくしかない。

正直に書くと、「経営者人材の育成」という自分のカンバンに多少の迷いを感じることもあった。「いまは能力不足でも、育てるために面倒を見る」というやり方をやめ、人材の良し悪しの判断を早めて、こいつはダメだと思えばサッと入れ替えるようなやり方をとったほうが、この苦しさから抜け出る早道かもしれないと何度か思った。

これは健全な感情だと思います(が、言えるのはすごい)。しかしミスミが三枝氏退任後も順調に成長し続けていることを考え、かつ後継者育成が経営者としてのもっとも重要かつ困難な仕事であることを考えるならば逆に言えばこれ以外の方法はないのではないかとも思います。

納得のできる答え「超一流になるのは才能か努力か? 」

大抵のことは努力次第でなんとかなるというのを様々な研究結果から分かりやすく書いてあるのですが、なるほどと思う部分が多く、極めて勉強になる作品です。

数字を覚える研究、空軍のドッグファイト、バイオリン(グラッドウェルの有名な1万時間の話)や水泳の話、医療における習熟度の話、チェスなど、かなり具体的な話が多くストーリーとしても非常におもしろいです。

自らのコンフォート・ゾーンから飛び出すというのは、それまでできなかったことに挑戦するという意味だ。新しい挑戦で比較的簡単に結果が出ることもあり、その場合は努力を続けるだろう。しかしまったく歯が立たない、いつかできるようになるとも思えないこともあるだろう。そうした壁を乗り越える方法を見つけることが、実は目的のある練習の重要なポイントの一つなのだ。

結局のところ、コンフォート・ゾーンの外側で努力し続けることが重要なわけですが、これは本当に見に包まれる話で、自分自身も惰性になっている部分もあるなと多い、もっと海外に出るなど(プライベートにおいては水泳にコーチつけるなど)しないと反省しました。

<抜粋>
・『ニューヨーク・タイムズ』で音楽批評を担当するアンソニー・トマシーニは、コルトーの時代と比べて音楽能力の水準は大幅に向上したため、今日コルトーが生きていたらおそらくジュリアード音楽院にも入学を許されないだろうと述べている(3)。
・目的のある練習で一番大切なのは、長期的な目標を達成するためにたくさんの小さなステップを積み重ねていくことである。
自らのコンフォート・ゾーンから飛び出すというのは、それまでできなかったことに挑戦するという意味だ。新しい挑戦で比較的簡単に結果が出ることもあり、その場合は努力を続けるだろう。しかしまったく歯が立たない、いつかできるようになるとも思えないこともあるだろう。そうした壁を乗り越える方法を見つけることが、実は目的のある練習の重要なポイントの一つなのだ。
・前章の最後に「限界的練習によって具体的に脳の何が変わるのか」という質問を挙げたが、その答えの一番重要な部分がこれだ。エキスパートと凡人を隔てる最大の要素は、エキスパートは長年にわたる練習によって脳の神経回路が変わり、きわめて精緻な心的イメージが形成されていることで、ずば抜けた記憶、パターン認識、問題解決などそれぞれの専門分野で圧倒的技能を発揮するのに必要な高度な能力が実現するのだ。
・診断医学の心的イメージが未熟な医学生は、症状を自分が知っている疾患と結びつけ、拙速な結論を出そうとする傾向がある。複数の選択肢を思いつくことができないのだ。若手医師の多くも同じ過ちを犯す。くだんの警官が耳の痛みを訴えて救急医療センターに駆けこんだとき、そこの医師が何らかの感染症であろうと判断し(たいていの患者はそれで正解だ)、片目に異常があるという一見関連性のなさそうな事実を気にかけなかったのはこのためだ。
・これまでにさまざまな分野で実施されてきた多くの研究の結果を見れば、練習に膨大な時間を費やさずに並外れた能力を身につけられる者は一人もいない、と言い切って間違いないだろう。私の知るかぎり、まっとうな科学者でこの結論に異を唱える者は一人もいない。音楽、ダンス、スポーツ、対戦ゲームなどパフォーマンスを客観的に測れる分野なら例外なく、トッププレーヤーは能力開発に膨大な時間を捧げてきた。
・フェンはまず「00」から「99」までの一〇〇個の数字に対して、記憶に残るイメージを作った。次に頭の中に「地図」を描いた。そこには実在するたくさんの場所があり、特定の順序で巡っていくことができた。古代ギリシャ以来、大量の情報を記憶しようとする人々が使っていた「記憶の宮殿」の現代版と言える(14)。フェンは数字が読み上げられるのを聞くと、数字を四つずつくくり、最初の二つと次の二つをペアにしてそれぞれ二ケタの数字ととらえ、対応するイメージに変換し、頭の中の地図上の適切な場所に置く。たとえばあるテストで「6389」と聞くと、バナナ(63)と僧侶(89)として符号化し、両者を一つの壺に入れた。そしてこのイメージを覚えるため「壺の中にバナナがあり、僧侶がバナナを割いている」と自分に言い聞かせた。すべての数字が読み上げられると、頭の中で地図の順路をまわり、どのイメージをどの場所に置いたかを思い出しながら、それぞれのイメージを対応する数字に置き換えていくのだ。
・研究では、多くの分野の「エキスパート」は、評価の低い同業者やときにはまったく訓練を受けていない素人と比べて安定的に優れた成果を出すとは限らないことが示されている。心理学者のロビン・ドーズは名著『House of Cards: Psychology and Psychotherapy Built on Myth(「ハウス・オブ・カーズ──まやかしが支える心理学と精神療法」、未邦訳)』で、精神科医や臨床心理士の資格を得ている人のセラピーの力量は、最小限の訓練しか受けていない素人とまったく変わらないことを示す研究を挙げている(18)。
同じように金融の「エキスパート」が選んだ株式銘柄のパフォーマンスは、新米アナリストの選択や場当たり的に選んだものと比べて少しも優れていないことを示す研究も多い(19)。さらにすでに指摘したとおり、何十年も経験のある一般診療医と数年しか経験のない医師を客観的指標で比較すると、前者の評価のほうが低いこともある。若手医師のほうがつい最近までメディカルスクールにいたので最新の医学知識を学んでいるうえに、学んだ内容を覚えている可能性が高いのが主な要因だ。大方の予想に反して、医師や看護師の仕事の多くでは経験を積むことが技能の向上につながらないのだ(20)。
・心理学に興味がある人なら、傑出した技能を持つ人をつかまえて、作業への取り組み方とその理由を尋ねてみるとおもしろいかもしれない。だが相手が自分の手法を語ってくれたとしても、彼らが秀でている理由のほんの一端しかうかがえないだろう。というのも、彼ら自身にもそれがわかっていないからだ。
ここで重要なポイントをまとめよう。エキスパートを見つけたら、優れたパフォーマンスの理由と言えそうな、他の人とは違う部分を探そう。おそらく優れたパフォーマンスとは無関係の違いもたくさん見つかるだろうが、少なくともそれが第一歩となる。
グラッドウェルはバイオリン科のトップクラスの学生たちが一八歳までに注ぎ込んだ練習時間(約七四〇〇時間)を挙げてもよかったはずだが、あえて二〇歳になるまでに蓄積した練習時間を選んだのは、それが区切りのよい数字だったからだ。しかも一八歳と二〇歳のどちらをとるにしても、学生たちはバイオリンの達人には程遠かった。とびきり優秀で、将来はその道のトップに立つ可能性が高いと思われていたが、私が研究した時点ではまだ到底その域には達していなかった。国際的なピアノコンクールで優勝するピアニストは、三〇歳前後であることが多い。ということはおそらくそれまでに二万から二万五〇〇〇時間の練習を積んでおり、一万時間というのはその半分に過ぎない。
・ただ、それでまったく構わない。というのも本当の戦いは、パイロットが空から降りてきたあと、海軍のいう「事後レポート」と呼ばれるセッションで行われるからだ(2)。このセッションでは教官が訓練生を容赦なく詰問する。飛んでいるとき何に気づいたか。そのときどんな行動をとったか。なぜその行動を選択したのか。どこで誤ったのか。他にどんな選択肢があったか。必要があれば教官は戦闘機同士が遭遇したときのフィルムやレーダー部隊が記録したデータを取り出し、ドッグファイトの最中に具体的に何が起きたか指摘する。そして詰問の途中あるいは終了後に、どこを変えればよいか、何に目を光らせるべきか、さまざまな状況でどんなことを考えるべきかといったアドバイスを与える。そして翌日、教官と訓練生は再び飛び立ち、また訓練を繰り返す。
・すると、次第に訓練生はそうした問いを自らに投げかけるようになる。そのほうが教官から言われるよりずっとましだからで、毎日前日のセッションで言われたことを頭に叩き込んで離陸する。徐々に教えられたことが身につき、あれこれ悩まず、自然に状況に反応できるようになり、レッドフォースとの戦績も次第に改善していく。訓練期間が終了すると、他のパイロットとは比較にならないほどドッグファイトの経験を積んだブルーフォースのパイロットは所属部隊に戻り、飛行隊の訓練担当官として学んできたことを周囲のパイロットに教える。
たとえばふつうの企業の会議では、一人が前に出てパワーポイントを使ったプレゼンをして、管理職や同僚は照明を落としたスペースで眠気と戦う、という構図が一般的だ。こうしたプレゼンは何らかの業務上の役割を果たしているはずだが、アートはやり方を見直すことで会議に集まった全員にとってのトレーニング・セッションとしても役立つと説く。こんなやり方はどうか。話し手はプレゼンの間、特定のスキルに意識を集中する。聞き手を引き込むようなストーリーを語ること、あるいはなるべくパワーポイントのスライドに頼らず臨機応変に話を進めるといったことで、プレゼンを通じてこの点を改善するよう努力する。一方、聞き手のほうは話し手のプレゼンを見ながらメモをとり、終了後はフィードバックを与える練習をする。これが一回限りの試みで終わると、話し手は有益なアドバイスを得られるかもしれないが、一度の練習による上達などたかが知れているので、どれだけ効果があったかはよくわからないだろう。しかし会社がこれをすべての社内会議で行うようルール化すれば、従業員はさまざまなスキルを着実に伸ばしていくことができる。
・医者としての活動年数が長いほど能力が高まるのであれば、治療の質も経験が豊富になるほど高まるはずである。しかし結果はまさにその逆だった。論考の対象となった六〇あまりの研究のほぼすべてにおいて、医師の技能は時間とともに劣化するか、良くても同じレベルにとどまっていた。年長の医師のほうがはるかに経験年数の少ない医師と比べて知識も乏しく、適切な治療の提供能力も低く、研究チームは年長の医師の患者はこのために不利益を被っている可能性が高いと結論づけている。経験を積むほど医師の能力が高まっているという結果が出たのは、六二本の研究のうちわずか二本だった。医師を対象に意思決定の正確さを調べた別の研究も、経験年数が増える恩恵はごくわずかであることを示している(23)。  特に意外ではないが、看護師についても状況はよく似ている。詳細な研究の結果、きわめて経験豊富な看護師でも平均してみると看護学校を出てほんの数年の看護師と治療の質はまったく変わらないことが示されている(24)。
・それではアマチュアのテニスプレーヤーがテニス雑誌を読んだりときどきユーチューブの動画を見てうまくなろうとするのと変わらない。それで何かを学んだ気になるかもしれないが、腕が上がることはほとんどない。しかもネット上のインタラクティブな継続医療教育では、医師や看護師が日々の診療現場で直面するような複雑な状況を再現するのはきわめて難しい。
よく言われるとおり、正しい問いが見つかれば、問題は半分解けたようなものだ。プロフェッショナルあるいはビジネスの世界で技能を高めるというテーマにおいて正しい問いは何かと言えば、それは「適切な知識をいかに教えるか」ではなく「適切な技能をいかに向上させるか」である。
・では、どうすれば優れた教師が見つかるのか。このプロセスには多少の試行錯誤がつきものだが、成功の確率を高められる方法はいくつかある。まず優れた教師は必ずしも世界トップクラスである必要はないが、その分野で成功を収めた人でなければならない。一般的に教師は、自分あるいはそれまでの教え子が到達したレベルまでしか指導することはできない。あなたがまだ完全な初心者なら、それなりに能力のある教師なら誰でも構わないが、数年練習を積んだらもっとレベルの高い教師が必要になる。
・コールは博士論文に、ある高校生ゴルファーが自らの練習への向き合い方がいつ、どのように変化したか語った言葉を引用している(10)。  二年生のときのある出来事はよく覚えている。コーチが練習場にいた僕のところにやってきて「ジャスティン、何をしているんだ?」と聞いてきた。僕はボールを打っていたので「試合に向けて練習しているんです」と答えた。すると先生は「いや、していない。しばらく君を見ていたが、単にボールを打っているだけだ。ルーチン(決まった所作)も何もやってないじゃないか」。そこで僕らは話し合い、練習のルーチンを決めた。僕が単にボールを打ったりパッティングをするのではなく、具体的目標に向けた意識的行動として本気で練習を始めたのはそれからだ。
・だがカリフォルニア大学バークレー校で選手として活躍していたとき、コーグリンはプールで過ごす何時間もの間、自分が大きな機会をムダにしていることにはたと気づいた。ぼんやり他のことを考えるのではなく、自分の技術に集中し、一つひとつのストロークをできるだけ完璧に近づけようとすればいいのだ。特に自らのストロークの心的イメージを磨きあげること、つまり「完璧な」ストロークをしたときの具体的な身体感覚がどんなものか突きとめることに集中すればいい。理想的なストロークの感覚がどのようなものかはっきりわかれば、疲れたりターンが近づいたりしたときにその理想から外れてしまったらそうとわかる。逸脱をできるだけ抑え、ストロークを理想に近い状態に維持するよう努めるのだ。  そう気づいてからコーグリンは意識して自分がやっていることに没頭するようになり、プールにいる時間をフォーム改善に使うようになった。
目的のある練習あるいは限界的練習の最大の特徴は、できないこと、すなわちコンフォート・ゾーンの外側で努力することであり、しかも自分が具体的にどうやっているか、どこが弱点なのか、どうすれば上達できるかに意識を集中しながら何度も何度も練習を繰り返すことだ。職場、学校、趣味など日常の生活の中ではなかなかこのような意識的反復訓練をする機会がないので、上達するには自分で機会を作らなければならない。
・ここでまた思い出すのがベンジャミン・フランクリンだ。若い頃のフランクリンは哲学、科学、発明、著述、芸術などありとあらゆる知的探求に関心があり、そのすべてにおいて自らの成長を促したいと考えた。そこで二一歳のとき、フィラデルフィアでもとびきり才気煥発な一一人を集めて、「ジャントー」という名の相互啓発クラブ(「秘密結社」の意味があり、のちに発展してアメリカ哲学協会となった)を作った(21)。メンバーは毎週金曜の晩に集まり、互いの知的探求を後押しした。それぞれが毎回倫理、政治、科学について興味深い話題を一つ、持ち寄ることになっていた。トピックは通常、質問の形態をとっており、「論争や勝利を求める気持ちなど抜きに、純粋に真実を探求する精神にのっとって」全員で議論した。議論を率直で協力的なものとするため、ジャントーの規則は他のメンバーに異を唱えたり、自らの意見を強硬に主張することを禁じていた。そして三カ月に一度、ジャントーのメンバーはそれぞれ好きなテーマについて論文を書いて会合の場で読み上げ、それをみなで議論するといったこともしていた。
・ただもっと肝心なことを言えば、モーツァルトが六歳や八歳で作曲していたというのは、ほぼ間違いなく誇張である。第一に、モーツァルトの初期の作品とされるものは実際にはレオポルトの筆跡で書かれている。息子の作品を清書しただけだというのが父の言い分だったが、どこまでがモーツァルトの作品でどこまでが父親のそれか、われわれに知る術はない(すでに指摘したとおりレオポルト自身も作曲家であり、しかも自分が思うような名声を得られなかったことにいつも不満を抱いていた)。
・スポーツの技能に確実に影響を与えることがわかっている遺伝的要素は、身長と体格の二つだけだ。
・サバン症候群の人の多くはコミュニケーションをとったり、それぞれの方法論について質問に答えたりするのが難しいため、彼らがどのように特異な能力を獲得しているか、正確なところはわからない。ただ私が一九八八年の論文(22)に書いたとおり、サバン症候群の能力に関するさまざまな研究は、それが基本的に後天的に獲得されたものであることを示している、すなわち彼らが他のエキスパートと同じような方法で傑出した能力を獲得したことを示唆している。
・こうしたデータをすべて分析した結果は、他の研究者が示したものと類似していた。子供のチェス能力を説明する最大の要因は練習量であり、練習時間が多いほどチェス能力を評価するさまざまな指標のスコアは良くなった。それより影響力は小さいが、もう一つ有意な要因だったのが知能で、IQが高いほどチェス能力は高くなった。意外なことに空間視覚能力は重要な要因ではなく、記憶力や情報処理速度のほうが影響があった。すべてのエビデンスを検討した結果、研究チームはこの年齢の子供の場合、生まれつきの知能(IQ)も影響はするものの、成功を左右する最大の要因は練習であると結論づけた。
・もちろんIQテストで測定される能力は初期段階には役に立つようで、最初のうちはIQが高い子供ほどチェスがうまい。だがビラリクらの研究では、チェスの競技会に参加する子供たち、すなわち真剣にチェスに取り組み、学校の親睦クラブで打つより上の段階に進んだ子供たちの間では、IQが低いほど練習量が多くなる傾向が見られた。その理由ははっきりとはわからないが、推測はできる。エリートプレーヤーは全員チェスに真剣に取り組んでおり、最初はIQの高い子供のほうが多少楽に能力を伸ばしていく。IQの低い子供たちは追いつくためにたくさん練習をする。たくさん練習する習慣を身につけた彼らはやがて、それほど頑張らなければならないプレッシャーを感じなかったIQの高い子供たちを追い抜いていくのだ。ここから学ぶべき教訓はこうだ。長期的に勝利するのは、知能など何らかの才能に恵まれて優位なスタートを切った者ではなく、より多く練習した者である。
・ただ最も大きな恩恵を享受できるのは、これからの世代だ。われわれが子供世代に与えられる一番大切な贈り物は、自分は何度でもやり直せるという自信、そしてそれを成し遂げるためのツールである。若者たちには絶対に手が届かないと思っていた能力を手に入れる経験を通じて、自分の能力は自らの意のままに伸ばすことができること、生まれつきの才能などという古臭い考えにとらわれる必要はないということを、身をもって学ばせる必要がある。そして好きな道で能力を伸ばしていけるように知識とサポートを与えよう。