世界一「自由」な会社について知る「NO RULES(ノー・ルールズ)」

Netflixのカルチャーやメカニズムが、そうなった経緯や考え方まで余すところなく紹介されている興味深い一冊。Netflixの普通ではないところはたくさんありますが、

・引き留めたくない社員は解雇
・定期的な人事評価制度廃止
・社内規定のほぼ撤廃
・経費・旅費の承認プロセスの全廃
・無限有給休暇

などなど。うまくいかなかったことや途中でこう変えたみたいなことまで書いてあって、非常に勉強になりました。

一方で、Netflixのやり方が唯一であったり、ベストというわけでもないとも思いました。「自由と責任」のセットは当然ですが、ひとって、家庭や体調なんかの理由で、常に最高のパフォーマンスが発揮できるわけでもないし、タイミングによって全然結果が出ないこともあります。与えられた仕事の役割が合っていないということもあります。そこはプロセスで判断する、としてますが、そうすると恣意性がどうしても入ってしまいます。うまくいってるときはよいとしても、そうでないときも多いわけで、心理的安全性の担保は実際なかなか難しいのかなと。

しかし、Netflixが様々な問題を乗り越えるためガイドラインをつくったり、カルチャーを作ったりし、凄まじい業績をあげているのも事実。そこには訳があって、すべてをNetflixのようにしたいわけではなくても、自社にあった形でうまく取り入れることもできそうなので、参考にしていきたいと思います。

以下、抜粋コメント形式で。

こうして生まれたのが「相手に面と向かって言えることしか口にしない」という標語だ。私も率先垂範に努めた。社員が他の社員の不満を言ってくると、「相手にそれを伝えたときには、どんな反応だったんだい?」と尋ねるようにした。

僕も「相手に面と向かって言えることしか口にしない」と決めてます。

とはいえ会社内で率直なフィードバックを促すのは、電光掲示板を設置するよりずっと難しい。率直に意見をやりとりする雰囲気を醸成するには、社員に「フィードバックは頼まれたときだけ与える」「褒めるのは人前で、批判するのは人のいないところで」といった、長年の条件付けや思い込みを捨ててもらわなければならない。

1on1や評価などで率直なフィードバックをお互いできるようにするのは時間がかかりますね。

明文化された規程がなければ、1人ひとりのマネージャーが時間をかけて、自らのチームに許容される適切な行動とはどのようなものか、伝えていく必要がある。経理担当ディレクターはチームを集め、どの月であれば休暇を取っても構わないか、そして1月はどの経理担当者も休暇を取るのは厳禁であることを伝えておくべきだった。キッチンで泣き腫らした目をしていたマネージャーはチームと話し合い、「休暇を取れるのは一時期にチームから1人だけ」「休暇を予約する前に他のメンバーに不当な負担を押しつけることにならないか確認する」など、休暇のパラメーターを設定しておくべきだった。コンテキストはできるだけ明確なほうがいい。「1カ月オフィスを留守にするなら少なくとも3カ月前には断っておくこと。5日間休むなら通常は1カ月前でよい」といった具合に。

コンテキストといますが、これが事実上のルールとなっているようです。もちろんチームごとに決められるというのはありますが、いちいち合意しなければならないのであれば、ことに集中できるようにある程度のルールを設定してもよいのではと思いました。

部下には、私はいちいち経費レポートは見ないけれど、内部監査チームは毎年支出の 10%を監査する、と忠告する。私は部下が会社の経費の節約に努め、支出は控えめにすると信頼している。だから万一監査チームがインチキを見つけたら、その社員は即解雇する、と。ミスをしたら警告する、なんてなまやさしいものではなく、「自由を悪用したらクビ」だ。しかもやってはいけないことを示す悪い見本として、社内で使われることになる。

どこまでやってよいのかをコンテキストを共有する、違反した場合は厳しく措置、ということですが、これもシンプルなルールが設定されてる方がスピーディーに決められるのではという気がします。メルカリはルールもガイドラインもできる限りシンプルかつ最小限にしています(例えば、ニューノーマル・ワークスタイル)。そうすると、変えたいときもスピーディーに変更できるというメリットもあります。

・ シーラは抜群に優秀か。
・ 優れた判断力があるか。
・ 会社にポジティブなインパクトを与える能力があるか。
・ あなたのチームにふさわしい人材か。  
いずれかの問いへの答えが「ノー」であれば、シーラには会社を去ってもらうべきだ
(次章「並の成果には十分な退職金を払う」を参照)。しかし答えがすべて「イエス」なら一歩引いて、シーラの判断を尊重しよう。管理職が「承認役」をやめれば、会社全体がスピードアップし、イノベーションが活発になる。パオロが新しいアイデアにジェレットの承認を得るため、提案書の準備にどれだけ時間をかけたか思い出してほしい。ジェレットがそれを却下したら、パオロは自分が心から正しいと思うアイデアを捨て、別の方法を探さなければならなくなる。すばらしいアイデアはもちろん、それまでパオロが注ぎ込んだ時間がすべて無駄になる。

ネットフリックスはすべてのマネージャーに対し、定期的に部下を評価し、それぞれのポストに最適の人材であることを確認するよう求めている。そしてマネージャーが正しい判断をできるように、「キーパーテスト」という手法を教えている。 チームのメンバーが明日退社すると言ってきたら、 あなたは慰留するだろうか。 それとも少しほっとした気分で退社を受け入れるだろうか。 後者ならば、いますぐ退職金を与え、 本気で慰留するようなスタープレーヤーを探そう。

「キーパーテスト」と言われているもの。かなり過激です。

積極的に新たな試みに挑戦するマインドセットを持たせるために、ネットフリックスでは「賭け」のイメージを使う。それによって社員に、起業家という自己認識を持ってもらうのが狙いだ。起業家が多少の失敗を経験せずに成功をつかむことはまずない。カリや(数ページ前に登場した)パオロのような経験は、ネットフリックスでは日常茶飯事だ。私たちはすべての社員に、自分が正しいと思う賭けに出て、たとえ上司に反対されても新しいことに挑戦してもらいたいと思っている。その賭けが失敗したら、さっさと後始末をして、そこから何を学んだか話し合えばいい。

私がネットフリックスに入社したとき、ジャックからこんな説明を受けた。君にはカジノでチップをひと山受け取ったと考えてほしい。それを自分が正しいと思う賭けに自由に使っていい。最善を尽くし、慎重に考えて、最高の賭けをしてほしい。その方法は私が教える。失敗する賭けもあれば、成功するものもあるだろう。最終的に君の業績を評価することになるが、それは個別の賭けの成否で決まるわけではない。事業を成長させるために、チップを有効に使う能力そのものが評価される、と。

ジャックはさらにカリにこう説明した。「ネットフリックスでは社員に、判断を下す前に上司の承認を得ることは求めていない。ただ優れた判断を下すには、コンテキストをきちんと理解し、さまざまな立場の人からフィードバックを受け、あらゆる選択肢を理解することが不可欠だと考える」。なんでも自由にできるからといって他の人々の意見を求めずに勝手に重要な決断を下せば、判断力が低いとみなされる、と。

ネットフリックス・イノベーション・サイクル 本気になれるアイデアを見つけたら、次のステップを踏もう。
1 「反対意見を募る」あるいはアイデアを「周知する」。
2 壮大な計画は、まず試してみる。
3 「情報に通じたキャプテン」として賭けに出る。
4 成功したら祝杯をあげ、失敗したら公表

「賭け」という言葉はすごくよいですね。メルカリでもバリューである「Go Bold」はもちろん、「Big Bet」という言葉もあります。人間は失敗するのが怖く、現状維持バイアスがあるため、意図的にやらないとできないのが「賭け」です。また、「反対意見を募る」というのもすごくおもしろいですね。集合知を募るプロセスを入れるのはとてもよさそうです。

パティの言うとおりだった。ネットフリックスでは1人ひとりのマネージャーに、担当部門を最高のプロスポーツチームのように運営してほしいと思っている。強い熱意、一体感、仲間意識を醸成しつつ、各ポジションに最高のプレーヤーがいる状態を維持するためには、厳しい決断も常に求められる。

アメリカ企業の多くでは、部下を解雇することを決めたマネージャーは「業績改善計画(PIP)」と呼ばれるプロセスを開始することになっている。マネージャーはこの部下と毎週面談した記録を数カ月間にわたって作成する。フィードバックを与えたにもかかわらず、部下が成果を挙げられなかったことを記録に残すためだ。PIPが部下の業績改善につながることはめったになく、単に何週間も解雇を遅らせるだけだ。  PIPはふたつの理由から生まれた。ひとつめは社員が建設的なフィードバックや改善する機会を与えられずに解雇されるのを防ぐためだ。しかしネットフリックスには率直なカルチャーがあるため、誰もが毎日たくさんのフィードバックを受け取る。どの社員も解雇される前にはっきりと、そして頻繁に、改善するためには何をしなければならないか言われているはずだ。

Netflixは、まさにプロスポーツチームのような会社だと思います。結果を出せるものだけが試合に出られる。だから、PIPなんてしない。自分で改善できるものしか、残さない。ある意味明確です。

個人レベルで重要な意思決定が下される疎結合なシステムがうまく機能するためには、上司と部下の目的地が完全に一致していなければならない。疎結合がうまくいくのは、上司とチームのあいだでコンテキストが明確に共有されているときだけだ。このようにコンテキストが一致していれば、社員は組織全体のミッションと戦略に沿うような意思決定を下すことができる。だからネットフリックスには、こんな標語がある。

足並みは揃えつつ、それぞれが独立を

密結合はすごく重要で、メルカリの開発でもすごく時間をかけてマイクロ・サービス化して、マイクロ・ディシジョンを進めています。しかし、なにか新しいことをやるときは、なかなか難しい判断になるがよくあります。Netflixが、このカルチャーで成功できるのはある意味、ビジネスモデルがシンプルであるということもあるかもしれません。スポーツもルールがあるからこそ、AさんよりBさんの方がよい、と明確に言えるという。

部下が何かバカげたことをしたら、部下を責めてはいけない。自分の設定したコンテキストのどこがまずかったのか、考えてみよう。自分の目標や戦略を正確に、かつ創意工夫を促すようなかたちで伝えただろうか。チームが優れた判断を下せるように、さまざまな前提条件やリスクを明確に説明しただろうか。ビジョンや目的に対してあなたと部下の足並みは揃っているだろうか。

コンテキストの共有が非常に重要、というのは本当にその通りだと思います。

深化と探索「両利きの経営」

「両利きの経営」とは、既存事業において「深化」を、新規事業において「探索」を実施するという両方ができているという状態のこと。抜粋すると

なるべく自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうという行為が「探索」である。探索によって認知の範囲が広がり、やがて新しいアイディアにつながるのだ。しかし一方で、探索は成果の不確実性が高く、その割にコストがかかることも特徴だ。

一方、探索などを通じて試したことの中から、成功しそうなものを見極めて、それを深掘りし、磨き込んでいく活動が「深化」である。深化活動があるからこそ、企業は安定して質の高い製品・サービスを出したり、社会的な信用を得て収益化を果たすことができる。  このように、不確実性の高い探索を行いながらも、深化によって安定した収益を確保しつつ、そのバランスを取って二兎を追いながら両者を高いレベルで行うことが、「両利きの経営」である。両利きの経営が行えている企業ほどパフォーマンスが高くなる傾向は、多くの経営学の実証研究で示されている。

となり、クレイトン・クリステンセン著「イノベーションのジレンマ」よりも、実践的だという触れ込みで、確かに豊富な事例を元に解決策まで提示しようとしており、意欲的な内容になっています。

ただ解決策としては、明確な戦略的意図、経営陣の保護や支援、対象を絞って統合された適切な組織アーキテクチャー、共通の組織アイデンティティが必要ということで、様々な実例を示してくれてはいるもの、理論化まではいま一歩かもしれません。しかし、各社の取組みは失敗例も含めて非常に勉強になります。

個人的には、社内でやはりみんな同じという公平性を保とうとする力は非常に強いわけですが、深化と探索では必要とされている組織の能力が違うから、ダブルスタンダードを許容し、矛盾を抱えながらも協力し合うように強いリーダーシップをとるべき、というのは目から鱗でした。よく考えれば極めて当たり前なのですが、、、

既存事業がありながら、新規事業をどう立ち上げればよいかを考える立場の方には非常にオススメできる一冊です。

ほとんど理解されていない「良い戦略、悪い戦略」

「戦略」とは何か、を深く考えさせられる良書。経営思想家として大学やコンサルタントとして活躍しているリチャード・P・ルメルトが、様々な事例をもとに良い戦略の作り方を書いています。事例は後付けの生存者バイアスがかかっているものの、多くは納得感がありました。また、そこまで体系だっているわけでもないですが、実例が大変おもしろく、非常に勉強になりました。

自社を振り返ると、無意識にうまく戦略を実行してきたこともありましたが、全然できてないなぁと思うことも多く、どうやったら良い戦略を作り、実行していけるかをすごく考えさせられました。すぐに役に立つことも多かったですし、まさに今、中期経営計画を更新しているところでもあり、活かしていきたいと思ってます。

良い戦略がなければ、まぐれ当たり以外、成功するのは難しいので、特にスタートアップに関わるひとには必読かなと思います。

以下、ちょっと長くなってしまいましたが、抜粋・コメント方式で。

悪い戦略とは、戦略が何も立てられていないという意味ではなく、また失敗した戦略を意味するのでもない。悪い戦略では、目標が多すぎる一方で、行動に結びつく方針が少なすぎるか、まったくないのである。多くの人が戦略というものを誤解している。大方の経営者は、目標を掲げることだけが自分の仕事だと心得ているらしく、矛盾する目標や、どうかすると実行不可能な目標を得々として発表する。そのような「戦略」では壮大な言葉遣いが高揚感を演出し、中身のなさを隠している。

戦略と目標の違いについて。

先日見せてもらった戦略プランはとても野心的だが、あれは戦略ではない。私にはあれが有効とは思えないし、経営チームがあれに沿って行動を起こせるとも思えない。  私からアドバイスしたいのは、まず会社にとって最も有望な機会は何かを、見つけることだ。そうした機会は社内にあるのかもしれない。たとえば制作工程のボトルネックを解消するとか、作業上の障害物を取り除くといったようにね。あるいは社外にあるのかもしれない。機会を発見するためには、少人数のチームを編成し、一カ月ほど時間をかけて調査をするといいだろう。会社のサービスの買い手は誰なのか、競合相手は誰で、どんな強みを持っているのか、どんな新しいサービスが可能か、開拓可能な見込み客は誰か、そういうことを調べるんだ。自分の業界にどんな変化が起きているか、くわしく調査することはどんなときにも役に立つ。そこに飛躍のヒントが隠されているかもしれない。調査でわかったことはすべて経営チームで共有し、検討する。

戦略を立てるには、まず現状分析することから始まります。

戦略を転換し資金や人材やエネルギーや注意をどこか一カ所に集中しようとすれば、会社そのものに倒産の危機が迫っているようなときは別として、必ず不利益を被る人が出てくる。したがってこの人たちは、戦略の転換に頑固に反対する。大きな企業の場合、これは避けられない事態と言える。戦略についての話し合いがいくら行われても、どれほど説得されても、この人たちは変化を望まない。そしてリーダーが選択に踏み切れず、新しい戦略を導入することができないと、八方美人型あるいは当たり障りのない戦略もどきでお茶を濁すことになる。そのような戦略もどきが発表されたら、それはリーダーに困難な選択を貫き通す強固な意志や政治力が欠けていることの証拠と言える。盛りだくさんの目標を掲げる企業では、選択が行われていないと考えてよい。

戦略が総花的になりがちな理由。何かを捨てるということはそれをやっているチームを解体しなければならないということであり、特に上手くいっている会社ほど難しくなります。

強く念じることや自分の内面を磨くことでパワーが出るものかどうか、私は知らない。だが、精神から発する光が現実の世界を変えられるとか、成功すると思えば成功すると信じるのは一種の妄想であって、経営や戦略への取り組み姿勢としては奨められないことだけは確かだ。分析というものは起こりうる事態を考えるところからスタートするのであって、その中には好ましくない事態も当然含まれる。大空を飛ぶイメージだけを思い浮かべ失敗を考えたことのない人々の手で設計された飛行機には、私は乗りたくない。だが想念だけでビジョンは実現するという教えは多くの人を心酔させてきた。

念じれば叶うというような考え方の否定。

基本方針は、診断によって判明した障害物を乗り越えるために、どのようなアプローチで臨むかを示す。「基本」という言葉がついているのは、大きな方向性を指し示すだけで、具体的に何をすべきかを逐一教えるものではないからだ。ケナンの封じ込め政策や、ガースナーのオーダーメイドのソリューション提供という方針は、まさしく基本方針に当たる。ちょうどガードレールのように、基本方針は行動を一定の方向に導き逸脱を防止する。しかしこまかい内容は指示しない。  良い基本方針は、目標やビジョンではないし、願望の表現でもない。難局に立ち向かう 方法 を固め、他の選択肢を排除するのが基本方針である。

賢明な読者はすでにお気づきかもしれないが、私が「基本方針」と呼ぶものを戦略と称している企業がかなり多く見受けられる。だが、戦略を基本方針で代用するのはまちがっている。診断を伴わない場合、どのような方針が可能か、比較検討して選ぶことができない。また基本方針に沿って行動を起こしてみないと、その方針が現実に実行可能かどうかを確認することもできないだろう。良い戦略とは「何をやるか」を示すだけでなく、「なぜやるのか」「どうやるのか」を示すものであるべきだ。  良い基本方針は、埋もれていた強みを引き出し、あるいは新たな優位性の源泉を開発して難局を打開する。いやむしろ、こうした優位性を見つけることこそが戦略の要諦と言えよう。テコを使えば力を何倍にもできるように、戦略的優位があれば、リソースや行動の効果を何倍にも大きくすることができる。優位と言うとすぐに競争優位を思い浮かべる人が少なくないが、非営利組織や公的機関も、良い戦略によってリソースや行動の効果を高めることができる。

現状分析の後、戦略の前段階としての基本方針を定めるとよい。

戦略は結局のところ、コーディネートされた行動があるシステムに 強制 されるという形で具現化するのである。会社という複雑なシステムはてんでんばらばらに動こうとする傾向があるが、それを抑えて一つにまとめる力が働くという意味で、戦略の力はまさに強制的と言える。大きな組織では、放っておいて一貫した行動がとられるわけではない。どこかで指揮をとり、方向づけをすることが必要である。行動のコーディネーションは、戦略がない限り実現しないという意味において、組織にとって自然発生的なものではない。  このように言うと、現代の教育を受けた人はみな一様に警戒する。権限委譲が進む中で多くの決定がうまく下されているというのに、なぜいま権力集中なのか、というわけだ。

大きな組織で戦略が重要になってくる理由。そしてそれがなぜ難しいのか。

ごくおおざっぱに言えば、良い戦略とは最も効果の上がるところに持てる力を集中投下することに尽きる。短期的には、手持ちのリソースを活かして問題に対処するとか、競争相手に対抗するといった戦略がとられることが多いだろう。そして長期的には、計画的なリソース配分や能力開発によって将来の問題や競争に備える戦略が重要になる。いずれにせよ良い戦略とは、自らの強みを発見し、賢く活用して、行動の効果を二倍、三倍に高めるアプローチにほかならない。

良い戦略とは何か。

隔離メカニズムを強化するもう一つの方法として、ターゲットを絶えず動かしてまねしにくくするという手がある。ターゲットがいつまでも変わらなかったら、競争相手は遅かれ早かれノウハウを探り当ててしまうだろう。だが製品やプロセスを絶えず改善していたら、あるいは改善とは言わないまでも変化させていたら、まねをするのははるかにむずかしくなる。たとえばマイクロソフトのウィンドウズOSを考えてみよう。ウィンドウズが長期にわたって同じままだったら、世界中の賢いプログラマーがいずれは同等品を作り上げることは確実である。だがマイクロソフトはのべつプログラムを変えることによって(それがつねに良いほうに変わっているとは言い難いが)、コピーをむずかしくしている。ウィンドウズは動く標的なのである。  同様に、製品やプロセスに次々にイノベーションが導入されたら、追随するのはむずかしい。そのイノベーションが独自の知識に裏づけられていたら、なおのことである。

どのように参入障壁を築くか。インターネット・サービスであれば、テクノロジーでの差別化はそのひとつ。

外生的な変化のうねりは、ヨットの帆に吹き付ける風のようなものだ。ときにはヨットを飛ぶような勢いで走らせるかと思えば、転覆させることもある。こうした荒々しいダイナミクスを自分たちの目的に適うように活かすことがリーダーの役割であり、そのためには鋭い洞察力やスキルや 造性が必要になる。うねりが来たら業界の構図はどう変わるのかをみきわめ、これから高地になりそうな方向を狙ってリソースを配分し、上手に波に乗ることが望ましい。

中長期的な世の中のうねりをうまく捉えることも重要だと。今だとコロナにより何がどう変わるかを見極めるのは極めて重要と言えます。

つまりソフトウェアの優位性は、開発サイクルが短く、アイデアを出してからプロトタイプを作り、エラーを発見して修正するまでが短時間かつローコストでできることにある。もし設計プロセスで技術者が絶対にミスを犯さないのなら、ハードウェアもソフトウェアもコストはさほど変わらないかもしれない。だが実際にはミスは避けられないのだから、何か特別な理由でもない限り、ソフトウェアのほうが好ましいことに

インターネット・サービスはソフトウェアなので、トライ・アンド・エラーが早い分、オフラインのサービスに比べると優位性があります。

凪のときにヨットを操る腕前を見せるのはむずかしいのと同じで、平穏無事なときには戦略策定の手腕はあまり目立たない。安定期には、後発企業が先行企業に追いつくのも、ライバルを圧してリードを奪うのもむずかしい。だが変化のうねりがやって来るときには、戦略がモノを言う。大企業がトップの座から滑り落ちたり、あちこちで下克上が起きたりするのはこんなときである。

コロナという変化のうねりは新しい会社についてはすごくチャンスです。

知識の限界でうろうろしているとき、確実にうまくいく戦略を要求するのは、科学者に確実に真実である仮説を要求するのと同じことだ。これが理不尽な要求だということはおわかりいただけるだろう。良い戦略を立てることと、良い仮説を立てることは、同じ論理構造を持っている。ちがいは、科学的知識の多くは共有されているが、経営に関して蓄積された知恵は業界や企業固有のものだという点だけだ。  要するに良い戦略とは、こうすればうまくいくはずだ、という仮説にほかならない。理論的裏づけはないが、知識と知恵に裏づけられた判断に基づいている。そして、みなさんのビジネスについて、みなさん以上に知識と知恵を持ち合わせている人は誰もいない

良い戦略とは、こうすればうまくいくはずだ、という仮説にほかならない、と。そしてそれは自分たちの中に答えがあるはずです。

コーポレートガバナンスとは何か「決定版 これがガバナンス経営だ!」

コーポレートガバナンスは、不祥事防止などのコンプライアンスの確保だけではなく、中長期的に企業価値を向上させるためにある、ということを分かりやすく解説してあり、試行錯誤している身としては非常に勉強になりました。かつ途中物語になっていて、すごく分かりやすかったです。

創業者という主要株主がいることが多いスタートアップであっても、この概念を整理して知ることは非常に有用かと思います。

以下は抜粋・コメントです

失敗に対して、無限の責任を負うからこそ、うまく行ったらアップサイドを全部取れるという構造が、本来は公平で倫理的な制度である。株式会社は、アップサイドは無限で、ダウンサイドは有限の、ある意味、お気楽で無責任な制度である。  すなわち、非倫理的なリスク、モラルハザードを内包するものとして例外的な存在であり、本来であれば、厳格に制限され、統制されるべき存在なのである。この潜在的な非倫理性こそが、株式会社においてコーポレートガバナンスが重要である根源的な背景の一つなのだ。このことは以下の株式会社の歴史にも符合する。

株式会社の起源まで遡り、有限責任だからこその非倫理的なリスク、モラルハザードを防ぐ必要があると。

トップの資質、業務遂行能力に問題があると判断したとき、独立社外取締役としては、是正のための然るべき忠告や辞任勧告を、まずは取締役会の外で直接に行うのが手順だろう。しかし、その忠告や勧告に迫力があるのは、独立社外取締役にトップ解任に関する動議提出権と議決権があるからなのだ。  この意味で、監査役は「守りのガバナンス」では一定程度役割を果たすことができるとしても、「攻めのガバナンス」においては機能に大きな限界があると言わざるを得ない。

取締役と監査役の役割の違い。

取締役会では、企業が進むべき基本方向性とその観点からみた経営者・経営陣のパフォーマンスの評価、評価に連動した経営者・経営陣の任免などモニタリングに力を注ぐべきである。さらには、大型のM& A案件や重大不祥事など、企業の存続に関わるようなリスクを内包した事項、あるいは大きな戦略的方向性に関する議論に十分に時間を使うべきである。取締役会の決議事項における「選択と捨象」が問われるのだ。

監督責任を負う独立社外取締役の役割は、あくまでも監督が主であり、アドバイスが従である。もちろん取締役会の議論において、日常的に交わされる議論のかなりの部分は、アドバイス的な意見交換になるだろう。しかし、そこで本質的にモニタリングされるべきは、そういったやり取りから、「この会社の経営プロセスはちゃんと機能しているのか」「この経営者はその任にたえられる人物なのか」ということを読み取ることなのである。

改めてコーポレートガバナンス・コードを読んでみると、そこでは、あくまでも、「経営方針や経営改善について」という企業のかなり上位概念に関する助言、すなわちガバナンスの観点からの助言が期待しているのである。個別の業務執行に関する助言までをも、独立社外取締役の責務だと想定するものではない。その証左として、コーポレートガバナンス・コードでは、経営の監督と執行の分離を図ることが推奨されているのである。

上場会社は、取締役会による独立かつ客観的な経営の監督の実効性を確保すべく、業務の執行には携わらない、業務の執行と一定の距離を置く取締役の活用について検討すべきである。  監督の本質は、個別の業務執行や経営判断を採点することや、そこに細かく介入することではなく、業務執行全体の妥当性、経営者の資質・能力の適性を評価することである。  独立社外取締役は経営者ほど当該意思決定に関わる詳細な情報を持たず、業界に関する専門的知見も保有していないことが通常であるから、執行レベルの意思決定に貢献することは難しいし、それは本来、期待される役割ではない。

取締役会と執行の役割の違いや、社外取締役の役割はあくまでアドバイスではなく、監督が主であるという話。

田中室長  ということはコーポレートガバナンスの整備とは、経営の仕組みが健全に機能し続けるための環境整備だということですか?
肥塚氏  そのとおりです。経営の根本的なあり方を問うています。その企業の特性、業態などを踏まえたときに、その長所を最大化し、短所をできるだけ消せるような経営スタイル、経営組織がどうあるべきかを、株主総会、取締役会を含めデザインする、まさに経営的な環境整備です。だから企業も色々、あるべきガバナンスも色々となるはずです。

答えは一つではないので会社に合わせてデザインする必要があると。

ディズニーの最近の歴史「ディズニーCEOが実践する10の原則」

直近までディズニーCEOを務めていたロバート・アイガーの自伝。生い立ちから、どのような仕事をしてCEOに上り詰めたのか、CEOになってから戦略をどう根付けてきたかやピクサー、マーベル、ルーカス・フィルム、20世紀フォックスなどなどの買収などの詳しい意図や経緯がかなり詳細に描かれており、非常にエキサイティングで、おもしろかったです。

前CEOマイケル・アイズナーやマイケル・オービッツ、スティーブ・ジョブズ、ジョージ・ルーカス、ルパート・マードックなどの超個性的なキャラクターとのやりとりの臨場感が素晴らしくて、それをロバート・アイガーの率直な性格でなんとか話をまとめていくのは見事としかいいようがないです。そういった中で彼の経営哲学が語られているのでひとつひとつ納得感があり、大変勉強になりました。大企業の経営というのがどういうものなのか知るには大変役に立つ一冊だと思います。

以下、抜粋・コメントです。

これまでには難しいことも、悲劇的な出来事もあった。だが私にとってディズニーの経営は、誰かの言葉を借りれば「世界一幸せな仕事」だ。私たちは映画、テレビ番組、ブロードウェイ・ミュージカル、ゲーム、衣装、おもちゃ、そして書籍も作っている。またテーマパークやアトラクション、ホテル、クルーズ船も建設し、運営している。世界中の一四のパークでは毎晩、パレードやショーやコンサートを行なっている。私たちの仕事は楽しい体験を作り出すことだ。これほど長いことディズニーで働いていてもいまだに、「これは夢だろうか? どうしてこんな幸運に恵まれたんだろう?」と思うことがある。

この気持ちはすごく分かる。私もよく「これは夢だろうか? どうしてこんな幸運に恵まれたんだろう?」と思ってます。

創造のプロセスを管理するということは、それが科学ではないと理解することからはじまる。すべては主観であり、何が正しいかはわからない。何かを生み出すには大きな情熱が必要で、ほとんどのクリエイターは自分のビジョンや流儀が疑われれば、当然ながら傷つく。私は、制作側の人たちと関わる時には、このことをいつも心に留めている。意見や批評を求められたら、制作者がそのプロジェクトに心血を注ぎ込んでいることや、彼らの人生がこの作品にかかっていることを、極端なくらい気にかけるようにしている。  だから決してはじめから否定的なことは言わないし、制作の最終段階でもない限り、細かいことも言わない。正確で 俯瞰 的な判断力がないことを隠すために、どうでもいいような細かいことにこだわる人は多い。小さなことからはじめる人間は、小さく見える。大筋がぐちゃぐちゃなら、小さなことを直しても意味がないし、重箱の隅をつつくのは時間の無駄だ。

この感覚は他のビジネスでも同じで、社内外だろうがみんなどれだけ心血を注ぎ込んで仕事をしているかを考えなければならないし、小さいことにこだわっていけない(しかし分かっていても難しい。。)。

オービッツは、CEOの右腕として複雑な事業体の経営を助けるより、知り合いの大物有名人を使ったアイデアを次から次へと思いつきで投げてばかりいた。未上場のタレントエージェンシーの共同創業者だったオービッツは、自分があれこれと口にした思いつきを誰かがすぐに実行してくれることに慣れていて、ディズニーでも同じようにできるはずだと思い込んでいた。彼はエージェントとしては一流で、クライアントのために目の前の仕事をすべて投げ出して時間を作り、話し相手になっていた。だがそんな彼のやり方はディズニーには合わなかった。トム・クランシー、マジック・ジョンソン、マーティン・スコセッシ、ジャネット・ジャクソン(および、それ以外の数々の有名人)に、ディズニーの事業拡大につながるような話をバラバラに持ちかけていた。大物有名人に、ディズニーが彼らのためにできることをいつもあれこれと売り込んでいたのだ。こうしたことは話題作りにはなるが、ほとんどの場合はうまくいかなかった。案件を担当する重役が時間と労力を注ぎ込んで、事業なりプロジェクトなりのすべての面に責任を持って最後までやり遂げることが必要になるからだ。また、大物タレントは何でも自分の好きなようにできると勘違いしてしまうが、どんなアイデアも慎重に吟味するディズニーのような企業では、そんな誤解が悲惨な結果につながりかねなかった。

アイズナー時代に一時期COOだったマイケル・オービッツについては辛辣だが、結果を出せなければすべてが否定されてしまうのが歴史か。。。

たいていの場合、CEOとその後継者は緊張関係にあるものだ。人は誰しも、自分に代わる人間はいないと思いたがる。だが、客観的に見れば、この仕事ができるのは自分ひとりだという考えにしがみついても意味がないとわかるはずだ。優れたリーダーシップとは、代わりのいない存在になることではない。誰かを助けて自分の代わりになる準備をさせてあげることだ。また、意思決定に参加させ、育てるべきスキルを特定し、その向上を助け、時にはこれまで私がやってきたように、なぜその人がまだステップアップできないのかを正直に教えてあげることでもある。

「優れたリーダーシップとは、代わりのいない存在になることではない。誰かを助けて自分の代わりになる準備をさせてあげること」、なかなかに難しいがなんとかして心がけたい。

電話をつないだまま、自宅前に車を停めた。それは一〇月の暖かい夜で、エンジンを切ったものの、暑さと緊張で汗が吹き出した。妻のアドバイスを心の中で唱えた。ドンといけ。その場で断られる可能性は高い。上から目線だと思われて、腹を立てられてもおかしくない。ピクサーを軽々しく買収できると思うなんて、ずうずうしいにもほどがあるのかもしれない。ふざけるなと言われて電話を切られて終わっても、元に戻るだけだ。失うものは何もない。「お互いの未来について、しばらく考えていたんだ」そう切り出した。「ディズニーがピクサーを買収するっていうのはどうだろう?」スティーブが電話を切るか、吹き出すか、待っていた。その一瞬が、私には永遠に思えた。  私の予想を裏切って、スティーブはこう言った。「あぁ、それならとんでもないってこともないな」  断られると思い込んでいたので、少しでも可能性があるとわかって、アドレナリンがどっと 噴き出した。もちろん、万が一夢が実現するとしても、その時までには数知れないハードルがあるのは頭ではわかっていた。それでも、興奮を抑えられなかった。「そうか。よかった。じゃあ、もっと話し合うのはいつにしたらいい?」

この辺りのピクサーをめぐるジョブズとのやりとりの臨場感はとくにすごい。

経営者となって経験を積むあいだに、ある時点で私は、「プレスリリースを使った経営」というものを意識するようになった。つまり、外の世界に向けて私が強い確信を持って発信したことは、社内にも響き渡ることがわかったのだ。二〇一五年には、私の戦略への投資家の反応はすこぶる否定的だったが、私が現実を率直に語ったことで、ディズニーの社内では「トップがこれほど真剣に打ち込んでいるなら、自分たちも真剣にならなければ」とやる気になってくれる人が増えた。二〇一七年の発表もまた、同じように社内にいい影響を与えた。私が直接配信にどれほど打ち込んでいるかを社内のチームはわかっていたが、外向きの発表を聞き、特に投資家の反応を見ることで、全員に前に進む力とやる気が湧いてきた。

私も「プレスリリースを使った経営」を心がけてます。

マイケル・アイズナーはよく、「マイクロマネジメントは過小評価されている」と言っていた。私も賛成だ。だが、それにも限度がある。細かい部分に気をつけることは、それを大切に思う気持ちの表れだ。「偉大なもの」はたいてい、ほんの小さなことの積み重ねだ。マイクロマネジメントの欠点は、それが周囲の人のやる気を失わせ、リーダーから信頼されていないと部下に感じさせてしまいかねないこと

マイクロマネジメントの「周囲の人のやる気を失わせ、リーダーから信頼されていないと部下に感じさせてしまいかねないこと」という欠点は意識しすぎてもしすぎることはないところなのですが、僕もマイクロマネジメントという評をいまだによくもらい、そのたびに反省しています。

アマゾンの強さを知る「ベゾス・レター 」

今や世界最大級の企業となったアマゾンの哲学がまとめられています。個人的にはアマゾンの強みは大きく2つあると考えています。

ひとつはeコマースというある意味勝ちパターンが決まっているサービスで、とにかく愚直に改善し続けること。eコマースは、できるだけ豊富な品揃えで、できるだけ安く、そしてできる限り早く届くのが絶対的によいわけです。誰も少し遅いほうがいい、とは思わないわけで。これは言うは易しですが、実際には倉庫やデリバリー網やベンダー確保まで、ひたすら投資を続ける必要があり、いったん引き離されると追いつくのはほぼ不可能になってきます。その結果アマゾンで扱えないようなユニークな商品でなければアマゾン一択になってくるわけです。

もうひとつは、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)やAlexaのような周辺の未知な分野への果敢な挑戦と成功です。この影には、zShopsやFire Phoneのような壮大な失敗もあるのですが(一覧でみるとこんなにあります)、それを補ってあまりあるだけの成功例があるため、失敗を許容できる強いカルチャーが形成されています。いったん成功の可能性が見えれば、ひとつめに戻り愚直に改善を続けます。

この組み合わせが強力な成功を続ける推進力になっていると考えます。見習うべきところがたくさんあるメガベンチャーなのですごく勉強になりました。

<抜粋・コメント>

ところで、会議室でメモを全員で読む理由は、そうしないと、会議前にメモを読み終わったふりをして会議を乗り切るという、高校生のようなことをする経営幹部が出てくるからです。みんな忙しいですから。そこで、わざわざ事前にメモを読まなくてすむよう、会議の最初の 30 分間に組み込んだのです。こうすることで、全員がきちんとメモを読むようになり、読んだふりをする人はいなくなりました。かなり効果が高かったです

これメルカリでも取り入れていますが、非常にワークしています

ですが、社員の意見はまったく異なっていました。ぜひ進めたいと言われたのです。私はすぐに返信しました。「異議を唱えたから、あとは全力で取り組むよ。これまで作ったものの中で一番視聴されるものになってほしい」と。考えてみてください。もし私がただ全力で取り組む姿勢を見せるのではなく、チームがまず私を説得しなければならなかったら、決定までの流れはどれだけ遅くなっていたことでしょう。

いわゆるDisagree and commitの文化

これは、ウーバーやリフトのような会社がドライバー候補者に示している奨励策とは対照的だ。ウーバーは、柔軟な働き方や報酬の早期支払いを売りにしている。リフトも似たような奨励策を採用していて、ウェブページにもこう書かれている。「あなたが従わなければならないのは、あなただけです。収入を得たい場所も手段も時間も自分でコントロールできます。通勤途中でも、お子さんが学校に行っている間でも、夜間学校が終わったあとでもかまいません」。これは、アマゾンがドライバー候補者に対して強調している「顧客へのこだわり」や「リーダーシップ」や「結果を出す」ことや「粘り強さ」というメッセージとはまったく違う。

カルチャーへのこだわりをどのように徹底しているか

スタートアップの急激な成長で何が起こるか「ブリッツスケーリング」

Linkedinを創業し数兆円まで育て上げMicrosoftに売却し、Facebookなど含め数々の投資でも知られるリード・ホフマンが、スタートアップが急拡大する際に何が起こり、どう対処すべきかをかなり具体的に書いています。この急拡大をブリッツスケーリングと呼んでいます。

メルカリの成長と照らし合わせてものすごい勉強になりました。ブリッツスケーリングしているスタートアップの方には、経営陣でも社員でも、かなりおすすめです。若干矛盾があったりストーリーで語られている部分もありますが、経験からの示唆に富んでいます。

以下で、抜粋コメントしていきますが、かなり長くなってしまいました。。

ブリッツスケーリングの5つのステージ  スタートアップのブリッツスケーリングは単純な外挿法のプロセスではない。みすぼらしいガレージから出発した会社の規模が1000倍になり、モダンな高層ビルに本社が移ってめでたしめでたしというストーリーではすまないのだ。ブリッツスケーリングによる成長には大きな節目がいくつもあり、そのつど会社は質・量とも根本的に変化しなければならない。ドロップボックスのドリュー・ハウストンは私にこのことを「新しい駒が次々に追加され、次元も増えていくチェスのようなものです」と説明した。  物理学では、よく相変化ということを言う。物質は温度、圧力の変化に応じて全く違う状態に変わる。氷は溶けて水となり、水は沸騰して蒸気になる。  スタートアップもある状態から全く異なる状態に相転移することがある。相が変化すればことは同じように運ばない。氷が溶ければスケートはできない。水が水蒸気になれば小石を投げて水面で水切りするわけにはいかない。スケールアップが次のフェーズに達すると、以前のフェーズで有効だったアプローチやプロセスが無効となる。

5つのステージというのは、家族(1-9)、部族(数十)、村(数百)、都市(数千)、国家(万以上)としていて、まさにメルカリは都市ステージ初期の会社であると言えます。

ブリッツスケーリングを実行する企業がまず直面するのは、人材獲得という課題だ。社員数が毎年3倍になることは珍しくない。このため普通の成長企業とは根本的に異なるアプローチが必要になる。成長が年間 15 パーセントなら完璧にフィットする人材を発見し、企業文化を確立する余裕があるだろう。この後に詳しく説明したいが、ブリッツスケーリング中の企業は数々の常識外れな経験をすることになる。急速な成長により組織は一変する。「そこそこ」の人材で我慢しなければならない。まだ不完全でアラが目立つプロダクトをリリースしなければならない。顧客は怒り狂い、会社は炎上するかもしれない。

本当にその通りで、各ステージを乗り越えるときに前ステージとは違う人材や考え方が必要になってきますが、それに気づかない、気づいてもどう解決すればよいのか分からない、ということが頻繁に起こります。まさにCEOおよび経営陣の限界が会社の限界になってきます。

実際、ブリッツスケーリングは会社が市場の限界に達したときには危険ですらある。市場の伸びしろがなくなったとき、それまで成長を支えてきたスピードと勢いは市場の天井に激突して停止する。市場に伸びしろがなくなるときによく見られる症状といえば、成長の急激な鈍化、そして内部抗争だ。成長が続くことに慣れ切ったマネジャーや投資家は、「何がおかしくなったんだ」「誰の責任だ」などと言い始める。根本的な原因を会社がわからないとき、いちばんよく見られる(かつ役に立たない)行動は、CEOまたは経営チーム、あるいは両方を変えることだ。営業担当副社長は成長鈍化の責任を取らされることが多いので、特に狙われやすい。CEOの交代で大幅な成長が復活したことが、かつてあっただろうか。唯一思い浮かぶ好例といえば、スティーブ・ジョブズがアップルで行ったことくらいだ。だから、もしスティーブ・ジョブズが脇に控えているのならCEOを交代させればいい。そうでなければ、おそらくムダなことだ。

原因と結果を間違えないようにしたいですね。あと大きくなればなるほど、事業の難易度はあがります。ただ成功した場合は果実は大きい。どの会社も大きく投資をし、それに一時期は批判が集まります。ただ、それに成功する会社が次のステージに行けるということを忘れてはいけません。投資せずして次のステージに行くのはできません。

第4ステージ(都市サイズ)  創業者は高度なレベルで組織の目的と戦略を決定する必要がある。創業者の役割は重大で戦略的な決定をすることだ。こうした決定は日々の業務にもいわば戦術的な影響を与えるだろうが、それに対処するのは部下のマネジャーの業務だ。フェイスブックの場合、マーク・ザッカーバーグが下した重大で戦略的な決断はフェイスブックのモバイル化を最優先するために新機能の追加を2年近く一切停止したことだ。2012年にザッカーバーグがこの勇気ある決断をしたとき、フェイスブックは社員4000人を抱え、まさに「都市」ステージにあった。ザッカーバーグは自分でモバイル化のためのデベロッパーを採用したわけではないし、モバイルアプリをデザインしたわけでもない。しかし、方向を決め、責任を負ったのはザッカーバーグだった。

まさに都市スケールのメルカリではこういう経営になってきていると感じます。

ファミリーステージでは、チーム全員があらゆる重要事項の決定に関与する。村(ビレッジ)ステージ以降になると、このやり方はほぼ不可能になる。社員は自分たちが直接かかわるチームや分野に付いていくだけで精一杯になり、ほかの部門の業務はほとんどわからなくなる。中途入社した社員はあたり前だと思っても、初期からの社員はこの変化に当惑し、インサイダーだった自分たちが今はアウトサイダーのように扱われていると感じてしまう。この問題にはどう対処すればよいだろうか? 答えは、社員をあらゆる決定に関与させないことだ。それは不適切だし、運用上も不可能であるからだ。

この問題はメルカリでもあって、何度か「今となってはすべてのひとがすべてのことに関わることはできません。自分の仕事に集中しましょう」というメッセージは発してきた覚えがあります。

一方、スペシャリストは重要な役割を担う。リンクトインの元最高人事責任者、パット・ワドーズを見てみよう。ワドーズは2013年に都市ステージにあったリンクトインに入社し、国家ステージへと導いた(最近はリンクトインを離れ、私の友だちで元イーベイCEO、ジョン・ドナホーのいるサービスナウに加わった。つまり、都市ステージへ逆戻り!)。コーラーと同じくワドーズも聡明で才能豊かであり、バイアコム、メルク、ヤフー、プラントロニクスなどの大手企業の人事担当を務めたスペシャリストだった。都市ステージや国家ステージの会社で重要な任務を指揮するには、その領域の深い専門知識が必要であり、それは賢いゼネラリストが数週間で「解明できる」ようなものではない。  

都市ステージのメルカリでも金融分野含めスペシャリストが必要な部門が出てきたので、必要な部門でスペシャリストの採用も進めてきました。

ゼネラリストの上司の後任にスペシャリストを配置すると、組織の士気を損ないかねない。ハーバード・ビジネス・スクールのランジェイ・グラティとアリシア・デサントラは「事業をスケールさせる4つの方策」(ハーバード・ビジネス・レビュー2016年3月号に掲載)に次のように書いている。「組織を動かすための専門知識は、初期の社員がすぐに身に着けられるものではない。組織をうまく動かすリーダー職は外部の人間へと移っていき、初期社員の不満は募っていく。初期からの社員の中には、役割が限定されることにいら立つ者もいるかもしれない。ゼネラリストの誰もがスペシャリストになれるわけではなく、なりたいとさえ思わないかもしれない。多くの人はいら立ち、貴重な人間関係や会社のミッションやカルチャーなど明文化されていない知識を抱えたまま会社を辞めていく」

「小さなチームから大きなチームへ」で検討した課題は、組織の外から幹部を採用しなければならないことだった。これは、自然発生的にリーダーになった初期社員を昇進させてきた企業にとっては、大きな方針転換となる。こういう組織でのマネジャーから幹部に役割を変えるのは、担当者からマネジャーになるよりはるかに難しい。

どの社員も、さまざまなスタイルや資質のマネジャーの下で働いてきたはずだ。昇進して初めてマネジャーになった社員は自分のマネジメントスタイルを構築するために、そういう体験を参考にすることができる。しかし、初めて幹部が必要になった組織の場合、内部昇進のマネジャーは以前の幹部の意見を生かせない。なぜなら幹部がいなかったからだ。ロールモデルはどこにもない。  われわれはこの状態を「標準的スタートアップ・リーダーシップ真空状態」と呼んでいる。この状態を経験した創業者は、幹部経験者を外部から採用して、社内になじませようと考える。しかし、組織のストレスが限界に達するまで創業者が採用を遅らせてしまうと、状況は悪化する。社内の緊張と不透明性が最大になっているときに、新しいリーダーがやって来ることになるからだ。これを乗り切るカギは開かれた心だ。インサイダーは幹部を外部から登用することについてオープンであるべきだし、アウトサイダーは入社前に起きたことを学習しようとオープンになるべきだ。

その際にこういった状況や問題は常に発生してきたし、今も発生しています。しかし、ブリッツスケーリングするにはやむを得ない部分もあります。

会社が村から都市、さらには国家へとステージを上げていくときも、常に幹部を採用する必要がある。成長によって前線のマネジャーの上にも階層が必要になること、また現在の幹部は必ずしも次のステージのスケーリングに必要な能力をもっていないからだ。しかし、ひとたびロールモデルやメンターの役割を果たす優れた幹部が社内に現れたら、その幹部と仕事をした経験がある将来有望なマネジャーを内部昇進させられるようになる。フェイスブックでは、シェリル・サンドバーグのような経験ある幹部を連れてくることが絶対的に必要だったが、現在のフェイスブックで重要なプロダクトを担当しているリーダーは、ほぼ全員が社内で訓練を積んできた。

一方で、内部登用の動きも増やしています。そのためにはメルカリらしいマネジメントの定義や育成も含めた人事制度が必要になっているので、いままさにここを作り変えているところです。

買収は、国家ステージの作戦の中で攻守を兼ねた最大の効果がある戦法だ。重要な買収によって、買い手がどのように市場を獲得できるか考えてみよう。ユーチューブ、インスタグラム、ワッツアップの買収はいずれも守りと攻めの効果があった。ユーチューブを買収したことでグーグルは、グーグル・ビデオ・プロジェクトの失敗を取り戻しただけでなく、ユーチューブがマイクロソフトなどのライバルの手に渡るのを防いだ。インスタグラムとワッツアップの買収は、フェイスブックをモバイルによる侵略から守っただけでなく、フェイスブックをモバイルのリーダーにした。

国家ステージの会社は大胆な買収も考えていかなければならない。

「なにがなんでも成長」の時代から、「責任を伴う成長」の時代に移り、われわれのカルチャーを進化させる必要がある。すべてを捨てるのではなく、うまくいっているものは残し、そうでないものは変えることに集中する。

会社が都市(シティ)または国家(ネーション)ステージに到達すると、既存企業としての責任を負う必要があり、それは挑戦者の責任とは大きく異なる。どの問題を後で修正できるか自問したことを覚えているだろうか? その「後で」がやって来たわけだ。あなたがそれまで多様性、法令遵守、社会的正義などの問題を無視していたとしても、今やあらゆる目が自分に向けられ、責任ある市民のお手本になるよう期待されていることを理解する必要がある。加えて、こうした責任に早くから積極的に取り組まないと、将来には受動的に取り組まなくてはならなくなる。それはほぼ間違いなく高くつくし、痛みも大きい。好むと好まざるとにかかわらず、会社が都市/国家ステージになったら、市長や大統領のように考え、己の利益だけでなく、人類全体のためにルールを決めなくてはならなくなる。

スタートアップは「なにがなんでも成長」を目指しているので、この求められている変化に鈍感になりがちです。まさにメルカリも現金出品問題の頃気づいたところで(本件については重々お詫び申し上げます)、今はカルチャーを進化させ「責任を伴う成長」を目指しています。

賢い人たちと話をすれば、彼らの成功と失敗から学べるという意味だ。誰かの失敗から学ぶほうが簡単で痛みも少ない。私は新しい物事について学ぶとき、もちろんそのテーマの本を読み漁るが、その分野で有数の専門家を見つけて話をして補っている。

重要な点の第一は、常に学び続けることだ。良い点でもあり悪い点でもあるが、あらゆる物事が急速に変化する現代にあっては、「専門家」は存在しない。これほど変化が激しい分野では 10 年以上の経験などはもちようがない。ライバルに比べて学習曲線を登るのがわずかに速いというだけで、巨大な価値を築くチャンスが生まれる。シンプルで具体的な成功を約束するルールを提示できれば理想的だが、向こう数年でさえ変化は広い範囲で起きると予想される。まして何十年先まで射程があるような成功への包括的な法則など誰が描けるだろうか? 変化こそが唯一の不変のものという世界にあっては「常に学ぶ」ことこそ適応への最良の道だ。

「常に学ぶ」性質は優れた人材に共通しているなと最近強く思います。

部族ステージや村ステージの成長に見合う速さで社員を増やすときは、ほかのステージ以上に組織的な手法で多様性を確保しなければならない。少なくとも3つの重要なポリシーを制定することを推奨する。第一に、社員の人口動態を調べ、その情報を社内にも社外にも隠さず公開する。どんな分析でもそうだが、測定していないものは管理できない。第二に、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のルーニー・ルールと同等のしくみを導入する。NFLチームは球団運営の上級職を採用する際、少なくともひとりのマイノリティの候補と面接する(必ずしも雇わなくてよい)ことが義務付けられている。そして第三に、幹部報酬の少なくとも一部を、多様性に関する会社目標の達成度と連動させる。

ダイバーシティの確保はメルカリも非常に力を入れてやっているところです。日本においては外国人の採用はうまくいっていますが、それ以外はまだまだです。

常に最初に反応する者となる必要がある。新しいテクノロジーやトレンドが現れたとき、われわれは往々にして自分の居場所を見失い、思考を麻痺させてしまう。これでは行動せずに変化を眺めているだけになる。不確実さをものともせず行動する者、しかも素早く行動する者がわずかの時間差とは不釣り合いなほど巨大なチャンスを得るのだ。これがブリッツスケーリングだ。ブリッツスケーリングを実行できる企業、マーケットを探さねばならない。成長とチャンスはそこにある。  最後に、やや逆説的に聞こえるかもしれないが、不確実性に立ち向かうためには安定性が必要だ。なにもかもが変化する世界では、人は何か確実なものを求める。嵐の中でこそ冷静さと確固たる指導力を保つことが重要となる。混乱の中で不安にかられた人々は、自然にそうした人々にリーダーとして従うようになる。

メルカリで言えば、USやメルペイが次のブリッツスケーリングだと考えているということだし、その土台になっているものはメルカリのマーケットプレイス・ビジネスやCEOおよび経営陣の器ということになってくるのでしょう。

王道の経営手法を知る「破天荒な経営者たち」

ジャック・ウェルチを超える株式パフォーマンスを発揮した9人の経営者の経営について分析して紹介している。フリー・キャッシュフローを最大化し、いいタイミングで投資する(買収含む)こと、あるいは配当や自社株買いすること、など王道の経営手法が示されています。

一方で、これらはあくまで結果論であって、どうすれば「フリー・キャッシュフローを最大化」し、「いいタイミングで投資する(買収含む)」ことができるのか、などについては明確な解がありません。

取り上げられているCEOのひとりの言葉

「事業運営の難しさは、日々の多くの何気ない判断のなかに、経営を左右するような大きい判断が紛れ込んでいることです」

これはまさにその通りなんですが、この辺りをどうやってうまく察知して、よい経営判断をしていくか、は本当に経験と才能、そして運も必要なのではと思っています。ただ、王道の経営手法を知ることはその前提となるものなので、ある程度の規模の会社経営をしていく上で本書は必読かなと思っています。

世界最強のコーチングを知る「1兆ドルコーチ」

世界最強のコーチと言われるビル・キャンベルのコーチングについて、膨大なヒアリングを元に解説しています。結構具体的なのですごく勉強になりました。一方で、ビル・キャンベルのコーチング自体は、彼自身の経験則に基づいた極めて属人性が高い内容だなとも思いました。

彼自身がIntuitで上場企業CEOの経験があり、アップルやグーグルなどの社外取締役もしていたという最先端中の最先端を走ってきているからこそできる芸当だと思いました。また、暴言は多いようで、一方で誰でも彼でもハグする、といったような人間味あふれる天性の明るいところもある。そういった経験やキャラクターが相まって非常に有効なコーチングになっていたと。

素直に真似はできませんが、いずれにしてもマネジメントとコーチングは不可分で、自分のスタイルを見つけていこうと思いました。

以下、抜粋・コメントしておきます。

<抜粋・コメント>

企業の成功にとって、スマート・クリエイティブを生かす環境と同じくらい重要な要素がもう一つある。それは、さまざまな利害をまとめ、意見のちがいは脇に置いて、会社のためになることに個人としても集団としても全力で取り組む、「コミュニティ」として機能するチームだ。

チームが重要=「コミュニティ」として機能するチーム

リーダーシップはマネジメントを突き詰めることによって生まれるものだと、ビルは考えていた。 「どうやって部下をやる気にさせ、与えられた環境で成功させるか? 独裁者になっても仕方がない。ああしろこうしろと指図するんじゃない。同じ部屋で一緒に過ごして、自分は大事にされていると、部下に実感させろ。耳を傾け、注意を払え。それが最高のマネジャーのすることだ

人がすべて どんな会社の成功を支えるのも、人だ。マネジャーのいちばん大事な仕事は、部下が仕事で実力を発揮し、成長し、発展できるように手を貸すことだ。われわれには成功を望み、大きなことを成し遂げる力を持ち、やる気に満ちて仕事に来る、とびきり優秀な人材がいる。優秀な人材は、持てるエネルギーを解放し、増幅できる環境でこそ成功する。マネジャーは「支援」「敬意」「信頼」を通じて、その環境を生み出すべきだ。

マネジャーの仕事は議論に決着をつけることと、部下をよりよい人間にすることだ」とビルは言った。「『この方針で行くぞ。下らん議論はおしまいだ。以上』と宣言するんだ」

マネージャーの仕事

グーグルの取締役会では、ビルは業務報告に詳細な「ハイライト」と「ローライト」を含めるよう、いつもエリックに勧めた。「これがうまくいったことや満足できること」で、「これがあまりうまくいかなかったこと」だという報告だ。 ハイライトをまとめるのはいつでもわけなくできる。チームは成功事例を 見栄えよく見せ、取締役会にアピールするのが大好きだからだ。だがローライトはそういうわけにはいかない。思い通りにいっていない分野を率直に認めさせるには、多少の促しが必要な場合がある。 じっさいエリックは、率直さが足りないという理由で、ローライトの草稿を突き返すことがよくあった。エリックは取締役会がよい知らせと悪い知らせの両方を知ることができるように、偽りのないローライトを含めるよう努めた。

率直さ、重要

ビルが求めたコーチャブルな資質とは、「正直さ」と「謙虚さ」、「あきらめず努力を 厭わない姿勢」、「つねに学ぼうとする意欲」である。 なぜ正直さと謙虚さが必要かといえば、コーチングの関係を成功させるには、ビジネス上の関係で一般に求められるよりも、 はるかに 赤裸々に自分の弱さをさらけだす必要があるからだ。

すぐれたマネジャーやリーダーでいるためには、すぐれたコーチでいなくてはならない。コーチングはもはや特殊技能ではない。めまぐるしい変化と熾烈な競争が渦巻く、テクノロジー主導のビジネス界で成功するには、パフォーマンスの高いチームをつくり、とてつもないことを成し遂げるための資源と自由を彼らに与えなくてはならない。 そしてパフォーマンスの高いチームに不可欠な要素が、俊敏なマネジャーと思いやりのあるコーチを兼ね備えたリーダーなのだ。

マネージャーとコーチは不可分

事業で失敗しないためのテクニック「NO FLOP!」

成功するためにはすべての段階のどれかひとつでも失敗してはいけない。例えば、

ご機嫌斜めの有名グルメ評論家が書いた一件の辛口レビューのせいで、レストランの命運が尽きてしまう場合もないとはいえない──そうなると、店の宣伝に一〇〇〇ドルかけようが一〇〇万ドルかけようが関係ない。どれだけ多くの主要素が適切になっていても、不適切な主要素が一つでもあれば帳消しになる。このような過酷な状況では、ほとんどの新製品が失敗したとしても驚くにはあたらない。  こうした残酷な論理を考えれば、「新製品失敗の法則」の背景にある統計にも納得がいくだろう。

たしかに、そうした事実をすんなり受け入れられる人などほとんどいないし、気持ちはよくわかる。以前は私も同じだったからだ。「失敗するのは、企画・開発から販売までのどこかの段階で何らかの能力や経験が不足していたから」、そう固く信じていた。  だが残念ながら、十分な経験や能力があって、計画をきちんと実行していても、失敗を追い払うことはできない。それが現実なのだ。  それでも幻想を捨てず、私は大丈夫、こんなに経験豊富で有能なんだから、などと思い続けるようなら──ただ失敗するだけでは済まないかもしれない。その傲慢さのせいで、失敗がさらに大規模で深刻になる恐れもある。

ということ。ではどうすればよいか、というテクニックがいろいろと書いてあり、非常に勉強になります。よく考えてみれば当たり前のことではあるのですが、ひとってなかなか切羽詰まるといいアイデアが思い浮かばなくなるもので、それをある程度のフレームで考えることができるようになるのはすごく有用だと思います。

2020年謹賀新年+本ベスト5

パルテノン神殿@アテネ

■2019年の振り返りと今年のテーマ

2019年は、引き続き難しかった一年でした。

メルペイを無事にローンチし、500万人以上のお客さまに使っていただけるようになりました。これによりメルカリ本体も進化したと思うし、USも成長しています。また特に外国籍社員が激増したことでダイバーシティも進んで、強い組織になってきたと思います。鹿島アントラーズの経営のような新しい試みも始めました。

一方で、圧倒的な結果を出せたかというと出せていません。

メルカリグループの社員数は2,000人に迫っていますが、ゼロからこのような成長をしたスタートアップは最近の日本には存在していません。スタートアップの経営は数百人くらいまではノウハウもいろいろ蓄積しつつありますが、それ以上となると急に手探りになります。

アプリとしてほぼ一体のインターネット・サービスを1,000人以上でどのように開発していくのかというのはすごくチャレンジングです。マイクロ・サービス化してマイクロ・ディシジョンしていける(システム相互依存をなくして小さなチームで素早く決めていける)ようにすると共に、その判断を支えるデータを中心に据えるべくデータ基盤の作り替えも進めています。

また、事業規模拡大によりミッション・ロードマップ・OKRから事業計画・予算・管理会計まで一体感を持った経営が必要になってきています。もちろん採用・育成・登用(抜擢)・評価などのHRも重要です。またメルペイでは金融免許取得しましたが、実際にお客さまに迷惑をかけないようなガバナンス、セキュリティ、リスクなどについても対応していく必要も出てきています。アマゾンではスケールする仕組みのことをメカニズムと言っているそうですが、メルカリでもそれにならって各種メカニズム化を急ピッチで進めています。

メカニズムを作っていく上では、スタートアップだけでなく、様々な会社、例えばGAFAのようなテック・ジャイアントや、日本の伝統的な大企業、中国の新興メガベンチャーなどのよいところを集めてきて参考にしつつ、自分たちがこうありたいという意思も重要です。昨年は上記のような会社の方々にたくさんいろいろと教えていただき大変感謝しています。

大変なことばかりのように思えますが、メルカリは日本・USですごくたくさんの方に使っていただいているし、メルペイは1年経たずして500万人もの方に街中で使っていただいているわけです。社会的な責任を持ちながら事業をするのは当然だし、むしろこの責任を引き受けないと、世界中で使っていただくサービスになっていくのは難しいと感じています。

なによりも今は自分たちが理想とするテックカンパニーをイチからデザインできる大変貴重かつおもしろいタイミングだと考えています。まだ圧倒的な結果までは出せてはいないですが、今仕込んでいることは間違っていないと考えているし、もがきながらも前進しているという実感があります。この難易度の高い仕事を一緒にやってみたいという方はぜひ採用サイトをご覧ください。

前期(FY2019.6)の決算発表後、再三「勝負の年」と言ってきましたが、この土台を使って、今年はピュアに結果を出していきたいと思っています。昨年のテーマは「寛容(クレメンティア)」でしたが、今年は「結果を出す」にしたいと思います。

昨年に引き続き、今年もよろしくお願いいたします。

■2019年の本ベスト5

2019年は例年に比べて紹介した本が激減してしまいました。たくさん買ったのですが最後まで読了できた本が少なかったように思います(すぐに読み止める読書スタイルです)。これは僕の余裕のなさのせいかもしれません。いずれにせよ今年はたくさんのよい作品に出会いたいです。

5位 「中国全史」を描こうとする意欲作

知っているようで知らない中国の歴史を俯瞰できます。中国が一つの国というより多種多様な多民族がいてダイナミックに変わってきたのがよく分かります。

4位 気候変動が人類に与えた影響「気候文明史」

「恐竜は二億年近く地上で繁栄していたのに、なぜ知性を発達させなかったのか?」という問いかけがある。答えは知性を発達させる必要がなかったからだ。恐竜は知性を獲得せずとも生き延びることができた。人類が直面したような、生き延びるために知性を必要とする気候激変の連続という環境的な圧力は、中生代に存在しなかったのだ。

気候変動が人類の文明に多大な影響を与えたという事実を丁寧に描いています。

3位 より世界を知る「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」

人間によって大気に蓄積されてきた二酸化炭素の大部分は、現在レベル4にいる国々がこの 50 年間に放出してきたものだ。カナダのひとりあたり二酸化炭素排出量は、いまでも中国の2倍にのぼるし、インドと比べると8倍にものぼる。世界を金持ち順に並べて、いちばん上の 10 億人が毎年どれほどの化石燃料を燃やしているかをご存じだろうか? 全体の半分以上だ。次に金持ちな 10 億人が残りの半分を燃やし、その次の 10 億人が残りの半分を燃やし……と続いていく。いちばん貧しい 10 億人は、全体のたった1%しか使っていない。

ファクトを知ることで現実的な対処が可能になる。しかしファクトを知ること自体が難しいのだなと理解できる。

2位 自らを見つめ直す機会になる「残酷すぎる成功法則」

私たちは「最良」になろうとしてあまりに多くの時間を費やすが、多くの場合「最良」とはたんに世間並みということだ。卓越した人になるには、一風変わった人間になるべきだ。そのためには、世間一般の尺度に従っていてはいけない。世間は、自分たちが求めるものを必ずしも知らないからだ。むしろ、あなたなりの一番の個性こそが真の「最良」を意味する。

成功した人々がなぜ成功したのかをエビデンスとともに書いているのですが、残酷な事実が明らかになってしまう。

1位 21世紀の人類のための「21 LESSONS」

私たちがしだいにAIに頼り、決定を下してもらうようになると、この人生観に何が起こるのか? 現時点では、私たちはネットフリックスを信頼して映画を推薦してもらい、グーグルマップを信頼して右に曲がるか左に曲がるか選んでもらう。だが、何を学ぶべきかや、どこで働くべきかや、誰と結婚するべきかを、いったんAIに決めてもらい始めたら、人間の一生は意思決定のドラマではなくなる。民主的な選挙や自由市場は、ほとんど意味を成さなくなる。大方の宗教と芸術作品にしても同じだ。

『サピエンス全史』『ホモ・デウス』のハラリ新作。21のテーマに沿って解説をしてくれているので、未来を考える上で非常に参考になります。

P.S.2006年2007年2008年2009年2010年2011年2012年2013年2014年2015年2016年2017年2018年のベスト本はこちらからどうぞ。

21世紀の人類のための「21 Lessons」

サピエンス全史』『ホモ・デウス』のユヴァル・ノア・ハラリの新作。本作は「雇用」「自由」「平等」「コミュニティ」「宗教」「戦争」「教育」「意味」「瞑想」などなど身近といえば身近な21のテーマそれぞれにハラリが現状はどうで将来どうなっていくか、などを明瞭に描いています。

特に重要なのはAIやバイオのようなテクノロジーの発展により、上記のようなテーマのそれぞれが甚大な影響を受けるというところです。いくつか抜粋します。

たとえ私たちが新しい仕事を絶えず創出し、労働者を再訓練したとしても、平均的な人間には、そのように大変動が果てしなく続く人生に必要な情緒的スタミナがあるかどうか、疑問に思える。変化にはストレスが付き物だし、二一世紀初頭のあわただしい世界は、すでにグローバルなストレスの大流行を引き起こしている。雇用市場と個人のキャリアの不安定さが増すのに、人はうまく対処できるだろうか? サピエンスの心が参ってしまわないようにするためには、おそらく、薬物からニューロフィードバック、さらには瞑想まで、今よりはるかに効果的なストレス軽減法が必要となるだろう。二〇五〇年までには、仕事の絶対的な欠如あるいは適切な教育の不足のせいばかりではなく、精神的なスタミナの欠乏のせいでも、「無用者」階級が出現するかもしれない。

私たちがしだいにAIに頼り、決定を下してもらうようになると、この人生観に何が起こるのか? 現時点では、私たちはネットフリックスを信頼して映画を推薦してもらい、グーグルマップを信頼して右に曲がるか左に曲がるか選んでもらう。だが、何を学ぶべきかや、どこで働くべきかや、誰と結婚するべきかを、いったんAIに決めてもらい始めたら、人間の一生は意思決定のドラマではなくなる。民主的な選挙や自由市場は、ほとんど意味を成さなくなる。大方の宗教と芸術作品にしても同じだ。アンナ・カレーニナがスマートフォンを取り出して、カレーニンの妻であり続けるべきか、それとも 颯爽 としたヴロンスキー伯爵と駆け落ちするべきかをフェイスブックのアルゴリズムに尋ねるところを想像してほしい。あるいは、あなたが気に入っているシェイクスピアの戯曲で、きわめて重要な決定がすべてグーグルのアルゴリズムによって下されるところを想像するといい。

事態はこれよりはるかに悪くなりうる。これまでの章で説明したとおり、AIが普及すれば、ほとんどの人の経済価値と政治権力が消滅しかねない。同時に、バイオテクノロジーが進歩すれば、経済的な不平等が生物学的な不平等に反映されることになるかもしれない。超富裕層はついに、自分の莫大な富を使って本当にやり甲斐のあることができるようになる。これまで彼らが買えるものと言えば、ステータスシンボルがせいぜいだったが、間もなく彼らは生命そのものを買えるようになるかもしれない。寿命を延ばしたり、身体的能力や認知的能力をアップグレードしたりするための治療や処置には多額のお金がかかるようであれば、人類は生物学的なカーストに分かれかねない。

今後数十年でほとんどすべてのテーマで劇的な変化が起こり、油断すると、ディストピア的な世界へと待ったなし、という警告になっています。

個人的には、今後すべてが変わるのは間違いないと思いますが、悪い方向にだけいくとは考えていません。バイオテクノロジーが発展すればより健康に生きられる時間が伸びるのは間違いないわけだし、AIは今も人々の生活をどんどん便利にしてくれています。しかし、当然ディストピアへの入口も徐々に広がっており、ひとりひとりがどういった可能性があるのかということをよく考えて、よりよくしようと努力しなければならないと思いますし、自分がその一躍を担えたらと思っています。

未来を考える上で、非常に考えさせられる作品なので、必読だと思います。

気候変動が人類に与えた影響「気候文明史」

人類の歴史に、気候がかなり密接に関わってきたことを明らかにしています。気候変動によって陸地が繋がってひとが移動できるようになった、という程度ではなく、国家の勃興と衰退などの多くが気候変動期と不思議と重なっています。もちろんそれだけですべてが説明できるとは著者は言っていないし、むしろ否定していますが、気候変動からみた文明史は非常に新鮮でおもしろかったです。

※原著は2010年で今のような温暖化への注目が集まっていない時期に書かれており、だからこそ温暖化や寒冷化で何が起こるのかが冷静に描かれているように思います

下記に抜粋で事例をあげておきます。

「恐竜は二億年近く地上で繁栄していたのに、なぜ知性を発達させなかったのか?」という問いかけがある。答えは知性を発達させる必要がなかったからだ。恐竜は知性を獲得せずとも生き延びることができた。人類が直面したような、生き延びるために知性を必要とする気候激変の連続という環境的な圧力は、中生代に存在しなかったの だ。

気候変動の連続が人間の進化を即した。

南米大陸の場合、家畜化できたのはラマとその近縁種のアルパカだけだった。両者の野生種は、高地の草原に棲息する動物である。家畜は荷物の運搬だけでなく、農業が不作の際の生きた食糧備蓄として貴重であり、南米大陸の先住民は生活圏を選ぶ際に家畜の都合を優先して高地に住みついた。現在の南米大陸の太平洋側での主要都市の多くが標高三〇〇〇メートル以上に位置する理由は、ここにある。

家畜によって居住地域まで規定される例。

こうした古気候研究から、エルニーニョ現象の発生頻度は温暖な時代に減少し、寒冷な時代に増加する傾向があるとの推測が成り立つ。エルニーニョ現象に注目が集まったのが一九七〇年代半ば以降であり、同じ時期に地球全体の気温が上昇したことで温暖化と結びつける発想が生まれたもので、過去一五〇〇年間の発生頻度を振り返ると実際には温暖化で増加するという相関関係はみられない。

実はエルニーニョ現象は温暖化とは相関がない。

ローマ人による地中海的な生活様式がヨーロッパ全土に広がったのは、紀元前二世紀から紀元四世紀にかけてである。この五〇〇年から六〇〇年間の温暖期に、今日に至る西欧社会の枠組みが形作られたといっても過言ではない。ローマは、気候の温暖化という恩恵を受けてパックス・ロマーナと称される大帝国を築き上げ、やがて寒冷期の到来とともに混乱していった。

ローマの勃興に温暖化という恩恵があり、寒冷化と共に混乱していった。

日本の政権が交代する推移をみると、中世温暖期には鎌倉幕府が築かれ、一方で気候が寒冷化する十四世紀以降には北関東を拠点としていた足利氏が幕府を京都へと移す。そして十六世紀後半から十七世紀前半の寒さが小休止した時代に江戸幕府が開かれ、再び厳寒期となる十八世紀後半以降に東日本の経済力が低下し、西日本の薩摩や長州による倒幕が果たされる。

日本も同様に気候変動と共に大きな政権交代が行われている。

新たな歴史解釈を提示する「危機と人類」

銃・病原菌・鉄』などで知られるジャレド・ダイアモンドの新作。様々な国がどのように危機を乗り越えていったのかを7つのケースをとりあげていて、非常に興味深く、おもしろかったです。

ただしそのおもしろさは物語(ストーリー)としてのおもしろさであることは否定はできません。例えば、日本も明治維新以降現代まで、取り上げられているのですが、確かに「危機」という観点から日本が追い込まれ、成し遂げてきたことを見るのは非常におもしろいのですが、一方で捕鯨や戦争責任においては重要な論点が欠けているなと思った部分もありました。また日本ではないですが、中国という大国の台頭、テクノロジー的観点についてももう少し解釈があるかなと。

とはいえ複雑な情勢の中で大国への対応は理想論では語れない点、国家が国家たりうるナショナリズムの重要性、地理的な条件や権力者の権力への固執など、すごく興味深く、新たな解釈を提示したという意味で非常に意味があると思います。

ますます不安定になっていく世界について、どう考えるべきかについて非常に参考になる一冊だと思います。

「中国全史」を描こうとする意欲作

中国の歴史のすべてを描こうとした意欲作。各時代の歴史については歴史小説も含めて読む機会もありましたが、全体を通して、かつ世界での立ち位置や世界との関係性を明らかにしながら書かれたものはなかったので大変勉強になりました。

世界と中国が思ったより影響し合っていたことが分かったし、農業や貿易の発展はともかくとして、温暖化や寒冷化みたいな気候変動も大きく影響しているのもすごく興味深かったです。また、中国というのが一つの国というよりは多種多様な民族による多民族国家であるということもよく分かりました。

いろんな意味で知らない「中国」がたくさん描かれていて、すごくエキサイティングかつ勉強になりました。読みやすいですし、オススメの一冊です。

自らを見つめ直す機会になる「残酷すぎる成功法則」

成功した人々がなぜ成功したのかをエビデンスベースで様々に検証しているのですが、結果として「残酷すぎる」真実が明らかになってしまうという恐ろしい本です。

カリフォルニア大心理学教授のディーン・キース・サイモントンによれば、「創造性に富んだ天才が性格検査を受けると、精神病質(サイコパシー)の数値が中間域を示す。つまり、創造的天才たちは通常の人よりサイコパス的な傾向を示すが、その度合いは精神障害者よりは軽度である。彼らは適度な変人度を持つようだ」という。

要するに、適度な変人度が必要なわけですが、

私たちは「最良」になろうとしてあまりに多くの時間を費やすが、多くの場合「最良」とはたんに世間並みということだ。卓越した人になるには、一風変わった人間になるべきだ。そのためには、世間一般の尺度に従っていてはいけない。世間は、自分たちが求めるものを必ずしも知らないからだ。むしろ、あなたなりの一番の個性こそが真の「最良」を意味する。

普通のひとは世間並みを目指しているから、その天才性が発揮できない、と。アインシュタインは、妻を解雇できない雇い人として扱い、モーツァルトは出産時に別室で作曲をしていたという事例も紹介されています。

ただやみくもに、例の一万時間の計画的な訓練に励んでも、明るい未来につながらない恐れがある。ハーバード教育学大学院教授のハワード・ガードナーは、ピカソ、フロイトといった、創造的な功績で名高い人びとについて調べた。  研究の結果わかったことは、創造的天才たちはその類まれな才能の維持に万全を期するために、何らかのファウスト的な契約に組み込まれていたことだ。一般的に、並はずれて創造的な人びとは、自分の使命の追求に没頭するあまり、ほかのすべて、とりわけ、個人としての円熟した人生の可能性を犠牲にしていた。

つまり、「個人としての円熟した人生の可能性を犠牲にして」いると。

僕も自分の凡人性にがっかりすることが多くて、それは「世間並み」を意識しすぎているからなんだろうなと思っています。それをなんとか変えようと努力をしていたこともあるのですが、本書にもありましたが、ひとの性質というのはなかなか変えられるものではないのので、最近はあまり意識せずに、自分の納得の行くようなスタイルを探すようにしています(「何言ってるの? 相当変わってるよ」という声は甘んじて受けます…)。

また、本書では最近よく言われるグリットについては、ときには、見切りをつけることこそ最善の選択であることも示しています。

見切りをつけることは、グリットの反対を意味するとはかぎらない。「戦略的放棄」というものもある。あなたがひとたび夢中になれることを見つけたら、二番目のものを諦めることは、利益をもたらす。一番のものにまわせる時間が増えるからだ。もっと時間があったら、もっとお金があったらと願うなら、これが解決法だ。とくにあなたが多忙な場合には、唯一の打開策だ。

僕自身は昔から自らの基礎的な身体・頭脳能力の低さから、「戦略的放棄」を意図的に行ってきました。20代は多動なところもあったのですが、それはこの「戦略的放棄」を早く行うためのひとつの手段だったような気がします。最近は、エンジェル投資など結構好きでそこそこ得意と思わるものも止めているし、今は英語学習のために遅くまで飲むこともしてません。

あのピーター・ドラッカーからもらった返事にいたっては、次のようなものだった。 「おこがましく、無作法と受け取られないことを願いたいが、ここで生産性を向上させる秘訣の一つを申しあげたい……それは、こうした招待状すべてを捨てる大きなゴミ箱を持つことです」  チクセントミハイはこのような返事がくることを予期すべきだったかもしれない。ドラッカーに調査への参加が依頼された理由は、同氏が効率的にものごとをこなすという面での世界的権威だったからだ。

苦手なのが断ることなのですが、ドラッガーもこう言っているし、バフェットも「成功した人と大成功した人の違いは何かと言えば、大成功した人は、ほとんどすべてのことに『ノー』と言うことだ」と言ったそうですから、私もメルカリのミッションの実現のために心を鬼にしようと思います。

他にもハッとするような事実がたくさん紹介されていて非常におもしろいだけでなく、自分を見つめ直すよい機会になるのではと思います。

より世界を知る「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」

世の中、特に先進国のひとびとは、自分はよくこの世界を知っていると思っているが、実は知らない、ということを事実(ファクト)の積み重ねで説明しています。著者ハンス・ロスリングはスウェーデンの医師、公衆衛生学者で豊富な経験があるだけでなく、TEDトークなどでも有名で本書もすごく分かりやすく読みやすい作品になっています。

確かに世界が誤解されているというのはすごくあると思います。僕も様々な書籍やネットの情報や世界一周などする過程で徐々に分かってきた部分が大きかったなと思っていて、それは今のビジネスにも繋がっています。本書を読みながら改めて思い返す部分多かったので、書評というよりはメルカリへの繋がりを抜粋コメントしていきたいと思います。

ナイジェリアと中国のレベル2家庭では調理方法がほとんど同じだったことを思い出してほしい。あの中国の写真だけを見た人は、「なるほど、中国ではこうやってお湯を沸かすんだな。鉄瓶を火にくべるのか。それが中国の文化なんだ」と思うだろう。だが違う。世界中のレベル2の人たちはみんな、同じような方法で湯を沸かしている。つまり、所得の問題なのだ。それに、中国でもそれ以外の国でも、違うやり方で湯を沸かす人たちがいる。それは文化の違いではなく所得の違いによるものだ。  人の行動の理由を、国や文化や宗教のせいにする人がいたら、疑ってかかったほうがいい。同じ集団の中に違う行動の例はあるだろうか? あるいは違う集団でも同じ行動があるだろうか? 考えてみよう。

僕も世界一周で感じたことのひとつが世の中一物一価なんだなということです。例えば、ホテル。新興国であろうがよいホテルは数万するし、お湯が出れば1,000円を下回ることはない。モノも歯ブラシは安いが質は悪く、日本と同じクオリティの高い歯ブラシは売っていない。恐らく高い歯ブラシがあれば同じ値段になります。同じようなものは同じ価格になっている。そしてどんな価格帯のものが多く求められるかはその社会の所得水準による、というのは大きな気付きでした。

時を重ねるごとに少しずつ、世界は良くなっている。何もかもが毎年改善するわけではないし、課題は山積みだ。だが、人類が大いなる進歩を遂げたのは間違いない。これが、「事実に基づく世界の見方」だ。

また、世界はどんどん良くなっているということも一つの大きなうれしい気付きでした。この本にあるように貧しい国は貧しいままだと僕も思っていましたが、全然そんなことはなく、みんな豊かになろうとがんばっていて、実際所得や生活水準もあがってきていました。

 「地球温暖化を引き起こしているのはインドや中国やそのほかの所得レベルの上がっている国だ。その国の人たちはがまんして貧しい暮らしを続けるべきだ」という考え方は、西洋では驚くほどあたりまえになっている。バンクーバーの大学でグローバルトレンドについて講演したとき、弁の立つ学生が声に絶望をにじませてこう言った。「あの人たちがあのまま生活してたら、地球が持ちません。あの人たちに発展を続けさせてたらダメなんです。あの人たちの国の排気ガスで地球が死んでしまいます」。まるで、西洋人がリモコンひとつでほかの国の数十億人の生活を操作できるかのように話しているのを聞いて、わたしはいつもあきれてしまう。周りを見回したが、ほかの学生たちはあたりまえのように聞いていた。みんなあの学生に賛成していたのだ。  人間によって大気に蓄積されてきた二酸化炭素の大部分は、現在レベル4にいる国々がこの 50 年間に放出してきたものだ。カナダのひとりあたり二酸化炭素排出量は、いまでも中国の2倍にのぼるし、インドと比べると8倍にものぼる。世界を金持ち順に並べて、いちばん上の 10 億人が毎年どれほどの化石燃料を燃やしているかをご存じだろうか? 全体の半分以上だ。次に金持ちな 10 億人が残りの半分を燃やし、その次の 10 億人が残りの半分を燃やし……と続いていく。いちばん貧しい 10 億人は、全体のたった1%しか使っていない。

そして、問題意識のひとつがこういった新興国が豊かになるために、リソースやエネルギーの観点から、先進国がこのままの生活をすることはできないということでした。

帰国した2012年末スマートフォンの急激な普及をみてこれは全世界のひとがスマートフォンを持つ時代が来ると確信できたし、スマホ向けのC2Cサービスがいくつか始まっていたのをみて、こういったC2Cサービスがもっと求められるようになるし、それはむしろ全世界でこそ必要とされるだろうと思いました。そうしてメルカリを創りはじめたのでした。

現実的に考えてみようじゃないか。いまも洗濯物を手で洗っている世界中の 50 億人は、何を望んでいるのだろう? 彼らがどんなことをしてでも手に入れたいと思っているものは何だろう? 彼らが「経済成長を控えます」なんて自分から言い出すのを期待するのは、ばかばかしいほど非現実的だとわかるはずだ。洗濯機、照明、まともな下水道設備、食べ物を保存できる冷蔵庫、目の悪い人にはメガネ、糖尿病ならインシュリン、家族との旅行のための交通手段を、わたしたちと同じように彼らが欲しがるのはあたりまえだ。  そうしたものをすべて手放して、ジーンズやシーツを手洗いする覚悟が、あなたにはあるのだろうか? あなたにそれができないのなら、どうして彼らに不便でもがまんしろなんて言えるのだろう? 犯人を捜し出して責任を押し付けても仕方がない。とてつもなく深刻な地球温暖化のリスクから地球を守りたい? だったら必要なのは、現実的な計画だ。110億人全員が望んだ生活を送れるような新しいテクノロジーを開発することに、力を注ぐべきなのだ。みんながわたしたちと同じレベル4の生活を送り、全員がいまより快適に暮らせるようなスマートな解決策を見出さなければならない。

特に先進国のひとびとはもっとリソースを大切に使っていく必要があって、新興国はひとっ飛びにそういった世の中になっていくと思います。

メルカリはまだUSすら成功できたと言えない状況ですが、海外にこだわっているのもその先の他の先進国だけでなく、新興国こそこういったC2Cサービスが必要とされていて、そのための第一歩だと考えているからです。

僕自身も世の中をより知ることが、ビジネスの着眼点になったし、よりよい世界を作ることの第一歩になると思うので、本書で本当の世界を知ることにはすごく意味があるはずです。そして、それだけでなく実際に行ってみるのもよいのではと思ってます。

チンパンジークイズ、ぜひトライしてみてください。

2019年謹賀新年+本ベスト5

■2018年の振り返りと今年のテーマ

2018年は、メルカリのIPOという大きなマイルストーンもあったのですが、個人的には、1,000人を超えた組織をどう経営していくのか、ますます社会性が求められるC2C事業をどう展開していくか、が大きなチャレンジで、未知の体験にすごく苦しんだ一年でした。

2018年のテーマは「現実を知る」だったのですが、自分(たち)が現実の一部になってしまっていて、自分(たち)を知らないと現実も知れないし、現実を知ると同時に自分(たち)や現実が変質する、というシュレディンガーの猫のような状況になってきている気がします。

こういった状況下では、自分(たち)だけが理想を追求するわけにはいかず、様々な社会的な問題を(少しだけ)解決したり、折り合いをつけたりしながら、それでも自分たちが信じるよりよい世界の実現を目指していく苦しい仕事になっていきます。

しかし、それこそが「現実を知る」ということだし、昨年も書いた「こういった紆余曲折こそ生きている実感が大きかった」のをさらに強く感じた一年でした。

そういった中で、2019年は2年前にも掲げた「寛容(クレメンティア)」を再度テーマにします。まずは自らが何事にも寛容になることが、少しでも世の中をよくすることの第一歩になると信じてます。

■2018年の本ベスト5

5位 最近5年間のこと「メルカリ 希代のスタートアップ、野心と焦りと挑戦の5年間」

手前味噌感はありますが、いわゆるメルカリ本を入れさせてください。ここ5年間丹精込めてやってきたことをこうしてまとめていただけるのは大変ありがたいことです。どうやら売れ行きはよいようで胸をなでおろしています。

4位 複雑な人物「江副浩正」

取締役会は江副の独壇場になった。江副の成功体験に引きずられ、誰も反対意見を言い出せないまま、取締役会は江副の思い通りに動いていった。そしてリクルートは「誰もしていないことをする主義」からはほど遠い、デジタル回線、コンピュータレンタルの下請け事業、そして不動産業へと急激に傾斜していく。  次々と新規事業を開設していった「江副一号」。それとは対照的に、「江副二号」は何一つ新しい事業を開発し、軌道に乗せられずに、リクルート王国の国王として君臨した。

リクルート創業者がどのようにリクルートを成功させていったのか、やがてその歯車が狂い始める。リクルート事件はそのきっかけにすぎなかった。しかし、その後リクルートが数兆円企業にまで成長していることを考えると、江副氏の目論見はほとんど成功したとも言えるのかもしれない。

3位 幅広い知識で迫る「貨幣の「新」世界史」

人類学者のデイヴィッド・グレーバーは、ピタゴラス、ブッダ、孔子など影響力の大きな宗教指導者が、紀元前六世紀に硬貨が発明された地域──ギリシア、インド、中国──に暮らしていた事実を指摘する(15)。そして、お金も永続的な宗教も、どちらも紀元前八〇〇年から紀元六〇〇年にかけて誕生したのは、決して偶然ではないという。市場の重要性が高まるにつれ、組織的な宗教が広がったのではないかと考えている。たとえば、イエス・キリストの初期の弟子たちの多くは貧しかったので、物質的な富に関して逆説的かつ解放的な見識を素直に受け入れたのかもしれない。

昨年は仮想通貨バブルが弾けた年でもありましたが、歴史的にみれば仮想通貨によりお金の意味が変質しつつあるのは避けられないと思います。

2位 ローマへと続く「ギリシア人の物語」

 「決定的な何か」とは、言い換えれば洞察力である。これを辞書は、見通す力であり見抜く力、と説明している。イタリアでは、この種の能力に欠ける人を、自分の鼻の先までしか見る力がない人、という。だから、洞察力のある人とは、その先まで見る力がある人、のことである。  だが、洞察力とは、自分の頭で考える力がなくてはホンモノにはならない。  私には、アレクサンドロスは配下の将たちに、考える時間を与えなかったのではないか、とさえ思えるのである。

ギリシアの勃興から、アレキサンダー大王までを描いた塩野七生の歴史書。連戦連勝でペルシアを滅ぼし、インドまで東征する凄まじさ。わずか32歳で死去したためその後の混乱も印象的でしたが、歴史を作るというのはこういうことかとも思いました。

1位 ホモ・サピエンスの行く末「ホモ・デウス」

やがてテクノロジーが途方もない豊かさをもたらし、そうした無用の大衆がたとえまったく努力をしなくても、おそらく食べ物や支援を受けられるようになるだろう。だが、彼らには何をやらせて満足させておけばいいのか? 人は何かする必要がある。することがないと、頭がおかしくなる。彼らは一日中、何をすればいいのか? 薬物とコンピューターゲームというのが一つの答えかもしれない。必要とされない人々は、3Dのバーチャルリアリティの世界でしだいに多くの時間を費やすようになるかもしれない。その世界は外の単調な現実の世界よりもよほど刺激的で、そこでははるかに強い感情を持って物事にかかわれるだろう。とはいえ、そのような展開は、人間の人生と経験は神聖であるという自由主義の信念に致命的な一撃を見舞うことになる。夢の国で人工的な経験を貪って日々を送る無用の怠け者たちの、どこがそれほど神聖だというのか?

ひとは神になろうとしていることを明らかにしようとする超意欲作。僕の周りでは2018年一番議論になったし、そういった時代にどういう戦略で生きていくのかを考えさせられました。

P.S.2006年2007年2008年2009年2010年2011年2012年2013年2014年2015年2016年2017年のベスト本はこちらからどうぞ。

シリコンバレーの日常「サルたちの狂宴」

著者は、ゴールドマン・サックスからスタートアップに転職し、その後スタートアップ(Y Combinator参加)をTwitterに売却し、Facebookで広告プロダクトを作っていた方なのですが、とにかくプライベートから仕事のことまでぶっちゃけすぎてて非常におもしろかったです。

シリコンバレーのイケてないスタートアップの内情から、起業の仲間集め・プロダクト開発・投資(エンジェルからVC)・売却(アクハイア)、Facebookの社内政治・文化(恋愛含む)・IPO・広告プロダクト、そして成功と失敗についての講釈の誤りなどなど、身も蓋もない話がすごいスピード感で描かれています。

著者はまったく鼻持ちならない人間なのですが、最後まで読み終えるとなんとなく愛着が出てくるし、言ってることは身も蓋もないだけで本質をついているところも多く、実際のところすごく人間らしいだけなのかもしれないとも思えてきます。

少なくともこれだけのリアルをぶっちゃけてくれるのは本当に世の中にとって意味があることであるのは間違いないです。スタートアップに関わる人は必読です。

最後に引用されていて大変共感した言葉を紹介しておきます。

スピードが肝心 すべてコントロールできているように思えるときは、出すべきスピードを出していないだけだ。 ――マリオ・アンドレッティ、F1ドライバー

最近5年間のこと「メルカリ 希代のスタートアップ、野心と焦りと挑戦の5年間」

日経奥平さんにメルカリのことを書いていただきました。私も何度かインタビューしてもらいましたし、関係者への膨大かつ綿密な取材を元に描かれています。

読んでいると、その時々のギリギリな感覚、その中で辛かったり、悔しかったり、うれしかったり(こっちは稀)を克明に思い出しました。それもわずか5年強くらいの出来事なのがまったく信じられない思いです。

個人的には、私の物語というわけではなく、関わってくれている方々の群像劇になっているのがすごくうれしかったです。私も知らないことがたくさんありましたし(忘れていることも、、、)、そうやってみんなでメルカリを創ってきたのだなと、改めて関わってくれている方々への感謝しかありません。

赤裸々に描かれていておもしろいかと思いますので、ぜひどうぞ。